2006/01/10 - 2006/01/15
4375位(同エリア6017件中)
みーままさん
カイロからヒット飛び一時間でルクソールに着く。カイロを17:25発
ルクソール18:30着。ウイークデーだからか夕方に着いたからか・・・
有名な観光地にしてはヒッソリとしていて静かだな〜!と感じられた。
-
太陽の沈むナイル川西岸の砂漠は、古代エジプシャンにとってはあの世が
ある場所であり墓地であった。今も変らず太陽に赤く照らされ、オレンジ色に
輝く王家の谷は正に来世を思わせる。こぞってファラオ達が安眠の地として、又盗掘を防ぐために西岸の奥深い山の谷に墓を作ったのには“ウ〜〜ン!確かに、此処なら”と納得させられた所だった。 -
ハトシェプスト女王の葬祭殿
中王国時代まではピラミットコンプレックスの様に墓と葬祭殿(神殿)が一体と成っていたが新王国時代には墳墓と葬祭殿(神殿)が分かれ、巨大化した建築物が遺跡として残っている。 -
エジプト初の女王ハトシェプストの葬祭殿は壮大で第1テラス第2テラスがある、ハトシェプスト女王は夫(トトメス2世)亡き後自らファラオと成った。
-
第2テラスに有る柱廊の柱に刻まれている像は何とも美しく大きい。巨大な建物に
巨大な像・・・これらはみな権力の象徴でも有ったのだろうか? -
第2テラスの壁に残された人々の生活の画、沢山の日常の事や、女王の事が描いてある。
今でも鮮明に残っているのがすご〜〜い! -
王家の谷
全ての墓は新王国時代に岩を掘って造られた。地表から階段を下りていくと、両端の壁には画が彫ってある。その画は字になって王様の生い立ちや一族の事や天国、地獄の事等が画きだされている。そして王様のカルトウーシュ(王様の名前を表す際に用いられる楕円の枠)等、未だに色あせる事もなく、形が無くなる事もなく(盗掘されたであろうところは剥げているが)鮮明に残っている。 -
王家の谷の入り口に発掘に多大な協力をしたという、立て看板が掲げられている。
一寸誇らしげなmi-mamaさんでありました。 -
王家の谷の墓は沢山有って、全部が見られるとは限ってない。歩くのにはシャトル・トレイン(箱の付いたトラックターみたい)を利用するといい。
-
どこでも商魂はたくましく、静かなはずの王家の谷の入り口にバザールが開かれている。
-
ラメセス6世の墓の前でガイドより説明を聞く。内容が良く解らなかたが中に入って、こんな事を言っていたのか〜〜何となく納得!
-
メムノンの巨像
新王国時代絶頂期の王アメンホテプ3世の一対の坐像がある。権力の象徴か巨像である。坐像の後ろには葬祭殿が有った様だが今は完全に破壊されている。プトレマイオス朝には、ギリシャ神殿のメムノンのものとされ現在の名が付いた様だ。一時は「像が歌う」言われたが今では静かで、周りでは野良犬が何匹ものんびりと昼寝をしていた。 -
カルナック神殿
カルナックには幾つかの神殿が有るが、その中でもアムン神殿はエジプト最大規模の遺跡であり圧巻だ。アムン神はルクソールの地方神だったが、王国発展と共に太陽神ラーと結合して国家の最高神になった。歴代のファラオ達は繁栄を願ってアムン神信仰の地に、神殿・オベリスク・神像等を寄進しカルナック神殿は巨大な建物群となった。 -
入り口からスフインクス参道
-
ビタジェムの巨像
ラメセス2世の巨像 -
第1第2塔門を通って奥に入ると大列柱室がある。仰ぎ見ても空が見えないほどだ。高さ23mと15mの2種類の巨大な柱が60~70cm間隔に136本並び建つ光景は何とも表現しがたく“すご〜〜い”の一言につきる。
-
カルナック神殿のレリーフの美しい列柱
-
トトメス1世のオベリスク
-
ハトシェプスト女王のオベリスクか?倒れたのか地面に展示してある。。トトメス1世のオベリスクと同じように天を仰ぎ見ていたのであろう。
-
トトメス3世の祝祭殿。此処にも大きな列柱室が有る。
-
トトメス3世の祝祭殿の列柱室を行くとアムン・ラー神の至聖所に出る。
-
聖なる池(満々と水を湛えている)
-
聖なる池の近くに、かえるの小さな像が真ん中に有り、その周りを3回廻ると願い事が
叶うと。と言われ無言で3回廻ったが、果たして結果は? -
ルクソール神殿
アムン神殿の付属神殿として作られた神殿。確かにカルナック神殿と比べてみれば規模は小さい物のドッシリとした風格のある神殿である。入り口を入るとセラピス神の礼拝堂が
ある -
スフインクスが両側に並ぶ参道。このスフインクスの参道によってカルナック神殿と結ばれていた。スフインクスは縦に走る道路に架けられた橋の下や、家の下にまだまだ眠っている。
-
入り口を入ってネクタネボ1世の中庭には正面が第1塔門で1本のオベリスクが建っている。本来は2本有ったようだが現在1本はパリのコンコルド広場に建って居ると言う事だった。
-
ラメセス2世の塔門(第1塔門)を入るとラメセス2世の中庭。此処にはトトメス3世の礼拝所やモスク(ガーマ・アブー・イル・ハッガーグ)ラメセス2世の像等色々な像が有
る。ガーマは毎年ラマダンの半月前に大きなお祭りが行われると言う。今年は9月10日前後だったのかな?? -
メンホテプ3世の塔門(第2塔門)を入ると列柱廊である。カルナック神殿の列柱とはまた趣をことにするが、此の柱にも細かい彫刻が施されている。
-
町の喧騒とは裏腹にどっしりとして静寂を保っているが。直ぐ脇を車やバス、観光馬車が走り、正に観光立国である。ルクソール神殿はとても静かな神殿である
-
まだまだ発掘がなされている、神殿の裏側
-
観光馬車が沢山待機しているよ!「乗らないか?乗らないか?・・・」とうるさいほどに
言ってくる。「ラッツ!シュックラン」と言ってみる・・「ノーサンキュウ」をアラビックで言うとこうなるよ -
デンデラ
ルクソールからコンヴォイ(護衛隊)に守られ、観光バス、観光タクシー、観光マイクロバスなどが何十台も隊列を組み、100?以上の速さで走り何処にも止まらず日2時間弱ケナの町に着く。
此処からはハルガタ等紅海方面とデンデラ遺跡方面とに別れる。デンデラには1台の観光タクシーと2台の観光マイクロバスがコンヴォイに守られ向かった。デンデラ遺跡にはケナから4キロ位だ。 -
デンデラにはイヒ神殿、ホルス神殿、ハトホル神殿が有ったようだが殆どが破壊されて、ハトホル神殿だけが残っている。このハトホル神殿は古代神殿の中でも最も保存状態が良いものの一つで、ほぼ完全な状態で残されているという。
-
ハトホル神殿
古代エジプト最後の偉大な宗教的建造物。プトレマイオス朝末期に建てられたものと、ローマ支配時代に建造された物とがある。又プトレマイオス朝に建てられた建物に、ローマ支配時代に人が住み、煙などで壁面や天井がすすけて居るところもある。
ローマ支配時代の物である誕生殿、コプト教会などがある。 -
聖なる池
今は椰子の木が生い茂って水は入ってなかった。直ぐ脇にはナイル川の推量をはかるための洞穴(人の手で作られた、水の満ち引きを観測する穴)が有る。今でも通用しそうだ。 -
ハトホル神殿の本殿には巨大な牛の頭を持つ女神が彫られている。本殿の内壁、柱、天上にはレリーフが所狭しと掘られている。彩色が施され古代人の芸術的才能には感服する。保存状態のすこぶる上々である
-
列柱室にある柱には上部が顔の形をしている柱が並んでいる。これは神殿に祭られている愛の女神、ハトホル神の顔を表したものでハトホル柱と呼ばれている。保存状態もとても良い。
-
此の神殿には地下が有り、供え物や献上物、収穫した穀類などなど納置いたようだ。此の地下室に行く狭い地下廊にも沢山の壁画が彩色して彫ってある。
-
神殿の天井の彫刻には人間の体を画いたものや女性の子宮内の退治が居る様子が画かれていたりと興味深いものが多い。
-
建物の石組み・・・石と石とを組み合わせ、椰子の木の楔を入れて頑丈なものとした。この大きな石を何人の人で組み合わせ、楔を入れる溝を何で掘ったのだろうか?疑問が次から次から沸いて来た。
-
神殿の南側の壁には沢山のレリーフが彫られている。その中でもクレオパトラのレリーフは向かって左端にある
-
此のレリーフはクレオパトラとシーザーとの間に出来た息子であるプトレマイオス16世(カエサリオン)がくっきりと浮かび上がっている。クレオパトラの姿を画いたレリーフは大変珍しいと言う。
-
美しい壁画、色も鮮明だ
-
帰りもコンヴォイに守られ猛スピードでルクソールに戻った。真っ直ぐの道、左右曲がり角には拳銃を持った人々が立ち、ところどころには軍隊の詰め所があり、道行く車を守ってくれる。これだけルクソール以北は危険と言う事なのだろうか
-
デンデラからルクソールに戻り、気分一新フルーカに乗ってナイル川の涼風に吹かれ、一時のセイリングを楽しんだ。
帆が一杯の風をはらみ、川を滑るが如くフルーかが進む。何とも気持ちの良いナイルの風だった。 -
ナイルの風に吹かれた、あ〜〜あ〜〜良い気持ち〜〜
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
45