それゆけ！日本語教師 from ペトロパヴロフスク・カムチャツキー　国立海洋アカデミー

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＜いよいよ新学期！＞

　日本では4月が学校の新年度の始まりになりますが、ロシアでは9月1日が始まりです。

　私の赴任先の国立海洋アカデミーは、1週間遅れの9月8日に新学期が始まりました。別に確固たるポリシーがあって、あえて8日からの始業にしたわけではありません。実は夏休みの間に全校の校舎を改装工事していたのですが、9月1日までに工事が完了せず、仕方なく1週間の延期となったわけです。

　9月3日に私たちの教える言語学学科の教室に行きました。改装工事もラストスパートで、慌ただしい雰囲気にあふれています。そこへ私の上司のウラジーミル先生（学科長兼英語とラテン語の講師）がやって来ました。「レイコ、新しい教室を見たまえ、すばらしいぞ」と言うのでさっそく行ってみました。なるほどこれは素晴らしい！薄汚れていた壁は、見事に跡形もなく塗り替えられ、趣味の良い花柄の壁紙が貼ってあります。机も布張りの椅子も新品で、全体的にまるで「一流企業の応接室」または「美術館」のような感じです。何だかある種の気品さえ漂っています。ふと壁に目をやると、電気コードを差し込むコンセントがやけにたくさん付いています。10畳ほどの教室に3個ずつのかたまりが、10センチおきに！2カ所、合計36個ものコンセントが備え付けられているのです。この教室では英語や日本語などの語学の授業しか行わない予定だし、学生も1回の授業につき10人程度なのに、こんなにたくさんのコンセント・・・…一体何に使うのでしょうか？

　次に教室の前方に目をやり、はっと気が付きました。

「黒板がない！！」。

ウラジーミル先生にさっそく抗議。

「黒板はいつ取リ付けられるのですか。授業開始日に間に合うのですか？」
「いつになるかはだれも知らない」
「黒板がないと不便です。ウラジーミル先生だって不便でしょう。早くつけてください」
「我々はもっと差し迫った問題を抱えている。黒板の問題はその後だ」

この学科に、黒板の設置よりも急を要する問題がそうあるとは思えません。

　私は黒板さえあればコンクリートむきだしのポロ教室にガタガタのパイプ椅子でも構いません。「ロシアにはまともなチョークは存在しない」と聞かされていたので、日本からチョークと黒板消しをたっぷり持ってきたのに、黒板がなければ意味がありません。しかし、まあわりきって、黒板無しでできる授業を考えてみようと思いました。

　◆　◆　◆　◆　◆

　いよいよ9月8日になりました。私は1年生を担当します。各学年とも2つずつのグループに分かれます。これが私のアカデミーでの初授業でしたが、この1年3組の学生たちにとっても、彼らが大学生になって初めて受ける授業だったのです。学生は男子2名、女子6名の合計8名。まず私が簡単にロシア語で自己紹介した後、一人ずつ名前と年齢、好きなもの（趣味とスポーツなど）、日本について何か知っていること、などを言ってもらいました。

　革ジャン姿で、一見ヘビー・メタル風の怖そうな男の子が、「僕の趣味は切手やコインを集めることです。特に外国の珍しいコインが好きです」と言ったり、モデル並にスラッとした女の子が、「今までカンフーとテコンドー（空手に似た韓国の格闘技）をやってきました。次は柔道をやってみたいです」と語ってくれたりと、面白いものです。皆それぞれ自分なりの「私と日本」をきちんと話してくれたので、少し驚きました。今まで、「日本語クラスなんてしょせん英語のおまけ、学生の意欲もそんなに期待できない」と勝手にひがんで予想していたのですが、意外にそれぞれの個性に応じた意気込みを、今のところは持っているようです。この気持ちをそぐことのないよう、充実した授業にしなければならないと、気持ちが引き締まります。

　次に名札作りをしました。画用紙を配り、自分の名前を力タカナで書いてもらいます。もちろん、ひらがなも力夕力ナも知らないので、私があらかじめ自己紹介の時に彼らの名前をメモしておき、それを配って書き写してもらいました。学生は興昧を持ってくれたようで、「先生、これはどっちが上ですか？」「これは文字ではなくて、絵をかいているようだ」などと言いながら書き写しています。早速自分のノートにカタカナで名前を書いている学生もいます。その後簡単なあいさつ、言葉を練習し、最後にひらがなをひととおり全部私のあとに続いて声を出して読んでもらい、授業を終えました。学生たちもわたしも新米同士です。これからいったいどうなるかは全く未知数ですが、せっかくのこの貴重な出会いを大切にできるよう、夜中遅くまでの準備の面倒さや、「黒板無し」「教科書無し」「コピー極めて困難」などの数々の悪条件にも負けず頑張ろうと思いました。

（JICインフォメーション　第87号　より転載）