2014/08/29 - 2014/08/29
37位(同エリア189件中)
ベームさん
8/29(金)、10日目。
今日はハンブルクから日帰りでリューベックです。
ハンブルクの北東65キロ、人口22万の町。かってハンザ同盟の時代にはハンザの女王、バルト海の女王と言われました。
12世紀中頃、ザクセン・バイエルン大公ハインリヒ獅子公が建設しました。ハインリヒ獅子公は商業都市建設に積極的で、ミュンヘン、ブラウンシュヴァイク、リューネブルクなどもその建設になります。いわば領主の保護、お墨付きの町として発展したのです。
1226年にはフリードリヒ2世により帝国自由都市の特権を与えられました。
リューベックがなぜハンザ同盟の盟主になったか。いろいろ理由を寄せ集めると、北海からバルト海に連なる商業都市のなかでで地理的にほぼその真ん中にある。ハンザ同盟以前からリューベックはヴィスマール、ロストックとかハンブルクなどと交易の安全を目的とした協定を結んでいた。ハンザ同盟の最大の脅威だった対デンマーク戦争でリューベックはその中心となって戦った。当時白い黄金と呼ばれた塩がリューネブルクよりリューベックに運ばれ、集積地であった、等々ではないかと考えます。リューベックからの移民によりロストック、ヴィスマール、シュトラールズントの街も造られています。
13~15世紀にかけ全盛期を誇るが新大陸の発見、大航海時代の到来による商圏の変動、30年戦争による疲弊などでハンザ同盟は終焉を迎えます。
当時の隆盛は無いもののリューベックは今でも重要な港湾都市であり、ハンザ同盟の面影を求めて観光客が数多く訪れる町です。
写真は聖ペトリ教会の上からのホルステン門。
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ハンブルク発9:35。
切符はレンダー・チケット/シュレスヴィヒ・ホルシュタイン・チケットを買いました。ハンブルクから使用可です。 -
リューベック着10:20。
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駅前のZOB/バスセンター。
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リンデン広場薬局。
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リューベックの旧市街地はトラヴェ運河とトラヴェ川に囲まれた柿の種みたいな形をした中州にありますが、その前にもう一つ細長い中州があり橋を二つ渡ります。
最初の橋プッペン/人形橋。 -
プッペン橋。
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橋の上からリンデン広場を振り返って。
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橋を渡ると有名なホルステン門が目の前です。
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リューベックのランドマーク。
細長い中州にあります。 -
ホルステン門。
1464~1478年に建てられた城門。建築当初からその重みで少し傾いているそうです。 -
現在市歴史博物館。
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文字が描かれています。
「内には団結、外には平和を」という意味のラテン語だそうです。 -
門を潜った反対側。
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ホルステン門の横にある塩の倉庫。
今の建物は16~18世紀のものです。当時白い黄金と呼ばれたリューネブルクから運ばれた塩を保管しました。 -
トラヴェ川。
二つ目の橋の上から。 -
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岸辺に遊覧船乗り場があったので早速乗りました。
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以下遊覧船からの眺め。トラヴェ川からトラヴェ運河と旧市街地のある中洲を一周します。
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ハンザ港です。トラヴェ川はここからバルト海に繋がっています。ハンザ時代ここから多くの船が荷物を満載してバルト海、北海を雄飛したのです。
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中州の先端を回りトラヴェ運河に入ります。
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中州の南端辺りです。4分の3周しました。
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中州の南側は港などのある北側と違って静かな緑地があります。
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市街地のほぼ南端にある大聖堂です。
領主の大聖堂と言えども、商人の町リューベックでは商人の教会聖マリエン教会に町の中心の座を譲っています。 -
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出発点に戻ってきました。
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ホルステン通りからホルステン門を振り返ります。
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ホルステン通りから横道を右に入ると聖ペトリ教会があります。
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聖ペトリ教会。
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エレベーターで塔の上に登ることが出来ます。
市街地の南にあるリューベック大聖堂。街の中心は聖マリエン教会に譲ってひっそりと建っています。 -
工事のパイプが邪魔ですが聖マリエン教会と市庁舎。
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ホルステン門。
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降りてきてマルクト広場に向かいます。
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マルクト広場。
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市庁舎です。
1226年に建築開始、1484年完成。 -
丸い穴は強い風を通すためだそうです。
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古い部分は13世紀のもの。
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ハンザ同盟の諸都市の紋章がはめ込まれています。
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マルクト広場と先ほど塔に上った聖ペトリ教会。
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ブライテ通り側の市庁舎。
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ブライテ通りはリューベックの目抜きです。
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市庁舎の向かいにマジパンで有名なニーダーエッガー。
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ブライテ通りを北に進みます。
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聖ヤコビ教会。
1334年。戦災に遭っていません。船乗りの為の教会。 -
シッファーゲゼルシャフト/船員組合の家。元船乗りのギルドハウス。1535年に建てられたものです。
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ここで昼にしました。
石柱はバルト海、ゴッドランド島の石灰岩でできています。 -
店内は帆船の模型や船具で飾られています。
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乾杯!
赤いワインはリューベック名物ロートシュポン。
昔ハンザ同盟のころ、リューベックの船が塩を樽に詰めフランスのボルドーに運んだ。帰りの樽にボルドーのワインを詰めて持ち帰り、さらに熟成させるととてもおいしいワインになった、ということです。
ロートは赤、シュポンは木樽という意味です。 -
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帆船の模型がいくつも飾られています。
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聖ヤコビ教会の先に聖霊養老院があります。工事中です。
13世紀にハンザ商人の拠出により建てられたドイツ最古の福祉施設/救貧院です。1972年まで養老院、現在は老人ホーム。 -
本来の聖霊養老院の姿。
5本の塔があります。2012年の写真。 -
中。
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モデルルーム。
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これから先は入れません。小さな個室が並んでいます。
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パネル写真。
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グロスブルク通りには豪壮な建物が並んでいます。
ヴィリー・ブラント博物館。もと西独首相はリューベック出身でノーベル平和賞を受賞しています。 -
ベーンハウス博物館。
リューベックのネオクラシック様式の典型的な商人の家。1779年。 -
グロッケンギーサー通りにあるギュンター・グラス・ハウス。
2006年、少年の頃ナチ親衛隊員だったことを告白し物議をかもしました。 -
書店になっています。
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カタリネウム。
シュトルム、ハインリヒとトーマス・マン兄弟が通ったギムナジウム。 -
映画館。
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ライオン薬局/レーヴェン・アポテーケ。
当初1230年、1942年に建て替えられています。
1375年皇帝カール4世のリューベック訪問の際、皇妃エリーザベトがここに宿泊したといいます。 -
メング通りのブッデンブロークハウス。
トーマス・マンの祖父母の家。1842~1891年までマン家の所有でした。 -
1842~1891年マン家のの住居・商店。トーマス・マンの「ブッデンブローク家の人々」(1901年)の舞台。1942年戦災で破壊、1957年商店として再建。
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聖マリエン教会。
外観を撮り忘れたので2012年の写真を持ってきます。
塔の高さ125m。レンガ造りの教会ではドイツ最大。 -
2012年の写真。
1250~1350年。町の南にある大聖堂に対抗する市民、商人の教会として造られました。先の大戦で破壊され戦後再建されました。 -
聖マリエン教会の外壁に座っている悪魔像。
酒場が出来るものと思って建築を手伝ったが教会だとわかって今度は壊し始めた。
では酒場も造ってあげよう、ということで無事治まりました。 -
聖マリエン教会。
身廊の高さ38.5mはウルム、ケルン大聖堂に次ぎドイツで3番目。 -
ブクステフーデがここのオルガニストをしていて、1705年に若きバッハが遠くアルンシュタットからリューベックまでブクステフーデのオルガンを聴きに来ました。
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高い天井。
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天文時計。
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キリスト哀悼。
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最後の晩餐みたいですが卓の上には何もありません。
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爆撃で墜ちた鐘をそのままにしてあります。
17:08発のREでハンブルクに帰りました。
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この旅行記へのコメント (5)
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- パンジーさん 2014/12/15 23:19:44
- 懐かしいリューベック
- ベームさん
お久しぶりです。
私の拙いリューベック旅行記に投票をいただきありがとうございました。
ベームさんは今年もリューベックにいらしたのですね!
見覚えのある景色のお写真を見ては 「ここだ!」「そうそう!」と
一年前の感激がよみがえりました。
相変わらずベームさんの旅行記はコメントも正確で詳しくて とても勉強させていただきました。
近頃は旅行記作成どころかフォートラともすっかりご無沙汰だったのですが
続きが読みたいので またお邪魔させていただきます。
パンジー
- ベームさん からの返信 2014/12/16 11:19:59
- RE: 懐かしいリューベック
- パンジーさん、
メッセージ有難うございました。
パンジーさんの2013年のドイツ旅行は2012年、2014年に私が行った所と同じようなのでこちらこそ楽しみに読ませていただいています。
リューベック、ただでさえ寒い冬のドイツなのに加えて雨とはちょっとついてなかったですね。ラーツケラーのシュニッツェル私も食べました。あまりの巨大さに半分も食べられませんでした。2012年の旅行記「リューゲン島ビンツ、ロストック編」にその写真を載せています。よかったら覗いてみてください。勘定書きについてくるカードも懐かしいです。
国内旅行記はあまり見ていないので気が付きませんでしたが中之島で「貴婦人と一角獣」をご覧に成ったのですね。写真が無いのは撮影禁止でしたか。日本にやってくる海外美術展はみんな撮影禁止ですね。その点海外はおおらかで旧クリュニー博物館も撮影が出来、そのタピスリーもパチパチ撮りました。勿論フラッシュは駄目でよい写真は望めませんが薄暗い中での展示は素晴らしかったです。
ダイビルの写真も懐かしいです。新しいビルは知りませんが昔のダイビルは覚えています。歴史ある大阪の不動産会社「大阪ビルジング」のダイビルです。三井住友の建物は仰る通り旧住友銀行本店です。川べりに建つその重厚な姿は威圧感がありました。
ベーム
- パンジーさん からの返信 2014/12/16 16:48:13
- クリュニュー博物館
- ベームさん
お返事をありがとうございました。
さっそく2012年のロストック、リューベックのラーツケラーの旅行記を読ませていただきました。
ドイツの北の北、ロストックやビンゲンまで行かれたとはすごいです。
リューベックにも何度も足を運ばれているのですね。
レストランも船員組合やニーダーエッガーなど雰囲気があって素敵ですね。今度もし行く機会があったらぜひ行ってみたいです。
ラーツケラーのシュニッツェル、ベームさんも召し上がったのですね。
はるばる遠い日本から来てベームさんと同じお店でシュニッツェル
を食べたなんて嬉しい。
市庁舎広場は クリスマス市がたってないときはあんな風なのですね。
建物が際立っています。
ところで、クリュニュー博物館に行かれたのですか?
タペストリーは現地で見るとさらに素晴らしいでしょうね。
仰る通り日本では撮影禁止でした。
日本だとそれが普通なので何も疑問を持たなかったのですが
海外の美術館に行くと、皆バシャバシャと写真を撮っているので驚きました。
おかげで皆さんの旅行記でとても楽しませていただけます。
ベームさんのシュティーデル美術館も良かったわ〜
昨年行ったので懐かしかったです。
パンジー
- ベームさん からの返信 2014/12/17 09:49:55
- RE: クリュニュー博物館
- パンジーさん、
お早うございます。
早速ラーツケラーのシュニッツェル見て頂き有難うございます。大きいでしょう。
シュテーデルにも行かれたのですか、あそこは良い美術館でしたね、人も少なくゆっくり鑑賞できて。フランクフルトは見どころが無いと言われますが大都会だけあって探せばいろいろ有りますよね。
次の旅行記楽しみにしています。
ベーム
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- dankeさん 2014/10/25 23:35:49
- リューベック
- お久しぶりです ベームさん
リューベックがなぜハンザ同盟の盟主になったのかの理由を考えて、その根拠を挙げているところが興味深かったです。ラジオでベルリン出身の方が北ドイツの見どころたくさんの街をきかれて、リューベックを挙げられていたのを思い出しました。
ところでベームさんはランチの写真の中にうつっておられるのでしょうか?^_^ 大勢の仲間と一緒で楽しそうです。本当に船の中のレストランみたいです。
前回メッセージに返信して下さった時は少しお疲れ、とのことでしたが、回復なされましたか?それでも旅行記を続々とアップされているのでさすがですね。
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