2014/09/21 - 2014/09/21
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地酒大好きさん
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今日は福井県大野市の九頭竜湖近くにある平家岳(1442m)に登ってきました。実は5年前の2009年6月にも登っているのですが、登山口までが遠く、途中で時間切れとなり頂上を踏まずに引き返した記憶があります。
早朝から登れるように、昨日は近くの「道の駅 九頭竜」の駐車場で車中泊しました。夕方になると冷えてきます。道の駅の戸外のテーブルでひとりで晩酌をしている男性と話しました。彼は長野県佐久市の人で、定年後は全国を車で回って山に登っているそうです。今回も奥さんといっしょに来たとのことです。明日は近くの別の山である荒島岳に登るのだと言っていました。荒島岳は日本百名山に入っている有名な山ですが、わたしはこういうポピュラーな山より地味な静かな山が好きです。駐車場は、かれらの車を含めて10数台の車が車中泊の人のものです。
夜7時になると暗くなり寝るしかありません。寝袋に入ると暑いし、脱ぐと寒いのでなかなか熟睡できません。窓から見る空には星が降るようにたくさん見えました。うとうとしていると、朝6時の音楽が駐車場に流れ、それで起床しました。
身支度と朝食を終え、登山口に向かいます。登山口までの林道はでこぼこで何度も車の底を擦りました。山奥に面谷(おもだに)鉱山跡地があり、明治・大正期の鉱山施設や住宅跡地がわずかに残っていますが、これらは帰りに時間があれば見学することにして先を急ぎます。登山口の500mぐらい手前で大雨のせいか道が寸断されているのでここに車を乗り捨てて歩くことにします。同時に他にも福井ナンバーと松本ナンバーの車が到着し、やはりここに車を置いて歩くことになりました。福井ナンバーの男性は単独行です。地元、大野市の人で週末はこの近辺の山を歩いているそうです。松本ナンバーの男女は夫婦?か、30代ぐらいです。福井ナンバーの男性は植物などには目もくれずどんどん歩いていきます。わたしはたくさん咲く花々に気を取られてなかなか進めません。この山は秋の花も豊富ですが、わたしには名前が分からないものが多く、パニックになりそうでした。ツリフネソウ、アキノキリンソウ、クサボタン、アケボノソウぐらいしか分かりません。
このルートは最初は急な斜面をジグザグに登って高度をかせいで行きます。空は快晴で日光が当たると暑いくらいです。気温は15度前後で快適ですが。それでも汗がしたたり、目に入って痛くて目を開けてはいられないくらいです。尾根に取り付くと電源開発の高圧鉄塔と送電線が方々に走っています。これを建設するために、大規模な原生林の伐採がおこなわれ、大木の切り株がたくさんあります。昔は鉄塔建設と送電線敷設のために、こんなにも広範囲の伐採が必要だったのでしょう。高所にあり、ここまでのアプローチが大変で一般の人がこの事実を知るのが難しく、反対の声を上げるのが難しかったのかもしれません。2005年の愛知万博の予定地だった愛知県瀬戸市の海上(かいしょ)の森には世界中から開発反対の声が寄せられたのとは対照的です。工事中で入山禁止の立て札さえ立てておけば、一般の人の眼から開発を隠すことができたことでしょう。今ではこれらの鉄塔も錆びて老朽化してきています。また建て替えのために伐採がおこなわれるのでしょうか? 伐採のため木陰がなくカンカン照りの道をずっと歩きます。荒天のときは強風で登山には苦労するでしょうね。このあたりまで来ると、オヤマリンドウが登山道に沿ってたくさん咲いています。ここもまた「リンドウ林道」ですね。
約3時間で頂上に到着。福井ナンバーの男性は先に下りていきました。木がないのでカンカン照りの頂上ですが、展望は360度見渡せ、すばらしい場所です。まだ積雪がないので白くはない白山が大きくそびえていますし、周囲は山また山の雄大なパノラマです。ひんやりした風が吹き抜けるので、いつまでもここにいたい気持ちです。ナナカマドの実がもう真っ赤になっていました。聞こえるのはバッタの仲間の声だけで、まったく静寂です。こんなところにもアリがたくさん歩き回っています。一年の半分ぐらいは雪に覆われる山頂で何をして生きているのか不思議になりました。10時になり、早いランチです。30分ぐらいゆっくりしてから下山開始です。下り始めると松本ナンバーの男女が到着しました。わたしは鉱産跡地を見たいので早足で下山し、2時間半ぐらいで下りることができました。途中2組のグループに会いました。そのうちの1グループはかなり高齢の男女5名で、元気に登ってきました。すぐ近くの花の名前が分からなかったの聞くと、だれも植物には興味がないようでした。リンドウをユリの花と言っていた人がいました。
さて、面谷鉱山跡地に着いて、じっくり歩き回ることができました。石碑の文字によると、この面谷集落には明治・大正期の最盛期には300戸6000人もの人が住んでいて銀座と呼ばれたくらいに賑わっていたそうです。それが大正7年に慰安会で開催された映画会(無声映画か?)に外部からの大勢の人が集まり、そのとき持ち込まれたインフルエンザで大勢の村人が亡くなり、それが元で残った人が村を離れてしまったそうです。今ではそんなことを思い出させるような賑わいなどまったく気配がなく、ただ朽ちた施設跡、傾いたたくさんの墓、草むした住居跡が残るのみで、冷たい風が吹き抜けているだけです。
いろいろ考えさせられる登山でしたが、晴天に恵まれ楽しい一日でした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 1.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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登山道に向かう林道は、突然途切れていました。大雨で分断されたようです。仕方なくここに車を置いて歩くしかありません。
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名前を知らない花がたくさん咲いていたなかで、数少ない知っていた花:クサボタン。可憐ですね。
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ジャコウソウに似ていますが、花の中の模様がぜんぜん違っています。何という花でしょうね。一株だけ発見しました。
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登山道に沿ってたくさん咲いていたリンドウの仲間のオヤマリンドウ。花が開くことはなく、常につぼみの状態のリンドウです。この時期は、この花を見るために山に登ります。
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頂上付近に点々と一株ずつ咲いていたピンクの花です。エノコログサ(猫じゃらしとも呼ばれています)に似た花ですが、こんな色になる種類は図鑑にも載っていません。何の花でしょうか?
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平家岳が近づいてきました。向こうに見えるのが平家岳です。この登山道は見た目も素敵な場所です。ひんやりした風が吹き抜けており、いつまでも歩いていたい気になります。
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頂上のナナカマドです。もう実が真っ赤に色づいていて、秋を感じさせます。
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近くにそびえる白山。一年のほとんどが雪が残って白く見えることから白山という名前になりました。今はまだ雪がなく、白くない白山です。
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明治・大正期の面谷(おもだに)鉱山の住宅や事務所の写真です。現地の看板にあったものを写しました。
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これは住宅地跡の現在の写真です。草むして、往時の面影はまったくありません。こんな山奥のクマしかいない場所が昔は銀座と呼ばれてたくさんの人で賑わっていたなんて想像もできません。今では傾いた古い墓や火葬場跡とか廃墟の面影です。
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面谷鉱山施設の廃墟。山の急斜面にあり、崩れてきた岩などで埋まってきています。今、保存の手立てをしないといずれかには無くなってしまいます。
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