2019/04/28 - 2019/04/28
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あおしさん
このGWは平成から令和へ時代の代わる10連休。
海外も国内も飛行機は全滅。
自由席に乗ればなんとかなる新幹線で時代の変わり目が共通する明治維新の舞台、長州藩のゆかりの場所をまわってきました。
初日は晴れの天気予報だったので、まずは宮島へ。
ここは長州藩祖と言える毛利元就が厳島の合戦で数倍の軍勢だった大内・陶晴賢の軍を奇襲で破り、中国地方の大大名になった合戦が行われた場所。
長州藩の発祥の地と言ってもいいところです。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 船 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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朝7時の新幹線「のぞみ」で東京駅を出発。
「のぞみ」は指定席は当然満席、自由席もホームではすごい行列でしたが、なんとか座席を確保。
広島駅からは在来線に乗り換え。
広島のJR西日本の電車はステンレスのピカピカの新車になっていました。広島駅 (JR) 駅
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宮島最寄のJR宮島口駅までは外国人観光客も多く、大混雑。
宮島口駅まで30分。
ここで乗客はごっそり降りて、電車はガラガラ。
宮島口駅からまっすぐ行くと、宮島までのフェリー乗り場まですぐです。宮島口駅 駅
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宮島までのフェリーはJR西日本と松大汽船の2社が10分毎にフェリーを出しています。つまり2社合わせて5分毎です。
どちらのフェリーも運賃は同じですが、宮島の大鳥居のそばを通るのはJR西日本なのでまずはJR西日本のフェリーで。
かつては青函連絡船や宇高連絡船など全国に5か所あった鉄道連絡船も、今はここだけになりました。宮島フェリー 乗り物
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10分の船旅なのでカジュアルな船内。
観光客や外国人で大入り満員でした。宮島フェリー 乗り物
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宮島桟橋に到着。
神社をモデルにしたような雰囲気のある建物です。
JR宮島口駅ではコインロッカーが満杯でしたが、ここのコインロッカーは空きがたくさんありました。
しかも料金200円と安い!宮島桟橋 乗り物
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それにしてもすごい人、人、人です。
平成から令和の時代の変わり目ということで、どこの神社も大混雑のようですが、特に世界遺産で有名な厳島神社はたくさんの人が訪れているようです。
また宮島桟橋には「弥山ロープウエイは2時間待ち」の案内。
2時間も待ってられないので弥山は断念。宮島 紅葉
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まずは宮島桟橋近くの要害山(宮尾城跡)へ。
桟橋の前の小さな丘です。
大混雑の観光客もここにはほとんど来ていませんでした。宮尾城跡 名所・史跡
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毛利元就は約3000人の軍勢に対して、大内・陶晴賢は2万と約6倍。
正面から戦っては勝ち目がないので、戦略を練ります。
まずはここに城を作り、陶の大軍を宮島におびき寄せました。
城跡からみた厳島神社の方面。宮尾城跡 名所・史跡
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城跡を見た後、昼食をとろうと思いましたが、どこの店も大行列。
宮島に来たので、名物の「あなご飯」を食べたかったのですが・・・
あきらめかけていたところ「中屋」というお店では出来立てのお弁当を作っていました。
行列のなかったので早速ゲット。
1500円。中屋玉仙堂 グルメ・レストラン
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厳島神社への海岸は公園になっており、大鳥居が見えます。
ここで「あなご弁当」を食べました。
元就の策略で、上陸した陶の2万の大軍はこのあたりでぎっしりだったようです。 -
弁当を食べた後、浜を歩いて大鳥居まで。
大鳥居の方はすでに海に浸かっていました。
ただ社殿の方はまだ、水に浸かっていません。
今日の満潮は4時なので、そのころには社殿も水に浸かることを期待。
あと今日の天気予報では晴れだったのですが、天気は曇り。
青空バックの赤い鳥居を期待していたのですが・・・厳島神社 寺・神社・教会
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先に厳島の社殿入り口の前の階段を昇ったところにある千畳閣(豊国神社)へ。
この建物は豊臣秀吉が建てたとされるものです。豊国神社(千畳閣) 名所・史跡
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千畳閣の裏手には五重塔。
厳島合戦のころは、千畳閣はまだ建てられておらず、この塔だけ。
このあたりは「塔の岡」と呼ばれていたそうです。五重塔 名所・史跡
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陶晴賢はここ「塔の岡」に本陣を置き、宮島桟橋近くの宮尾城を攻めていました。
この狭い場所に2万の軍勢が所せましとひしめいていました。
緑のところが宮尾城跡です。 -
塔の岡から降りて、宮島歴史民俗資料館へ。
かつての商屋を使った資料館ですが、館内は案外広く、平清盛など平家一門、厳島の合戦についての資料も多く展示されていました。
大河ドラマ「平清盛」で使われた平家納経のレプリカ。
鮮やかな色の経巻です。宮島歴史民俗資料館 美術館・博物館
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平清盛木像。
教科書などでもよく見ます。
一門の繁栄を願って経巻を手に取っています。 -
厳島神社の出口付近にある大願寺。
ここも大混雑。大願寺 寺・神社・教会
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幕末、徳川幕府は反幕の長州藩を討伐すべく大軍を長州藩に差し向けます。
しかし、大村益次郎や高杉晋作の率いる長州藩の前に惨敗。
これにより徳川幕府は権威は失墜、1年後徳川15代将軍、徳川慶喜が大政奉還して徳川幕府は滅亡します。
ここ大願寺には、徳川幕府の勝海舟と長州藩の木戸孝允の講和交渉が行われた部屋が残っています。 -
大願寺の前にある厳島宝物館。
昔より、平清盛から勝海舟まで多くの歴史上の人物が厳島神社に寄った時に、鎧や刀などを奉納しました。
それを見れると思ったのですが、係員の方に聞くと、それらは普段公開していないとか。
入館料損しました。嚴島神社宝物館 美術館・博物館
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満潮までまだ時間があるので、宮島の反対側まで歩くことにしました。
まずは厳島神社から町家通りを通って宮島桟橋へ。
参道はものすごい人でしたが、この通りはさほど人もなく落ち着いていました。
昔からの町家が残ってるレトロな通りです。町家通り 名所・史跡
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宮島桟橋からさらに包ケ浦というところまで歩きます。
約4キロ、40分ほどのようです。
途中の道を歩いていくと、野生の鹿がたくさんあちこちにいました。宮島 紅葉
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包ケ浦に到着。
ここは海水浴場とキャンプ場になっています。
毛利元就はここに上陸しました。
毛利元就上陸の石碑です。包ヶ浦海水浴場 ビーチ
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この包ケ浦に上陸した毛利元就は山沿いに、2万の大軍でひしめいてる「塔の岡」周辺の陶晴賢の大軍に奇襲をかけます。
狭い場所にひしめいていた陶の軍勢は大混乱、元就は圧勝しました。
厳島の合戦は織田信長が3000人で今川義元の2万の軍勢に勝利した桶狭間の合戦、北条氏康が8000人で上杉憲政の8万の軍勢に勝利した川越夜戦と並ぶ「日本3大奇襲戦」と呼ばれます。 -
帰りは宮島島内の路線バスで戻ります。
1~2時間に1本の地元の方の足です。
お客さんは私1人でした。 -
満潮の4時に厳島神社に戻ってきました。
ただ、今日は「小潮」だったためか、海水はここまで。
社殿は海水に浸かりませんでした。
「海の上」の社殿を見たかったのですが・・・
今度は「大潮 満潮 晴れ」の日に再度来ようと思います。厳島神社 寺・神社・教会
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さて、帰りですが、宮島桟橋はフェリー町のお客さんで長い行列。
1時間くらいはかかりそうです。
ただ、松大汽船の方がさほどでもなかったので、帰りは松大汽船で。
しかもJR東日本のSuicaも使えました。
今日は岩国のホテルに泊まります。宮島松大汽船 乗り物
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