2014/09/04 - 2014/09/05
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たびたびさん
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ぶどうで有名な山梨県ですが、その山梨県でも一番のぶどうの産地は勝沼で、勝沼ぶどう郷駅からなだらかに下って行く丘陵から塩山駅にかけての一帯がそうなります。エリアには、大小のワイナリーやぶどうの販売所があって、ワインの試飲やぶどうの試食なども盛んにやっていて、散策するだけでもかなり楽しめます。
一方で、信玄ゆかりの古刹もあって、とても気になっていましたが、今回はこれも合わせて、訪ねてみることにしました。用事の合間に回ったので、また少し細切れですけど、まあまあこのエリアの雰囲気は大づかみできたかなあという感じです。
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まずは、勝沼ぶどう郷駅に到着。東京からだとあっという間。近いものですが、その分、いつでも行けると思ってしまい、今回が初めての訪問です。
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歩いて数分のところに、大日影トンネル遊歩道という観光スポットがあります。
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これは、明治29年に始まった中央本線の建設に伴い掘削されたレンガ積みのトンネル。
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現在は使われておらず、全長1.367.8mのトンネル内を歩くことができます。びっくりするくらいひんやりしていて、これには少し驚きました。朝は9時からゲートが開きます。
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さて、駅に戻って大善寺に向かいます。
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大善寺への道順は標識があって、それを辿って行けばいいようですが、ぶどう畑の真ん中を通る道ですね。
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向かいに見えているのは、ぶどうの丘です。
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下り道ではあるのですが、
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何だか遠いですねえ。それに途中で標識が分からなくなってしまって、自動車道を歩くことになってしまいました。
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下りきったところに、これはぶどう狩りもやっているお店ですね。
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道路沿いに、何軒か並んでいます。やっぱり、この辺りがぶどうの中心地なんでしょう。
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さて、やっとのことで大善寺に到着。
奈良時代に行基によって開かれたと伝わる古刹。 -
行基が甲斐国で修行した際、夢の中に葡萄を持った薬師如来が現われ、その葡萄を持った薬師如来像を建立したのが始まりと言う
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まさに、ぶどう王国に相応しい起源が伝わります。
また、武田勝頼ゆかりの寺でもありまして。つまり、武田勝頼は織田信長の侵攻を受け、岩殿城に向かう際、この大善寺に立ち寄り戦勝を祈願します。しかし、結局は、岩殿城主小山田信茂の裏切りもあって、天目山で自決することとなりました。 -
さて、最後の中門をくぐると、
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これが本堂。元寇の数年後に建てられたもので、中に安置されている武田家ゆかりの厨子とともに、国宝に指定されています。
内部には、薬師三尊像が祭られていますが、これは秘仏であり、5年に一度の開帳のみ。一方、両側に配置されている日光菩薩、月光菩薩、更に十二神将を配しており、これは鎌倉時代の仏師蓮慶の作。なかなかに見応えがありました。 -
イチオシ
ただ、それを住職が説明してくれるのですが、まったく心がこもっていない。事務的にしゃべるだけだし聞き取りにくいし。ちょっと不快に思いました。もう少し、ちゃんとしなさ〜い。
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さて、本堂を少し降りた場所に先ほど触れた理慶尼の墓があります。理慶尼は、武田氏の一族。武田信玄の叔父、勝沼信友の娘であり、武田信玄とは従妹の関係になります。しかし、兄の信元が武田氏に謀反を企てたことで信玄に誅殺されると、大善寺で剃髪し尼となります。
そのような経緯はあっても、落ち延びてきた勝頼が大善寺に立ち寄った際は、薬師堂に勝頼らを暖かく迎え、寝所を供にしたということ。勝頼は、その後、自決するのですが、これを目の当たりにした理慶尼は、「理慶尼記」という武田家滅亡の記録を残しています。 -
本堂の拝観を終わって、最後に庭園の方に回ります。こちらは、江戸時代に造られた池泉鑑賞式の庭園。
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部屋には冷たいお茶とぶどうが用意されていて、
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イチオシ
なんかぶどうは食べ放題みたいな感じ。ずいぶん歩いてきたし、ここでのども潤して、元気回復です。
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で、庭はこんな感じです。
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大善寺から次に回ったのは、勝沼氏館跡。
ちなみに、勝沼氏は甲斐武田氏の家臣ですが、武田信虎の弟である信友にはじまる家系であり、武田氏の一族。理慶尼もこの一族でした。
甲府盆地東端にあって、この地を支配するとともに、小山田氏の目付でもあったようです。跡地は、荒地のような感じで殺風景。駐車場に地蔵があるくらいで、ちょっとこれではさみしいです。 -
さて、ここからはもう駅に戻りましょう。
シャトー勝沼は、の大きな施設が見えてきました。 -
このエリアにはいくつかワイナリーがあるのですが、
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順路に従って、
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工場の内部、
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貯蔵所の見学やら
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ワインの試飲などかなり充実していて、ちょっとびっくりするくらい大盤振る舞い。係の方に勧められて、ワインもジュースも何種類も飲んでしまいましたが、うまい、うまい。ぶどうって、こんなに豊かな味わいだったかなあと改めて新鮮な思いがしました。
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あと、このシャトー勝沼の敷地の中に、パン工房鳥居平という小さなパン屋さんがありました。
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イチオシのクリームパンを注文すると、
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イチオシ
冷蔵庫に冷やしてあったクリームをパンに挟んでくれます。クリームは、濃いバニラの香りがあって、どうかするとアイスクリームを挟んで食べているような感覚。とってもうまい。施設は、ワインが主体なんでしょうが、もしかしたらこのパンを目当てに訪れるのもありかもしれません。
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駅に帰りましたが、まだちょっと時間がある。勝沼ぶどう郷駅から歩いて15分ちょっとということなので、さっき見えていたぶどうの丘にも行ってみましょう。ただ、施設が正面に見える丘の上にあって近そうに見えるのですが、まっすぐな道ではないので、けっこう歩いた感じです。
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宿泊施設やイベントホールのような施設もある複合施設は、ワインの販売所に地下のワイン貯蔵場が見どころです。
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大きなワイン地下貯蔵庫があって、ワインのテイスティングが楽しるのだとか。
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巨大な貯蔵庫には何種類ものワインが並んでいて、
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通路の中央にテイスティングの場所が点々と設置されています。 入場は自由ですが、テイスティングのカップは1100円。入口で買う仕組みです。
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なお、勝沼ぶどう郷駅には小さな観光案内所。今は、シーズンの終盤だということでした。さて、これで勝沼ぶどう郷はおしまい。石和温泉に向かいます。
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石和温泉駅を降りると広いロータリーがありまして、その周囲には足湯。その足湯の向かいにあるのが観光案内所です。
石和温泉の市街地は限られるのですが、それでもモンデ酒造とか、マルスワイナリーなどが温泉以外の見どころでしょう。 -
石和温泉駅を出てすぐのロータリーの脇に足湯があります。温泉地だとあちこち足湯はあるのですが、ここの足湯はちょっと大きめ。ゆったりした気分で足湯が楽しめます。ちなみに、石和温泉の湯は、少しまとわりつくような感じがして、そのあとツルツルっとなるタイプ。長めに入ると特徴がよく分かると思います。
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石和温泉駅から正面に延びる大通り沿いにあって、「甲州カステラ」の看板がとても目立っていたので寄ってみましょう。
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甲州カステラなんて聞いたことないですが、いただいてみると、なんというか妙にマイルドな味わい。基本は普通のカステラと変わらないのですが、最初に口に入れた時のそのマイルドさが印象に残りました。
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石和温泉をさらに歩くと石和八幡神社。赤い鳥居から山門、本殿と続く構えは、意外に立派。石和温泉は、甲州街道に鎌倉街道が通る交通の要衝であり、また、八幡神は武田氏の祖先、源氏の氏神だし、それらを象徴する神社なのかもしれません。
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その向かいにあるのは小林公園。こちらは、戦後間もなくの吉田内閣や池田内閣のもとで、影の財界総理と称されるほどの実力者であった小林中(名誉町民)の屋敷跡を活用し、公園として整備したもの。入口に足湯があって、温泉地らしい公園となっています。
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そして、これがモンデ酒造山梨工場。石和温泉の市街中心部です。勝沼や塩山なども含めて、結局、この辺りでは一番交通の便がいいワイナリーではないかと思います。
少し古びた感じの外観は、創業昭和27年という歴史を感じるもの。工場見学のほか、隣りの売店ではワインの試飲とかもやっています。 -
そして、これが今夜の宿の華やぎの章慶山。
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巨大ホテルで、楽しみにしていた温泉は、朝と夜で男女の入れ替え制。ちょっとぬるっとする美人の湯系の泉質に、それぞれ趣向の変わった大浴場なので、すっかりリラックスできました。石和温泉の駅から歩いて5分の近さもいいかと思います。
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翌日は、山梨マルスワイナリーにも立ち寄ります。石和温泉駅から線路に沿って春日居町駅方面に2キロ近く歩きました。
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工場見学をやっているのですが、工場の建物の外壁は全面ガラス張りで、いきなり中の様子が見れるようになっていました。敷地も広くて、近代的な感じです。
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石和温泉を後にして、塩山駅に到着。メインは恵林寺なんですが、駅の観光案内所で、アクセスなどの情報を収集して、出発です。
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塩山駅から恵林寺に行く途中、向嶽寺にも寄ってみます。観光案内所でもらった散策地図に載っていた寺ですが、予想外の立派な伽藍にはまったくびっくりしました。
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臨済宗向嶽寺派の大本山で、創建は鎌倉時代。絹本著色達磨図という国宝もあるようですが、拝観は不可。一方、中門は室町中期の四脚門で、重要文化財。これなら見学自由です。
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こんなのも途中にあったんですが、どこが屋敷跡なのか。探してもよくわかりませんでした。
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さて、恵林寺に到着。塩山駅から歩いて30分以上かかりましたが、帰りはバスの予定です。
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山門は、工事中ですか。
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奥に入って行きますが、何だか凛とした雰囲気。信玄ゆかりの寺と言うことの意識もあるのかもしれませんが、すきのない張りつめたような気配も感じますね。
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イチオシ
さて、寺の始まりは、鎌倉時代。甲斐国の守護職、二階堂貞藤が夢窓疎石を招き開山したもの。その後、甲斐武田氏の菩提寺に定められ、武田信玄の墓もあります。
ちなみに、武田氏が信長によって攻め滅ぼされた際、恵林寺に逃げ込んだ六角義弼の引渡しを寺側が拒否したため、焼き討ちにあいますが、その際の「安禅必ずしも山水を須いず、心頭を滅却すれば火も自ら涼し」の喝はあまりにも有名。ちょっと出来過ぎていて、後で作ったものではないかともいわれます。 -
境内に「武者だんご」という看板のだんご屋さんがありました。ケースを見ると、けっこういろんな種類があって、楽しいですね。
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私は、ヨモギのだんごに粒餡を掛けたのをいただきました。ちっちゃいですが、それなりに存在感がある。お茶もセルフサービスでいただけて、ちょっと一息つきました。
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もう少し
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境内を散策して
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それから
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有料のエリアに入ります。
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こちらが
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その入り口です。
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渡り廊下を通って、
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本堂に入ります。
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豪華な感じはしませんが、
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さっきから感じているすきのない
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張りつめた雰囲気は
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ここにきて、いっそう
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感じるような
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気がします。
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この庭園も、
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趣向で形作られたというよりも、
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基本をきちんきちんと積み上げたように感じてしまう。
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私の意識が
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ちょっと過剰になっているんでしょうか。
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うぐいす張りの廊下を進んで、
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不動明王。この脇が信玄のお墓です。
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最後に信玄公宝物館にも寄ってみます。ここは別料金。
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武田氏は、織田信長に滅ぼされてしまったので、上杉家と違って直接の遺物などは限られます。この宝物館もそうした限界はあるのですが、武田の二十四将、それぞれを描いた掛け軸が展示室のぐるりを囲んだり、迫力ある戦いの錦絵を揃えたりして、武田家を偲ぶ工夫はさすがでしょう。というか、後世に作られたものも含めて、武田ゆかりの文物はそれだけ豊富だということでもありますが。。
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さて、バスのも間に合いまして。
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この甘草屋敷は、塩山駅の北口を出ると目と鼻の先。
江戸幕府の命を受け漢方薬の原料「甘草」を栽培したことが名前の由来。甲州民家の代表作ということですが、屋根の中央部に煙抜けがあるのが特徴的かと思います。
ひな飾りの時期が一番見応えがあると思うのですが、なかなか行けてなくて残念に思っています。 -
以上で、予定終了。東京まではあずさで帰ります。お疲れ様でした。
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