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情緒纏綿 洛北錦秋紀行①一乗寺 中谷・詩仙堂編

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    旅行時期 2014/11/21 - 2014/11/21 (2014/11/22投稿

    鴨の流れが分流する東山の麓に広がる左京区一乗寺。ここに、ある戦国武将の終の棲家が佇んでいます。それが、今から370年前に造られた草庵「詩仙堂」です。
    丹精込めて丸く刈り込まれた皐月越しに映えるのは、茅葺と瓦が絶妙なバランスを保つ凹凸窠。その屋根には不釣り合いな小楼閣が載せられ、室内は、14畳の書院の間、4畳半の詩仙の間、そして6畳の読書の間に分かれ、書院の間から望む庭園はまるで一幅の錦絵に向き合うかのような趣を放っています。
    「詩仙堂」の名の由来となった詩仙の間には、四方の長押に杜甫や李白を初めとする中国の名だたる詩人36人の肖像画が掲げられ、その発想のルーツは日本の36歌仙とも言われています。金地に華麗な筆さばきは、当代きっての絵師 狩野探幽によるものです。その絵に丈山の書で漢詩が認められています。
    草庵の主は、石川丈山と言う、かつては徳川家康に仕えた武勲ある武士でした。禄を辞して一流文化人らと交わり、悠々自適のセカンドライフをこの地で送りました。晩年には眼を患い、生涯独身を通して90歳で天寿を全うしたのは1672年のことです。
    自ら茶を点て、自ら飲む。自ら詩を作り、自ら詠む。自ら庭を掃き、自ら愛でる。華美に溺れず、質素を旨としたこの至福の空間で、丈山は31年もの余生を過ごしました。そして一首詠んでいます。「渡らじな 蝉の小川は浅くとも 老いの波たつ 影もはずかし」。これは、「もう私は鴨川を越えません」という決意を詠んだ歌です。なぜ稀代の文人 丈山はこのような歌を詠んだのでしょうか?実はこの詩仙堂には、その簡素で優美な表の顔とは裏腹に、驚くべき秘密が隠されていたのです。その秘密をこの目で検証することにしましょう。

    写真 44枚

    交通手段 : 
    • 現地移動 :  私鉄 / 徒歩
    エリア:
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    エリアの満足度:
    5.0
    • 一乗寺 中谷
      叡電「一乗寺」駅に降り立って緩やかな坂を上って行くと、途中右手に一乗寺「中谷」があります。丁度、バスツアーの団体さんが詩仙堂へ向かったところでしたので、それを口実に一息ついて時間をずらすことにします。
      このショップは最近マスコミで取り上げられ有名になっています。実はここで「絹ごし緑茶てぃらみす」を食すことが「ささやか」ながら積年の念願でした。京都には度々訪れていますが、ここまで足を運ぶことはめったにありませんから…。

    • 一乗寺 中谷
      宮本武蔵所縁の地「一乗寺下がり松」の近所にある、「でっち羊羹」が看板の70年続く老舗和菓子屋です。築40余年の民家の壁を塗り直し、欄間や仕切りに船板を使った懐かしい雰囲気の店内には、バリアフリーのカフェスペースが設けられています。ここでは、和菓子や洋菓子はもちろんのこと、和洋コラボレーションパフェなど、他にはないユニークなスイーツが楽しめます。伝統的な手法を踏尊しつつ、伝統的な菓子同士を融合して新種のスイーツでもてなしてくれます。

    • 一乗寺 中谷
      現在の3代目若旦那のところに、当時、洋菓子店を経営していた職人が嫁ぐことになりました。若女将は、「和菓子してもらうことになるから」と最初に釘を刺されていたので、老舗だしそうなるのが自然なんだろうなと思っていたそうです。ところが大旦那と大女将から「せっかくやし、やったらええやん」と言ってもらえたとのこと。「やってみなはれ」のベンチャー精神が生んだ世紀のコラボスイーツと言えそうです。
      余談ですが、NHK連続TV小説「マッサン」で、玉山鉄二が演じる亀山政春の生涯の師でありライバルとなる鴨居欣次郎のモデルは、「やってみなはれ みとくんなはれ」のサントリー創業者(当時は寿屋)の鳥井信治郎です。そんな精神が連綿と受け継がれてきたサントリーですが、このたび創業者一族以外のローソン会長 新浪剛史氏を社長に就任させました。新社長にとってはまさにアウェイでの闘いとなります。同族経営のデメリットを払拭しながら、どこまで社員の士気を高揚させられるか、目が離せません。
      そう言えば、最近、シングルモルト・ウイスキー「山崎」」(欧州限定品)が英「ウイスキー・バイブル2015」で世界最高に選ばれました。社長交代のシナジーではないでしょうが、日本産がトップを獲得するのはガイド本創刊12年の歴史始まって以来の快挙だそうです。
      著者ジム・マーリー氏は、『山崎』を「ほとんど言葉にできない非凡さ」と絶賛。本場スコットランド産が上位5位にランクインできなかったことについて、「日本など海外産の高品質のウイスキーは、本場スコットランドのウイスキー業界にとって警鐘となるだろう」と話したそうです。
      日本では1920年代から、商業用ウイスキーの生産が行われています。本場スコットランド グラスゴーでウイスキーづくりを学んだ日本人留学生 竹鶴政孝がスコットランド人の妻リタとともに帰国し、山崎蒸留所の創業にかかわりました。この竹鶴こそニッカウヰスキー創業者で「マッサン」のモデルともなった方です。

    • 一乗寺 中谷 「叡電 きらきらチケット」
      このショップで活躍するのが、「叡電 きらきらチケット」。
      出町柳⇔修学院駅間の往復チケット、詩仙堂拝観券、「中谷」休憩料がセットで1500円です。「中谷」で絹ごし緑茶てぃらみすセットをいただけば、170円お得になります。このシーズン、叡電の切符自販機には長い列ができていますが、このチケットは窓口での対面販売ですので時間も節約でき一挙両得です。

    • 一乗寺 中谷
      カフェスペースはこんな雰囲気で、落ち着いて寛ぐことができます。
      座席は22あり、2人用と4人用のテーブルが設けられています。
      写真奥がトイレです。

    • 一乗寺 中谷
      デ〜ンと構えたメインのショーウィンドウの中身は、なんと洋菓子オンリーです。看板の「でっち羊羹」は、結構肩身の狭い思いをしているように思います。破壊的イノベーションというのは、従来の稼ぎ頭を駆逐することに他なりません。

      看板商品の郷土銘菓「一乗寺名物 でっち羊羹」は、江戸時代、一乗寺村の人々が弁当がわりにしていたのが始まりだそうです。丹波産小豆と米粉を練り合わせ、竹の皮で包んで蒸し上げた銘菓で、小豆あんの「小豆」とこしあんに栗が入った「栗入」の2種があります。味は、名古屋名物「ういろう」に似ているそうです。因みに、「でっち=練る」という意味だそうです。

    • 一乗寺 中谷 絹ごし緑茶てぃらみすセット
      「絹ごし緑茶てぃらみす」は、京都の和と洋の出会いから誕生しました。和菓子の若旦那自慢の「白あん」と洋菓子の若女将お得意の「豆乳」の2人の愛情を折衷した京都の新しい創作スイーツです。
      左手のお椀の中身は「ぜんざい」のようにも見えますが、実は珈琲です。
      セットで750円です。(きららチケットが使用できます)

    • 一乗寺 中谷 絹ごし緑茶てぃらみすセット
      枯山水庭園の趣きを和洋折衷で表現した爽やかな風情豊かなスイーツで、載せられた黒豆や鶯豆は竜安寺の石庭を彷彿とさせます。上生菓子の上に流し込まれたティラミスの白さは神社に積もった雪をイメージさせ、モダンの中にも古都の風情が凝縮された哲学的なテイストが読み取れます。
      白あんや豆乳の他にも上質な生クリーム、フロマージュブラン、そして味の決め手となる京都「柳桜園」の抹茶を贅沢にブレンドしています。最近はマスコミにも度々取り上げられ、絹ごし豆腐のように滑らかで繊細な味わいと舌触りが人気を呼んでいます。
      口に入れた途端、緑茶の味がふぁ〜っと広がり、コクがあるのに後味スッキリです。この滑らかさは、他ではなかなか味わえない食感ではないでしょうか。

    • 一乗寺 中谷 ざるわらび
      主人の選択は、わらび餅にフレッシュクリームをコーティングして「ざる豆腐」をイメージした遊び心満載な「ざるわらび」です。3代目若旦那とパティシエの若女将による「和」と「洋」を見事に融合したオリジナルスイーツとして話題沸騰中のメニューです。
      お値段が少々張るのですが、きららチケットに追加料金150円を支払えばOKです。

    • 一乗寺 中谷 ざるわらび
      見た目は、まさにざる豆腐。艶のある白い肌の真ん中には、ほど良くきな粉が掛けられています。(お土産用のものは、金粉が載せられています。)
      新雪に足跡を付ける様なワクワクした気分でスプーンを差し入れると、北海道産フレッシュクリームの下に隠されたわらび餅のしっかりとした弾力がスプーンを介して指先に伝わり、形を崩すことなく掬い上げられます。クリームが滑らかな舌触りな一方、わらび餅の食感がしっかりしており、絶妙のコラボレーションを演じています。クリームは甘すぎず、それでも確かな風味を感じさせながら、素朴な味わいのわらび餅との融合の中であくまでも脇役に徹します。
      もうひとつの愉しみ方は、添えられた若旦那拘りの「波照間産の黒蜜」を掛けて食すことです。甘味がグ〜ンと増すのですが、クリームが過度な甘味を抑え、黒蜜独特の甘ったるさは感じません。黒蜜を入れることで、一味違った風味が楽しめ、二度美味しくいただきました。

    • 一乗寺下り松
      宮本武蔵と京都の吉岡道場一門の決闘が行われたという場所です。
      武蔵ひとりに対して吉岡一門は70数名。弓や鉄砲を配して臨みましたが、武蔵は約束より早い時間に来て物陰に潜み、大将役の幼い吉岡源次郎を一刀のもとに斬り殺すと、疾風のように立ち去ったと伝えられています。
      この松の木は4代目で、当時の松の木は八大神社に展示されています。

    • 詩仙堂 小有洞門
      道草しなければ、一乗寺駅から徒歩10分強で詩仙堂へ到着します。
      入口にあるのが、狭く控えめな小有洞門です。
      詩仙堂の正式名は、六六山詩仙堂丈山寺(ろくろくざんしせんどうじょうざんじ)と言います。江戸時代初期の文人 石川丈山が1641年に創建した、詩や書や作庭をしながら31年間の隠遁生活を愉しんだ草庵が元になったお寺です。戦後、福井県の曹洞宗大本山 永平寺の直末寺となり、本尊は馬郎婦(めろうふ)観音を安置しています。建物と庭園は国の史跡に指定され、名前の「詩仙」とは、自選した中国の詩人36人の肖像画を飾る「詩仙の間」が由来です。この間に掲げられている「中国36詩仙像」は、江戸時代の狩野派を代表する天才絵師 狩野探幽の作品です。さらにその肖像画に漢詩を丈山が書き込んだと言われています。ここ詩仙堂は、小振りながらも瀟洒な建物と庭園が魅力的な場所です。

    • 詩仙堂 小有洞門
      扁額は、創建者 石川丈山の直筆となります。

    • 詩仙堂 小有洞門
      門を潜ると十数段の緩やかな石段の両脇に立ち並ぶ風情ある孟宗竹林と樅が迎えてくれます。昼なおほの暗い凛とした異空間で、いきなり深山幽谷の世界に分け入ったような錯覚に陥り、俗界から仙界へ入ったような不思議な印象を受け、思わず背筋が伸びます。

    • 詩仙堂 竹林
      はからずも少々大げさな写真になってしまいましたが、鬱蒼と茂る竹林の雰囲気を味わっていただければ幸いです。
      左手奥ににかすかに見える建物が、侍童の間である茶室 躍淵軒(やくえんけん:侍童が将来に躍動する鯉のようになるの意)です。

    • 詩仙堂 老梅関(ろうばいかん)門
      竹林の奥へと石段を上って行くと突然視界が開け、拝観受付所の先に鄙びた老梅関門が佇みます。茅葺の老梅関は枯れ果て、全ての虚飾を捨て去った簡素美を漂よわせています。かつてここに老梅の木が数本あったことが名の由来です。

    • 詩仙堂 凹凸窠(おうとつか)
      老梅関を潜り抜けた先には玄関があります。(拝観者は別の所から入ります。)
      玄関は、蜂腰(ほうよう)と呼ばれています。長身だった丈山は、玄関がやや低めに造られていたため、腰をかがめて出入りしたそうです。それを蜂が巣に出入りする様子に例えたのが名の由来です。
      その右脇にある雲形の窓は、趣向を凝らした意匠で目を惹きつけます。
      「閑にして雅。艶にして朴」という言葉が浮かびます。

      屋根の上の嘯月楼(しょうげつろう)では、月を愛で朗吟していたそうです。広さは3畳半ほどあり、往時楼上からは庭園のみならず、洛中や大坂城の眺望も可能だったようです。嘯は「うそぶく」と読みますが、さぞかし満月の夜は血が騒いだことでしょう。
      往時は、池に映る月を鑑賞する時代でした。こんな時代に楼閣を造り、月を直接愛でた文人の感性は、詩仙の間の中国を代表する詩人たちにも比肩する先鋭さと言えないでしょうか?
      こんなところから丈山スパイ説が生まれたのかもしれません。

    • 詩仙堂 老梅関門
      書院側から見るとこんな感じです。

    • 詩仙堂 書院入口
      建造物と庭園は、十境からなります。丈山は色々と凝った名を付けるのが好きな人物だったようです。おかげで名の解釈を調べるのに四苦八苦しました。江戸を生きた漢詩の大家の文字使いは、漢字の素養がない当方にはちょっと難解だったようです。
      この扁額の文字も「読解不能」です。「關」(かんぬきを使い門を閉ざすという意。)でしょうか?

    • 詩仙堂 書院入口
      この庭を見ていると、丈山の風雅に満たされた余生を偲ばずにはおられません。では、実際にどんな暮らしぶりだったのでしょうか?
      63歳の時、丈山は日常生活の規律「六忽銘」(漢詩)を板に彫り、それをよく目に付く台所に掲げました。
      1.火を粗末に取り扱うな。
      2.盗賊を防ぐことを忘れるな。
      3.朝早く起きることをいとうな。
      4.粗食をいとうな。
      5.倹約と勤勉を変えてはならぬ。
      6.掃除をおこたるな。
      また、板の裏には「既飽」と記され、腹八分が良しとせよと言う意味で、仙人が食したと言う霞の代わりに庭園の風雅を食し、質素に慎ましく暮らした丈山の生活ぶりが垣間見られます。

    • 詩仙堂 書院
      晩秋には白砂と皐月の緑の庭を取り囲むようにして紅葉が赤く色付きます。書院の間から目の前に広がる回遊式の枯山水庭園は、丁寧に刈り込まれた皐月と白砂や紅葉が絶妙の色彩のコントラストを映しています。時折静けさの中に聞こえるししおどしの響きが、静寂感をより深めます。
      錦秋の古都の醸し出す「わび・さび」を実感できるスポットです。

    • 詩仙堂 書院
      書院前の庭先には丸く刈られた皐月の大刈り込みがあり、山々とも島々を表しているとも言われています。その奥の一段下がった所に楓が植えられているため、書院から見ると楓の幹は見えずに葉だけが見え、借景庭園のように庭に奥行きを与えています。

      詩仙堂と呼ばれているのは、正しくは「凹凸窠)」と呼ばれる建物の一室です。凹凸窠とは、でこぼこした地形に建てられた住居という意味で、その名の通り東山の麓1000坪程のデコボコした土地に建てられ、隠遁生活に相応しく、空気の澄んだ寂寥感溢れる場所です。無の境地に入り込んで庭園をぼんやりと眺めていると、突然のししおどしの響きに驚かされることがあります。目と耳の両方で和の心を伝える趣向となっています。

    • 詩仙堂
      詩仙堂は、元々、石川丈山という源氏の流れを汲む三河の徳川譜代武将が鎧を脱ぎ、隠遁生活を送るために建てた草庵でした。丈山は1583年に生まれ、幼い頃より文武両道に秀で、18歳の時には関ヶ原の合戦に加わりました。その武勲もあり、家康の寵愛を受け順調に出世街道を駆け上がっていきました。
      鎧を脱ぐキッカケは、1615年の大坂夏の陣で軍律を破り、先陣を切って敵方へ突入して豊臣方家臣 佐々十左衛門の首を討ち取ったものの、家康から軍律違反の咎めを受け、妙心寺へ蟄居させられたことでした。
      波乱に満ちたその人生の果てに、丈山は「もう戦うまい」と出家し、藤原惺窩に師事して朱子学を修め、駿河清見寺の説心和尚に禅を学びました。特に、隷書体の書き方を習い、多くの作品を残しています。その後、老母を養うために紀伊の浅野家に仕えるなどしましたが、母が没したのを機に京都へ戻り、59歳にして自らの美学と理想を貫いた詩仙堂を造営し、この地で世俗を離れた暮らしを始めました。丈山の作る漢詩は素晴らしく、中国の漢詩の名人である杜甫や李白に匹敵するほどの出来栄えと絶賛されています。また、茶道にも精通し、煎茶の元祖であったとも言われています。武士として戦を経験し、その後、文人として抒情を追求した文武両道を極めた人の心がこの詩仙堂に宿っています。

    • 詩仙堂
      丈山は漢詩を作るだけでなく、庭造りの名手としても有名です。東本願寺の渉成園や枳殻邸、酬恩庵、蓮華寺などの庭園などにも関わり、詩仙堂の庭は丈山自ら手がけた庭園のひとつです。庭園には四季折々の花や木が植えられ、季節毎に異なる表情を愉しむことができます。特に、5月下旬に赤紫色の花を咲かせる「皐月」と11月の「紅葉」を凹凸窠の座敷から眺める風景は圧巻です。

    • 詩仙堂
      本堂には、本尊の馬郎婦観音(めろうふかんのん)が安置されています。冠を戴き、両手を前にやわらかく組んだ婦女身の観音様です。中国の説話に登場する三十三観音のうちのひとつだそうです。
      馬郎婦観音とは、仏教を広めるために美女に姿を変えて現世に登場した観音様です。唐の時代、仏教が説く三宝(仏・法・僧)に耳を傾けようとせず、むしろ蔑視さえする若者たちがいました。そこへ忽然と妙麗な婦人が現れると多くの求婚者が集まりました。婚姻の条件としてお経が読めることとし、若者に仏教に興味を持ってもらえるよう経文を配りました。そして、「法華経」を誦する馬氏の郎に嫁ぐことになりました。しかし婚礼の夜、婦人は急死してしまいました。老僧が哀しむ馬氏の郎に婦人を埋葬した墓を開けさせると、一連の金の鎖状の骨がでてきたという。そして老僧が婦人の由緒を説きます。「これは観世音菩薩の化身である。仏教を信じようとしない君たちの閉じた心の扉を開くため、方便として婦人の姿を借り、ここから天空へ飛び去ったのである」。
      中国から大徳寺に伝えられたことから、鎌倉時代にはこの観音の信仰が盛んになったそうです。

    • 詩仙堂
      1986年、来日したチャールズ皇太子とダイアナ妃が詩仙堂を訪れています。故ダイアナ妃の日記には、詩仙堂のことが綴られていたそうです。

    • 詩仙堂
      嘯月楼と詩仙の間は、創建当初のままに保存されています。詩仙の間の天井には、中国南方産というアンペラと丸竹の竿縁(さおぶち)天井が張られています。アンペラはカヤツリグサ科の多年草で湿地に生えます。日覆いを意味するポルトガル語「amparo」からきた説と、茎を平らにして敷物や帽子などを編んだことから「編平(アミヘラ)」が転じた説とがあります。
      壁には、獅子が子を谷に落とす図のある伏見城の扇形の欄間が掲げられています。

    • 詩仙堂
      廊下を含めて室内のどの部屋から眺めるかによって庭の印象が変わります。
      また、紅葉は陽の差し加減で色を変えるそうです。
      のんびりと時間の過ぎ行くままに、色彩の移り変わりを感じてみたい場所です。

    • 詩仙堂
      一段と際立つ赤もみじをズームアップしてみました。
      「わび」は、動詞の「わぶ」(「気落ちする・つらいと思う・落ちぶれる」などの意)から生まれた言葉ですが、「美を表す用語」として「物静かなはかなさ」が連想できます。皐月の葉の上に落ちる散紅葉から「わび」を感じませんか?

      「さび」は動詞「さぶ」(「古くなる・色あせる」などの意)から生まれた言葉ですが、「美を表す用語」として「そこはかとない閑寂」が連想できます。
      詩仙堂の白砂に描く敷紅葉から「さび」を感じませんか?

    • 詩仙堂
      至楽巣の脇にある手水鉢です。

    • 詩仙堂
      庭園への入口を入ってすぐ左手を見ると、蔵造りの白壁を借景にした紅葉がきれいです。

    • 詩仙堂
      白壁とのコントラストが紅葉の色彩を豊かにしています。

    • 詩仙堂 膏肓泉(こうこうせん)
      至楽巣(猟芸巣)と呼ばれる読書室の脇には、膏肓泉があります。
      膏肓とは、薬も効かぬ所という意の深い井戸の例えです。

    • 詩仙堂 洗蒙瀑(せんもうばく)
      書院から眺める庭は枯山水のような水のない景色です。しかし、耳を澄ますとどこからともなく絶え間なく水音が聞こえてきます。庭園に出てすぐの左手の奥まった所に小川が造られ、その源流には小さな滝があります。
      これは洗蒙瀑と言い、人間が本来持っている悩みや、邪(よこしま)な心とかの俗世間のアカを洗い流すという意味で、清らかな滝の音が心身を癒してくれます。
      滝石組の洗蒙瀑は創建時から組まれていたもので、東山より引いた清冽な水が石を打ちます。この滝を流れ落ちた小川は西へ流れを作り、紅葉を浮かべながら下方の石川琢堂本師住職により整備された百花を配した百花塢(ひゃっかのう)に注ぎます。この流れを流葉はく(サンズイ+陌)と言い、「はく」は泊を指し、水深が浅いという意です。その下陰に丈山が庭園の意匠として持ち込んだししおどしが置かれ、コーン、コーンと小気味良い響きを奏でています。

    • 詩仙堂 ししおどし
      シーンと静まり返った空間に、時折音を響かせる「ししおどし」。「ししおどし」が叩く響きはこの草庵の閑寂を更に幽ならしめ、凛としたその響きには日本の風情が感じられます。その「ししおどし」発祥の地がここ詩仙堂です。
      詩仙堂は山の麓に建てられたため、夜中に出没する猪や鹿を追い払うために「鹿(しし)おどし(僧都)」が考案されました。獣たちはその音に驚き、畑を荒らさなくなったそうです。静寂な書院と庭園の中に音を持ち込むことで時間の流れを意識できるようにしたとも考えられます。また、静寂の中で竹が石を叩く響きは、隠遁生活を送る丈山自身の慰めともなったと言われ、その後彼が造る庭には「ししおどし」が常設されるようになったそうです。それがいつしか全国に広まったそうです。
      音が何も無いと静けさが印象に残りませんが、竹筒の響きが静寂感をより一層際立たせる効果があるように思います。
      因みに、ししおどしの竹には、孟宗竹の中でも竹藪で立ち枯れしたものが選らばれるそうです。俗に「ゴマ竹」と言われ、表面に黒紫色の斑点があるものが最良だそうです。

    • 詩仙堂 嘯月楼
      石川丈山は、本名 嘉右衛門重之と言う徳川家譜代の武士でした。徳川発祥の地 三河国壁海郡の出身で、松平正綱や本多忠勝などの重臣とも親戚関係にあり、幕府の信頼厚い人物でした。ところが伝説によれば、33歳の時、大坂夏の陣に参戦した際、功を焦って軍律に触れ、出家して隠居したとされています。これは理解不能な転身であり、離別したはずの徳川家御用学者 林羅山とも親交があり、謎や矛盾が多いのも確かです。また、31年に及ぶ隠遁の生活費や詩仙堂の造営費がどこから捻出されたのか、未だに不明だそうです。故に江戸時代から、丈山は徳川家のスパイとして後水尾上皇や公家の動きを監視していたという説がまことしやかに囁されてきました。例えば、詩仙堂を修学院離宮の近くに造営したのは上皇監視が目的、また望楼も修学院離宮や都の監視のためだと言われています。現に嘯月楼は、東に円形の開口部、それ以外の3方向も開口部を持つ構造で、全方位を眺望する見張台と言えます。さらに、こうした楼閣建築としては他に類がない忍び返しが設けられているのも、忍者屋敷を彷彿とさせます。また、丈山は望楼から狼煙を上げて鷹峯の野間三竹という儒者と絶えず連絡し合い、無事を知らせたという説もあります。丈山は徳川幕府と関係が強い渉成園の造園も手がけています。このような状況証拠が出揃うと丈山スパイ説も真実味を帯びてきます。

    • 詩仙堂
      後水尾上皇が修学院離宮を造営する際、幕府が外出を許可しないため、上皇自身が女中に扮し、興に乗って現場に通って指示したとも囁かれました。驚いた京都所司代 板倉重宗が上皇に問い正して否定されたようですが、どこかで上皇の動きを監視する者、それを密告する者がなければ、このような嫌疑をかけられることはなかったはずです。実は、上皇自身、御所へ丈山を招いたこともあるそうですが、次の歌をもって丈山は丁重に辞退しています。
      「渡らじな 蝉の小川は浅くとも 老いの波たつ 影もはずかし」。
      つまり、加茂川 (蝉の小川) を渡って洛中に一度も足を踏み入れたことはありません。換言すれば禁裏に近づくことができない徳川方の監視役であることを自白したとも解釈できるのですが、確証はないそうです。
      上皇はその意を了として丈山の歌を「渡らじな 瀬見の小川の浅くとも 老の波そふ 影は恥かし」と手直しして返したそうです。

    • 詩仙堂
      スパイ説の反証としては、時間軸で考えると上皇が修学院離宮の造営を思い立つ以前に、丈山は既に詩仙堂を建立していたことが挙げられます。しかし、上皇の監視目的で嘯月楼を建設した訳ではないとしても、後に時流でスパイと化すことがなかったとは言い切れません。
      このように謎多き人物ゆえに、往時から様々な噂が飛び交ったのは確かなようです。スパイ疑惑の真相はともかく、詩仙堂の美的センス溢れる庭園は、丈山という謎の人物とも重なり合って、興味の尽きない庭園と言えます。

    • 詩仙堂
      流麗な弧を描く銀穂ススキの美しさと色鮮やかな紅葉のコラボレーション。

    • 詩仙堂
      坐禅堂の先にも苔むした庭園が広がっています。
      清浄を好んだ丈山は、邸内に一葉の塵も落ちていないほど隅々まで掃き清めるのを日課としていたそうです。
      そしてその習慣は、今も守られているようです。例外として、この時期は無理でしょうけどね…。

    • 詩仙堂
      詩仙堂の庭園は、丈山好みの唐様庭園として当時の代表的な名園です。丈山は作庭にも優れた手腕を発揮し、桂離宮や枳穀邸(渉成園)の補修にも丈山の手が加わっていると言われているそうです。

    • 詩仙堂
      「さにづらふ紅葉に雨の詩仙堂」。
      これは大正〜昭和にかけての俳人 鈴鹿野風呂(すずかのぶろ)という方の作品です。さにづらふとは「赤い頬をしている」という意味があり、紅葉の季節にピッタリの俳句です。

    • 詩仙堂
      丈山は、漢詩や書、茶道に精通し、権力にとらわれずに自由奔放に生きる江戸時代の教養人として次のような詩を残しています。
      「故国三州遠く 新居五岳につらなる 官を棄てて野趣に甘んじ 道を巻めて天真を抱く わずかに小游が足れるを取り すこぶる栄叟が貧を忘る 病を養いてなお跡を滅し 志をほしいままにして身を終んと欲 老にいたるまで妻子無し 誰かために鬼神あらん 紛華何の悦ぶところぞ 車馬一浮塵」。

    • 詩仙堂
      名残は尽きませんが、そろそろお暇しなくてはなりません。
      鉄板の詩仙堂と刻まれた石碑とのツーショットです。

      この続きは②圓光寺編でお届けいたします。

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