2016/07/17 - 2016/07/17
284位(同エリア335件中)
三峯霧美さん
第二回 浅間神社巡り後半は マニアックな神社をまわります。
誰もいない山間の静かな神社と外国人観光客で轟音うず巻く観光地が同じ村の中に存在する忍野。
その対比がとても面白い場所ではありますが・・・外国人観光客のテンションの高さと、それに負けじと商売に励む土産物屋の呼び込みに、すっかりエネルギーを吸い取られてしまいました。たぶんもう二度と忍野八海に足が向くことは無いでしょう。
河口湖に引き返し、一竹辻が花の美術館で美しい絞り染めの着物で目の保養、時間が遅かったからか、賑やかな外国人や団体客もなく、静かに美しい着物を鑑賞することができました。
三連休中で帰りの中央道は渋滞しているので、日帰り温泉で汗を流して帰ってきました。
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13:27 富士吉田市大明見(おおあすみ)東北本宮小室浅間神社
木々の緑に真っ赤な鳥居のコントラストが強烈です。
駐車場は脇の川にかかった橋から境内側に入ったところに数台分。2台ほど先客がいて、神楽殿脇にも数台の車が停まっていますが、まったく人の気配がありません。 -
手水舎の水は流れていますが、奥の社務所はカーテンが閉まり、拝殿の扉も閉まっています。神職さんがいらっしゃれば、御朱印を頂けたのですが、残念です。
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参道正面に神楽殿
崇神天皇6年に 阿曽谷神社として、東に1?の山裾に創建された古社です。
1686年にこの地に遍座しました。 -
祭神 木花開耶姫命
本殿は桃山時代に建造されたもの。
とても静か。 -
13:48 忍野村 内野浅間神社
大明見から山を越えると、忍野村です。
神社は住宅街を抜けた山裾にありました。鳥居の脇に駐車スペースとトイレも完備。 -
石段の参道には燈篭が並んでいます。当然のように誰もいない。手水舎にも水はナシ。
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拝殿 雨が続いていたからか、石段が一部崩れていて修復中でした。
創建は南北朝合の後、応永年間とされています。 -
本殿は覆い殿の中でした
1363年の棟札がある、忍野村で一番古い建造物です。
尹良親王の従兄與良親王の孫梅若王が神主となりますが、3年で亡くなり、足利氏はその霊を産土神として祀り、富士浅間神社と改めました。 -
拝殿の横に、びっくりするほど大きいトチノキがありました。根回り9メートル、高さは35メートル、枝は東西に26メートルも広がっています。
下から眺めると、大きな緑の葉が幾重にも重なり、木の先端は見せません。その姿は指輪物語に登場するエントという巨木人のようです。 -
御朱印は、この後参拝した忍野浅間神社の社務所で頂きました。
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隣の峰に八幡社があるので、せっかくだからお参り。
境内から小道を歩いて行きます。下草が刈られていて、手入れされているのが判ります。
道の途中に、祠がありました。どんな神様が祀られているのでしょうか。
八幡社と浅間神社と、この祠は同じ高さにあるので、三社並べてお祀りされているのかもしれません。そばまで行く気にならなかったので、直感を信じてスルー。
落ち葉ふかふかの小道を歩いて行きます。 -
八幡社 (忍野村)
浅間神社からの小道は沢に沿って下り、鳥居の脇に出てきます。この沢、土石流の危険地帯と看板が出ていました。
こちらも誰もいません。 -
創建は不明 祭神は誉田別尊
明治までは神仏混淆で法華経の題目講が行われていました。
今でも例祭では法華経の唱題が行われ、相撲の奉納があるそうです。
石段は最近整備されたようで、規則正しく石が並びます。 -
こちらも、忍野浅間神社で御朱印を頂きました。
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14:14 忍野村忍草 浅間神社
駐車場の場所が判らず、並びの忍野八海観光用の民間駐車場に車を停めました。
神社の駐車場は境内の裏側を流れる川の対岸、無料です。忍野八海 淺間神社 寺・神社・教会
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拝殿 祭神 木花開耶姫命
創建は807年 摂社末社がたくさん並び、その間をうめるようにイチイの木がありました。頼朝の時代に社殿が再建され、頼朝が戦勝祈願を行った神社です。 -
御神輿もすぐそばで見ることができました。これは富士山のお神輿。
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御朱印を頂きました、このほかに先ほど参拝してきた3社もいただき、ちょっと宮司さんとお話しをしていたら、招魂社の御朱印がとても珍しいと、先日九州から参拝しに来た方がいたとか。
「珍しい」とか、言われると、これは頂いておこうということに。
忍野八海の出口池にある稲荷社の御朱印もいただきました。 -
出口池の稲荷社の御朱印を貰ってしまったし、少し疲れたので、忍野八海の土産物屋でソフトクリームでも食べて休憩しようと思って忍野八海のメインの場所へ歩いて行きました。
6年前とは様相が変わり、外国人(中国人)がたくさんいて、誰もが大声で話し、ハイテンションで写真撮影して、土産物屋はごった返し、店のスタッフは負けじと大声を張り上げ、その様子に圧倒されました。 -
透明度の高い湧き水と茅葺の古民家に遠景に富士山という、ひなびた村の風景は、某テーマパークのアトラクションのようになってしまいました。
狭い場所に人が多すぎるからで、とても休憩できるような場所じゃない。
きっと、もう二度と、ここには来ない。 -
ソフトクリームの目的は達成、ブルーベリーソフトはフローズンヨーグルトベースの酸味のある味。
ベンチに座って、駐車場でもらった地図を広げ、稲荷社のある出口池を探しました。
出口池まではかなり遠い!・・あれ?6年前の記憶をたどると・・・そういえば、一番遠い池まで歩いて行ったような気がする。
それに、池の奥に赤い鳥居の神社があったことも思い出しました。 -
これがその時の出口池の写真です。右の上に赤い鳥居が見えています。
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出口池は遠く、6年越しの参拝済みということで、稲荷社にはいかないことにしました。
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6年前の忍野八海の画像です。静かでした。とても風情のある場所でした。
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清流の脇の小道を散歩して、心の洗濯をしたことを思い出しました。さようなら静かな忍野。
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招魂社の場所を宮司さんに教えてもらったので、車で内野方面に戻ります。
創建は昭和47年(1972年)立派な由来書が石碑になって残っています。 -
日露戦争以降、戦場で亡くなった方の御魂を祀った神社です。
地元の名士の方が土地とお金を出して、とても立派な神社になっています。
手入れも行き届いていました。当然誰もいませんし、まして観光目当ての外国人が来るわけがない。
あちこちの神社をまわると、境内に招魂碑や招魂塔があります。戦後70年がたち、戦争で家族を奪われた方々も、少なくなってしまいましたが、亡くなった方々がいて、今の平和な世界があることを忘れてはいけない。 -
御朱印ですが「八紘一宇」という御朱印が珍しいということなのです。
戦前の戦意を向上させるスローガンだったようで、戦後GHQによって使用を禁止された言葉なんだとか。
おかげで今はもう、意味さえ分からない死語に近く、御朱印に使っても問題なしなのか。
70年前に日本が侵略した国の人たちが、目と鼻の先に大挙して観光にやってきて、楽しんでいるって、平和だからこそでしょう。
とはいえ、かの国の元首は世界征服でもする気なんだろうか。 -
15:40 河口湖に戻って 久保田一竹美術館
久保田一竹氏によって復活した絞り染めの技法である辻が花の連作の着物が展示されています。
1994年の開館当時、訪れたいと思ってたこと、忘れてました。
その頃は子育ての真っ最中、すべてが子供中心の生活で、美術館のことは心の片隅に追いやられて、いつしか忘れてしまいました。久保田一竹美術館 美術館・博物館
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入り口は不思議な門。古いインドのお城の門を移築したのだとか。門の先は滝のある日本庭園で、もみじがたくさんありました。
秋に赤く染まるモミジを配したのは、一竹さんのデザインでしょうか。 -
琉球石灰岩で飾られた新館に入り口があります。
入ると、雑貨のセレクトショップ、ちょっと眺めるのが楽しい。 -
広場を眺めるテラスは、ガウディ風
琉球石灰岩の階段を上がると、ユニークな形の本館があり、辻が花の着物はそこに展示してあります。
着物は間近に見ることができ、絞り染めの凹凸や微妙な色の差し方、一着の着物としての模様の配置、光の角度によって色合いと輝きが変わる美しさ、数歩離れると連作の着物が見せる移り変わる風景、その美しさにため息が出ます。 -
久保田氏の個室だったという、茶室。窓から眺める緑の庭園はほっと一息つける場所。
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まあなんというか、日本庭園にガウディ風建築、本館はユニークな形の大型ログハウス、ところどころにオブジェがあり、インドの門もありと、バラエティーに富んだ美術館でした。
展示内容が変わったら、また訪問したいと思います。 -
16:50 ハーブフェスティバルの会場の大石公園へ移動。駐車場はテントが張られて、臨時の雑貨屋さんの出店が並んでいました。
全部眺めて歩きましたが、欲しいものは無かったなぁ。
富士山は雲の中にすっぽりと隠れてしまいました。大石公園 公園・植物園
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今回は自然生活館の中を見ることができました。
ブルーベリーの里というネーミングが、歴史を感じてしまいます。
35年くらい前は、ブルーベリーは今ほど身近な存在ではなく、軽井沢や八ヶ岳を代表とする高原リゾートに行かないと、ジャムさえ手に入らない果実でした。
だから何となく、おしゃれな雰囲気を醸し出していました。
その名を冠にした最先端の施設だったのでしょう。 -
その後、高原リゾートが目を付けたのがハーブ。ラベンダーやカモミールです、自然志向の入浴剤や化粧品とお茶が流行り、そしてその流れは、アロマに移行していくわけです。
この三連休がハーブエスティバルの最終週、ラベンダーもそろそろ盛りを過ぎてきました。 -
17:10 大石公園の駐車場に車を停めて、歩いて5〜6分の浅間日月社へ。
参道の真ん前にドカンと停まる車。神社の駐車場が無いので歩いて来たのですが、これは・・・地元の人じゃないと停められないスタイル。
ビジターがやったら、何を言われるか・・・。 -
駐車車両を背に写真を撮影。
ここも赤い鳥居が緑に映えています。創建は926〜967年頃。
社伝によると富士山北口小浅間之社と言ったそうです。 -
祭神 木花開耶姫命 天照皇大神 月読命
江戸時代は「御手洗浅間」と呼ばれ、河口浅間本宮の参拝前にこの神社を詣で、心と身を清めたと言われいます。
大正6年の大火で被災し、本殿、拝殿はその後に再建されたものですが、御神霊は無事だったそうです。 -
本殿の周りには朽ち果てる寸前の摂社や末社がありました。
昭和30年(1955年)に村社の日月神社と合併して「浅間日月神社」と称するようになりました。 -
神社の向かい側にある食料品店でガリガリ君を買う。
汗をかいているので、とてもおいしい。
大石公園に戻り、本日の神社巡りはこれにて終了・・まだ行っていない神社が数社残ってしまいました。
しかし、中央道はお約束の強烈渋滞中。翌日も海の日の祝日なので、ゆっくり帰ろうということに。 -
鳴沢村まで走って、冨士眺望の湯ゆらりへ。駐車場がいっぱいだったので、混雑しているかと思ったのですが、お風呂は1階と2階に別れ、イベント風呂がたくさんあり、洗い場も数が多いので、待つこともなく、楽しめました。洞窟風呂は一人だったので、満喫しました。
その後河口湖IC近くの「大黒天」で中華の夕食、一皿の量が多いので、4品頼んで満腹。
この日の中央道の渋滞解消は午前0時、途中のSAとPAで1時間ずつ時間をつぶし、帰宅は午前1時でした。
しかし、富士吉田、あなどれない。まだ行っていない神社があるので、次回も富士吉田から廻ります。富士眺望の湯「ゆらり」 温泉
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