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<br /> <br />1988年5月24日に、アスワンからルクソールへバス移動。<br />アスワンで教えられた、エアコンの効いた中級の「ウィンザーホテル(21ポンド)」に決める。<br /><br />学生さんと人妻さんと僕の3人で、夕方、「ルクソール神殿」を見に歩いた。<br />ルクソール神殿も立派なものだった。<br /><br />正直僕は、ルクソールのカルナック神殿とルクソール神殿をごちゃ混ぜに理解していた。<br />だから、両側にスフィンクスの並んだ参道、オベリスク、列柱を見て、「ルクソールにある神殿は見た」と結論付けた。<br /><br />神殿を見たとしたら、次は、ナイル西岸を見れば、ルクソール観光は終わりだ。<br />5月25日、夜が明けたらさっそくルクソール西岸の観光に出かける。<br /><br />西岸観光の手段としては、タクシーやツアーバスもあるようだ。<br />しかし、ルクソールには貸し自転車屋だらけなので、自転車で観光するのが基本だろうね。<br /><br />まず、自転車を借りる。<br /> 自転車一台を一日借りて、2ポンド(120円)。<br /><br />まずフェリーに自転車を載せて、ナイル西岸へ渡る。<br />このページの写真は、1988年5月25日朝、ナイル東岸で西岸へ渡るフェリーを待っているときに取ったものだ。<br /><br />僕の最初の世界一周旅行では、カメラを持たなかったので、自分で取った写真はない。<br />しかし、旅先で時々写真を取られたりはした。<br /><br />この時代は、フィルムカメラだった。<br />だから、写真を取った人は、わざわざプリントして、郵送してくれることはない。<br /><br />僕はこの世界一周旅行では、東京の住居を引き払っていたので、写真の郵送先もなかったしね。<br /> 日本に帰国して、住所を決めて、友人知人に連絡を取った。<br /><br />そのときに、送ってもらったものではないかな。<br />なにしろ、世界一周が終わったあと日本に帰国しても、さらにロサンゼルスに半年滞在していた。<br /><br />だから、連絡を取ったのは、1991年になってたんだけどね。<br />つまり、僕が1988年のこの写真を手にしたのは、3年後になりました。<br /><br />僕は、海外旅行のサイトを作ったり、本を書いたりしているので、写真の使い道はある。<br />でも、サイトを作ることがないとしたら、写真を自分でも、見直すことはない。<br /><br />友達に見せても、誰も興味を持ってくれない。<br />だから、旅をしているときは、写真のことは、気にしない方がスッキリするよ。<br /><br />僕も一回目の世界一周旅行では写真は撮らなかった。<br />ただ、1996年の2回目の世界一周旅行では、きちんと写真を残している。<br /><br />この理由は、そのころカルト的な人気があった「スーパーニューズマガジンGON!」に、旅行エッセイを連載していたからだ。<br /> 「世界旅行者みどりのくつしたのガイドブックではわからない旅」というエッセイで、一時期かなりの人気があった。<br /><br />その影響で、僕の本を出すという話が、ちらほらあったわけだ。<br />すると、本に載せる写真が必要で、この時は意識的に(世界中あちこちに僕がいる)写真を撮っていた。<br /><br />2000年に「間違いだらけの海外個人旅行」を出すときに、適当に写真を使って役に立った。<br /> 自分のサイトで旅行記を書くときも、写真があった方が、わかりやすいからね。<br /><br />でも、最初の世界一周旅行では、基本的に写真は撮らなかったわけだ。<br />ナイロビのリバーハウスの写真も、知り合った旅行者からメールに添付して送ってもらった。<br /><br />いま考えると、エジプトの遺跡の写真はあった方がよかったね。<br />エジプトは、さすがに見るものが多いし、ピラミッドは印象に残るものだし。<br /><br />さて、3人で、自転車を連ねて、ルクソール西岸観光の開始。<br />まず「メムノンの巨像」を通り過ぎた。<br /><br />周囲に何もないところに、ポツンと2体の巨像があるので、これはすごく感動したね。<br /> 無料だったし。<br /><br />西岸の切符が、4.5ポンド(270円)。<br />これは、全部を含んだ値段だったと思う。<br /><br />王家の谷は別料金だったのかもしれませんが、メモしてありません。<br /> 続いて、「ハトシェプスト女王葬祭殿」へ。<br /><br />ここは、1997年に67人の観光客(日本人を含む)が犠牲になった、「ルクソール事件」の場所だ。<br />それからいままでイスラム諸国の治安は悪化の一歩だね。<br /><br />僕が旅していた1988年では、イスラム諸国の治安はとてもよかったよ。<br /> 出会う人々もほとんどは親切だったしね。<br /><br />ハトシェプスト女王葬祭殿から、山道に入り、上り道をあえぎながら自転車をこいで、「王家の谷」へ。<br />そこで適当にお墓の中に入った(どこに入ったか、覚えてない)。<br /><br />ここまでがお昼で、暑さもものすごく、上り道を自転車で行くので、大変だった。<br /> 僕はこのときまだ30歳代で、東京では国立競技場のトレーニングセンターの会員だったので、体力はあるほうだった。<br /><br />その僕でも、暑さで体力を消耗して、バテバテだった。<br />ところが人妻さんは、有閑マダムで、スポーツクラブに通っていたとか。<br /><br />学生さんはもちろん20代の一番元気な時期。<br /> 王家の谷からの戻り道になると、下り坂なので、自転車で競争になる。<br /><br />人妻さんがトップに立って、そのあとに男性二人が続く形になった。<br /> 帰りにも、どこかの遺跡を見たと思う。<br /><br />これは、休息を取るのが目的だった。<br />とにかく、暑い時期に、西岸を自転車で回るのは、危険なので止めた方がいいでしょう。<br /><br />エアコンの効いた観光バスかタクシーで、見て回るのがいい。<br /> 観光地が多いので、適当にはしょるのがオススメです。<br /><br />僕たちも、あまりに疲れたので、とっととまたフェリーに乗って、東岸へ戻りました。<br />このあと、記憶にないが、旅行ノートに、「ETAPホテルのバーでバカルディトニック」とある。<br /><br />ETAPホテルは記憶にないが、いま調べたら、今でも存在する、ルクソールのまともなホテルらしい。<br />バーも、きっとステキなところだったのでしょう。<br /><br />汗をかいたあとで、バカルディ(ラム)を飲んだので、すっかり酔っ払った。<br /> 身体が過度に疲れて、美人人妻さんと、真面目そうな学生さんを目の前にしたら、ついついエッチネタを話したくなる。<br /><br />まあ、人間、旅先で出会った、気を使う必要がない人たちと、思い切り、エッチな話をするほど楽しいことはないね。<br /> 本当かどうかわからないから、言いたいことを言えるしね(笑)。<br /><br />というわけで、ついつい、危ない話をしてたような気がする(が、覚えていない)。<br /> 人妻さんが、今夜、カイロへ戻るということで、鉄道駅へ行って、切符を買うのを手伝う。<br /><br />寝台を取ろうとしたら、寝台車がついてなくて、一等車の切符を買う。<br /> 僕は疲れてしまったので、切符を買った段階で、疲れを感じて、とっとと部屋に帰って寝ました。<br /><br />見送りは、学生さんに任せました。<br /> 翌朝聞くと、一等車の切符を買ったのに、実際は一等車もついてなかった。<br /><br />人妻さんは、ルクソールからカイロへの夜行の二等車で移動したようです。<br />お金持ちだから、飛行機でも飛べただろうと、僕が思ったのは、翌朝になってからでした。<br /><br /><br /> <br /><br /><br />

自転車を借りて、ナイル川を西岸へ渡るフェリーを待つ(1988/05/25)@ルクソール/エジプト

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1987/09/07 - 1990/05/05

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みどくつ

みどくつさん



1988年5月24日に、アスワンからルクソールへバス移動。
アスワンで教えられた、エアコンの効いた中級の「ウィンザーホテル(21ポンド)」に決める。

学生さんと人妻さんと僕の3人で、夕方、「ルクソール神殿」を見に歩いた。
ルクソール神殿も立派なものだった。

正直僕は、ルクソールのカルナック神殿とルクソール神殿をごちゃ混ぜに理解していた。
だから、両側にスフィンクスの並んだ参道、オベリスク、列柱を見て、「ルクソールにある神殿は見た」と結論付けた。

神殿を見たとしたら、次は、ナイル西岸を見れば、ルクソール観光は終わりだ。
5月25日、夜が明けたらさっそくルクソール西岸の観光に出かける。

西岸観光の手段としては、タクシーやツアーバスもあるようだ。
しかし、ルクソールには貸し自転車屋だらけなので、自転車で観光するのが基本だろうね。

まず、自転車を借りる。
自転車一台を一日借りて、2ポンド(120円)。

まずフェリーに自転車を載せて、ナイル西岸へ渡る。
このページの写真は、1988年5月25日朝、ナイル東岸で西岸へ渡るフェリーを待っているときに取ったものだ。

僕の最初の世界一周旅行では、カメラを持たなかったので、自分で取った写真はない。
しかし、旅先で時々写真を取られたりはした。

この時代は、フィルムカメラだった。
だから、写真を取った人は、わざわざプリントして、郵送してくれることはない。

僕はこの世界一周旅行では、東京の住居を引き払っていたので、写真の郵送先もなかったしね。
日本に帰国して、住所を決めて、友人知人に連絡を取った。

そのときに、送ってもらったものではないかな。
なにしろ、世界一周が終わったあと日本に帰国しても、さらにロサンゼルスに半年滞在していた。

だから、連絡を取ったのは、1991年になってたんだけどね。
つまり、僕が1988年のこの写真を手にしたのは、3年後になりました。

僕は、海外旅行のサイトを作ったり、本を書いたりしているので、写真の使い道はある。
でも、サイトを作ることがないとしたら、写真を自分でも、見直すことはない。

友達に見せても、誰も興味を持ってくれない。
だから、旅をしているときは、写真のことは、気にしない方がスッキリするよ。

僕も一回目の世界一周旅行では写真は撮らなかった。
ただ、1996年の2回目の世界一周旅行では、きちんと写真を残している。

この理由は、そのころカルト的な人気があった「スーパーニューズマガジンGON!」に、旅行エッセイを連載していたからだ。
「世界旅行者みどりのくつしたのガイドブックではわからない旅」というエッセイで、一時期かなりの人気があった。

その影響で、僕の本を出すという話が、ちらほらあったわけだ。
すると、本に載せる写真が必要で、この時は意識的に(世界中あちこちに僕がいる)写真を撮っていた。

2000年に「間違いだらけの海外個人旅行」を出すときに、適当に写真を使って役に立った。
自分のサイトで旅行記を書くときも、写真があった方が、わかりやすいからね。

でも、最初の世界一周旅行では、基本的に写真は撮らなかったわけだ。
ナイロビのリバーハウスの写真も、知り合った旅行者からメールに添付して送ってもらった。

いま考えると、エジプトの遺跡の写真はあった方がよかったね。
エジプトは、さすがに見るものが多いし、ピラミッドは印象に残るものだし。

さて、3人で、自転車を連ねて、ルクソール西岸観光の開始。
まず「メムノンの巨像」を通り過ぎた。

周囲に何もないところに、ポツンと2体の巨像があるので、これはすごく感動したね。
無料だったし。

西岸の切符が、4.5ポンド(270円)。
これは、全部を含んだ値段だったと思う。

王家の谷は別料金だったのかもしれませんが、メモしてありません。
続いて、「ハトシェプスト女王葬祭殿」へ。

ここは、1997年に67人の観光客(日本人を含む)が犠牲になった、「ルクソール事件」の場所だ。
それからいままでイスラム諸国の治安は悪化の一歩だね。

僕が旅していた1988年では、イスラム諸国の治安はとてもよかったよ。
出会う人々もほとんどは親切だったしね。

ハトシェプスト女王葬祭殿から、山道に入り、上り道をあえぎながら自転車をこいで、「王家の谷」へ。
そこで適当にお墓の中に入った(どこに入ったか、覚えてない)。

ここまでがお昼で、暑さもものすごく、上り道を自転車で行くので、大変だった。
僕はこのときまだ30歳代で、東京では国立競技場のトレーニングセンターの会員だったので、体力はあるほうだった。

その僕でも、暑さで体力を消耗して、バテバテだった。
ところが人妻さんは、有閑マダムで、スポーツクラブに通っていたとか。

学生さんはもちろん20代の一番元気な時期。
王家の谷からの戻り道になると、下り坂なので、自転車で競争になる。

人妻さんがトップに立って、そのあとに男性二人が続く形になった。
帰りにも、どこかの遺跡を見たと思う。

これは、休息を取るのが目的だった。
とにかく、暑い時期に、西岸を自転車で回るのは、危険なので止めた方がいいでしょう。

エアコンの効いた観光バスかタクシーで、見て回るのがいい。
観光地が多いので、適当にはしょるのがオススメです。

僕たちも、あまりに疲れたので、とっととまたフェリーに乗って、東岸へ戻りました。
このあと、記憶にないが、旅行ノートに、「ETAPホテルのバーでバカルディトニック」とある。

ETAPホテルは記憶にないが、いま調べたら、今でも存在する、ルクソールのまともなホテルらしい。
バーも、きっとステキなところだったのでしょう。

汗をかいたあとで、バカルディ(ラム)を飲んだので、すっかり酔っ払った。
身体が過度に疲れて、美人人妻さんと、真面目そうな学生さんを目の前にしたら、ついついエッチネタを話したくなる。

まあ、人間、旅先で出会った、気を使う必要がない人たちと、思い切り、エッチな話をするほど楽しいことはないね。
本当かどうかわからないから、言いたいことを言えるしね(笑)。

というわけで、ついつい、危ない話をしてたような気がする(が、覚えていない)。
人妻さんが、今夜、カイロへ戻るということで、鉄道駅へ行って、切符を買うのを手伝う。

寝台を取ろうとしたら、寝台車がついてなくて、一等車の切符を買う。
僕は疲れてしまったので、切符を買った段階で、疲れを感じて、とっとと部屋に帰って寝ました。

見送りは、学生さんに任せました。
翌朝聞くと、一等車の切符を買ったのに、実際は一等車もついてなかった。

人妻さんは、ルクソールからカイロへの夜行の二等車で移動したようです。
お金持ちだから、飛行機でも飛べただろうと、僕が思ったのは、翌朝になってからでした。





旅行の満足度
5.0

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