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問柳尋花 横浜逍遥③山手西洋館<前編>

旅行時期 2015/05/21 - 2015/05/22 (2015/05/31投稿

山手は横浜を代表する観光名所のひとつですが、元々は横浜開港期に外国人居留地として生まれた街です。外国人たちは、初めは港に近い場所にオフィスと住居を構え、いわば職住近接で暮らしを営みましたが、やがて港が見下ろせる緑の丘の上に住みたいとの願望が高まりました。山手から見下ろす風景に遠く離れた故郷の風景を重ね合わせたのかもしれません。エキゾチックな山手のイメージは、今なお外国人居住者が多いことにも起因しますが、当初は外国人専用の区画であり、街の基盤を抜群の環境アメニティ・センスを持った外国人が創ったため、公園だけでなく教会や学校、外人墓地までもが街並みを整える脇役を演じています。普通なら墓地はマイナスイメージですが、ここではその方程式は当て嵌らず、むしろロマンチックな景観を盛り立てています。<br />因みに、当方の横浜山手のイメージは、松任谷由実さんの『海を見ていた午後』に代表される詩情的な風景です。実際は海の見える丘の反対側にある「根岸旭台」での情景を詠っているのですが、山手の情景もそれに近い雰囲気があります。<br />開港当時を偲ばせる建物は関東大震災で失われましたが、大正末期~昭和初期に新たに建てられた洋館が移築復元されて往時を偲ばせます。東の「港の見える丘公園」から西の「山手イタリア山庭園」まで、街そのものの佇まいにも情緒があり、ワクワク・ドキドキの散策が愉しめます。<br />現在それらの洋館は、公園の附帯設備として管理され、観光客をやさしく迎えて入れています。建築に造詣の深い方には著名建築家が手がけた作品は見逃せませんが、建築に興味がなくてもそれぞれに趣の異なる洋館のひとつひとつを見て歩くのは愉しく、「洋館巡り」は横浜山手観光の定番コースのひとつになっています。<br />今回活用させていただいた山手西洋館マップです。<br />http://www2.hama-midorinokyokai.or.jp/download/pdf/seiyoukan-map.pdf

山手は横浜を代表する観光名所のひとつですが、元々は横浜開港期に外国人居留地として生まれた街です。外国人たちは、初めは港に近い場所にオフィスと住居を構え、いわば職住近接で暮らしを営みましたが、やがて港が見下ろせる緑の丘の上に住みたいとの願望が高まりました。山手から見下ろす風景に遠く離れた故郷の風景を重ね合わせたのかもしれません。エキゾチックな山手のイメージは、今なお外国人居住者が多いことにも起因しますが、当初は外国人専用の区画であり、街の基盤を抜群の環境アメニティ・センスを持った外国人が創ったため、公園だけでなく教会や学校、外人墓地までもが街並みを整える脇役を演じています。普通なら墓地はマイナスイメージですが、ここではその方程式は当て嵌らず、むしろロマンチックな景観を盛り立てています。
因みに、当方の横浜山手のイメージは、松任谷由実さんの『海を見ていた午後』に代表される詩情的な風景です。実際は海の見える丘の反対側にある「根岸旭台」での情景を詠っているのですが、山手の情景もそれに近い雰囲気があります。
開港当時を偲ばせる建物は関東大震災で失われましたが、大正末期~昭和初期に新たに建てられた洋館が移築復元されて往時を偲ばせます。東の「港の見える丘公園」から西の「山手イタリア山庭園」まで、街そのものの佇まいにも情緒があり、ワクワク・ドキドキの散策が愉しめます。
現在それらの洋館は、公園の附帯設備として管理され、観光客をやさしく迎えて入れています。建築に造詣の深い方には著名建築家が手がけた作品は見逃せませんが、建築に興味がなくてもそれぞれに趣の異なる洋館のひとつひとつを見て歩くのは愉しく、「洋館巡り」は横浜山手観光の定番コースのひとつになっています。
今回活用させていただいた山手西洋館マップです。
http://www2.hama-midorinokyokai.or.jp/download/pdf/seiyoukan-map.pdf

写真 86枚

テーマ:
歴史・文化・芸術
交通手段 : 
  • 現地移動 :  新幹線 / JRローカル / 徒歩
エリア:
神奈川 | 横浜
エリアの満足度:
5.0
  • 500_38754888

    横浜公園
    海岸通り周辺で近代建築を堪能した後は、山手西洋館を巡ります。
    道中に宿泊する「スーパーホテル」があるので手荷物を預かってもらいます。
    場所は、横浜スタジアムの近所です。横浜公園の先、樹木の間にちらりと見えるのがスタジアムです。
    本日は甲子園球場での試合なので、静かな夜が迎えられそうです。

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    ブラフ18番館
    中華街の横を通り、中村川に架かる西の橋を渡ってJR石川町駅手前から大丸谷坂をあえぎながら山手イタリア山庭園へと登ります。一段と急勾配になる手前右側に「ブラフ18番館」と書かれたプレートがあるのでその階段を登ります。

    かつてイタリア領事館やホテルがあったという山手イタリア山庭園には、現在2つの洋館が移築復元されています。そのうちのひとつが、ブラフ18番館です。
    幾何学的なデザインが美しい洋風庭園の東側、一段下がったところに佇むオレンジ色のフランス瓦の寄棟屋根とモルタル吹き付け仕上げの白壁とのコントラストが美しい洋館です。また、胴廻りや窓廻り、鎧戸の緑色がよいアクセントとなり、景観を引き締めています。

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    ブラフ18番館
    関東大震災後の大正末期に外国人邸宅として建てられ、戦後はカトリック山手教会の司祭館として1991年まで使用されていました。司祭館の新築に伴い、横浜市が現在地へ移築復元しています。元は山手町45番地に建つ館でしたが、現在地が旧山手居留地18番地であることが名の由来です。また、ブラフは、外人居留地だった頃、この地区をブラフ(The Bluff=「切り立った岬」)と呼んだことに因みます。設計者や竣工年の詳細は不明ですが、建主については、1921(大正10)年から震災翌年まで貿易商V・R・バウデン氏が土地を所有していたことから、恐らく彼が震災後に建てたものと考えられています。
    白い壁や柱に緑のドアや窓という爽やかなコントラストに、玄関ポーチへと誘うオレンジ系の敷石が暖かみを添えています。洋館と言う言葉からイメージするような大きな建物ではなく、コンパクトにまとめられ、緑濃い穏やかな庭園の中に佇む風情と相俟って、妖精の暮らす家を思わせる、愛らしいおとぎの国の家のようです。

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    ブラフ18番館
    関東大震災後の建築ながら、木造2階建の南側にサンルームとバルコニーを配し、ベイウィンドウ(張出し窓)や上げ下げ窓、鎧戸、暖炉の煙突を設けた造りは、震災前の外国人住宅の特徴を色濃く残したものだそうです。
    外壁は、震災経験を生かし、防災を考慮したモルタル吹付け仕上げになっています。白いドイツ壁と緑色に塗られた鎧戸の対比が美しく、オレンジ色のフランス瓦や窓辺に置かれた赤い花がコントラストを一層引き立てています。
    ドイツ壁とはヨーロッパの伝統的な技法で、鍾乳洞の壁のように凸凹した風合いが特徴です。

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    ブラフ18番館 正門
    解体時の調査により、震災前に山手45番地にあった邸宅の一部が震災による倒壊や火災を免れ、その建物の部材をリサイクルして建てられていたことが判ったそうです。不幸にも関東大震災で壊れた洋館ですが、こうして別の洋館に姿を変えて今も人々に愛され続けていることに感慨を覚えます。

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    ブラフ18番館 サンルーム
    この部屋は、東側になりますがサンルームとなっています。
    往時は大きなガラスが高価だったため、このような小振りのガラスを使う桟のデザインが発達したそうです。

  • 500_38755753

    ブラフ18番館
    白い壁によく映えるガス灯スタイルの玄関灯。
    館内では往時を偲ばせる家具や調度品が迎え入れてくれます。かつて元町で製作されていた横浜家具を復元し、震災前の暮らしぶりを再現し、1993年から一般公開されています。

  • 500_38755754

    ブラフ18番館 入口ホール
    木造2階建で、1・2階共に中央に廊下を配し、その両側に部屋がある中廊下型をしています。
    廊下の上にあるラティスのような斜め格子が雰囲気を醸しています。格子から透ける灯りが和の世界へと誘います。
    インテリアも白とグリーンをテーマカラーとしています。

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    ブラフ18番館 ダイニング
    入口ホールを入ってすぐ左手にある部屋がダイニングです。
    こちらの窓は台形状に外へ迫り出したベイウィンドウになっており、光彩を広く集めて明るい印象です。窓の開閉は、昔の列車のような上げ下げ方式です。
    テーブルや椅子は、本牧にある洋館「バーナード邸」からの寄贈品だそうです。因みに、バーナード邸は、山手カトリック教会と同じくJ・J・スワガー氏の設計作品です。バーナード邸は、惜しくも現在はファッション誌等の撮影スタジオとして活用され、一般公開されていないようです。ともあれ、古い横浜家具などを廃棄することなく、別の西洋館で再利用するという西洋館コミュニティがとられていることに感心しました。

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    ブラフ18番館 リビングルーム
    廊下を挟んでダイニングの向かいにあるのはビングルームです。
    サロンとの間の壁には暖炉が設けられ、庭に面したサンルームはサロンまで伸びています。ソファーやテーブル、キャビネット等の家具や調度品は復元された横浜家具です。

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    ブラフ18番館 リビングルーム
    リビングのランプシェードは、スズランがモチーフでしょうか?

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    ブラフ18番館 サンルーム
    壁の白と窓枠の薄緑、新緑の緑、籐工芸家具の薄緑の饗宴は、息を呑むほどの美しさです。ゆったりと寛げる空間が構成され、潤沢な光彩で満たされています。
    また、ブラフと言うだけあり、高台の端に面しているため空がとても広く見え、開放感に浸れます。

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    ブラフ18番館 サロン(応接間)
    丸テーブルは、復元されたカードテーブルだそうです。トランプを楽しむのに使われたそうです。
    これらは横浜家具と呼ばれるもので、ブラフ18番館が建物だけの資料館ではなく、震災復興期の居留地の暮らしぶりを伝える展示を行っていることが判ります。横浜家具とは、横浜で作られる西欧風の木製家具です。1858(安政5)年に横浜港が開港し、外国貿易の拠点となった横浜では、幕末の頃には多くの欧米人が来日し、日本国内に住居を構えて居留するようになりました。そして、彼らの生活様式に相応しい洋式家具が東洋の島国 日本でも必要となりました。初めは海外から持ち込まれた家具の修理を木工職人が請け負いましたが、やがて修理を通して西欧風の家具の特徴を学び、それを元に独自の作り方で西欧風の家具を製造するようになったのです。また、中には、外国の建築家と手を取り合って技術を高めていく者も現れたそうです。
    横浜家具の特徴は、
    ①合板をなるべく使わず、無垢の木を主体として作る。
    ②釘は補助的に使い、木と木の接合には「ほぞ接ぎ」という日本古来の手加工の技術を使う。
    ③分業を行なわず、木の選択から仕上げまで1人の職人が全てを担当する。そのため傷が付けば削り、壊れても分解してその部分だけを取り替えて補修することができます。また木の伸縮や木目の繋ぎ、歪みの微妙な調整など全体のバランスや細部にまで目が行き届き、丈夫で美しいものができます。

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    ブラフ18番館 サロン
    100年前に製作された純国産「松本ピアノ」が置かれています。
    製造会社は、1904(明治37)年に東京で創業した「松本楽器合資会社」。横浜市港北区師岡町の村上邸で使用されていたものだそうです。「松本ピアノ」は、「西川」や「山葉」と並ぶ、国産ピアノ製造の先駆のひとつで、創業者は松本新吉氏です。1900(明治33)年に単身渡米し、ニューヨークのブラッドベリーピアノ工場の研究生となりました。帰国後に開業した松本ピアノは米国修行の成果もあって品質には定評があり、往時は「見栄えの山葉、音質の松本」とまで評されていたそうです。「山葉」は、現在の「ヤマハ楽器」です。
    今もその音色のファンは多く、このピアノを使ったサロンコンサートが毎週土曜日に行われ、盛況を博しているそうです。

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    ブラフ18番館 サロン
    天井に吊り下げられたランプシェードもそれぞれ違う凝ったデザインのものが使われています。
    サロンのランプシェードは、アールヌーボー風で、植物をモチーフにした可憐なデザインです。

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    ブラフ18番館
    こちらのランプシェードは、スカート部の襞が繊細で魅力的です。

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    ブラフ18番館
    サロンやリビングには暖炉が壁を間にして背中合わせに据えられています。これは煙突をひとつに集約するという合理的な設計です。
    木製のマントルピースには草花を描いた彫刻が施され、シックな雰囲気です。こうした木製の暖炉はとても珍しいそうです。暖炉の部材には。震災前に建てられた邸宅のものがリサイクルされているそうです。
    古い邸宅の部材をリサイクルしたり、他の西洋館で不要になったものを再利用するなど地域全体で西洋館を大切に保存されているのが伝わってきます。

  • 500_38755978

    ブラフ18番館 階段
    階段の踏板はとても厚く、手摺りも堅牢な造りですが、シンプルですっきりした印象でにまとめられています。階段の途中の踏板の端にはさりげなく可愛い花瓶が置かれ、よいアクセントになっています。

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    ブラフ18番館 2階寝室
    1階ダイニングルームの上は、寝室になっています。
    微風にレースのカーテンが揺らめくと、今にもロッキングチェアが音もなく揺れだしそうな雰囲気です。

  • 500_38755982

    ブラフ18番館 2階閲覧室
    廊下を挟んで東側、1階リビングルームの上の部屋は、現在閲覧室になっています。
    右の地図は明治期の横浜の地図です。『MAP OF YOKOHAMA 地理局測量課』と書いてあります。地図の中心辺りに「象の鼻」があります。(象の鼻=横浜港初期の防波堤の形が象の鼻の形に見えたため)

    親しみ深く温かい建物自体の魅力に加え、スタッフさんやボランティアの方々の気持や心配りが、眩いほどの陽光と共にブラフ18番館の中に溢れていました。
    無料なのにこれだけ整備が行き届いた、また見所も多彩な運営をされているのには正直驚かされました。神戸北野異人館も見習っていただきたいくらいです。
    後ろ髪を引かれる思いで、ブラフ18番館を後にしました。

  • 500_38756095

    外交官の家(旧内田家邸宅:重文)
    1910(明治43)年竣工。ニューヨーク総領事やトルコ大使などを歴任した外交官 内田定槌氏の邸宅として建てられた洋館です。1997年に渋谷区南平台からこの地に移築復元されました。一見「ドールハウス」風の映画にでもでてくるような建物です。
    設計者は、立教学校(現立教大学)の校長も務めた宣教師かつ建築家ジェームズ・マクドナルド・ガーディナー氏。彼が設計した作品の多くは関東大震災によって失われ、現存する建物は10棟もなく、この館は貴重な遺産と言えます。
    8角形の塔屋を持つ木造2階建で、外壁は下見板張りにベイウィンド ウが付き、屋根はスレート瓦葺です。建築手法は、アメリカン・ビクトリア様式と呼ばれ、重厚な豪華さを旨としたバロック様式の流れを汲み、19世紀後半に英米で流行した建築様式です。
    建物の隅の尖塔も印象的で、その佇まいは「山手イタリア山庭園」によく似合います。西洋庭園から見る姿は特に美しく、庭園との組み合わせがシナジーを醸し、最初からこの場所にこのような姿で建てられていたのではないかと思わせるほどです。

  • 500_38756096

    外交官の家 西洋庭園
    斜面を利用して作られているのは、イタリア・ルネサンス様式の庭園です。
    整然と幾何学的にデザインされた植栽は、左右対称になっているのがイタリア式庭園の特徴です。また、丘の高低差を生かして水が流れる仕組みとなっています。
    絶え間なく流れる清らかな水…。イタリアの人々は斜面を利用して理想の世界を表現しました。

  • 500_38756097

    外交官の家
    内田定槌氏は福岡県に生まれ、1880(明治22)年に東京帝国大学を卒業、同年外務省に入省し、上海やソウルの勤務を経て1896(明治29)年にニューヨークに着任、1902(明治35)年からはニューヨーク総領事を務め、ポーツマス条約締結のために渡米した小村寿太郎全権大使の支援に当たりました。その後はブラジルやアルゼンチン、デンマークなどの公使を歴任、1920(大正9)年から3年ほどトルコに勤務し、トルコから帰国後の1924(大正13)年に退官されました。

  • 500_38756098

    外交官の家
    設計者ガーディナー氏は、1857年に米国セントルイスに生まれ、1880(明治13)年にアメリカ聖公会から派遣されて来日しました。ウィリアムズ主教が開校した立教学校の教師を務めながら学校の設備拡充にも尽力、その後校長にも就任しました。
    建築学の素養もあり、1891(明治24)年に校長職を離れ、建築家として第二に人生をスタートさせて教会をはじめ様々な建築を手がけました。しかし、その多くは関東大震災などで失われ、現存するものはわずかです。外交官の家は、日光真光教会や京都市の聖アグネス教会などと共に、彼の作品の貴重な遺産と称されています。
    聖アグネス教会はこちらを参照してください。
    http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=28602813

  • 500_38756099

    外交官の家 喫茶室「ブラフガーデンカフェ」
    まずは腹ごしらえということで喫茶室へ駆け込みました。
    外交官の家に併設され、高台からみなみとみらいを一望できるテラス席完備のオシャレカフェです。
    オーダーしたのはクロワッサンサンドセット。ハムやチーズ、レタス、トマトがたっぷりとサンドされ、結構ボリューミーですが大変美味かったです。季節のフルーツも付いています。
    お皿の下に敷かれたペーパーナプキンには、「ブラフガーデンカフェ」のブルーのスタンプが押され、アクセントになっています。

  • 500_38756298

    外交官の家
    新館から和風の廊下を抜けると、広く重厚な玄関ホールに出ます。
    左端が正式玄関となります。

  • 500_38756297

    外交官の家
    ホールにあるバラをモチーフにしたステンドグラスです。
    ほの暗い室内にあって陽光に輝く様がとても美しく感じられます。

  • 500_38756300

    外交官の家 玄関
    玄関扉は、摺りガラスに内田家の家紋 「丸に剣三つ柏」があしらわれています。
    上部にある丸い紋です。
    因みに、安倍首相の祖父に当たる岸信介元首相の家紋と同じです。

  • 500_38756299

    外交官の家 玄関
    玄関の脇には、少女の大理石の彫像が置かれています。
    小首を傾げながら物憂げに手紙を書くしぐさとその表情が、胸キュンものです。

  • 500_38756274

    外交官の家 玄関
    玄関先の内扉には淡い色使いのアールヌーボー調のステンドグラスが嵌め込まれ、招待された客人に対するおもてなしの気持ちが伝わってきます。

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    外交官の家 大客間
    玄関ホールの右手には、応接室として使われた大客間があります。右側にある窓はベイウィンドウになっており、採光面積が広い分、眩いほどの明るさです。
    正面の壁には、陽子夫人の肖像画が掛けられています。

  • 500_38756273

    外交官の家 大客間
    暖炉は、繊細なグリルと優美な模様のタイルが目を惹き付けます。
    普通の暖炉のように見えますが、実はラジエーター式ガスストーブだそうです。薪を思わせるカバーの裏にストーブが隠されています。
    西洋館では煙突の数が多いほどお金持ちと言われ、暖炉は一種のステイタスシンボルだったそうです。一家団欒の象徴でもある暖炉の姿を残し、客人がリラックスできる空間を作り上げたのでしょう。

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    外交官の家 大客間
    大客間の奥にある暖炉型ガスストーブの両脇には、ステンドグラスが嵌め込まれた小窓があります。この小窓は創建当初からあるもので、開閉は上げ下げ式になっています。
    スズランをモチーフにした灯具は、移築時に設計図などから復元したものだそうです。

  • 500_38756272

    外交官の家 小客間
    晩餐会の際のウェイティングルームや食後のひと時を愉しむための部屋です。
    右奥にある大客間とはスライドドアで仕切ることができるそうです。

  • 500_38756439

    外交官の家 ベランダ&サンルーム
    鎧戸は、庭側の窓には設置されておらず、客間側に付けられています。これはベランダ&サンルームが屋外として取り扱われていたためだそうです。
    ガラス窓の下にあるスリットの入った腰板を左右に動かすことで通風ができます。これは、日本家屋に見られる無双窓と呼ばれる仕掛けです。夏には足元からも風が入って涼しそうです。日本の気候に合わせ、住人が暮らし易いように設計したガーディナー氏の人柄を垣間見ることができます。
    ガーディナー氏は、娘の名前に「ハスノハナ(蓮の花)」と付けるほどの親日家で、幾度か本国と行き来したものの、40年以上に渡り死ぬまで日本で暮らしました。

  • 500_38756442

    外交官の家 サンルーム
    北東角のサンルームは、広く取られた窓が明るく開放的で、ゆったりとした時間の流れの中に身を置くことができます。
    8角形の塔屋の1階に当たり、雨が多い日本の気候に合わせて全面にガラス窓が嵌められ、光彩が潤沢に取れるように配慮されています。

  • 500_38756270

    外交官の家 ダイニング
    格式高い大きなダイニングルームです。往時は外交官として、沢山の客人を招いていたそうです。
    赤いランプシェードやテーブル、椅子などの家具類は資料や聞き取り調査によって忠実に復元され、往時の暮らしぶりを偲ばせています。家具の配置も往時のままだそうです。
    家具や装飾にはアール・ヌーボー調の意匠と共に米国アーツ&クラフツ(大量生産の粗悪品から伝統工芸品への回帰運動)の影響も見られるのが興味深い所です。

  • 500_38756271

    外交官の家 ダイニング
    腰板は客間に比べて高く設定され、重厚さをより強調しています。
    暖炉などの張り出しを囲む唐破風を彷彿とさせる柔らかな曲線や柱の彫刻も優美です。

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    外交官の家
    こちらはアール・ヌーヴォー調の電灯です。

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    外交官の家 階段
    垂直方向に細い溝を細く彫り込んだ親柱が優美です。
    上にある梁の装飾ともコーディネートされています。

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    外交官の家 2階書斎
    階段の先には、内田定槌氏が執務に使ったL字形をした書斎があります。
    年季の入った床板が印象的で、窓の外の緑が心地よい部屋です。
    書斎の机などの家具は、復元されたものだそうです。
    造り付けの書棚の中には、内田定槌氏の蔵書の一部が収められています。

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    外交官の家 2階夫婦寝室
    客人をもてなす1階の重厚な雰囲気に対し、プライベートな空間の2階は明るく開放的な雰囲気に一変し、その対比も興味深いものです。
    こちらは2階の一番大きな部屋で夫婦の寝室です。
    小さくて可愛いらしいベッドは、資料や聞き取りによって復元したものだそうです。

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    外交官の家 サンルーム
    往時、内田氏はブラジル公使を務めていて日本に居なかったため、家の設計には陽子夫人の意見が多く反映されたそうです。この8角形のサンルームは 夫人のお気に入りのスペースだったそうです。この贅沢で美しい空間を寝室の奥にしたことからも、プライベートをとても大切にしていたことが窺えます。
    また、部屋に合わせた8角形に合わせた赤い絨毯には乙女心の血が騒ぎます。正面の机は往時からの物で夫人の化粧台だったそうです。夫人は、この部屋で優雅に読書としゃれ込んでいたのでしょうか、それとも編み物に勤しんでいたのでしょうか…。

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    外交官の家 サンルーム
    今は結束バンドで留められていますが、動滑車の付いた卵型の部分が錘となってランプの質量とバランスをとり、ランプシェードの高さを上下させて手元の照度を変える機構のようです。

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    外交官の家 バスルーム
    寝室の隣にあるバスルームは、バスタブとトイレがセットになっている本格西洋式です。木製のトイレットシートやハイタンクがアクセントになり、バスタブの猫足にも彫刻が施されています。
    往時は、井戸水をポンプで汲み上げて和館にあったガスボイラーから給湯されていたそうです。

  • 500_38756674

    外交官の家 和館の一部
    明治期にこのような洋館が日本人の私邸として存在したことには驚きますが、内田氏の外交官としての経歴や海外生活の長さを物語る生き証人かもしれません。
    渋谷に建っていた頃には和館も併設されていたそうですが、移築復元に当たっては洋館部分のみが対象となったそうです。
    ただし、このように和館が一部残されており、和洋が隣り合った部分を確認することができます。往時の和館の2階には畳敷きの令嬢室などがあったそうです。
    見学する際の入口は、喫茶コーナーのある新館(付属棟)にあり、そこから洋館部分に向かう際、和館の名残部分を通って行きます。
    この先にあるのが新館になっています。

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    外交官の家 和館
    歴史を重ねてきた真鍮の鍵が、限られた和の空間に一段と趣を添えています。

    外交官 内田氏の来客に対するおもてなしの心と、よき家庭人としての姿、受け継がれた家族との思い出がいっぱい詰められたすばらしい洋館でした。
    次は、少し道草をしながらベーリック・ホールへと駒を進めてまいります。

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    カトリック山手教会
    1549年に聖フランシスコ・ザビエルによるキリスト教の布教が始まった後、厳しいキリシタン弾圧が続く中、幕末の1859年の横浜開港時にパリ外国宣教会ジラール神父らが来日しました。そして1862年、横浜居留地80番地に屋根の上に十字架を建てた「横浜天主堂」(聖心聖堂)がパリ外国船教会の手により献堂されました(国宝 長崎大浦天主堂が献堂される3年前)。これが日本最初の教会であり、現在のカトリック山手教会の初代聖堂でもあります。

  • 500_38756715

    カトリック山手教会
    1906年、天主堂付近の市街地化により移転を行い、この山手町44番地に双塔を持つ煉瓦造ゴシック風の聖堂が献堂されました。しかし、1923年の関東大震災によって倒壊し、就任間もない主任司祭ルバルベ神父はその犠牲となりました。
    その後、建設募金活動を経て1933年に鐘楼を擁したゴシック式鉄筋コンクリート造の美しい現聖堂が献堂されました。
    設計者は、山手教会信徒チェコ人ヤン・ヨセフ・スワガー氏です。この司教座教会は、教区の「母なる教会」であるだけでなく、横浜市の歴史的建造物に認定された文化的建物でもあります。聖堂両脇の祭壇壁にはジラール、ルバルベ両神父の遺骨が安置され、教会中庭には1868(明治元)年にフランスから贈られたマリア像がイエズス聖心教会の入口の上から人々を見守る設定で安置されています。また、尖塔の鐘も1874(明治7)年にフランスから贈られたものです。

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    横浜天守堂跡の碑
    この写真は、1862年に日本初のキリスト教会「横浜天主堂」が建てられた、かつての横浜居留地80番にある横浜天守堂跡の碑です。
    横浜高速鉄道「元町・中華街」駅の2番出口の階段を上った所になります。教会はその後1906(明治39)年に山手へ場所を移し、それが現在の山手カトリック教会の始まりとなっています。
    1962(昭和37)年、横浜天主堂が創建された日を日本におけるキリスト教再建の日とし、創建100周年を記念に天主堂跡にこの記念碑が建てられました。
    キリスト像の土台のレリーフには往時の横浜天主堂が象られています。

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    カトリック山手教会
    教会の中庭の高みにマリア像が佇んでいます。
    これは1868(明治元)年にフランスから贈られたものです。現在の建物は1933(昭和8)年の竣工ですが、教会の鐘と純白の聖母マリア像は天主堂時代のものがそのまま残され、清らかで荘厳な雰囲気を漂わせています。
    開国後、初のキリスト教教会として、1862(文久2)年に居留地80番に建てられたイエズスの聖心教会の入口に安置されていたそうです。1906(明治39)年に教会が山手44番地に移転の際、現在地に移されています。

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    カトリック山手教会
    何とも慈悲深いお顔をしていらっしゃいます。
    心の中で十字を切りながらシャッターを押しました。
    確かカトリックは、「額→お腹→左肩→右肩」の順だったような…。

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    カトリック山手教会
    ゴシック様式の教会建築らしい尖塔アーチの窓と鐘塔が印象的です。内陣には細かな装飾が施された列柱などを備え、日本一美しい聖堂と言われています。
    因みに、今から39年前に1組のカップルがこの教会の神の前で神聖なる誓いをされています。そのカップルは、ユーミンさんと松任谷正隆さんです。
    1976年11月29日、松任谷正隆さんと荒井由実さんの結婚式が執り行われた教会です。

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    カトリック山手教会
    内陣は残念ながら撮影禁止となっています。
    聖堂内陣の様子は、山手教会のHPが詳しいのでそちらを参照してください。
    http://www.yamate44.jp/church.html

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    カトリック山手教会 事務所
    扉に配された小さな丸いステンドグラスが目を惹き付けます。
    建物の入口にはラテン語で「ADVENIAT REGNUM TUUM」と書かれており、調べてみると「あなたの御国(みくに)が来ますように」という主の祈りのワンフレーズのようです。

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    カトリック山手教会
    こちらが教会の正門になります。
    設計者スワガー氏は、建築家アントニン・レーモンド氏の下で働き、東京の聖路加国際病院や神戸北野の神戸ムスリムモスクなどの著名な作品を残しています。
    神戸ムスリムモスクは、次のサイトを参照してください。
    http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=38382132

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    フェリス女学院中学校・高等学校 カイパー記念講堂
    教会から道なりに進むと左手に煉瓦の美しい建物が現れます。それがフェリス女学院の入口に佇むカイパー記念講堂です。関東大震災で殉職したJ・M・カイパー女史を記念して1929年に竣工した講堂です。2002年に建て替えられましたが、外壁は昔の姿に復元されています。長野県佐久産の鉄平石が貼られた柱とアーチ窓が交互に並ぶ姿が優雅です。
    カイパー女史は震災時の校長先生でした。前日に避暑地の軽井沢から戻った女史は、校長室で被災しました。怪我は無かったものの、倒壊した瓦礫に閉じ込められて身動きできませんでした。職員たちが発見して必死の救出を試みましたが、無理でした。やがて元町から迫る火の手が山手の丘を登り、校舎に燃え移りました。打つ手もなく号泣する職員たちに、女史は「主の御心のままにここで安らかに死ぬので、心配はいらないから、皆さんによろしく」と言います。そして、「ここであなたがたが死んでも自分は助からないから早く避難するように」と諭します。女史は燃えさかる炎の中で賛美歌『主よ、御許に近づかん』を歌いながら天に召されたそうです。
    こうも潔い死に様というのは、生前の一瞬一瞬を大切にし、常に覚悟していなければできないことだと思います。因みに、『主よ、御許に近づかん』は、映画『タイタニック』の中で沈みゆく客船の楽隊が演奏していたあの曲です。

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    ベーリック・ホール
    緑濃い広大な敷地に威風堂々と佇む、戦前の外国人住宅で最大級の地下1階、地上2階建のスパニッシュ風の建物が英国人貿易商バートラム・ロバート・ベーリック氏の旧邸宅です。
    1930(昭和5)年に建てられ、設計者は山手111番館や山手聖公会など数多くの建築に関わった米国人建築家ジェイ・ハーバート・モーガン氏です。南欧スパニッシュ様式を基調としたデザインは、モーガン氏が個人邸を設計する際のモチーフだったそうです。3連アーチの玄関部にある緩やかな勾配のオレンジ色のスペイン瓦屋根や四つ葉と四角形を組み合わせた粋なガラス窓、瓦屋根付きの煙突などが印象的な外観と和洋折衷させたインテリアは、建築学的にも貴重な存在だそうです。
    散策路の片隅ではイーゼルを立てて絵筆を走らせる人の姿も見かけます。美しい外観は写真や絵心のある方にとって創作意欲をかきたててくれるに違いありません。

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    ベーリック・ホール
    ベーリック氏は、和紙や絹などを扱った英国人貿易商ベーリック商会の経営者でした。元々、この場所には自邸がありましたが、関東大震災で崩壊し、その後モーガン氏に建築を依頼しました。戦後、宗教法人カトリック・マリア会に寄贈され、セントジョセフ・インターナショナル・スクールの寄宿舎として使われてきました。「ベーリック・ホール」という名は同会による命名だそうです。
    しかし、20世紀末、唐突にインターナショナル・スクールが100年の歴史に幕を下ろすことになりました。父兄会との間で裁判沙汰にもなりましたが、結局、2000年の春に最後の卒業生を送り出して閉校となり、校舎も取り壊されて残されていません。このベーリック・ホールも存続が危ぶまれましたが、横浜市が土地を取得し、その後建物も市に寄贈され、2000年に一般公開されました。

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    ベーリック・ホール
    モーガン氏は、「丸ビル」の完成後に独立し、日本に留まってビルだけでなく住宅設計も手掛けていくようになりました。私生活でも、日本家屋に住み、普段も着物で過ごすなど日本文化を積極的に取り入れました。そこにはひとりの日本人女性の影響がありました。彼の日本での成功にも、事実上の妻だった石井たまのさんの内助の功があったそうです。来日直後に出会い、英語が堪能だった彼女に惹かれ、彼女を通して日本人と日本文化に馴染んでいきました。
    彼が設計した邸宅は、ほとんどがスパニッシュスタイルでした。米国人である彼が、 何故スパニッシュスタイルの家を建てたのか?きっかけは1915年のサンディエゴ万博でした。この時展示されたスパニッシュスタイルの住宅が全米で大流行し、それを知った彼が横浜の風土によく映えると考えて積極的に取り入れたのです。
    神戸では、彼が設計した旧チャータード銀行神戸支店を見てきましたが、このような洋館も手掛けていたとは吃驚です。
    旧チャータード銀行神戸支店は、次のサイトを参照してください。
    http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=38308842

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    ベーリック・ホール 煙突
    外壁はモルタルと煉瓦の表面をコテで粗く仕上げたクリーム色のスタッコ仕上げです。屋根には赤いS字瓦が使われ、テラスの中央に暖炉用の小さな屋根を載せた煙突があり、その裾野の一部をアーチ状に窪ませ、そこに獅子頭を象った壁泉(へきせん)と呼ばれる水場を設けています。そこにもS字瓦がちょこんと載せられ、アクセントになっています。
    また、軒下にはタイルを貼った幾何学的なフリーズ(帯状装飾)が見られ、そのシックな色彩感覚も見所のひとつです。

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    ベーリック・ホール 壁泉
    壁泉とは、壁から水を流す人工の滝の一種です。
    イタリア式庭園やフランス式庭園における技法のひとつです。

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    ベーリック・ホール スモークツリー・ゴールデンスピリット
    ウルシ科コティヌス属の耐寒性低木の落葉樹です。雌雄異株で、雌木の枝先につく花穂はライムグリーン色を呈し、咲き進むと紫色を帯びます。開花後に伸びた花柄が遠くからは煙がくすぶっているように見えます。スモークツリーの名は、この開花後の花穂が煙のように見えるところに由来します。別名は、白熊の尻尾に似ていることから「白熊(はぐま)木」や「霞の木」とも呼ばれます。

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    ベーリック・ホール スモークツリー・ゴールデンスピリット
    初めて見た人は、「目がかすんでしまったのか?」と戸惑うほどのユニークな姿をしています。
    原産地のひとつの中国では、「黄櫨」や「煙樹」、「紅葉樹」と書きます。中国では、古くは染料として用られました。尚、日本では、「黄櫨」の名を、同じ科の「ハゼノキ」に充てています。
    唐の時代、スモークツリーの心材で黄色く染めた服は、高貴な色として皇帝のみが使用を許されていました。これが日本にも伝わり、「黄櫨染」の衣服は、天皇陛下以外の者の着用を禁止した絶対禁色とされました。
    今日ではイングリッシュガーデンによく用いられ、フワフワした煙のような柔らかな雰囲気に魅せられて、シンボルツリーとして人気があります。

  • 500_38757072

    ベーリック・ホール 玄関
    アーチ型の入口を潜ると玄関です。玄関ドアに施された美しい唐草模様風のアイアンワークが印象的です。巻貝を思わせる渦巻き模様は、この館の装飾のひとつのモチーフにもなっています。嵌められたガラスは新しいものですが、ドア自体は創建時のものだそうです。
    床は白黒の市松模様のタイル張りがなされ、玄関ドアの繊細な模様とのコントラストに目を瞠るほどです。
    ベーリック・ホールも、館内が無料公開され自由に見学できます。これだけの広い邸宅が個人所有であったことから、往時の貿易商の裕福さが窺い知れます。

  • 500_38757073

    ベーリック・ホール 玄関
    玄関先の右手にはアーチ状の窪みがあり、そこのレリーフは「ひまわり」をモチーフにした装飾となっています。
    ひまわりには沢山の花言葉がありますが、この館にピッタリなのは「私の目はあなただけを見つめる」ではないでしょうか?つまり、お客さまへのおもてなしの心です。
    海の神の娘である海の精クリュティエ(クリティ)は、太陽の神アポロンに一目惚れしました。しかし、アポロンは女神カイアラピに恋していてクリュティエには目を向けませんでした。苦しい片想いに嘆き哀しみ、9日間も地面に立ち尽くし、アポロンを見つめていました。日が出てそして沈むまで、ただ真っ直ぐアポロン(太陽)を見つめ続け、その間にクリュティエが口にしたのは冷たい露と自分の涙だけ…。そしてクリュティエは、ひまわりになったという神話から、「私の目はあなただけを見つめる」が結びつくとされています。

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    ベーリック・ホール 玄関
    「ひまわり」の下には、このような金色のライオンが載った赤大理石製の器がそれとなく置かれています。

  • 500_38757075

    ベーリック・ホール 玄関ホール
    振り返ると、玄関から室内に眩いばかりの光が差し込み、繊細な美しさを湛えています。
    白と黒のタイルで構成した市松模様のプロムナードもモダンです。

  • 500_38757076

    ベーリック・ホール 玄関
    玄関ドアの上に目線を向けると、美しい曲線模様があしらわれたファンライトがやさしく微笑んでいます。

  • 500_38757108

    ベーリック・ホール 居間
    玄関ホールの右手には広い居間があり、天井を支える立派な梁が印象的です。また、窓が大きくて多いのは往時としては至高の贅沢とされ、これもひとつの特徴です。自然光が潤沢に入り、開放感に満ちた雰囲気を漂わせています。
    また、カーテン上部を隠すカーテンボックスには波のような切れ込みや彫刻が施され、心憎い細工が見られます。
    ベーリック氏がフィンランド領事の仕事を務めていた頃や、ここがセント・ジョセフの寄宿舎だった頃には、この居間が宴会場に早代わりしてダンスパーティが頻繁に催されていたそうです。じっと見つめていると、どこからかざわめく声が聞こえてくるような感覚に陥ります。
    因みに、この居間は、現在、結婚式場としても使われているそうです。

  • 500_38757109

    ベーリック・ホール 居間
    中央壁面に鎮座するのは大きな暖炉です。外から見た時に正面に見えた煙突と繋がっています。
    暖炉の上に施された装飾は菊花紋のようにも見えますが、これはロゼット文様です。エジプト発祥の文様で、欧州でも伝統的な意匠として使われています。「ロゼット」の意味は「バラ状の」ですが、内容的には多様な受けとり方があるようです。紀元前2500年のメソポタミアから使用が確認されており、古代ギリシアでは墓碑を飾る模様として使われ、ヘレニズム文化としてガンダーラでは紀元後1世紀頃の仏像の台座の装飾にも使われています。
    日本の菊花紋章もロゼットに由来するものではないかとも言われています。

  • 500_38757110

    ベーリック・ホール 居間
    天井の照明は、古びた感じがあるので往時のものかもしれません。
    植物の蔓や葉、蕾などが装飾されたアールヌーボー風です。

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    ベーリック・ホール 居間
    居間の北面には、パームルーム(サンルーム)があります。
    パームとは椰子のことで、温室を飾る熱帯植物の代表格と言えます。様々な観葉植物を育て、自然の中で暮らしているような雰囲気を満喫していたものと思われ、経済的な余裕を誇示するためのステイタスシンボルでもありました。
    そしてもうひとつには、パームは、様々な宗教や人種の中で特別な意味を持つ植物に位置づけられていることが挙げられます。日本人にとっては疎遠な世界ですが、換言すれば「生命の木」といった感じです。
    因みに、ホワイトハウスにもパームルームという小部屋があります。写真を見ると格子窓の明るい部屋になっています。
    http://www.whitehousemuseum.org/west-wing/palm-room.htm

  • 500_38757112

    ベーリック・ホール パームルーム
    パームルームの中は、玄関と同じ白黒の市松模様のタイルフロアに大きなアーチ窓がぐるりと配され、その一角には獅子頭を模した壁泉と呼ばれる噴水があります。屋外にあったものと同じものですが、このように室内に設けられた例は世界的にも珍しいそうです。石積み風のテクスチャーを再現するため、化粧目地や雲母の片を混ぜて再現しているそうです。
    このスペースは、中庭的な寛ぎの空間を創出しており、屋内に居ながら自然に囲まれているような開放感を満喫することができます。
    あえて北向きにしてある理由は、こちらから横浜港が見晴らせたためだそうです。夏の暑い時期には日陰となり、過ごし易い休憩場所だったようです。

  • 500_38757141

    ベーリック・ホール 食堂
    玄関先を左に折れると、和風の食堂があります。
    居間と同様に天井の梁が剥き出しにされて重厚感を醸しています。白い漆喰壁に木造の軸組みを露出させ、和風の趣も演出しています。梁や家具の色調からクラシックな雰囲気が漂いますが、日本人にとってはどことなく落ち着ける空間に仕上がっています。

  • 500_38757142

    ベーリック・ホール 食堂
    天井のランプは、とても繊細なデザインです。
    燭台に点された蝋燭の灯りを彷彿とさせるナイーブなイメージです。

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    ベーリック・ホール 階段
    階段は廊下の壁際に設けられ、優美な気品に満ちたディテールが随所に見られます。特に手摺りのデザインはお洒落で、繊細なアイアンワークも目を惹き付けます。
    正面の窓にもアイアンワークが施され、往時は色ガラスが嵌められていたそうです。
    ほとんど観られることのない階段の踏み板と蹴込み板の側面にも手の込んだ細かい彫刻が施され、拘り抜いた階段デザインであることが窺われます。

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    ベーリック・ホール 階段
    巻貝のような渦巻きの手摺りとその下の渦巻状のアイアンワークが粋です。渦巻きはこの館のデザインコンセプトのひとつなのかもしれません。また、手摺りを支える繊細な螺旋状の足にも注目です。

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    ベーリック・ホール 階段
    ため息が出るほど美しい階段です。
    この短い距離を登り終えるまでにどれほどの時間を費やしたことでしょう。

  • 500_38757250

    ベーリック・ホール 客用寝室
    現在は、客間風のインテリアにコーディネートされています。壁の色は少し暗めのエメラルドグリーンです。この壁は創建後に何度か塗り直されたそうですが、現在は創建時の色が忠実に復元されているそうです。シックな家具とのコンビネーションが絶妙です。
    各寝室には専用のバスやトイレなどを設置してプライバシーを尊重し、居心地のよい居室としていたことが窺えます。
    大きな窓の外にはバルコニーが広がっています。

  • 500_38757251

    ベーリック・ホール 客用寝室
    この窓は、ベーリック・ホールを特徴付ける「クワットレ・フォイル(四つ葉と四角形の組合わせ)」と呼ばれる『花窓』です。この形はイスラム風だとも言われるのですが、ゴシック建築によく見られる欧州の伝統的なスタイルだそうです。
    クワットレ・フォイルからは新緑の色彩を帯びた陽光が溢れ、うっとりしてしまいます。
    こんな歪な形の窓ですが、普通に開閉することができる優れものです。

  • 500_38757252

    ベーリック・ホール 客用寝室 バスルーム
    客用寝室に設えられた専用バスルームです。
    透き通るような鮮やかなブルーの壁タイルや小窓、床タイルのデザインが美しく斬新です。あえて濃淡を均一としていない壁タイルの色彩の揺らぎが深みを出しています。
    客用寝室や子ども部屋、夫婦の寝室にはそれぞれ専用のバスルームが設えられ、タイルの色もそれぞれ違えて雰囲気が変わるようにコーディネートされています。

  • 500_38757254

    ベーリック・ホール 子ども部屋
    館内は、1階がパブリックスペース、2階がプライベートスペースとはっきり区分けされており、山手西洋館には珍しい子ども部屋が見られます。
    子ども部屋の壁はターコイズブルーに塗られ、備え付けた家具の影響もあり、とても可愛らしい部屋に感じられます。壁も窓格子もブルーでコーディネートされています。
    日本では珍しい磨き壁というフレスコ技法の塗り方で、漆喰が乾かないうちに塗料を重ね、押えるように磨くことでなめらかな質感にしています。この壁は、美大チームが1ヶ月がかりで復元したそうです。この美しい青色は一見の価値があります。
    子ども部屋にはぬいぐるみなどがそれとなく置かれ、いかにも「子ども部屋」らしく設えられていますが、創建時にはすでにご子息は成人していたことを鑑みると、子ども部屋は一般公開に当たっての心憎い演出と思われます。部屋の雰囲気のバリエーションを愉しんでもらうため、小さな男の子の部屋を想定したものと思われます。

  • 500_38816833

    ベーリック・ホール 主人寝室
    書斎風のインテリアでコーディネートされていますが、元々はベーリック氏の寝室だったそうです。
    タイプライターには現在進行形で和紙にタイプ中のビジネスレターという心憎い演出も感涙ものです!
    旧い地球儀のブックエンドと家族の写真も味を添えています。

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    ベーリック・ホール 婦人寝室
    2階の一番奥にあるのは、ベーリック婦人の寝室とサンポーチです。
    サーモンピンク色を基調としたインテリアでコーディネートされ、ウォークインクローゼットも完備した豪勢な部屋です。
    寝室に展示されている服箪笥、ナイトテーブルは、2014年に解体された市内南区の洋館から寄贈された昭和初期のもので、横浜家具の職人により修復されたものだそうです。

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    ベーリック・ホール サンポーチ
    夫人の寝室は広々としており、その奥にサンポーチも設けられています。
    夫人は、個人的なお客様とここでお茶をして過ごされたそうです。
    反対側の窓からは横浜港が見渡せたそうですので、会話も弾んだのではないでしょうか?

    今まで訪れた西洋館の中では最大級の規模の館でしたが、館内のインテリアなどの細部にも繊細な装飾がなされ、また、ここでしか見られない珍しい建築様式などが堪能でき、見応え充分でした。これだけの規模の館を維持保存するのは大変なことだと思いますが、末永く大切にしていただきたいと思います。
    この続きは、問柳尋花 横浜逍遥④山手西洋館<後編>でお届けいたします。

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