1975/01/05 - 1975/01/05
362位(同エリア548件中)
片瀬貴文さん
ブラックアフリカの歴史は古く、かつてはヨーロッパを凌駕する文化レベルの時代もあった。
しかし文字記録に残されていないため、遺跡で推測するだけであり、ヨーロッパ人から見れば、未知の暗黒大陸であった。
アフリカやアラブ、あるいは新大陸の歴史については、われわれはヨーロッパ人から学ぶことが多く、知らず知らずにヨーロッパ的な考え方を受け入れている。
その結果、偏った見方にならないよう、常に留意しなければならない。
ヨーロッパの歴史にザイールが登場するのは、比較的近年である。
1482年(文明14年足利義政の時代)、ポルトガル人ディエゴ・カムは、アフリカ西海岸を南下し、ザイール河口にロアンゴ王国を発見。
ここに、ヨーロッパ人コロニーと、キリスト教布教の種が芽生えた。
その後、優れた火器を持ったアラブ人の奴隷集めが奥地に始まり、アフリカの人口は急減。
ヨーロッパ人が、アフリカ内陸部に関心を持ち始めるのは、植民地分割時代を迎えた19世紀からである。
1816年(文化13年井伊直弼大老誕生の年)、イギリス人タッキーの率いる探検隊が、初めて大西洋岸からザイール内陸部に向かう。
だが、その糸口で悪疫のため17人の犠牲者を出し、壮途は挫折。
その後しばらくの間、この国を含む赤道の周辺は、植民地分割の波から取り残された。
1857年(安政4年)に至り、医学博士・博物学者であり、宣教師でもあったイギリス人リヴィングストンが、ナイル河の水源を求めて、インド洋岸から内陸部を西に進み、タンガニーカ湖畔に到達。
しかしその後病気のため、連絡が途絶、行方不明になる。
それから、ザイール周辺は、再び探検の脚光を浴びることになった。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
ジンバブエ の人気ホテル
ジンバブエで使うWi-Fiはレンタルしましたか?
フォートラベル GLOBAL WiFiなら
ジンバブエ最安
1,560円/日~
- 空港で受取・返却可能
- お得なポイントがたまる
0
0