1995/05/03 - 1995/05
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buchijoyceさん
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ベリキボール
今日はベリキボールへ行く日。エレーナさんがなにやら人待ち顔だ。9時、エレーナのパパがはるばるベリキボールから私たちを迎えに来てくれた。朝4時発ちしてきたという。そしてとってかえしてベリキボールに向かうのだから運転手も大変だ。
ベリキボールはミンスクから400キロ近くある。一日の行程だ。ベリキボールはソフォーズである。エレーナの父セルゲイさんはソフォーズの役員である。朝私たちのために搾ってきた牛乳をもらった。
エレーナさんの両親はホイニキに住んでいる。ベリキボールとホイニキは車で30分ぐらいだろうか。エレーナさんは私たちがベリキボールにいる間、休暇をとって両親と過ごす予定のようだ。デニスは禁止区域に近づくことを気にした親に留守番をさせられ、むくれている。
露店でバナナをお土産に買おうと車を止めた。日本にいるとき子ども達はバナナをよろこんだ。夫は毎日市場からバナナを箱詰めで買ってきた。食べるのはいいが、食べ過ぎてお腹をこわさなければいいがと、心配した。案の定、ルスランがお腹をこわし、1度に食べるのは3本と決めた。そんなこともあって、バナナを買おうとしたのだ。
「全部売ってくれ」というと、
「全部はダメだ」という。
「どうして?」と聞くと
「買う人がいるから」と。
こういうところはまだまだ社会主義的体質の名残だろう。
エレーナさんは言葉がとぎれることがないくらい、運転手やエレーナのパパと盛んに話している。いくつかの町や村を過ぎていく。途中、トイレ休憩がある。トイレといっても、草むらにしゃがんで勝手にする。
お昼は森でのピクニック。パンやソーセージ、ニシンの薫製、トマトの塩漬け、生のラディッシュなどが並ぶ。お華に使うアスパラガスの葉みたいな香草も必ずと言っていいくらいにつく。ポットには暖かい紅茶が入っている。そうそう、ここで忘れてはいけないのがウォッカ。まずはウォッカで乾杯だ。ベラルーシ滞在中、食事の度に「ザバーシュ ズダロービェ(かんぱい=健康を)」と言って乾杯するので、すっかりお馴染みになってしまった言葉だ。酒は強い方だが生のウォッカは好きじゃない。私は飲めないことにする。「少し」というには「チューチュー」。食事のたびにチューチューを繰り返す。このアウトドアの食事はたのしく、気に入った。
エレーナさんが窓から顔を出している。なにやら人を探しているようだ。車が止まる。だれかが立っている。エレーナさんが下りる。あんまり車どおりはないようだが、この広い通りで釣ってきた魚を売っていたのだ。エレーナさんは両親のお土産に魚を探していたのだ。
まずホイニキに行き、エレーナさんを両親の家に送った。
両親は娘のためにご馳走を作って待っていた。挨拶に寄ると、
それを私たちにも食べろと言う。ベリキボールでみんなが待っているからと、抱き合って頬ずりして出る。
ベリキボールはソフォーズだ。見覚えのある白樺林が出迎えてくれる。エレーナの家に着くと、エレーナはドイツへ保養に行ってしまっていて留守だった。エレーナの母オーリャさん、兄さんのサーシャ、弟の小さなセルゲイと再会を喜ぶ。滞在中はエレーナの部屋を借りた。
エレーナの住んでいる住宅は4つのフラットに分かれている。
家族が多いせいか、フラットも広い。リビングにはピアノもある。エレーナが日本に来たときうちの車に「エリーゼのために」のテ−プがあった。このメロディを覚えて、ピアノを弾き出した。もっとも半音ができないので、似て非なるもの。もしかして「これ?」と弾くと、そうだと言って、毎日暇を見てはピアノに向かっていた。幸い今の日本の子どもたちはピアノを習っている子が多い。「エリーゼのために」くらいは弾ける。中学生の女の子が、毎日すこしづつ教え、帰るまでには前半は弾けるようになっていた。
ベラルーシに帰って、ピアノを習い始め、去年その成果を聴いたがかなり弾けるようになっていた。ロシアの音楽教育のメソッドは優れているようだ。
何人かの女性が集まって夕食の支度をしているところだったので、台所をのぞいた。定番料理の他に粉を練って薄くのばし、中に挽肉をのせ、上からもう一枚シートをかぶせ、形押しで圧すと、簡単に餃子のようなものができる。これを茹で、サワークリームをかける。ミートソースか、醤油の方が私たちには口に合う。
アーラやアーラのママのナージャさん、エレーナさん、親戚の人など大勢が来て、いっしょにご馳走をたのしんだ。アコーディオンに似たバイヤンを弾いてくれる人も来て宴はもりあがった。
「カチューシャ」「カリンカ」「トロイカ」「モスクワ郊外の夜は更けて」「ともしび」といったロシア民謡を、私たちは日本語で、あちらはロシア語で歌いまくる。
このパーティの様子をセルゲイさんがビデオに撮ってくれたが、
形式が違うので、日本では再生できなかった。人々が「ダシビダーニァ」と言って帰り始める。「ダパパチェンニァ」と私が答える。すると帰りかけていた人々が「mamasan」と言って抱きついた。ロシア語でなく、ベラルーシ語で答えたのが、よほどうれしかったようだ。
夫は部屋でダウン。静かになった居間で、オーリャさんとエレーナさんが深刻な顔をして話し込んでいる。言葉がわからないから加われないが、どうも子ども達のことを話し合っているみたいだ。親としてみれば一番気になるのは子ども達の将来、特に子どもたちの健康だろう。
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