平泉旅行記(ブログ) 一覧に戻る
月見坂をさらに進むと右手の石段の上に中尊寺の山門がある。<br /><br /> 平泉には二度目の訪問であるが、前回は観光バスでやってきて、<br /> 記憶に残るのは金色堂だけである。<br /> 平泉に来たのに中尊寺そのものが全く記憶にない。<br />まして本堂がどんな形であったのか、仏像はどんなだったかも覚えていない。<br /><br /> 前回訪ねた時には、中尊寺そのものが無かったのではないだろうか、と思えるほどだ。<br /><br /> (中尊寺山門)

世界遺産:中尊寺と金色堂(芭蕉の道を歩く 31)

3いいね!

2014/10/18 - 2014/10/18

682位(同エリア875件中)

0

13

hide-bach

hide-bachさん

月見坂をさらに進むと右手の石段の上に中尊寺の山門がある。

平泉には二度目の訪問であるが、前回は観光バスでやってきて、
記憶に残るのは金色堂だけである。
平泉に来たのに中尊寺そのものが全く記憶にない。
まして本堂がどんな形であったのか、仏像はどんなだったかも覚えていない。

前回訪ねた時には、中尊寺そのものが無かったのではないだろうか、と思えるほどだ。

(中尊寺山門)

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
カップル・夫婦
交通手段
新幹線 JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

PR

  • <br /><br />(中尊寺本堂)



    (中尊寺本堂)

  • <br /><br />(本堂入口の参拝客)



    (本堂入口の参拝客)

  • <br />本堂に上がって仏像を眺める。金ぴかの坐像である。<br /> 仏像がどんな印を結ぶのか、その印がどんな意味を持つかよく知らないが、<br /> 確かに見たことのない印の形をしている。<br /> 仏像の右手は手の平を前に向けて胸の高さに有り、<br /> 左手は甲を前に向けて、二本の指(親指と人差し指)を上に向けている。<br /><br />(本堂の金色の仏像)


    本堂に上がって仏像を眺める。金ぴかの坐像である。
    仏像がどんな印を結ぶのか、その印がどんな意味を持つかよく知らないが、
    確かに見たことのない印の形をしている。
    仏像の右手は手の平を前に向けて胸の高さに有り、
    左手は甲を前に向けて、二本の指(親指と人差し指)を上に向けている。

    (本堂の金色の仏像)

  • 平泉は、奥州藤原氏が密教の教えに従って想い画いた、<br /> 仏国土(極楽浄土)を現わす建造物と庭園群により、世界遺産に登録されることになった。<br /><br /> 中尊寺の仏像は、その浄土を説き指し示しているのではないだろうか。<br /> 金色堂が示すように、<br />この世にない黄金の輝きの中に浄土を探し求めたように思える。<br /><br />さらに進むと、金色堂、経蔵、旧覆堂に着く。<br /><br /> 芭蕉は、<br /> 「兼ねて耳驚かしたる二堂開帳す。経堂は三将の像を残し、<br /> 光堂は三代の棺を納め、三尊の仏を安置す。七宝散うせて、<br /> 珠の扉風に破れ、金(こがね)の柱霜雪に朽ちて、<br />すでに頽廃空虚の叢(くさむら)と成るべきを、四面新に囲みて、<br /> 甍を覆ひて風雨を凌ぐ。<br /> 暫時(しばらく)千載の記念(かたみ)とはなれり。<br /><br />・五月雨の 降りのこしてや 光堂」と述べている。<br /><br /> (金色堂の案内)<br /><br /><br />

    平泉は、奥州藤原氏が密教の教えに従って想い画いた、
    仏国土(極楽浄土)を現わす建造物と庭園群により、世界遺産に登録されることになった。

    中尊寺の仏像は、その浄土を説き指し示しているのではないだろうか。
    金色堂が示すように、
    この世にない黄金の輝きの中に浄土を探し求めたように思える。

    さらに進むと、金色堂、経蔵、旧覆堂に着く。

    芭蕉は、
    「兼ねて耳驚かしたる二堂開帳す。経堂は三将の像を残し、
    光堂は三代の棺を納め、三尊の仏を安置す。七宝散うせて、
    珠の扉風に破れ、金(こがね)の柱霜雪に朽ちて、
    すでに頽廃空虚の叢(くさむら)と成るべきを、四面新に囲みて、
    甍を覆ひて風雨を凌ぐ。
    暫時(しばらく)千載の記念(かたみ)とはなれり。

    ・五月雨の 降りのこしてや 光堂」と述べている。

    (金色堂の案内)


  • <br /><br /><br />(金色堂への道)




    (金色堂への道)

  • <br /><br /><br />(金色堂)




    (金色堂)

  • <br /><br /><br />(「七宝散りうせて」の七宝を散りばめた柱(東北歴史博物館のレプリカより)




    (「七宝散りうせて」の七宝を散りばめた柱(東北歴史博物館のレプリカより)

  • 芭蕉が尋ねた時は、すでに四面を囲み覆堂が出来ていた。<br /> 現在の覆堂はコンクリート製であるが、旧覆堂も残っている。<br /> 芭蕉が言う二堂開帳すの二堂は、覆堂内の金色堂と経蔵のことだ。<br /> 光堂には「三代の棺を納め」とあるのは、<br /> 初代清衡、二代基衡、三代秀衡の三人の遺体を指しているが、<br /> 義経を自害させ、頼朝に討たれた泰衡の首級が納められており、<br /> 今では、親子四代のご遺体が納められていることが判っている。<br /><br /> (撮影できない金色堂ネットから)

    芭蕉が尋ねた時は、すでに四面を囲み覆堂が出来ていた。
    現在の覆堂はコンクリート製であるが、旧覆堂も残っている。
    芭蕉が言う二堂開帳すの二堂は、覆堂内の金色堂と経蔵のことだ。
    光堂には「三代の棺を納め」とあるのは、
    初代清衡、二代基衡、三代秀衡の三人の遺体を指しているが、
    義経を自害させ、頼朝に討たれた泰衡の首級が納められており、
    今では、親子四代のご遺体が納められていることが判っている。

    (撮影できない金色堂ネットから)

  • <br /><br /><br />(撮影できない金色堂内陣ネットから)




    (撮影できない金色堂内陣ネットから)

  • 芭蕉が言う「経堂は三将の像を残し」と言っているが、これは現在の経蔵のことではないようで、<br /> 金鶏山のことを言っているようだ。(奥の細道菅菰抄より)<br /><br />*「奥の細道菅菰抄」は別名 高橋利一著の解説書で、<br /> 芭蕉の100年後に著わされた、第一級の解説書と言われている。<br /><br /> (経蔵)

    芭蕉が言う「経堂は三将の像を残し」と言っているが、これは現在の経蔵のことではないようで、
    金鶏山のことを言っているようだ。(奥の細道菅菰抄より)

    *「奥の細道菅菰抄」は別名 高橋利一著の解説書で、
    芭蕉の100年後に著わされた、第一級の解説書と言われている。

    (経蔵)

  • <br /><br />(旧覆堂の案内)



    (旧覆堂の案内)

  • <br /><br />(芭蕉が見た旧覆堂)



    (芭蕉が見た旧覆堂)

  • <br /><br />(芭蕉像と「奥の細道」文学碑)<br /><br />平泉はこれで終わった。<br />次は「世界文化遺産の毛越寺(もうつうじ)と観自在王院跡」へ。<br /><br /><br />・秋風の 祈りにほほ笑む 仏さま    hide-san



    (芭蕉像と「奥の細道」文学碑)

    平泉はこれで終わった。
    次は「世界文化遺産の毛越寺(もうつうじ)と観自在王院跡」へ。


    ・秋風の 祈りにほほ笑む 仏さま  hide-san

この旅行記のタグ

3いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP