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■広い通りを道いっぱいに広がって歩く<br /><br /> さて、キーロフ十字架行進はもう最終局面を迎えている。市内のノヴォムチェニキ教会に到着したのは午後2時前。教会の周りの庭には参加者が思い思いに荷物にもたれて座っている。教会の中から神父たちの野太い祈り声が朗々と響き出ていた。雨はすっかり上がり、空には晴れ間がのぞいている。私たちも草が生い茂った庭の隅に小さな空き場所を見つけてシートを敷いて座り込み、疲れた足をしばし休ませた。<br /><br /> 20分もすると教会から十字架を掲げた神父たちが出てきて、先頭集団を率いて歩き出した。ジーマ氏がここからはできるだけ先頭近くについて歩こうと指示を出し、私たちも5分ほどして出発。キーロフ中心部にもどってきた安堵からか、あるいはこれが慣例となっているのか、広い通りを道いっぱいに広がって人々が歩いている。まるでフランスデモのような賑やかさだ。デモと違うのは、どの人も大きなリュックを背負って、かなりくたびれた格好をしていること。しかし、疲れてはいるが、どの顔にも笑顔がこぼれている。私たちは三々五々、しゃべったり、アイスクリームをかじったりしながら、ゆっくりと大通りを歩いた。<br /><br /> 突然後ろから、黄色と黒の布地に双頭の鷲をあしらったツアーリ旗を掲げて、ツアーリ時代の国歌を歌い、ツアーリ賛歌を声高に唱和しながら、十数人の若者たちが迫ってきた。皆、軍人のような迷彩服を身につけている。行進最終盤の、開放的ではあるがかなり疲れた雰囲気の中では、異常に元気のよい集団だ。<br /><br /> ジーマ氏が素早く合図を出して道端に寄り、「ツアーリ党集団」をやり過ごす。「連中の参加は自由だが、その主張には同意できない」。セルゲイ氏が強い口調で吐き捨てるように言う。「キーロフ行進の公式ホームページによれば、参加者が守るべき『行進のルール』がいつくか決められています。正教の教えを集約したアカフェストにもとづいて祈るのが望ましい。各個人がその独自の祈りを行うのは構わないが、正教の教えと関係ない主張を集団的に宣伝するのはよくありません。」と同行のジーマ君が解説してくれる。ロシア正教の復活とともに、保守主義、原理主義の傾向を強めるグループも確実に増大してきているようだ。

キーロフ十字架行進 ロシアの心、ロシアの自然を体感した5日間(16)

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2012/06/03 - 2012/06/08

244位(同エリア342件中)

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JIC旅行センター

JIC旅行センターさん

■広い通りを道いっぱいに広がって歩く

 さて、キーロフ十字架行進はもう最終局面を迎えている。市内のノヴォムチェニキ教会に到着したのは午後2時前。教会の周りの庭には参加者が思い思いに荷物にもたれて座っている。教会の中から神父たちの野太い祈り声が朗々と響き出ていた。雨はすっかり上がり、空には晴れ間がのぞいている。私たちも草が生い茂った庭の隅に小さな空き場所を見つけてシートを敷いて座り込み、疲れた足をしばし休ませた。

 20分もすると教会から十字架を掲げた神父たちが出てきて、先頭集団を率いて歩き出した。ジーマ氏がここからはできるだけ先頭近くについて歩こうと指示を出し、私たちも5分ほどして出発。キーロフ中心部にもどってきた安堵からか、あるいはこれが慣例となっているのか、広い通りを道いっぱいに広がって人々が歩いている。まるでフランスデモのような賑やかさだ。デモと違うのは、どの人も大きなリュックを背負って、かなりくたびれた格好をしていること。しかし、疲れてはいるが、どの顔にも笑顔がこぼれている。私たちは三々五々、しゃべったり、アイスクリームをかじったりしながら、ゆっくりと大通りを歩いた。

 突然後ろから、黄色と黒の布地に双頭の鷲をあしらったツアーリ旗を掲げて、ツアーリ時代の国歌を歌い、ツアーリ賛歌を声高に唱和しながら、十数人の若者たちが迫ってきた。皆、軍人のような迷彩服を身につけている。行進最終盤の、開放的ではあるがかなり疲れた雰囲気の中では、異常に元気のよい集団だ。

 ジーマ氏が素早く合図を出して道端に寄り、「ツアーリ党集団」をやり過ごす。「連中の参加は自由だが、その主張には同意できない」。セルゲイ氏が強い口調で吐き捨てるように言う。「キーロフ行進の公式ホームページによれば、参加者が守るべき『行進のルール』がいつくか決められています。正教の教えを集約したアカフェストにもとづいて祈るのが望ましい。各個人がその独自の祈りを行うのは構わないが、正教の教えと関係ない主張を集団的に宣伝するのはよくありません。」と同行のジーマ君が解説してくれる。ロシア正教の復活とともに、保守主義、原理主義の傾向を強めるグループも確実に増大してきているようだ。

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  • ■復活したロシア正教と愛国主義<br /><br /> ドミトリー・トレーニン著『ロシア新戦略』によれば、ソ連崩壊前の「1989年、人口のおよそ75%が無神論者であると自認し、正教徒であるというのは20%未満であった。20年後、その比率は逆転した」という。<br /><br /> ソ連時代の末期、1988年のロシア正教受洗千年祭を機に、ゴルバチョフは共産党による過去の宗教弾圧を謝罪し、ロシア正教会の社会的、精神的役割を再評価して、「政教和解」を確認した。新宗教法が制定され、信教の自由とそれまで禁止されていた教会の広範な社会活動が法的に認められることになった。<br /><br /> ソ連崩壊とその後の社会的経済的大混乱の中でロシア人は深い喪失感を味わい、共産主義イデオロギーに代わる精神的よりどころを求めて、伝統的な宗教へと回帰した。こうしてロシア正教会はロシア社会で急速に復活を遂げた。<br /><br /> ソ連崩壊後ほぼ四半世紀が過ぎた今日、ロシアの国民統合の精神的支柱となっているのは、一つは、ロシア正教に体現される信仰の力と民族的文化的伝統、もう一つはナポレオン戦争、第二次大戦(独ソ戦)など度重なる外敵の侵攻を苦難の末退けた勝利の記憶=愛国主義だと言える。この二本の柱を基礎にして、ロシアは、かつてアメリカと互角に対抗した超大国とまではいかなくとも、国際社会でそれなりの重きをもった「大国」として認められるべく復活しようともがいている。<br /><br /> 伝統社会への回帰は、ロシア正教の教えに忠実であろうとする保守主義、原理主義の傾向を強めざるを得ない。愛国主義は偏狭な民族主義と表裏一体の危険性をはらんでいる。だが、もう一方で、市場経済とともにロシアに受け入れられた民主主義的な価値観、世俗的な自由を守ろうとするリベラリズムの潮流も確かにロシアに根付いている。さらに言えば、ソ連時代にも途切れることなく引き継がれたロシアの国民性〜その文化的精神的素養の豊かさ、自然と人間をこよなく愛する生き方、互助の精神に溢れた生活文化などが、ロシア社会の健全性を保っていると思う。キーロフ行進への参加は、このようなロシア社会の変化と人々の生活意識を身近に体感する機会となった。<br /><br /> 個人的にも、これまで30年以上もロシアとつき合っていながら、十分に知らなかったロシア人の素の姿や生活に触れ、厳しくも優しいロシアの自然を体験することができたことは大きな収穫になった。

    ■復活したロシア正教と愛国主義

     ドミトリー・トレーニン著『ロシア新戦略』によれば、ソ連崩壊前の「1989年、人口のおよそ75%が無神論者であると自認し、正教徒であるというのは20%未満であった。20年後、その比率は逆転した」という。

     ソ連時代の末期、1988年のロシア正教受洗千年祭を機に、ゴルバチョフは共産党による過去の宗教弾圧を謝罪し、ロシア正教会の社会的、精神的役割を再評価して、「政教和解」を確認した。新宗教法が制定され、信教の自由とそれまで禁止されていた教会の広範な社会活動が法的に認められることになった。

     ソ連崩壊とその後の社会的経済的大混乱の中でロシア人は深い喪失感を味わい、共産主義イデオロギーに代わる精神的よりどころを求めて、伝統的な宗教へと回帰した。こうしてロシア正教会はロシア社会で急速に復活を遂げた。

     ソ連崩壊後ほぼ四半世紀が過ぎた今日、ロシアの国民統合の精神的支柱となっているのは、一つは、ロシア正教に体現される信仰の力と民族的文化的伝統、もう一つはナポレオン戦争、第二次大戦(独ソ戦)など度重なる外敵の侵攻を苦難の末退けた勝利の記憶=愛国主義だと言える。この二本の柱を基礎にして、ロシアは、かつてアメリカと互角に対抗した超大国とまではいかなくとも、国際社会でそれなりの重きをもった「大国」として認められるべく復活しようともがいている。

     伝統社会への回帰は、ロシア正教の教えに忠実であろうとする保守主義、原理主義の傾向を強めざるを得ない。愛国主義は偏狭な民族主義と表裏一体の危険性をはらんでいる。だが、もう一方で、市場経済とともにロシアに受け入れられた民主主義的な価値観、世俗的な自由を守ろうとするリベラリズムの潮流も確かにロシアに根付いている。さらに言えば、ソ連時代にも途切れることなく引き継がれたロシアの国民性〜その文化的精神的素養の豊かさ、自然と人間をこよなく愛する生き方、互助の精神に溢れた生活文化などが、ロシア社会の健全性を保っていると思う。キーロフ行進への参加は、このようなロシア社会の変化と人々の生活意識を身近に体感する機会となった。

     個人的にも、これまで30年以上もロシアとつき合っていながら、十分に知らなかったロシア人の素の姿や生活に触れ、厳しくも優しいロシアの自然を体験することができたことは大きな収穫になった。

  • ■市内のいくつかの教会をめぐり歩く<br /><br /> 市内のいくつかの教会をハシゴして、終点の聖トリフォン修道院に到着したのは夕方の5時10分前だった。(この日の歩行;8時間、33km)。<br /><br /> 聖トリフォン修道院では、さらに一時間ほど最後の儀式が行われた。修道院の庭を埋めて座り込んだ人々の上に、マイクを通して祈りの言葉が降り注ぐ。人々は頭を垂れてじっと聞き入り、時々唱和しながら胸の前で十字を切る。祈りの内容はよくわからないが、聞き入る人々が深く内省し、静穏な空気に包まれているのはよく分かる。私もしばし5日間にわたった行進を反芻し、静かな余韻にひたった。<br /><br /> こうしてキーロフ十字架行進はすべて終了した。<br /><br /> 私たちは、このあとキーロフ市内から車で1時間程離れたジーマ氏のダーチャ(別荘)に招かれ、快適なバーニャで汗を流し、たっぷり1日休息をとってから翌日の夜行列車でモスクワにもどった。ダーチャは、ヴャートカ川とベリカヤ川の合流地点、私たちがキーロフ行進で歩いたメジャーニ村のすぐ近くにあり、私たちはベリカヤ川で泳いだり、広大な草っぱらでバイク走に興じたりして、ダーチャ生活を楽しんだ。ジーマ氏のダーチャは、まさに別荘と言ってよい素晴らしさで、ロシアのお金持ちの日ごろの暮らしぶりを十分に伺わせるものだったが、その後日談はまた別の機会に譲りたいと思う。<br /><br />(了)<br /><br />

    ■市内のいくつかの教会をめぐり歩く

     市内のいくつかの教会をハシゴして、終点の聖トリフォン修道院に到着したのは夕方の5時10分前だった。(この日の歩行;8時間、33km)。

     聖トリフォン修道院では、さらに一時間ほど最後の儀式が行われた。修道院の庭を埋めて座り込んだ人々の上に、マイクを通して祈りの言葉が降り注ぐ。人々は頭を垂れてじっと聞き入り、時々唱和しながら胸の前で十字を切る。祈りの内容はよくわからないが、聞き入る人々が深く内省し、静穏な空気に包まれているのはよく分かる。私もしばし5日間にわたった行進を反芻し、静かな余韻にひたった。

     こうしてキーロフ十字架行進はすべて終了した。

     私たちは、このあとキーロフ市内から車で1時間程離れたジーマ氏のダーチャ(別荘)に招かれ、快適なバーニャで汗を流し、たっぷり1日休息をとってから翌日の夜行列車でモスクワにもどった。ダーチャは、ヴャートカ川とベリカヤ川の合流地点、私たちがキーロフ行進で歩いたメジャーニ村のすぐ近くにあり、私たちはベリカヤ川で泳いだり、広大な草っぱらでバイク走に興じたりして、ダーチャ生活を楽しんだ。ジーマ氏のダーチャは、まさに別荘と言ってよい素晴らしさで、ロシアのお金持ちの日ごろの暮らしぶりを十分に伺わせるものだったが、その後日談はまた別の機会に譲りたいと思う。

    (了)

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