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 もう第11回目にもなりますが、妻とともにホノルル旅行をしました。 以下が、その時の様子です。その時には、現地で調達するツアーであっても、今までに我々が行ったことがないものを選ぶことにしました。<br /> それで、今回は、<br />        1)ダックツアー<br />        2)ポリネシアン文化センター<br />        3)マノア滝ハイキングツア<br />        4)Bishop Museum<br />        5)U.S. Army Museum<br />を選択しました。<br /> 2)の「ポリネシアン文化センター」は、ホノルルのなかでも有名なツアーでしたが我々が行こうとしたのは今回が初めてでした。<br /> 因みに、ホテルの予約は電話で行いましたが、いつもの”Waikiki Parc Hotel ”です。値段は、$150(実際の支払い価格は、朝食もなく税金込みで約$170/泊)の廉い部屋ですが1階当たり25室程度しかなく、団体客もいない小規模なホテルです。但し、ホテル・オークラと連携をしているようです。客の半数は日本人ですが、レセプションでは矢張り英語でないと駄目です。<br /><br /> 今回のホノルルは工事中が多くて過去とは全く違った印象を受けました。ホノルルをはじめとするハワイ旅行は、いわゆるリーピター(繰り返し客)が多いそうで、それに対応するために既存のホテルを改造して”time share”向きにするコンドミニアムへの改造工事が大盛況でした。<br /> ”time share”とは、ホテルのように注文があってから一室毎に販売するのではなく、コンドミニアムにホテルを改造し、”time share”、即ち、コンドミニアムを、多くの顧客で持ち合い、時間的にづらしながら(time share)使用する方法に変えて利用するものである。現に、「ヒルトン」も「イリカイ」「Outrigger系」などのホテルは、既にこれを遣っている。顧客に取っては、来たときには高いホテルをやめてコンドミニアムの”time share”で使用する、これが、将来のハワイの往き道であろう。<br /> 因みに、上記の1)+2)+3)ツアー参加料を払った”Hawaii Japan Tour”のMr. Romeo Kina Manapatは、ツアの案内をアルバイト(?)でやっているようで、本職は現在改造中の「Outrigger系」コンドミアムの営業マンを遣っている。その故か、熱心に買うように勧誘を受けた。当人によると、多くの顧客が、マイレッジサービスによる航空会社の無料航空券の発行もあって、この動きを促進している。<br /><br /> 同じように、”Royal Hawaiian Shopping Center”も半分以上がtime sharing工事に併せて改装工事中でした。従い、全くこれまでのイメージとは違ったワイキキ風を見ました。ここにあったレストランであるが、左1/3にある”the Cheese Factory”は営業を続け、中央部と右1/3にあった”Paradiso Seafood &amp; Grille”は改造中で営業はしてなかった。 <br /><br /> 写真は、ホテル”Waikiki Parc Hotel ”の2015号室の部屋から外を見たところですが、ホテル<br />”Sheraton Waikiki”のために”Diamond Head”が見えず、しかし、ホテル”Royal Hawaiian”は良く見えるそんな部屋であった。もっとも、Waikikiの海辺は全く見えなかった。<br /><br />

妻とともにホノルル旅行

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2005/11/26 - 2005/12/01

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10

seitani5766

seitani5766さん

 もう第11回目にもなりますが、妻とともにホノルル旅行をしました。 以下が、その時の様子です。その時には、現地で調達するツアーであっても、今までに我々が行ったことがないものを選ぶことにしました。
 それで、今回は、
        1)ダックツアー
        2)ポリネシアン文化センター
        3)マノア滝ハイキングツア
        4)Bishop Museum
        5)U.S. Army Museum
を選択しました。
 2)の「ポリネシアン文化センター」は、ホノルルのなかでも有名なツアーでしたが我々が行こうとしたのは今回が初めてでした。
 因みに、ホテルの予約は電話で行いましたが、いつもの”Waikiki Parc Hotel ”です。値段は、$150(実際の支払い価格は、朝食もなく税金込みで約$170/泊)の廉い部屋ですが1階当たり25室程度しかなく、団体客もいない小規模なホテルです。但し、ホテル・オークラと連携をしているようです。客の半数は日本人ですが、レセプションでは矢張り英語でないと駄目です。

 今回のホノルルは工事中が多くて過去とは全く違った印象を受けました。ホノルルをはじめとするハワイ旅行は、いわゆるリーピター(繰り返し客)が多いそうで、それに対応するために既存のホテルを改造して”time share”向きにするコンドミニアムへの改造工事が大盛況でした。
 ”time share”とは、ホテルのように注文があってから一室毎に販売するのではなく、コンドミニアムにホテルを改造し、”time share”、即ち、コンドミニアムを、多くの顧客で持ち合い、時間的にづらしながら(time share)使用する方法に変えて利用するものである。現に、「ヒルトン」も「イリカイ」「Outrigger系」などのホテルは、既にこれを遣っている。顧客に取っては、来たときには高いホテルをやめてコンドミニアムの”time share”で使用する、これが、将来のハワイの往き道であろう。
 因みに、上記の1)+2)+3)ツアー参加料を払った”Hawaii Japan Tour”のMr. Romeo Kina Manapatは、ツアの案内をアルバイト(?)でやっているようで、本職は現在改造中の「Outrigger系」コンドミアムの営業マンを遣っている。その故か、熱心に買うように勧誘を受けた。当人によると、多くの顧客が、マイレッジサービスによる航空会社の無料航空券の発行もあって、この動きを促進している。

 同じように、”Royal Hawaiian Shopping Center”も半分以上がtime sharing工事に併せて改装工事中でした。従い、全くこれまでのイメージとは違ったワイキキ風を見ました。ここにあったレストランであるが、左1/3にある”the Cheese Factory”は営業を続け、中央部と右1/3にあった”Paradiso Seafood & Grille”は改造中で営業はしてなかった。

 写真は、ホテル”Waikiki Parc Hotel ”の2015号室の部屋から外を見たところですが、ホテル
”Sheraton Waikiki”のために”Diamond Head”が見えず、しかし、ホテル”Royal Hawaiian”は良く見えるそんな部屋であった。もっとも、Waikikiの海辺は全く見えなかった。

  • Duck Tours(ダック・ツアー)<br /><br /> 本ツアーは、“DUKW”または”Duck”と呼ばれる水陸両用車で、第二次世界大戦中に配属されたもの(当時、20,000台が活躍している)、その内の1台が我々の観光目的に利用された。ホノルル市内を陸上で走ってから、ハワイ・カイにあるココ・マリーナ・センタ(Koko Marina Center)付近から海に入った。<br /> 当然のことながら、海に浮かんでいるときの我々は想像できないが、多分広告にある感じであろう。海中にはハワイ・カイ(Hawaii Kai)にあるココ・マリーナ・センタ(Koko Marina Center)付近から入水した。残念ながら、海を走行中の我々の姿は写真に撮ることはできなかったが、多分、戦争中の将軍が上陸する時と同じスタイルかなと思ったりもした。<br /> ”Oahu Hawaii Duck Tours”添乗員からのクイズでこの”Duck”は何時ごろ生産されたものか?があったが1942年に軍用開発を完了、1943年から実戦配備されたものの1台である。世界中に40数台が主として観光目的で走っているが(私も、船名にアイゼンハワー将軍の名前を付けたものをChattanooga, TNで見たことがあるし、妻はAustraliaで乗ったことがある)、違った目的としては大阪市が川の清掃のために買ったこともある-私も最近の国内ニュースで見たことがある。その添乗員からは、国内に持ち帰り、整備して動かすには5000万円程かかるはず、大阪市は金持ちだなァ…との感想あり。<br /><br /> また、”Duck”として中国製の家鴨の笛を土産に渡されたが全員で吹きまくった。<br />

    Duck Tours(ダック・ツアー)

     本ツアーは、“DUKW”または”Duck”と呼ばれる水陸両用車で、第二次世界大戦中に配属されたもの(当時、20,000台が活躍している)、その内の1台が我々の観光目的に利用された。ホノルル市内を陸上で走ってから、ハワイ・カイにあるココ・マリーナ・センタ(Koko Marina Center)付近から海に入った。
     当然のことながら、海に浮かんでいるときの我々は想像できないが、多分広告にある感じであろう。海中にはハワイ・カイ(Hawaii Kai)にあるココ・マリーナ・センタ(Koko Marina Center)付近から入水した。残念ながら、海を走行中の我々の姿は写真に撮ることはできなかったが、多分、戦争中の将軍が上陸する時と同じスタイルかなと思ったりもした。
     ”Oahu Hawaii Duck Tours”添乗員からのクイズでこの”Duck”は何時ごろ生産されたものか?があったが1942年に軍用開発を完了、1943年から実戦配備されたものの1台である。世界中に40数台が主として観光目的で走っているが(私も、船名にアイゼンハワー将軍の名前を付けたものをChattanooga, TNで見たことがあるし、妻はAustraliaで乗ったことがある)、違った目的としては大阪市が川の清掃のために買ったこともある-私も最近の国内ニュースで見たことがある。その添乗員からは、国内に持ち帰り、整備して動かすには5000万円程かかるはず、大阪市は金持ちだなァ…との感想あり。

     また、”Duck”として中国製の家鴨の笛を土産に渡されたが全員で吹きまくった。

  • Duck Tours(ダック・ツアー)<br /><br /> ”Duck”の運転手とともに。

    Duck Tours(ダック・ツアー)

     ”Duck”の運転手とともに。

  • Polynesian Cultural Center(ポリネシア文化センタ)<br /><br /> Polynesian Cultural Center(ポリネシア文化センタ)に行くための迎えが来たが添乗員(BYU/Brigham Young University &#8211; Hawaiiの学生)はハワイ人が着ているような着物風の装い(ハワイアン・キルト)をした日本人であった。その人は、Polynesian Cultural Centerでアルバイトをしているようである。Polynesian Cultural Centerは、ワイキキのホテル街から海外沿いに約1時間半離れたところにある。<br /> なんでも、Polynesian Cultural Centerはモルモン教徒が経営しており、従い、センター内にあったレストランにも酒はなく、また、コーヒーもデカフェしかなかった。<br />我々は” Polynesian Cultural Center”には、今回初めて参加した。ツアには各種あるが、我々が参加したツアには、IMAXやセンタ内の遊園には行かなかったが、レストランでのビュッフェとポリネシア・ショウがあった。ショウは、フラダンスが主力であったが、最後にあった、燃える火をもって踊るダンスは素晴らしかった。<br /> 因みに、添乗員からアメリカの中のハワイ人についての感想があったが、昔、王国であったものが何故アメリカに統合されたのか? それが我々の疑問であった。<br />ハワイのなかでの、アメリカ白人勢力がハワイアン勢力との力関係で1893年には打ち勝ち、争いを避けるためにハワイが王制を止め、即ち、敗退した。従い、米国領土(テリトリ/Territory)となった。米国領土から州に昇格させようという運動は1903年から起こされたが、遂に1959年8月に50番目の州として承認された。このことに関して、琉球王国時代のからみで、現在の沖縄と似ているね、と自分がコメントすると、誤解されたのか、他のツア仲間の賛同は得られなかった。<br /> 帰りには添乗員は乗らなかったが、途中で、バンの冷却用の水が無くなってストップするなどの事故があった。<br /> ハワイの歴史は、http://www.hawaii-arukikata.com/hiinfo に詳しい。<br /><br />写真は、華々しいフラダンスの競演<br />

    Polynesian Cultural Center(ポリネシア文化センタ)

     Polynesian Cultural Center(ポリネシア文化センタ)に行くための迎えが来たが添乗員(BYU/Brigham Young University – Hawaiiの学生)はハワイ人が着ているような着物風の装い(ハワイアン・キルト)をした日本人であった。その人は、Polynesian Cultural Centerでアルバイトをしているようである。Polynesian Cultural Centerは、ワイキキのホテル街から海外沿いに約1時間半離れたところにある。
     なんでも、Polynesian Cultural Centerはモルモン教徒が経営しており、従い、センター内にあったレストランにも酒はなく、また、コーヒーもデカフェしかなかった。
    我々は” Polynesian Cultural Center”には、今回初めて参加した。ツアには各種あるが、我々が参加したツアには、IMAXやセンタ内の遊園には行かなかったが、レストランでのビュッフェとポリネシア・ショウがあった。ショウは、フラダンスが主力であったが、最後にあった、燃える火をもって踊るダンスは素晴らしかった。
     因みに、添乗員からアメリカの中のハワイ人についての感想があったが、昔、王国であったものが何故アメリカに統合されたのか? それが我々の疑問であった。
    ハワイのなかでの、アメリカ白人勢力がハワイアン勢力との力関係で1893年には打ち勝ち、争いを避けるためにハワイが王制を止め、即ち、敗退した。従い、米国領土(テリトリ/Territory)となった。米国領土から州に昇格させようという運動は1903年から起こされたが、遂に1959年8月に50番目の州として承認された。このことに関して、琉球王国時代のからみで、現在の沖縄と似ているね、と自分がコメントすると、誤解されたのか、他のツア仲間の賛同は得られなかった。
     帰りには添乗員は乗らなかったが、途中で、バンの冷却用の水が無くなってストップするなどの事故があった。
     ハワイの歴史は、http://www.hawaii-arukikata.com/hiinfo に詳しい。

    写真は、華々しいフラダンスの競演

  • ポリネシア文化センタ<br /><br /> ポリネシア文化センタでの一番の”見物”、松明のダンス

    ポリネシア文化センタ

     ポリネシア文化センタでの一番の”見物”、松明のダンス

  • 「Manoa Falls Hiking Tour」コース<br /><br /> 最近の日本人は、健康維持のためかハイキングや山歩きが大好きである。ハワイでも、これまでのツアーの他に”山歩きツアー”が流行っている。<br /> 本ツアーは、”Aloha Aina Eco Tours”が行っているもので、約1.5時間のコースです。<br /> 「虹の谷」マノア渓谷奥にあるマノア滝までのハイキングで、なんでも、NHKハワイトレッキング紀行にもでたことがあるとか。<br /> <br /> ところで、国外での山歩きツアーでの問題点は日本人のトイレ間隔が短いことです。ニュージーランドでもそうでしたがハワイでもそうです。<br /> 「Manoa Falls Hiking Tour」コースでも、ホテルでpic-upからツアが終わるまで、何処もトイレをする場所がなく、終わってからはじめて近所の公園でトイレをさせて貰えました。<br /> また、公園のトイレが防犯のためか、解放感があり、日本人としては他人の目を気にせざるを得ませんでした。<br /><br />写真は、マノア滝を背景に

    「Manoa Falls Hiking Tour」コース

     最近の日本人は、健康維持のためかハイキングや山歩きが大好きである。ハワイでも、これまでのツアーの他に”山歩きツアー”が流行っている。
     本ツアーは、”Aloha Aina Eco Tours”が行っているもので、約1.5時間のコースです。
     「虹の谷」マノア渓谷奥にあるマノア滝までのハイキングで、なんでも、NHKハワイトレッキング紀行にもでたことがあるとか。
     
     ところで、国外での山歩きツアーでの問題点は日本人のトイレ間隔が短いことです。ニュージーランドでもそうでしたがハワイでもそうです。
     「Manoa Falls Hiking Tour」コースでも、ホテルでpic-upからツアが終わるまで、何処もトイレをする場所がなく、終わってからはじめて近所の公園でトイレをさせて貰えました。
     また、公園のトイレが防犯のためか、解放感があり、日本人としては他人の目を気にせざるを得ませんでした。

    写真は、マノア滝を背景に

  • 「Manoa Falls Hiking Tour」に案内してくれた「まり子」さんと<br /><br /> 因みに、”Aloha Aina Eco Tours”の「まり子」さんのこと。<br /> 「まり子」さん日本人であるにも拘らず自分のことを「まり子」と自己紹介したが、残りのツアでは運転手の名前(アメリカ人)は紹介されたが、添乗員達の自己紹介は無かった。<br /> また、「まり子」さんは、同じツアに本「Manoa Falls Hiking Tour」を日本の雑誌記者を案内したこともあるが、その雑誌は「おとなの週末」誌で残念なことに自分が言ったことを間違って記事にし、即ち、ダイアモンド・ヘッドをハワイ語で”レーアヒ”、のことを”鮪の額(ひたい)”といったつもりであったが、記者は”死体(したい)”と勘違いし、そのまま「死体」と印刷されてしまっていた。<br /> 我々もその雑誌を読んだが、少なくとも、記者ならば自分が記事にすることをもう一度確認するべきである。<br /> 「まり子」さんにとっても「額」を「死体」と間違えられなど残念なことであろう。<br /><br />参考のために、”Aloha Aina Eco Tours”のツアー<br /> ”Manoa Falls Hiking Tour”以外にも下記のツアーがあります。<br /> 1)マカプウ岬ネイチャアーウォーク<br /> 2)クリオウオウトレッキングツアー<br /> 3)カヴァカヴァナイトツアー<br /> 4)ジャングルハイキングツアー<br /> 5)考古学&ネイチャーサイトツアー<br />ハワイ方面へ行かれるかたは、是非、これらへの参加をお薦めいたします。

    「Manoa Falls Hiking Tour」に案内してくれた「まり子」さんと

     因みに、”Aloha Aina Eco Tours”の「まり子」さんのこと。
     「まり子」さん日本人であるにも拘らず自分のことを「まり子」と自己紹介したが、残りのツアでは運転手の名前(アメリカ人)は紹介されたが、添乗員達の自己紹介は無かった。
     また、「まり子」さんは、同じツアに本「Manoa Falls Hiking Tour」を日本の雑誌記者を案内したこともあるが、その雑誌は「おとなの週末」誌で残念なことに自分が言ったことを間違って記事にし、即ち、ダイアモンド・ヘッドをハワイ語で”レーアヒ”、のことを”鮪の額(ひたい)”といったつもりであったが、記者は”死体(したい)”と勘違いし、そのまま「死体」と印刷されてしまっていた。
     我々もその雑誌を読んだが、少なくとも、記者ならば自分が記事にすることをもう一度確認するべきである。
     「まり子」さんにとっても「額」を「死体」と間違えられなど残念なことであろう。

    参考のために、”Aloha Aina Eco Tours”のツアー
     ”Manoa Falls Hiking Tour”以外にも下記のツアーがあります。
     1)マカプウ岬ネイチャアーウォーク
     2)クリオウオウトレッキングツアー
     3)カヴァカヴァナイトツアー
     4)ジャングルハイキングツアー
     5)考古学&ネイチャーサイトツアー
    ハワイ方面へ行かれるかたは、是非、これらへの参加をお薦めいたします。

  • 「Bishop Museum」<br /><br /> 「Bishop Museum」は、Charles Reed Bishop氏が妻であったカメハメハ王家最後の直系子孫であるパウアヒ王女の思い出のために建てたもので、ハワイと太平洋地域に関する歴史資料や文化遺産を含む膨大なコレクションをもった”Hawai’i State Museum of Natural and Cultural History”である。<br /> ここが持つコレクション数は1350万点にも及び、アメリカ一である。併せて、Bishop氏は妻と共同でカメハメ高校も建てている。これは、白人アメリカ人に押されがちであった純粋のハワイ人のためにカメハメ家の財産で建てられた高校で純粋のハワイ人しか入ることが出来ないもので、他にもハワイ島やマウイ島にも分校がある。また、Bishop氏はビジネスマンでもあり、First Hawaiian Bankの創始者の一人でもある。<br /><br />

    「Bishop Museum」

     「Bishop Museum」は、Charles Reed Bishop氏が妻であったカメハメハ王家最後の直系子孫であるパウアヒ王女の思い出のために建てたもので、ハワイと太平洋地域に関する歴史資料や文化遺産を含む膨大なコレクションをもった”Hawai’i State Museum of Natural and Cultural History”である。
     ここが持つコレクション数は1350万点にも及び、アメリカ一である。併せて、Bishop氏は妻と共同でカメハメ高校も建てている。これは、白人アメリカ人に押されがちであった純粋のハワイ人のためにカメハメ家の財産で建てられた高校で純粋のハワイ人しか入ることが出来ないもので、他にもハワイ島やマウイ島にも分校がある。また、Bishop氏はビジネスマンでもあり、First Hawaiian Bankの創始者の一人でもある。

  • 「Bishop Museum」<br /><br /> カメハメハ王家の系図

    「Bishop Museum」

     カメハメハ王家の系図

  • U.S. Army Museum<br /><br /> U.S. Army Museum(ハワイ陸軍博物館)を訪れた。ここには過去も行ったことがあるが月曜日で閉館中であったもの。<br /> ここ” U.S. Army Museum”とは、その昔、Fort de Russy内にある”Battery Randolph”で1976年12月7日に博物館として開館したもの。ハワイ合衆国陸軍のハワイおよび太平洋地域における活躍、ハワイの軍事史、また、ハワイ市民の国防に関する貢献などを物語る品々などを展示している所である。<br /> 日系人がアメリカに対する忠誠度を示すためにハワイで第100歩兵大隊を結成しイタリア戦線で戦ったことや、それを元に第442連隊が構成されるなど、第二次世界大戦時などHawaii陸軍の歴史に加えて、Hawaiiが生んだ”General Eric Ken Shinseki”の展示も多くある。因みに、”General Eric Ken Shinseki”は日系人であり、第34代陸軍参謀総長を務めた。”General Eric Ken Shinseki”は、ヴトナム戦争時に地雷で脚を飛ばされたことからか、地雷の模型などもあった。<br /> ”Battery Randolph(ランドルフ砲台)”は、オアフ鳥海岸防衛の主要砲兵施設であり、1908年から1910年の間に建設された。「消える」砲架に二本の14吋砲が設置され、発砲後、大砲は後座によりコンクリートの壁のうしろに隠れるように設計されていた。再び弾丸を込めると、重い対重を利用して発砲する時の位置に戻した。大砲の射撃距離は14マイルであり、司令部はダイヤモンドヘッドの頂上にあった。大砲に弾を装填する時の実物大の模型(大砲そのものは無かった)も博物館内にはあった。<br /> 日本軍の空中攻撃(真珠湾爆撃)により砲台の利用価値がなくなったため、大砲は1946年に取り壊された。砲台の最終撤去作業は1969年に”Hare Koa Hotel”の一部に改造するつもりだったが、強固すぎて壊されなかったそうである。<br /><br /> また、ハワイの産業というと「観光」と「軍」というだけに今回のShinseki将軍やNASAのOnizuka中佐など著名人も多くいるようです。また、オアフ島には、陸軍第25師団の司令部もあります。<br /><br />写真は、Shinseki将軍の来歴をあらわすもの。<br />

    U.S. Army Museum

     U.S. Army Museum(ハワイ陸軍博物館)を訪れた。ここには過去も行ったことがあるが月曜日で閉館中であったもの。
     ここ” U.S. Army Museum”とは、その昔、Fort de Russy内にある”Battery Randolph”で1976年12月7日に博物館として開館したもの。ハワイ合衆国陸軍のハワイおよび太平洋地域における活躍、ハワイの軍事史、また、ハワイ市民の国防に関する貢献などを物語る品々などを展示している所である。
     日系人がアメリカに対する忠誠度を示すためにハワイで第100歩兵大隊を結成しイタリア戦線で戦ったことや、それを元に第442連隊が構成されるなど、第二次世界大戦時などHawaii陸軍の歴史に加えて、Hawaiiが生んだ”General Eric Ken Shinseki”の展示も多くある。因みに、”General Eric Ken Shinseki”は日系人であり、第34代陸軍参謀総長を務めた。”General Eric Ken Shinseki”は、ヴトナム戦争時に地雷で脚を飛ばされたことからか、地雷の模型などもあった。
     ”Battery Randolph(ランドルフ砲台)”は、オアフ鳥海岸防衛の主要砲兵施設であり、1908年から1910年の間に建設された。「消える」砲架に二本の14吋砲が設置され、発砲後、大砲は後座によりコンクリートの壁のうしろに隠れるように設計されていた。再び弾丸を込めると、重い対重を利用して発砲する時の位置に戻した。大砲の射撃距離は14マイルであり、司令部はダイヤモンドヘッドの頂上にあった。大砲に弾を装填する時の実物大の模型(大砲そのものは無かった)も博物館内にはあった。
     日本軍の空中攻撃(真珠湾爆撃)により砲台の利用価値がなくなったため、大砲は1946年に取り壊された。砲台の最終撤去作業は1969年に”Hare Koa Hotel”の一部に改造するつもりだったが、強固すぎて壊されなかったそうである。

     また、ハワイの産業というと「観光」と「軍」というだけに今回のShinseki将軍やNASAのOnizuka中佐など著名人も多くいるようです。また、オアフ島には、陸軍第25師団の司令部もあります。

    写真は、Shinseki将軍の来歴をあらわすもの。

  • U.S. Army Museum<br /><br /> 第二次世界大戦中の看板で、「どこにも日本人がいるので言葉には気をつけよう…」。<br /><br /><br />以 上

    U.S. Army Museum

     第二次世界大戦中の看板で、「どこにも日本人がいるので言葉には気をつけよう…」。


    以 上

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  • alohaspiritさん 2006/06/28 06:44:24
    本当に工事中ばかりでした。
    初めまして。

    5月に7日間Honoluluに滞在しましたが、
    確かに、RoyalHawaiianShoppingCenterの
    まわりは大規模工事中でした。

    私も、Hawaii(特にHonolulu)のホテルは部屋
    数を減らして一室を広くする事で、今後大幅な
    値上げをする傾向にある、と聞きました。

    よって今後はtime sharingでいいホテルに手頃な
    値段で泊まるのが一つの賢い方法になるようですね。

    上記が理由ではないのですが、私も今回time sharing
    を購入しました。オーナーになったのは、以下のホテルの
    一室です。

    「The Westin Ka\'anapaliOcean Resort Villas 」↓
    http://www.aloha-street.com/est/?est_id=7130

    最初はOutriggerが建設中で今年12月頃に完成予定の
    Waikikiのホテルのtimeshareを購入予定だったのですが、
    泊まりたいホテルや、プログラムの内容が自分に合っている
    事から、上記のtimeshareに購入を決めました。

    マウイ島は行った事ありませんが、ハワイで生まれ育った
    友人曰く、「Hawaiiの自然のダイナミックさを味わいたい
    なら、Oahu(Waikiki)島より別の島の方がいいと思う。」
    との事でした。

    猪谷さんの日記は、そこで見たものの感想だけでなく、
    それに付随する情報や歴史も説明されていてとても
    読み応えがあります。

    また近々訪問します。





    seitani5766

    seitani5766さん からの返信 2006/06/29 22:24:54
    RE: 本当に工事中ばかりでした。
    time sharingをマウイ島に買ったのですか?良い考えだとおもいます。

    私もマウイ島には2度だけですが行きました。ホテルも高級、レストランなども、ワイキキのような高いところも廉いところもあるような感じではありませんでした。
    私らにとっては、高めの海外旅行だったと言う感じです。

    私らは、毎年1回のハワイ旅行ですが、いつも、Waikiki Parc Hotelです。一寸、小規模なhotelですので、また、time sharingの対象になるのかも知れません。

  • さすらいおじさんさん 2006/06/05 01:06:28
    オアフ島の旅行記参考にさせていただきました
    猪谷 盛一さん

    現在パナマシティにいます。
    中南米最後の訪問地で、残すところ10日。
    明日はオ−ランドに行き、6月8日から14日までハワイを楽しむ予定です、オアフ島の旅行記参考にさせていただきました。
    米軍の情報がとても参考になりました。
    真珠湾は 是非行きたいと思っています。
    情報ありがとうございます。

    seitani5766

    seitani5766さん からの返信 2006/06/05 09:20:02
    RE: オアフ島の旅行記参考にさせていただきました
    さすらいおじさん、おひさしぶりです。

     私の、パソコンがロックしてしまい立ち上げに時間がかかったことと、パスワードの認知などに時間がかかりすぎました。

     そうですか、あと10日ですか、日本に帰るのは。これで世界に国をほとんど回られましたね。おめでとう御ざいます。
     私自身は、この間、アメリカで最も少ない面積の州「ロードアイランド」州を訪問いたしました。でも、猛烈な雨で到着地がボストンであったにもかかわらず、途中で燃料切れのためにニューヨーク州のオルバニーで燃料補給、さらにボストンに向かうも窓際に座っていましたが着陸直前まで視界不良で外が全く見えずに完全に計器着陸でした。この間、ボストンに離発着した飛行機はゼロ、こんな状態でした。

     ホノルルによられるそうですね。
     オアフ島には、太平洋戦争での敗戦を調印した戦艦や陸軍博物館や陸軍の第25師団などがあります。かならずいかれる事とおみます。

     後わずかですね。お体には十分気をつけられて日本に帰られますようにお願いいたします。
  • さすらいおじさんさん 2006/01/01 13:00:07
    今年が猪谷 盛一さんにとられて素晴しい1年でありますことをお祈りいたします!
    猪谷 盛一さん

    あけましておめでとうございます。
    今年もよろしくお願いします。

    11回目のハワイとはすごいですね!
    私も今年2月末から中南米に3ヶ月の旅を計画しており、米国では、中継地のマイアミ、オーランド、ロス、ハワイ島を観光したいと思っております。

    猪谷さんのように米国全土を回る夢も持っていますが、別途計画したいと思っております。

    今年が猪谷 盛一さんにとられて素晴しい1年でありますことをお祈りいたします!

    seitani5766

    seitani5766さん からの返信 2006/01/01 20:26:01
    RE: 今年が猪谷 盛一さんにとられて素晴しい1年でありますことをお祈りいたします!
    さすらいおじさんへ

    あけましておめでとう御ざいます。
    この一年もまた宜しくお願い申し上げます。

    アメリカの次回でのノースカロライアナ州訪問で南北戦争時の歴史探訪は終わる予定です。もっとも、バージニア州なども残っていますが。次には何処に行こうかと迷っているところです。

    今の、ホノルルは去年と違ってホテルなどの改修工事の真っ最中です。完成するのも今年の後半か、来年度の掛かるのではないかと思われます。

    それにしても、さすらいおじさんのように中南米を3ヶ月で旅行するのも良いですね。私の場合は、最高で10日間までです。きっと、帰ってみて、その旅行中はこうするべきであったなどと考え、その結論をもって次の旅行に参加する…こんな風に考えると私にとっては自然かなとも考えたりもします。

    さすらいおじさんの今度の旅行もまた、バックパック旅行ですか?

    また、素晴らしい旅行記をお待ちしております。

    元気で旅行ができますように健康を祈っております。

    失礼いたします。
    猪谷 盛一

    さすらいおじさん

    さすらいおじさんさん からの返信 2006/01/01 23:48:50
    RE: RE: 今年が猪谷 盛一さんにとられて素晴しい1年でありますことをお祈りいたします!
    猪谷 盛一さん


    >さすらいおじさんの今度の旅行もまた、バックパック旅行ですか?

    2月からの中南米の旅はバックパッカーを考えています。
    安全面のリスクはありますが、旅の楽しさがそれを上回っていると感じました。
    旅行記をまた、ご覧いただければ嬉しいです。

seitani5766さんのトラベラーページ

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