2006/08/19 - 2006/09/19
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こまちゃんさん
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8月28日。
とうとう敦煌を去る日が来た。
9時半。
昨日の雅丹地貌行きで世話になった狸なおいちゃん(タクシーの司机)に連絡。
すると彼は、娘さんを受かった学校にとどけるために、今日だけは柳園まで
行けないと言う。そこで彼に紹介して貰った友人の、緑色のサンタナで向かう事になった。
敦煌までの列車が開通したのだが、線路は蘭州から西の敦煌までで終わっている。
従って、敦煌から更に西へ、特に新疆方面へ向かうには、やはり従来の
不便な柳園鎮の駅へと向かう必要があるのだ。
柳園への道すがらと、柳園鎮リサーチ(O友先生再び!)を混ぜて紹介する。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- 中国国際航空
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-
9時半のホテル前は、ほんのり肌寒い朝日に照らされていた。
一昨日夜半に現れたシベリア寒気によって、敦煌でも朝夕は寒いくらいになっていた。 -
そこへ、一条街の蝋纈染め店の楊新さんが目の前を通過。
ちょこっと挨拶。
狸なおいちゃん、一応ホテルに来て呉れるが、娘の写真を撮ってくれと言い出す。
実は、昨日言いたかったそうだけど、不好意思で(遠慮して)言えなかったそうだ。
「早説嘛!(はよ言わんかいな)」
「実在不好意思囖〜(照れくそうて〜)」
おいちゃんは、喜んで娘を連れに家へ戻って行った。 -
その間に爺ぃは、昨年住んでいたアパートの、保安のじいちゃんに挨拶しに行った。
-
爺ぃが帰ってきて暫くして、狸なおいちゃんに紹介されたと言う事で、緑色のサンタナに乗った運チャンが到着。暫くしておいちゃんも娘さんを連れてやって来た。
娘さんを連れてきた狸なおいちゃん達と。 -
彼らとも別れ、我々は朝飯に出掛けた。
懲りずにまた牛肉面、今回の食べ納めだ。(~_~;
店で記念撮影。(これは昨晩撮影して、昨日のウチにプリントしておいたもの)
またまた面の画像無し・・・どうして忘れるのか、未だに判らない・・・(ーー; -
今日の朝は人が多かった。
丁度先にある小学校が放学(下校)の時間だったからだ。
これはホテル前、沙州南路の朝の様子。
南街小学校は、この向こう側(北。ロータリーの方向)にある。 -
さあ、いよいよ出発。
荷物を積み込んでホテルを出た・・・1つ忘れ物をして。
いつものロータリー。
見納めだね。 -
沙州北路に入り、振り返りザマに、カメラを後ろに向けてパチリ!
この道をそのまま真っ直ぐ行けば、元敦煌駅の柳園駅だ。 -
羊も放牧へ「ご出勤」だ、、、などと馬鹿な事を思いながら写真を撮っていると、さっき言った「1つ忘れ物」を突然思い出した。
こま:「ホテル、チェックアウトしてない!」
爺ぃ:「・・・・・・・」
こま:「戻ろう」
一旦、ホテルへ引き返した。
まあ、5km程戻れば直ぐだけど・・・。
しかし、チェックアウトせずに出て来られるホテルって、、、と言うよりも、昨年からの付き合いで、普段から気さくに付き合っていたし。押金(デポジット)も有るから問題ないのかも・・・
と言う事で、ホテルに戻ってみると、小姐がニコニコしながら、「差一点吃亏了(もう一寸で損する所だったわ)」。
押金より、60元オーバーしていた。小姐に迷惑を掛けてしまう所だった。
でも、小姐は「明年一定会再来,所以我想到時補一下就行(また来年来るでしょ。その時に払って貰えばって思ってたの」だって。
もう来る事になっているのが凄い。こまは何者?
有る意味、天津から来た新市長より人気度が高かったりしてね。(^^; -
気を取り直して再出発!
沙州北路を出ると、そこからは見渡す限り一直線の道。
決して平坦ではないけれど、車は100kn前後で突っ走る。
暫くは緑地帯を見ながらの走行になるが、その先は果てしなく続く戈壁灘だ。 -
道路の先が、陽炎と化してぼやけているのが素敵だ。
走っているので、望遠だと中々ピントが合わない。 -
この画像の先には、もう樹木の一本も見えない。
と思っていると、望遠で覗くその先の戈壁灘に何か発見! -
駱駝の放牧だった。
彼らには「鼻輪」がされていなくて、のんびり優雅に草をむさぼっていた。
何れ観光用に鼻輪をされ、腿に焼き印を入れられるのだろうか?
それとも、農業耕地用か駱駝馬車なのか。。。 -
もう何も考える事が無くなっても、車はまだまだ戈壁灘を走る。
沙州北路を離れ、その地点から柳園鎮までの距離は128km。
順調に行けば1時間半で到着する。
順調に行かない場合ってあまり無いけど、運転手によっては70kmくらいしか出さないヤツもいるし、時間によっては暗くて飛ばせない事もある。そう言った時は2時間以上は覚悟が必要だ。 -
この柳園往来道路脇にも「長城跡」がある。
いつも名前を見逃すのだが、確かに名前が書かれている石碑を見かける。
そして、この様な城壁の後がある。
誰かが洒落で作ったにしては、なかなかの出来映えだし、即席で作ったようにも見えない。 -
この城壁を過ぎると、敦煌市から80km程離れた村に出る。
そこを過ぎれば暫くは「無口なモード」に入るだろう。
道端で哈密瓜を売っていた。もうそろそろ村が近い。 -
その村。
昔ながらの瓦屋根で、現在の敦煌で見かける平房(平屋)建てとも違っている。
昔、沙州と呼ばれた頃の町では、こんな家が沢山並んでいたのでは無かろうか?
私利私欲と戦乱の世を潜り抜けてきた沙州では、その様相が変化していても可笑しくはないと思った。 -
村の北部には池もある。
そう、敦煌の北部地帯は、かなり昔は湖だった。しかも「塩湖」で有名なのだ。
敦煌で採れる岩塩だが、業界では有名な良質芳醇な塩が採れることでも有名。
甘肅省が「販売禁止」にしてしまった為、不出の逸品となって仕舞った。
しかし地元民に言えば、「オラのジッちゃまに言えば直ぐだよ」と言ってこっそり(?にしてはかなりの量だった)持ってきてくれる。
闇取引でも何でも堂々と出来る国ならではの情況だ。(^^; -
もうそろそろネタ切れかな・・・話す事が無くなってきた。
解説出来る事は全てした気がする。(~~;
あとは運チャンに任せて、柳園まで時間と我慢の旅。。。 -
あ!この雲は〜!!
この羊雲が見えてくると、柳園鎮は近い。
柳園周辺では、星星峡などの小山や天山の果てである事などからか、上空の風の対流が原因で、雲が敦煌の飛天雲とは全く別物なのだ。 -
横を見ると、敦煌側へ行く程(右)、羊雲が少ないのが見える。
車窓から見た様子(2枚綴りのパノラマ) -
柳園国道312号線料金所が見えてきた。
この先10km程で柳園駅に到着する。
この国道は、西は烏魯木齊、東は西安へと繋がる、謂わばシルクロード国道のようなものだ。
O友さんは、西安からこの道を走って来て、またこの道に合流して哈密へ向かう。 -
沢山の羊雲が出迎えて呉れる道を、柳園鎮へ向けてひたすら真っ直ぐ行く。
-
電柱が増え、人に出会うようになってきて、、、
-
この貨物線軌道を通過すれば、
-
柳園駅に無事到着。
今年の1月から再改名し「柳園站」に戻った駅だ。
新疆地区と敦煌への往来は、新敦煌駅から西への鉄路が敷かれて居ない為、まだ従来通りこの駅を利用しなければならない。 -
羊雲漂う柳園站と駅前広場の様子。
広場の東面へ行き道路脇に立って300度撮影。
左から、広場南面の道路沿いに並ぶホテルや商店、広場西面にある鉄路賓館(柳鉄飯店)やレストラン、広場北面にある柳園駅舎、広場東面にある駅側にある商店の一部。 -
早速、貨物室の張さんを尋ねて。。。
しかし、張さんはお休みだった。前回電話した時の腰痛が、まだ尾を引いているそうだ。早速電話して挨拶だけ。。。
駅長さんとも仲良しなので、早速連絡するも、駅長さんは会議中だった。(@@;
因みに、駅長さんの親元の家は、なんと上海だったのだ。爺ぃは以前、そちらへもおじゃまして団欒している。
蘭州の敦煌研究院の人に続き2人目。
世間は広いようで(マジ広いけど)実際には狭いのか?
こんないくつもの偶然は、爺ぃの身辺にしか起こらない。
画像は、荷物托運の部屋。昨年同様、この左のドアから降りて事務所へ入った。
(昨年も撮影したが、この辺りから蘭州への画像は、前回のデジカメ紛失事件で残っていない) -
その場にいなかったので一瞬焦った。でも、「会議が済んだら手を回すから安心して♡(駅長さんは女性)」と言って4時まで待つ事になった。
今は2時だからかなり時間が空いてしまう。
「事務所で休んでいて」と言う係員達。事務所では、爺ぃが「みんなに実演して上げる」と言って、工具などを取り出し絵を描き始める。クニクニとこまは、駅前で休憩しようと喫茶店かホテルのロビーを探しにウロウロ。
まずは駅舎の2階にある茶室。2階の硝子下に当たり、上がってみるが暑くてたまらない。
仕方なく柳園鎮へ繰り出す事にした。 -
「敦煌站」の文字跡が残る標示碑。
改名後8ヶ月以上も立っているのに、「柳園站」の文字が入っていないのは、いずれまた名前が変わるのか・・・? -
出て行く前に立ち寄ったトイレ脇の喫煙室で出会った地元民。
甘肅省や大西北地区代表的スタイルに、思わずパチリ! -
駅前の来た道を戻ると、柳園賓館や柳園飯店などのホテルが見える。
しかし、その殆どに「喫茶コーナー」は無かった。 -
柳園で一番大きい2星の柳園賓館。
たしか、O友さんもここに泊まり、自転車を置いて敦煌へ来ていると言っていた。
今回の旅程を聞いていたが、彼も今日ここへ戻ってくる筈だ。
昨夜の話しでは、夕方4時頃に敦煌を出るつもりにしていると言っていた。
運が良ければ、後ほど出会えるかも知れない。 -
見た感じは普通の小型ホテル。
しかし、入ってみるが喫茶はなし・・・
外に出て見ると、「柳園賓館珈琲バー」と言う標示発見!!
早速、ホテル裏への矢印を頼りに向かってみる先には・・・ -
荒れたバラック小屋と羊雲が見える広場、そして鼻が曲がりそうな匂いが広がっているだけだった。
-
写真だけだと、とてものどかな雰囲気だが、兎に角臭い。。。
-
居ても立っても居られず、急ぐように通りへ戻る。
更に先へと進んで見るも、珈琲屋などどこにもない。
画像は長距離バスターミナル。
駅馬車の駅舎みたいなレトロな感じがした。 -
仕方が無く戻る事にした。
駅周辺にある商店前には、テーブルと椅子が出ていたので、影になっている所で休憩する事にした。
「小肥羊(内蒙古発祥の鍋料理チェーン店)」がこんな所にも!?
名前が同じでも、字体が違うのでコピー店だろう。緑色もお店のカラーとはちょっと違う色だ。
かなりの田舎だから、本物の小肥羊を知らないかも知れない。 -
のほほーんとした空気が流れる柳園の村。
(さっきの臭いを除けば・・・) -
オート三輪が似合う村。
-
駅西側にはコンテナ倉庫があり、
-
反対側(東)には、遠くに山が見えている。
東はこの山があり、西には星星峡がある。
柳園は一寸した盆地になっている感じなのか・・・? -
南側は日陰になっている。
適当なテーブルのある店で紅茶を買って座った。
クニクニが買った紅茶が凍っていたが、おやつでも買ってきてゆっくりしようと言う事なので気にもせず。 -
電話が鳴った。
「駅長さんが手配してくれた。切符代を支払いに切符売り場へ行け」と、爺ぃからだ。
早速、指示通り切符売り場へ。 -
切符を手にし、駅の守り主の観音様にお礼を述べて、広場内にある商店でおやつのカスタードケーキなどを買おうと中に入ると、、、
-
何と、思いがけず、こんな所で「缶珈琲」に出会えた。
有るとは思っても見なかったので、その感動はひとしお。
中国版「BOSS」か!?
紳士をデザインした「Mr.Bond」。
廣源大酒店よこのヌーハー超市でもこのブランド。
甘ったるくはないのでまあまあだ。 -
珈琲を飲みながら微睡むこま。。。
実は、我々が乗る列車は夜の10時なのだ。。。(^^;
判っては居たが仕方がない。
予め駅にさえ着いていれば、何も怖くはないのだ!
駅員とは打ち解けているので、沢山の荷物も全て彼女らの事務所に置いてある。(駅員は肉体労働と警官以外は大抵が女性なのだ♡)
中国の片田舎の駅で、体1つでのんびり過ごせるのだから、こんな贅沢な事はない。
画像は、テーブルから広場を撮影。
珍しく「縦に」2枚綴ってみた。 -
又電話が鳴った。
駅長さんが貴賓室で休んでくれと言っているそうだ。
貴賓室か。
当てもないので取り敢えず行く事にして、商店を後にした。
VIPルームは駅舎内の、この画像の左手になる。 -
入ってみると・・・
四方に置かれた豪華なソファ。
100インチの大型プロジェクターテレビ有り、冷蔵庫有り、綺麗なトイレ装備。。。 -
壁画もあるので敦煌って感じがするけど、こりゃ、表の世界と大違いだね。
-
王様気分のクニクニ。
-
部屋の位置がプラットホーム脇になっているので、時間とともに直ぐに乗車可能な感じだ。
-
今回ゲットした切符。
21:40発車だ。
7時過ぎにまた電話が鳴った。今度は「O友さん」からだった。
「もうすぐ柳園駅です。今そちらはどの辺りに?」
「駅のVIPルームで寝そべっていますよ!」
知り合いが居るのでこうなった事を話し、着いたらここで休憩するように伝えた。 -
日本のGMSグローバル電話から繋がっている。
中国でも、電子機器だけは世界と同じ基準で動作する。
早速、道まで出てみる事に! -
O友さん再び!!
折角の記念ショット(再会証拠写真?)は、夕方で影が出来ていたので失敗!!(><; -
一緒にホテルのチェックインをお手伝いしに行った。
その時、西安から頑張ってきた彼の愛車を確認!
この後も3ヶ月走り切きらなければならない。
頑張れ、AutoMO BIKE!! -
O友さんとクニクニ。
4人みんなで食事して来たところ。
清真料理と言う事で、回族の食堂で拌面を食べた。
あ〜〜っ!また写真撮るの忘れた!!(ーー; -
夕焼けに染まる柳園駅。
ただ、時間は夜の8時半頃だけど・・・。
(2枚綴りパノラマ画) -
後一時間で敦煌から離れる・・という所で、またまたO友さんと再会が出来た。
何だか感激の瞬間だった。。。 -
貴賓室でのんびりしていたかったが、時間は待ってくれない。
-
我々の列車案内が始まる時刻。
-
O友さんに、疲れるだろうからホテルへ戻っててよ・・と言ったが、見送らせて欲しいと言う事で最後までみんなで一緒に居た。
改札で日本人同士、手を振りながらのお別れ。
敦煌から離れる時に、見送りの日本人が居るなんて何か不思議で嬉しい感覚。 -
今回、柳州(敦煌)−烏魯木齊の専用旅游列車(Y次列車)発乗車。
昨年は、新疆から沢山の知人が敦煌を訪れ、皆がこの列車で行き来していたのを知っているが、自身で乗るのは初めてだ。
午前中に2本、夜間に2本あるそうで、我々のY501次の後、1時間後にもう一本有る。 -
切符確保自体は、タイトルほど大変ではなかったが、珈琲探しに関しての波は結構高かった。(~~;
オチは意外な結果だったけど・・・。
柳園鎮を満喫し、友人とも出会えた1日が過ぎていった。
さあ、12時間後の明日目覚めれば、クニクニ念願の『天山山脈』に包まれた都市「烏魯木齊」到着だ!
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