2015/05/23 - 2015/05/23
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高山陣屋址の紹介です。第73期将棋名人戦七番勝負 第2局が平成27年4月22日〜23日に『嵐山の間』で行われましたが、その部屋も見学できました。
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床の間の光景です。墨絵風の中国偉人像を描いた掛け軸と、その下に置かれた置物のセットで統一されていました。
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床の間の飾りのアップ光景です。中国文化を連想させる、鼎足の金属製の容器です。花器でしょうか、ブロンズ製か、鉄製か判断が付きませんでした。
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床の間に飾ってあった、墨絵風の絵のアップ光景です。拓本の技法で写し取られた絵と文字のようでした。一番上に『関聖帝馬像』らしい文字がありました。関聖帝は、中国後漢末期に劉備に仕えた、関羽が神格化されたものです。
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庭木と石が配された中庭の光景です。高山陣屋の役宅の庭園は、天明年間に造りかえられ、その後もしばしば手が加えられたようですが、詳しいことは分かりませんでした。
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同じく、庭木と石が配された中庭の光景です。平面図で見ますと、役宅からの眺めが中心の庭園ですが、御役所の大広間や使者の間からの眺めも配慮された庭園のようでした。
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庭木と石が配された中庭の光景が続きます。正直な印象では、徳川幕府の役所である高山陣屋としては、実務面を重視し、意図的に地味に造られている庭園のように思えました。
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庭を取り囲む、周りの建物光景です。庭の方に目を向けますと、飛び石の配置などには、風格的なものが欠落しているようにも見えました。
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庭には、池も配されていました。庭全体から見れば、この辺りだけが庭園らしい雰囲気がありました。
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庭を取り囲む建物の光景です。石が置かれた屋根の造りは、『石置長榑葺(いしおきながくれぶき)』と呼ばれています。当時の瓦では雪で容易に損耗してしまうので、板で葺かれた屋根です。
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立入り禁止にされていた、二階への階段光景です。二階にも、明るい陽が射しこんでいました。
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『中ノ口(なかのくち)』の標識があった場所です。『役宅への出入口と説明してありました。
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長持ちと五月人形が飾ってあった部屋の光景です。かつての役宅での飾りのようでした。
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五体の人形が飾ってあった、『五月人形』のアップ光景です。春の訪れが遅い飛騨地方では、6月に端午の節句が祝われると紹介されていました。
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『御奥(おんおく)』の表示があった部屋の光景です。『扇面の間』と言われた、代官の奥方の部屋と説明されていました。
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『御奥(おんおく)』から眺めた、庭と隣の建物の光景です。建物配置から推測しますと、『嵐山の間』のようです。
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床の間に飾ってあった、楊貴妃像の掛け軸光景です。楊貴妃(719〜756年)は、中国唐代の玄宗皇帝の皇妃です。姓は楊、名は玉環で、貴妃は皇妃としての順位を表す称号です。安史の乱を引き起こしたと伝えられたため、『傾国の美女』と呼ばれ、西施・王昭君・貂蝉と並ぶ、『古代中国四大美人』とも呼ばれます。
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床の間に飾ってあった、香炉のような置物の光景です。
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イチオシ
楊貴妃の掛け軸と、香炉が置かれていた床の間の光景です。『御奥(おんおく)』の床の間だったようです。
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『御居間』である、『嵐山の間』の光景です。
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『忠・孝』の文字が一字ずつ揮毫された掛け軸です。書院造りの床の間のようです。その建築様式の最大の特徴は、広間に『床の間』、『違い棚』、『付書院』と『帳台構え』があることとされます。
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書院造りの違い棚のアップ光景です。江戸時代になって造られ始めた、数奇屋風書院造りの広間かも知れません。
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『御居間』に付属した『茶室』の光景です。茶室のことを『御囲い(おんかこい)』と表現してありました。
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茶室である『御囲い(おんかこい)』の内部光景です。立ち入りは禁止されていましたが、外から写真を撮ることができました。数寄屋(茶室)風を取り入れた建築様式は、数寄屋造りと呼ばれています。
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背の高い庭木があった庭園の光景です。感心させられるほどの枝振りの庭木は見当たりませんでした。
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イチオシ
先月(4月)の22〜23日、将棋名人戦の対局が行われた『嵐山の間』の床の間の光景です。7番勝負の第二局は、挑戦者の行方八段が羽生名人に勝利し、対戦成績を1勝1敗のタイにしました。
(追記)第73期将棋名人戦は、6月9(火)〜10日(水)に行われた第五戦を羽生名人が制し、対戦成績4勝1敗で、通算9期の名人位タイトルを含め、七大タイトルの内の四つを維持しました。 -
食事の場所である『茶の間』付近から眺めた、『女中部屋』方面の光景です。
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イチオシ
『台所』の表示があった部屋の光景です。『郡代などの食事を作る場所』と紹介されていました。
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『台所』の天井光景です。煙や蒸気がこもらないように配慮されているのでしょうか、かなりの高さがありました。
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台所に置かれていた三つの焚口があった竃です。セメントで仕上げがされているようでした。それぞれに鍋や釜が載せられていました。
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『台所』にあった、木製の流し台の光景です。排水用のパイプには、竹が使われていましたから、江戸時代の様式が残っているようでした。
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