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えっ、ウミネコって、カモメじゃないの? 《岩手県・浄土ヶ浜ほか》

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    旅行時期 2016/05/21 - 2016/05/24 (2016/07/02投稿

     32年前、息子2人を連れて東北旅行をしました。 全行程車中泊だったこともあり、妻と幼い娘を家に残しての男旅です。
     後年、娘は嫁ぎ先の縁で何度か岩手に行くことになり、妻だけが岩手県に行ったことのないまま、時が過ぎてきました。
     そのことがずっと気にかかっていた私は、今回妻との旅行先を岩手に決め、3泊4日の短期ながら名所のいくつかを回ってきました。

    写真 87枚

    交通手段 : 
    • 現地移動 :  自家用車
    エリア:
    岩手 | 宮古
    エリアの満足度:
    5.0
    • 【 東北といえば 】

       いきなり珍妙な写真で恐縮です。
       早朝6時に家を出た私たちは、昼ごろ東北自動車道の長者原SAに着き、そこでなんと、弁慶さんに出遭ったのです。
       いかついお顔に似合わぬ優しい口調で「山形県の瀬見温泉をご存じですか?」と訊かれ、「ええ、泊まりました」と答えましたが、それは嘘。 旅の途中に寄ったことがあるだけです。
       弁慶さんが、瀬見温泉には義経主従にまつわる伝説がいろいろあると話してくれましたが、そこににこやかに近づいてきたのは、松尾芭蕉さんと河合曾良さん。
       「中山平温泉をご存じですか?」
       「ええ、もちろん」
       これも嘘。名前も知りません。 お二人は私の嘘を見抜いたらしく、芭蕉と曾良が奥の細道を旅したときに通った中山越という峠のある所だと教えてくれました。
       
       昼食を終えて出てくると、今度は見るからに役所の観光課といった感じの若い男性に呼び止められ、宮城県大崎市の新品種米「ささ結(ささむすび)」を貰いました。
       まだ旅は始まったばかり。 幸先の良い思いを抱きながらアクセルをふかします。

    • 【 ヌヌッ? 】

       家から500km、ちょうど7時間をかけて中尊寺に着きました。
       駐車場に変わった車が。 二人乗りの電気自動車のように見えますが、誰が何のために使うのでしょうか。 気になりながら通り過ぎましたが、家に帰ってからネットで調べて、ガガ〜ン!
       観光客が町内を自由に走り回るために、一日単位で貸し出しているのだそうで、料金はなんと無料!
       無料という言葉に弱い私は、何年ぶりかという激しい後悔に苛まれました。
       これから平泉に行かれる方、是非、平泉町観光商工課に問い合わせてからお出かけください。 あーっ、悔しい!

    • 【 月見坂 】

       駐車場から金色堂まで約800mの月見坂です。
       32年前、息子とここを歩いているとき、なんという偶然でしょう、上から勤務先の長がお供をぞろぞろ連れて降りてくるのに出くわしました。
       別段、勤務をさぼっての旅行ではありませんから、うろたえることもないのですが、それでも心中おおいに慌てました。
       そんなことを妻に話しながら、ゆっくりと歩を進めます。

    • 【 観音堂 】

       坂の途中には多くの堂宇があり、一つずつお参り(というより、見学)しながら進みます。
       これはその一つ、観音堂です。
       なかなか雰囲気のあるお堂で、正面におわす観音様の慈愛に満ちた表情に惹きつけられますが、参拝する人はほとんどいないようでした。

    • 【 金色堂 】

       さあ、お目当ての金色堂です。
       といっても、妻に見せなければというだけで、私自身はあまり感動もありません。
       金色堂そのものはコンクリートの覆堂に隠れていますし、覆堂に入るとその狭さから金色堂の建築全体を見ることができず、ただ黄金の須弥壇ばかりを見て出ることになるからです。
       須弥壇そのものはもちろん一見の価値があるのですが、キンキンキラキラの意匠は、まあ、人それぞれで・・・。

    • 【 松尾芭蕉像 】

       その金色堂のすぐ先に、芭蕉の像がありました。
       お馴染みの姿に「おや、さきほどSAでお会いしましたね」と声をかけたくなります。
       そばには奥の細道の一節を記した碑がありますが、特に興味も湧きません。 実は私は、あの有名な 『奥の細道』 を読んでいないのです。 「月日は百代の過客にして・・・」という冒頭の部分だけは国語の授業で暗記しましたが、それで終わり。

    • 【 旧覆堂 】

       全面金箔貼りの金色堂は当然のことながら風雨による劣化が激しく、築50年ほどで簡単な覆いがされたものの、それでは不十分で、160年余り経った鎌倉時代中期に立派な覆堂が作られたそうです。
       それが写真の旧覆堂で、1963年まで金色堂を守ってきました。 
       当然覆堂自体の老朽化もあり、現在のコンクリート製にとって代わられたのですが、700年近くも働き続けたその建物は、それ自体が歴史的価値をもつ立派なもので、そのまま壊すのは勿体ないと、金色堂から100mほど離れた所に移築され、現在重要文化財に指定されているそうです。

    • 【 弁財天堂 】

       弁財天十五童子を祀った弁財天堂です。
       説明板によれば、弁財天は水と実りを司るインドの女神で、池や河川とともに祀られるのだそうです。 そういえば各地の「弁天様」はたいてい水のある所にありますね。
       1716年建立だそうですから、ちょうど300年経っているということになります。
       私の家は30年であちこち傷んできましたが・・・。

    • 【 峯薬師堂 】

       昭和57年に改築されたという新しいお堂です。
       お堂の中には薬師三尊像が祀られています。 なんだかのっぺりした仏様だなと思ったら、なんと昭和63年の作だそうです。
       古い仏像を見ると崇敬の念が湧くのに、こういう新しい仏様を見るとなにか軽い感じがしてしまうのは私の偏見で、古い仏様だって最初は新しかったわけですね。 でも私は勝手な理屈を持っていて、仏像は何百年という星霜を経て、物体としては劣化しながら、同時に人の手による作為の部分が削ぎ落され、「木材を削った工作物」から「本物の仏様」に変身していくのだと信じています。
       だからこの薬師三尊像も、何百年かのちには、見る者の心を打つ仏様になるに違いありません。

    • 【 本堂 】

       さあ、中尊寺本堂です。
       明治42年に再建されたものだということで、奥州藤原氏の栄華という概念に引きずられたまま仰ぐと、新しくて拍子抜けします。
       さらにご本尊の釈迦如来像は平成25年の作だそうですから、私の孫よりも若い仏様・・・、まあ、そういう見方がそもそも罰当たりなのですが。

    • 【 弁慶堂 】

       最後に、弁慶堂を見学します。
       お堂自体の彫刻も見事ですが、納められた弁慶像には胸が詰まります。 どうやら衣川の戦いで主君義経を守って立ち往生した姿を表しているらしく、薙刀を杖代わりにしてかろうじて立ってはいるものの、やや下を向き、今にも膝から崩れ落ちるのではないかと思われ、“生身の弁慶”が感じられます。

    • 【 高舘義経堂(たかだちぎけいどう) 】

       中尊寺で2時間半ほど過ごしたあと、車で数分の所にある高舘義経堂に行ってみました。 私も初めての所です。
       藤原泰衡に襲われて妻子と共に自害した義経の遺体が葬られた場所に建てられたお堂ということですが、その後の北上川の浸食による地形の変化もあり、実際の場所より西にずれているそうです。
       義経の首は塩漬けにされて鎌倉に送られたものの、腐食して顔立ちははっきりしなかったとのこと。 そのため、実は義経は生き延びており、秘かに蒙古に渡ってジンギスカンになったのだという伝説がありました。
       こういうまことしやかな作り話は私がおおいに好むところで、中学時代には半ば本気で信じていました。

    • 【 源義経像 】

       お堂の中には甲冑姿の義経像が祀られています。 250年くらい前に作られたものだそうですが、塗色も劣化しておらず、近年の祭りで山車に飾られている人形のようにも見えます。

    • 【 仁王像 】

       石段の左側に、無人駅の待合室といった規模の資料館があります。
       唯一目を引くのはこの仁王像で、なんともユーモラスな姿ですが、いったいいつごろ誰が作ってどこに置かれていたものなのか、さっぱり分かりません。

    • 【 芭蕉句碑 】

       最初の石段から見てお堂とは反対側に、芭蕉の句碑があります。

        夏草や 兵どもが 夢の跡

       この句が詠まれたのはこの近くらしいのですが、今はきれいに整地されていて、句のイメージは浮かんできません。

    • 【 毛越寺浄土庭園 】

       毛越寺。 中尊寺に勝るとも劣らない平泉の名所だと思うのですが、私はこれまで行ったことがありません。
       藤原秀衡がこの世に極楽浄土を現出させようと意を尽くして造営したという庭園で、日頃狭い庭でヤブ蚊に刺されながらミョウガを掘ったりしている私などには、羨ましいという気すら起こらない別世界です。
       

    • 【 大泉が池 】

       毛越寺の写真に必ず出てくるのが、大泉が池の石組みです。
       池の向こうで何かやっているようです。 行ってみましょう。

    • 【 曲水の宴 リハーサル 】

       毛越寺では、毎年5月の第4日曜日に曲水の宴が開かれるそうです。
       庭園内を流れる遣水に盃を浮かべ、自分の前に流れてくる間に和歌を詠むという平安時代の遊びで、高校時代に古文の先生にやらされました。
       上の句を詠んで盃を流す者はいいのですが、それが流れてくるまでに下の句を詠む者は大変です。
       この日はまさにその第4日曜日で、リハーサルが行われていました。
       流れが緩すぎて盃を載せた紙舟が流れず、小学生が棒で押し流しているのがご愛嬌でした。

    • 【 龍頭鷁首船(りゅうとうげきしゅせん) 】

       平安時代に貴族が池に浮かべて管弦の遊びをした船で、鷁とは風に耐えて大空を飛ぶという想像上の水鳥で、船首飾りのモチーフとしてよく使われたものです。つまり龍の頭をつけた船と、鷁の首をつけた船を龍頭鷁首船といいます。
       ・・・ということを、あとからWikipediaで調べました。

       40余りあったという堂宇は鎌倉時代と戦国時代の大火・戦火ですべて失われたとのことで、今はそれぞれの礎石と池だけが残っているのですが、それはそれでまた別の興趣があります。
       たっぷり庭園を楽しんで本堂に戻ると、もう閉門時間の5時になっていました。

    • 【 SAでの夕食 】

       その後東北自動車道に戻り、60kmほど北上して紫波SAに着いたのが6時前。今日はここで寝ます。
       ちょっと早いけど夕食をとることにし、妻は「春の香り」とかいう定食、私はビールがないので食欲もなく、シンプルなとんかつ定食にしました。
       これが、何だか知らないけど50円引きで、おまけにSA内で使える買物券400円分をくれたので、本当は二人で2160円のところ、実質1710円で済むという嬉しい会計になりました。
       ところでレジの女性、「ご希望の方には買物券400円分を差し上げておりますが、いかがですか?」と言っていました。 「ご希望」しない人がいるのでしょうか?

    • 【 SAの朝 】

       実はこのSA、32年前に息子たちと車中泊をした所です。
       当時はまだ車中泊という旅のスタイルが今ほど認知されておらず、危険もあったので売店の正面に泊めて寝たものですが、今回は同好者らしい車も何台か見られました。
       キャンピングカーもありましたが、これは我が家にはムリな話です。

    • 【 石川啄木新婚の家 】

       2日目の朝、まずは盛岡市内の「福田パン」を目指します。
       妻が娘から聞いていたようで、話の種にと思ったのですが、6時半を過ぎたばかりだというのに6台分の駐車場に5台の車が停まっていました。
       開店までの時間に、徒歩で向かったのが「石川啄木新婚の家」です。
       啄木が妻、両親、妹と5人で3週間ほど過ごした家で、私は学生時代にヒッチハイクで訪れています。 細かな部分までは覚えていませんが、もの忘れの激しい私にしては記憶とぴったり重なり、懐かしい思いに捉われました。

    • 撮影場所の地図

      【 福田パン店内 】

       福田パンに戻ると、なんともう長い行列ができており、テレビクルーが撮影までしていました。
       7時きっかりに店が開くと、列はそのまま店内に入り、折れ曲がって順番を待ちます。

    • 撮影場所の地図

      【 コッペパンを注文 】

       この店の売りは、その場で客の注文を聞いてコッペパンにジャムだのチョコレートだのを挟む、昔懐かしいやり方です。
       私も小学生のときには学校のそばのパン屋さんでピーナツバターを挟んでもらっていました。
       この歳では気恥ずかしいので、注文は妻に任せます。
       
       店を出ると先ほどのテレビクルーが待っていて、あれこれインタビューされました。 日本テレビの『沸騰ワード10』という番組で、放送承諾書まで書かされましたので、てっきりテレビに出るのだと思い、後日かたずをのんで観ました。
       確かに福田パンは出ましたが、私たちは影すら映りませんでした。

    • 【 盛岡城跡公園での朝食 】

       盛岡城跡公園でコッペパンを食べます。
       パンはふかふかして、とても美味しく、いくらでも食べられそうです。

    • 【 盛岡城石垣 】

       手入れの行き届いた園内にはツツジ、ウツギ、ハナズオウ、さらに八重桜などが咲いており、それらを楽しみながら歩いていると、立派な石垣が現れました。
       慶長年間に築かれた盛岡城の遺構です。

    • 【 石川啄木歌碑 】

       啄木の歌碑です。
       
         不来方の お城の草に 寝ころひて 空に吸はれし 十五の心

       この有名な歌について、私はずっと「不来方城(こずかたじょう)」跡と思っていましたが、今回ここを訪れるについて予習をしたところ、確かにここは昔不来方という地名であり、不来方城という城があったのだが、その後慶長年間に同じ場所に別の城(盛岡城)が築かれ、地名も盛岡と改められたということを知りました。 その盛岡城も明治の廃城令で解体されています。
       ということは、啄木の時代には不来方城跡はなかった訳で、歌の意味は「不来方にあるお城の跡(盛岡城跡)」ということになると思います。
       学生時代、いっぱしの啄木通を気取っていた自分なのに、勘違いもいいところで・・・、恥じ入るばかりです。

    • 【 櫻山神社 】

       盛岡城跡公園の一角に、櫻山神社があります。
       盛岡藩初代藩主の遺徳を偲んで云々と由緒書きにありますが、長くなるので省略します。

    • 【 長寿院亀之助 】

       それより、門の下にいる亀が気になります。
       長寿院亀之助というありがたい名前がついており、備え付けのタワシで甲羅をひとこすりすると3年、ふたこすりで6年、みこすりで10年、寿命が延びるそうです。
       なんだか計算が合わないようですが、むずかしいことは考えずに3回こすりました。
       タワシ? もちろん亀の子タワシです。

    • 【 烏帽子岩 】

       もう一つ、この神社の社屋に接するように、大きな岩があります。
       「烏帽子岩」とも「兜岩」とも言われていますが、盛岡城築城のときに掘り下げた地の下から出てきたそうで、以来、南部藩盛岡の御守り岩として崇拝されているのだとか。
       なんだか分かりませんが、大きいことはいいことですね。

    • 【 万年山宝徳寺 】

       城跡公園を出た私たちは、国道4号線を20kmほど北上し、石川啄木ゆかりの旧渋民村に向かいます。
       まずは宝徳寺へ。
       僧侶であった啄木の父が生後まもない啄木を連れて赴任したお寺で、啄木は18歳までここで過ごしました。
       
         ふるさとの 寺の畔の ひばの木の いただきに来て 啼きし閑古鳥

       という歌に出てくるのはこの宝徳寺です。
       でも、啄木はこの寺の木に止まったキツツキ(啄木鳥)から自分の筆名を取ったんですよね、閑古鳥ではなく。

    • 【 啄木歌碑 】

       上述の歌を刻んだ碑です。
       実は私は学生時代、このお寺に来て、本堂に泊めてもらいました。
       当時自分が啄木通であると錯覚していた私は、ヒッチハイクをしながらここに来て、啄木が使っていた部屋など見せてもらったりした挙句、図々しくも泊めてもらったのです。
       ただ、その本堂はその後建て直されたようで、私の記憶にあるものとは全然様子が違いました。 境内もきれいに整えられていて、勝手ながらがっかりしてしまいました。
       そんな私ですが、この歌碑だけは記憶のままで、やはり再訪して良かったと思いました。

    • 【 渋民公園の啄木歌碑 】

       宝徳寺から2kmほどの所に渋民公園というのがあり、啄木の歌碑があります。
       もちろんヒッチハイクのときにも来ていて、写真左下に合成してあるのは、そのとき撮った写真です。
       
         やはらかに 柳あをめる 北上の 岸邊目に見ゆ 泣けとごとくに

       あのころ、『北上夜曲』という歌が流行っており、なぜか皆その歌とセットのように啄木のこの歌を口ずさんでいました。
       私もこの碑のかたわらで眼下に北上川、前方に岩手山を眺めながら青くさい文学青年の感慨に浸ったものですが、今回行ってみると周辺は都市公園のように整備され、「漂泊の歌人啄木もここに立って同じ景色を見たのだろうな」などと無理に思おうとしてもテンでダメでした。

         かにかくに 渋民村は 恋しかり おもひでの山 おもひでの川
                                  (一握の砂)

       ヒッチハイクのとき、ポケットに『一握の砂』を入れていたのは、今から思うとキザですが、そういう時期が自分にあったということは、懐かしい思い出です。

    • 【 岩洞湖レストハウス 】

       渋民村をあとにして、国道455線を東に40kmほど走るとワカサギ釣りで有名な岩洞湖に着きます。
       なるほど、「本州一厳寒の地」という看板が出ています。 寒くてこそのワカサギですものね。

    • 【 白樺林 】

       レストハウスの裏は白樺林になっています。
       白樺を見ると、急に自分が詩人にでもなったような気分になるのはなぜでしょう?
       木の美しさもさることながら、シラカバという音(おん)が詩的なのでしょうか。

    • 【 シラネアオイ 】

       やっ! 白根葵が咲いていました。
       よく知られた花で、写真ではお馴染みですが、私は初めて見ました。 

    • 【 岩洞湖 】

       湖畔に下りてみます。
       岩洞湖は自然豊かな湖ですが、実は川を堰き止めて作った人造湖で、写真の右に下った所にダムがあります。

    • 【 道の駅 三田貝分校 】

       国道455線をさらに東に進むと、道の駅・三田貝分校があります。
       平成11年に閉校した岩泉町立門小学校三田貝分校の跡地に建てられた道の駅で、旧校舎のたたずまいを模しています。
       食堂には当時の児童が使った机も利用されており、「よく噛んで おいしく食べる 元気な子」などと書いた紙が貼られ、学校らしい雰囲気もたっぷりです。
       子どもたちは、早坂峠から吹き下ろす風に難儀をしたのでしょう。閉校記念碑に「早坂おろしに鍛えたる」とありました。

    • 【 龍泉洞 】

       そしてさらに30分走り、ご存じ龍泉洞に着きました。
       日本三大鍾乳洞というふれこみですが、「三大○○」とか「△△百選」というような格付けに違和感を持っている私としては、そんなことはどうでもいいことです。
       ただ、洞内の透明な水は確かに美しく、一見の価値、いや二見三見の価値はあります。
       入洞料は1000円。 鍾乳洞って、どうしてどこもこうべらぼうに高いんでしょう?

    • 【 つらら石 】

       鍾乳石の形を何かに見立てて「○○岩」などと命名してあるのは全国の鍾乳洞のお約束みたいなものですが、私はただの垂れ下がったつらら石が幻想的で好きです。
       洞内の気温は10.4℃、湿度は98.8%ということでした。

    • 【 昇り龍 】

       外に出ると、奇怪な彫刻がありました。
       近くの宇霊羅山(うれいらさん)から切り出した樹齢百年の楢の木を一本彫りしたものだそうです。
       龍泉洞だから龍。 なんともベタな・・・。 ま、いっか。

    • 【 北山崎 】

       龍泉洞から国道455号線を東に向かっていると、県道44号線との分岐点に「北山崎」の標識が。
       予定にはなかったのですが、北山崎といえば三陸海岸を代表する景勝地、ほとんど反射的にハンドルを切り、北東に向かいます。 そこから30km走る間に、あちこちで津波到達点の表示を見ました。
       さて北山崎の第一展望台に着いてみると、期待にたがわぬ絶景でしたが、「第2展望台まで363段の下り。足腰の弱い方は第1展望台からご覧ください」というようなことが書いてあります。
       ではここで・・・と言ったのでは男がすたるじゃありませんか。
       結果的には、見える景色に大した違いはありませんでした。 そのあと363段登らなければならなかったのは無論です。

    • 【 田野畑駅 】

       北山崎から県道44号線を南下して宮古に向かう途中、田野畑駅が見えたので寄ってみました。
       東日本大震災で不通となった三陸鉄道北リアス線の駅で、しばらく駅舎を店舗として利用していたとかで、私も名前だけは知っていました。
       「あ、ここか!」という野次馬根性で車を停めたのですが、そこで初めてここがNHKの連続テレビ小説『あまちゃん』のロケが行われた駅だということを知りました。
       そのテレビをまったく観ていないので、飾られた出演者たちのサイン色紙を見てもどうということはないのですが、それよりも地域の復興を願う寄せ書きを見て胸を打たれました。
       何をもって復興というのかは一概には言えませんが、駅周辺は土地のかさ上げ工事で大型車両が行き交い、「風光明媚な三陸」というイメージはまるでありませんでした。

    • 【 熊の鼻 】

       息子たちとの旅をなぞるという気もあったので、そのとき行った「熊の鼻展望台」にも寄ってみました。
       実は前に行ったとき、「熊の鼻」という場所にある展望台だと思っていたのですが、その後それが間違いだということが分かりました。
       湾内にある岬が熊の鼻の形をしており、それの見える所に建てた展望台なのだそうです。

    • 【 熊の鼻 】

       それが分かるように、写真を加工してみました。
       う〜ん・・・。 熊の鼻というより、タコ坊主が周りの様子を伺っているようにも見えますが。

    • 撮影場所の地図

      【 夕食 】

       この日の宿は「ルートイン宮古」です。 なんたって1泊2食つき2人で込々15700円ですから、迷わず予約しました。
       当然夕食もそれなりです。 ビュッフェスタイルといえば聞こえはいいですが、まあセルフサービスと言った方がぴったりします。
       食べることに興味はないのでそれで十分なのですが・・・、お気づきでしょうか、ビールが缶です。 さすがにこれはちょっと泣けますね。

    • 【 浄土ヶ浜 】

       3日目、朝一番で8kmほど戻り、浄土ヶ浜に行きます。
       水際の遊歩道を歩いていると、地元の人らしい女性が2人、なにやら海藻でも採っているようでした。 数m先の岩にはカモメが。
       こんなふうにオカズを調達しての生活って、羨ましいですね。

    • 【 浄土ヶ浜 】

       32年前、息子たちと泳いだ場所です。
       ここも津波にやられた筈ですが、景色はまったく変わっていないように見えました。

    • 【 遊覧船 】

       今度は遊覧船に乗って海から浄土ヶ浜を見ることにします。
       出港と同時にカモメが“襲って”きて、頭上を乱舞します。 船内で餌付け用のパンを売っており、それを買った大阪の団体さんが、カモメもたじたじの大騒ぎ。 間近に見る「大阪のおばちゃん」の迫力に圧倒されました。
       ところで、乗客が「カモメ」と言うたびに船のガイドさんが「カモメではありません。ウミネコですっ」と厳しく注意します。
       えっ、ウミネコって、カモメじゃないの?
       私は子供のころからずっと、ウミネコとカモメは同じだと思っていました。 大人になってから、東北地方ではカモメのことをウミネコと言うのだと思うようになりました。
       今回、ガイドさんにさんざん言われて初めて知ったのですが、「チドリ目カモメ科カモメ属カモメ」と「チドリ目カモメ科カモメ属ウミネコ」とあるのだそうですね。
       だったらどっちもカモメじゃん! と思いましたが、背中の色、尾羽の模様、嘴の形と色など、一目で違いが分かるそうです。
       無知を恥じる次第ですが、悔しいので一言。
       「だったら、なぜ船内で『カモメパン、カモメパン』って売りにくるの?」

    • 【 船上から見る浄土ヶ浜 】

       約40分の遊覧で、料金は1400円ですが、ホテルのロビーにあった割引券を持って行きましたので、1260円になりました。 2人で280円の節約。今晩の缶ビール代?
           
      船上から見る浄土ヶ浜は素晴らしいのですが、同時に東日本大震災の爪痕がいやでも目に入ってきます。
       巨大なコンクリートの堤防が、蹴散らされた積木のように崩れているのです。 修復されて高くなった堤防も見ましたが、三陸海岸の自然景観を台無しにするシロモノでした。
       観光客の目線と生活者の目線。 よそ者の私たちが軽々に感想を言うのは慎むべきですが、恨めしい気分は否めません。

    • 【 青の洞窟遊覧へ 】

       大型船での遊覧を終えて、今度はさっぱ船と呼ばれる小舟で「青の洞窟遊覧」に出ます。
       料金は1人1500円と、ちょっと高い感じですが、かっぱえびせん付きなので、まあいいことにしましょう。

       ヘルメットとライフジャケットというものものしい恰好で乗り込むと、早速カモメ、いやウミネコが集まってきます。

    • 【 そして・・・ 】

       舟が動きだして、かっぱえびせんの袋を開けたとたん、この有様です。 ヘルメットの意味が分かりました。
       私のズボンにはウミネコ野郎の落し物がボタボタッと2発。 これから行かれる方は履き替えのズボンをお忘れなく。

    • 【 間近に見る岩塊 】

       大型船では近づけない岩塊に沿って遊覧します。
       船頭さんは、観光地によくいる「暗記の名人」ではなく、自分の言葉で説明をしてくれて好感が持てます。
       それによると、この岩層は古第三紀に形成された火山岩がその後の地殻変動でほぼ垂直にせり上がったものだとか。 
       古第三紀と言われても分からないのですが、要するに5200万年前の地質時代のことだとか。 そう言われても分からないのですけどね。

    • 【 ワカメ 】

       それよりこのワカメ。
       いくらでも採れそうで、持って帰りたいと思いましたが、さすがに口には出しませんでした。
       たぶん妻も。

    • 【 いよいよ洞窟へ 】

       洞窟の入り口です。
       今は引き潮ですが、満潮だったら入れないのではないかと思われるくらい狭い穴です。

    • 【 暗闇に 】

       中に入ってみるとそこは案外広く、外の明るさが嘘のような異空間です。
       鍾乳洞のように人工的な灯りがついていないので、目が慣れるまで真っ暗に感じられます。
       この穴、名前は八戸穴といい、青森の八戸まで続いているとかいないとか。 まさか!

    • 【 青く、神秘的な水 】

       光が入ってくる所は、このように水が青く見えます。
       透明度も高く、来て良かったと思わせる光景でした。

    • 【 絵具でも溶かしたような 】

       すばらしい! 1500円は高くありませんでした。
       でも、「青の洞窟」って、どこかで聞いたような・・・。
       もしカプリ島の青の洞窟にあやかっての命名だとしたら、ちょっと残念です。
       「第二の○○」とか「日本の△△」とか、有名観光地の人気におぶさるような客集めの名前はいやですね。

    • 【 大平公園の彫刻 】

       浄土ヶ浜でたっぷり遊んだあと、いくつかの海岸に寄りながら釜石に向かいます。
       大平公園という小高い丘に行ってみると、なんだかゾンビみたいな彫刻が。 すぐにそれが大変不謹慎な連想であったことが分かりました。
       日中戦争で強制連行され、日鉄釜石鉱山で働かされ、過酷な労働と食糧不足のため亡くなった124名の中国人の霊を慰めるために、岩手県民の総意で製作されたものだそうです。
       何も知らずに立ち寄った公園で、思わぬことを学びました。

    • 【 豪華な・・・昼食 】

       さてこの公園に立ち寄った目的は昼食です。
       途中のスーパーで買ったカップラーメンと、前日の朝盛岡で買ったコッペパンの残り。
       私にとっては高級レストランでの「シェフお勧めのランチ」などよりよほど性に合っています。

    • 【 リスだ〜! 】

       ラーメンをすすっていると、近くの桜の木にリスが!
       なんという幸運でしょう。

    • 【 釜石大観音遠望 】

       大平公園から遠望した釜石大観音です。
       このあと足元から仰ぎ見たのですが、結果的には遠くから見た姿の方がきれいでした。
       富士山と女性は遠くから、女性はさらに後ろから・・・とはよく言われることですが、観音様も同じですね。
       ところでその釜石大観音、500円の拝観料が450円になるという割引券をネットからプリントアウトして行ったのですが、プリントの色合いが違うのでニセモノではないかというようなことを言われ、一悶着ありました。
       結局割り引いてはくれたのですが、すぐに追いかけてきて、私の持って行った割引券は有効期限が切れているとのこと。 そんなバナナ!
       「3月31日で切れていますよ」
       「え? でも2018年の3月31日ですよ。 今は2016年ですよ」
       「あ、そうか。 じゃあ、いいです」

    •  【 怪しい弁天様 】

       大観音の中は階段になっていて、いわゆる胎内巡りをしながら登っていく途中に七福神の像があります。
       裸または半裸の弁天様というのは各地にありますが、これは生身の人間みたいな、なんだか怪しいポーズをとっています。 観光客向けなのでしょうが、これでは観音様だか秘宝館だか分からなくなってしまいます。

    • 【 展望台 】

       観音様が胸の前で持っている魚の上に出ます。
       観音様は海に向かって立っているため、目の前には釜石湾の絶景が眺められます。 これは掛け値なしにすばらしいもので、登ってきた甲斐はあります。

    • 【 巨大な棺桶? 】

       ですが、目を転じると残念な風景が広がっています。
       津波に襲われた湾沿いの土地をかさ上げしているのです。
       もはや一般の住宅を戻すことは諦め、工場か会社か、いずれにしても人の居住しない一角にするようです。
       平和のシンボルのような観音様と、風光明媚な釜石湾と、そこに新設される非生活空間、そのギャップに言葉がありません。

    • 【 よけいなサービス 】

       気を取り直してもう一度海側を見ると、観音様の影が映っていました。 それ自体は面白いし、なぜかコンクリートの観音様よりもありがたく見えます。
       ですが、気になる物が。
       左に見える橋です。 どこにもつながっていません。 矢印の低い踊り場から橋の上に立つ人を撮ると、観音様のほぼ全身がバックに写るという、つまり記念写真用の橋なのです。 なんだか商業主義が感じられ、観音様まで俗っぽく見えてしまいます。

    • 【 雷岩と乱曝谷 】

       釜石大観音から1時間、大船渡市末崎半島にある碁石海岸を目指します。
       まずはインフォメーションセンターで「碁石のような黒い石が一面に広がっている浜」への行き方を聞きます。 カウンターに置かれた真っ黒な小石に、期待も高まります。
       そして歩き始めるとすぐに見えるのが写真の景色。 左側に見える大きな岩が雷岩、その向かい側の岩との間が谷になっており、乱曝谷(らんぼうや)というそうです。
       波の加減で「ドーン」という音がして、それが雷のように聞こえるのだとか。
       耳を澄ませます。 う〜ん、まあ、そう言えば・・・・。

    • 【 ウミネコ! 】

       海に沿って遊歩道をさらに進むと、すぐ目の前に千代島という細長い島が見えてきます。
       ウミネコの繁殖地になっているそうで、なるほど無数のウミネコが見えます。 ウミネコ、そう、ウミネコです。 カモメではありません。
       だって、遊歩道に、ここにいるのはウミネコであってカモメではないという旨の案内板が立っていますから。
       どうも岩手の人は、よそ者が「カモメ、カモメ」と騒ぐのが気に入らないようですね。

    • 【 えびす浜 】

       そしてインフォメーションセンターで聞いた「えびす浜」に着きました。
       なんの変哲もない小さな浜で、思っていた景観とはまるで違います。
       確かに「えびす浜」と聞いたし、遊覧船の出る所だとも念を押されました。 その船もあります。
       でも・・・・。

    • 【 これって、碁石? 】

       足元を見ると、なんのこともない、ただの砂利です。
       インフォメーションセンターに戻って、確認しました。
       「えびす浜ですよね?」 「小さな浜ですよね?」 「船の出る所ですよね?」
       「そうです、そうです、そうです」

       帰宅後、ネットで調べました。
       「碁石のような黒い石が一面に広がっている浜」は、小さな岬で遮られて見えないものの、ほんの500mほどしか離れていない、隣の浜でした。 広くて真っ黒な浜が広がっている写真も鮮やかに載っていました。
       地図には「えびす浜」「碁石浜」と二つの名前がはっきりと出ていました。

    • 【 雇用促進住宅陸前高田第二宿舎 】

       国道45号線を進み、陸前高田市に入って数kmの所に、津波の被害にあったアパートがありました。
       4階まではベランダの目隠しパネルがすべてなくなっていますし、ガラスもドアも残っていません。 つまり4階まで津波に襲われたということです。
       右後ろにはかさ上げされた土地が写っています。
       帰ってから震災の写真をあれこれ探し、これが雇用促進宿舎陸前高田第二宿舎だったということが分かりました。
       北山崎からここまで、鉄骨だけになった建物を多く見かけましたが、撤去にすら手が回らない状況なのだと思います。

    • 【 奇跡の一本松 】

       そのすぐ先、左遠方に1本の松が見えました。 「奇跡の一本松」です。
       言うまでもありませんが、この松はカーボンの心材を入れた上で防腐処理をされたものです。 幹も葉も、木や強化プラスチック、ステンレス、合成樹脂などを使った複製だそうですが、そばで見ても本物と見まごう精巧さです。 後ろの崩れた建物は、陸前高田ユースホステルだそうです。

       ここに7万本の松が茂っていたなんて、初めて見る人の誰が信じるでしょう?
       左中央に建設中の防潮堤が見えます。 この辺一帯は海の見えない「塀の中」になってしまうのですね。

    • 撮影場所の地図

      【 夕食 】

       この日の宿は気仙沼市の「ホテル一景閣」です。
       せっかく気仙沼に泊まるのだからと、フカヒレの姿煮を頼みましたが、それで1泊2食、ビールのお代わりを含めて2人で24850円ですから、驚きの安さです。
       1泊20万円のホテルでなければ「恥ずかしい」という東京都知事は絶対に泊まらないですね。

       この食事処、写真の上端の所まで津波に浸かったそうです。 

    • 撮影場所の地図

      【 ホテル周辺 】

       4日目の朝、ホテルの展望ラウンジに出てみましたが、あまりにも殺風景な周辺の様子に唖然としてしまいました。
       震災後に建てられたとおぼしき無機質な箱型の建物がいくつか見えるほかには、住宅などは皆無で、生活感がまるでありません。

    • 【 気仙沼魚市場 】

       朝食前に魚市場を見学します。
       6時過ぎ、車で数分。 屋上に車を停め、2階の見学用デッキへ。 
       このデッキ、354mもあるそうで、最初に下りた所は閑散としていましたが、遠くになにやら魚らしいものが並んでいるのを見て急いでそちらへ。

    • 【 気仙沼魚市場 】

       サメです。サメ、サメ!
       うわー! やっぱり気仙沼、サメが中心なんでしょうか。
       それにしても、腹を裂かれ、血まみれになって歯をむき出したサメはおどろおどろしいばかりで、そばに行ってみたいという気が起こりません。

    • 【 気仙沼魚市場 】

       大きなタコが1匹ずつ網に入れられ、トロ箱の中でうごめいています。
       仲買人でしょうか、箱の番号と競り値を紙に書き込んでいるようです。
       そのあと競り開始のアナウンスがありましたが、集まった人たちは電光掲示板を見るだけで、誰も声を発しません。
       どうやらコンピューターを使った新しい競りだということですが、威勢のいい掛け声を期待していた私は、ちょっぴり拍子抜けしてしまいました。

    • 【 気仙沼魚市場 】

       おこぼれを狙うカモメたち・・・いや、ウミネコでした。

    • 【 ホテル一景閣外観 】

       辺り一帯はブロックごとにかさ上げされ、空き地も道路もバラス混じりの土だけで、舗装された所はありません。 車が通るたびに砂埃が舞い上がる中でのホテル営業は大変だと思います。
       前夜食事をした部屋は2階ですから、そこまで水に浸かったということは、周辺のかさ上げもその高さを超えるのでしょう。 近い将来、ホテルだけが窪地に残されるのではないかと、よそながら心配になってしまいます。

    • 【 猊鼻渓舟下り 】

       ホテルでの朝食を終えたあと、猊鼻渓に向かいます。
       国道284号線・456号線を40数km走って、10時20分に着きました。
       写真の窓口で乗船券を買います。 2人で3200円ですが、「とくとくクーポン」をプリントしていったので、2880円になりました。
       ちょうど2分後に出る舟があったので、桟橋に進みます。

    • 【 これは!? 】

       桟橋のわきには、船頭さんの使う棹が何本も立てかけてありました。
       その先が鋭い槍のようになっていることは、初めて知りました。

    • 【 救命クッション 】

       舟には座布団が重ねてあり、1枚ずつ取って好きな場所に座ります。
       座布団は救命用の浮きになっていて、その使用法がイラスト付きで書かれています。
       船頭さんは一応その使い方を説明してくれましたが、付け加えた話では、川は浅いので、立った方が早いということでした。

    • 【 記念写真の撮影 】

       舟が出ると間もなく、船頭さんが「帽子を取って、左を見てください」。
       舟下りではお約束になっている記念写真の撮影です。 一人のおばさんが帽子を取らず、別のおばさんに「帽子! 帽子を取るのよ! 帽子!」と厳しく注意されていました。
       もちろんその写真は舟を降りた所で売っていましたが、買っている人はいないようでした。

    • 【 舟下り 】

       舟下り、といっても、前半は川を遡ります。
       船頭さんは流れに逆らいながら説明もするので大変だと思いますが、ユーモラスな語りで客を飽きさせません。

    • 【 運だめし 】

       30分ほどで折り返し点に着き、川岸に上がって20分ほど自由散策になります。
       向かいの岩に開いた穴に石を投げ入れ、入ると願いが叶うとか。
       何人かが挑戦し、写真の男性だけが成功しました。
       私ですか? おっと、その石の説明を忘れていました。 次の写真をご覧ください。

    • 【 願い事はこの石に託して 】

       これがその石です。 石といっても粘土を固めたようなもので、岩に当たると粉々に砕けます。
       5個100円。 「福」「寿」「絆」「運」「財」「縁」などと書いてあり、自分の願いに合った石を選んで買えばいいのですが、願い事が叶うまでに何個買えばいいのか。 結構高い願いになりそうです。
       えっ、私ですか? そうそう、船頭さんの歌の話をしなくては・・・。

    • 【 げいび追分 】

       後半は流れに乗って進む、文字通り「下り」ですので、船頭さんもリラックスして棹を操っているようです。
       余裕ができたところで、船頭さんが「げいび追分」を歌ってくれます。
       美声、名調子、聞き惚れます。

       家まではまだ長距離のドライブが待っていますが、そんなことはどうでもいいと思わせるような、忘我のひとときでした。
       「次はどこに行こうか?」
       そう妻に聞こうとして、やっぱりやめておきました。
       実は、私の心の中にはもう、次のプランが出来上がっているのです。

      ※ 自分としては妻との大切な旅行で、ひとこまひとこまが捨てがたく、ついつい長くなってしまいました。 それなのに最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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