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お城、かまぼこ、箱根の玄関口・・・<br /><br />無知な私の小田原イメージにこの日、それらを<br />凌駕する 新たなイメージが付け加わった。<br /><br />明治中期から、多くの政財界人や文人が 邸園(邸宅と庭園)を<br />かまえた小田原。<br />涼夏暖冬の気候や海と山の眺望、さらに豊かな食材…、加えて歴史に育まれた高度な文化や職人技が、偉人たちを惹きつけた所以なのだそう。<br /><br />近代の偉人が愛した邸園は、今も数多く残るものの、<br />私が見学できたのは2箇所のみ; が、それでも見応え十分。<br /><br />主のこだわりと個性、狙い考えつくされた意匠‥‥<br />そんな和の造形美が これでもかと散りばめられた空間を、<br />驚嘆しながら見入った。<br /><br />【 行程 】 <br /> 小田原駅 → 小田原城歴史見聞館 → 西海子小路 → 静山荘 →<br />街かど博物館・下田豆腐店 → 小田原用水 → 松永記念館・老欅荘 <br />→ 小田原邸園交流館・清閑亭 → 小田原城歴史見聞館 →小田原城<br /><br /><br />スポットは点在しているため、城址公園内に建つ歴史見聞館から<br />貸自転車を利用。知らない街を自転車で疾走する…<br /><br />その高揚感・爽快感は、常々湧き上がるもので、<br />それも たまらない旅の興。<br /><br />また、ひっそりした邸園と 小田原城の賑々しさとの差異も不思議なもの。城だけでは もったいない‥。ただ、邸園でのゆっくり流れる時間と静寂を、ひとり堪能でき良かった訳ですが‥

城下町おだわら ・ レンタサイクルで、風雅な “邸園” めぐり 

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2013/08/26 - 2013/08/26

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tokotoko

tokotokoさん

お城、かまぼこ、箱根の玄関口・・・

無知な私の小田原イメージにこの日、それらを
凌駕する 新たなイメージが付け加わった。

明治中期から、多くの政財界人や文人が 邸園(邸宅と庭園)を
かまえた小田原。
涼夏暖冬の気候や海と山の眺望、さらに豊かな食材…、加えて歴史に育まれた高度な文化や職人技が、偉人たちを惹きつけた所以なのだそう。

近代の偉人が愛した邸園は、今も数多く残るものの、
私が見学できたのは2箇所のみ; が、それでも見応え十分。

主のこだわりと個性、狙い考えつくされた意匠‥‥
そんな和の造形美が これでもかと散りばめられた空間を、
驚嘆しながら見入った。

【 行程 】
 小田原駅 → 小田原城歴史見聞館 → 西海子小路 → 静山荘 →
街かど博物館・下田豆腐店 → 小田原用水 → 松永記念館・老欅荘
→ 小田原邸園交流館・清閑亭 → 小田原城歴史見聞館 →小田原城


スポットは点在しているため、城址公園内に建つ歴史見聞館から
貸自転車を利用。知らない街を自転車で疾走する…

その高揚感・爽快感は、常々湧き上がるもので、
それも たまらない旅の興。

また、ひっそりした邸園と 小田原城の賑々しさとの差異も不思議なもの。城だけでは もったいない‥。ただ、邸園でのゆっくり流れる時間と静寂を、ひとり堪能でき良かった訳ですが‥

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
グルメ
5.0
交通
4.5
同行者
一人旅
交通手段
JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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  • 小田原駅 駅前<br /><br /><br />自転車の貸出所がある、小田原城址公園へは徒歩で。<br /><br />賑わいの駅前から、お堀端通り を進む。<br /><br />便利な貸自転車、“駅前に貸出所を”という要望が<br /><br />少なくないよう‥‥。ただ、この狭い賑わいの中を<br /><br />観光者が走行するのは ちと危ないし、何より<br /><br />まず歩くことで街の息吹を感じられていいのでは。<br /><br />街にお金が落ちるだろうし‥‥。

    小田原駅 駅前


    自転車の貸出所がある、小田原城址公園へは徒歩で。

    賑わいの駅前から、お堀端通り を進む。

    便利な貸自転車、“駅前に貸出所を”という要望が

    少なくないよう‥‥。ただ、この狭い賑わいの中を

    観光者が走行するのは ちと危ないし、何より

    まず歩くことで街の息吹を感じられていいのでは。

    街にお金が落ちるだろうし‥‥。

  • お堀端通り ・ 小田原城址公園<br /><br /><br />駅から歩くこと10分弱で城址公園に。<br /><br />写真の 学橋を渡り、まず歴史見聞館へ。

    お堀端通り ・ 小田原城址公園


    駅から歩くこと10分弱で城址公園に。

    写真の 学橋を渡り、まず歴史見聞館へ。

    小田原城址公園 公園・植物園

  • 小田原城歴史見聞館<br /><br /><br />小田原城の歴史を、模型や映像で楽しめる施設。<br /><br />レンタサイクルの貸出受付も ここで。<br /><br />利用時間は9:00から16:30(1人300円)<br /><br />この受付の方が、邸園の見所等、熱心丁寧に町を<br /><br />教えて下さり、お陰で充実の行程を辿れた。

    小田原城歴史見聞館


    小田原城の歴史を、模型や映像で楽しめる施設。

    レンタサイクルの貸出受付も ここで。

    利用時間は9:00から16:30(1人300円)

    この受付の方が、邸園の見所等、熱心丁寧に町を

    教えて下さり、お陰で充実の行程を辿れた。

  • ういろう・外郎博物館<br /><br /><br />城址公園を南口から出て、国道1号線と交差。すると<br /><br />「水曜どうでしょう」愛好家には 馴染みある建物が〜<br /><br />“原付日本列島制覇”(2011)で小田原を<br /><br />通過した軍団だが、小田原城天守閣の撮影に失敗‥<br /><br />その穴埋めに登場したのが、国道沿いに建つ <br /><br />ういろう屋こと この施設。立派さ もさることながら<br /><br />博物館も併設しているんですね。

    ういろう・外郎博物館


    城址公園を南口から出て、国道1号線と交差。すると

    「水曜どうでしょう」愛好家には 馴染みある建物が〜

    “原付日本列島制覇”(2011)で小田原を

    通過した軍団だが、小田原城天守閣の撮影に失敗‥

    その穴埋めに登場したのが、国道沿いに建つ

    ういろう屋こと この施設。立派さ もさることながら

    博物館も併設しているんですね。

    小田原城 名所・史跡

  • 西海子小路  (さいかち)<br /><br /><br />城址公園南口を出て、道をまっすぐ進むと風情ある<br /><br />この小路に。武家屋敷が集まっていた界隈で、昔日の<br /><br />面影をとどめていた。“さいかち”という名は、<br /><br />マメ科の植物の名が由来。春には、51本もの桜が<br /><br />トンネルのように咲きみだれるのだそう。

    西海子小路 (さいかち)


    城址公園南口を出て、道をまっすぐ進むと風情ある

    この小路に。武家屋敷が集まっていた界隈で、昔日の

    面影をとどめていた。“さいかち”という名は、

    マメ科の植物の名が由来。春には、51本もの桜が

    トンネルのように咲きみだれるのだそう。

    西海子小路 名所・史跡

  • 西海子小路 (さいかち)<br /><br /><br />国道そばに 静寂の一角。<br /><br />海辺も近く、時の首相・伊藤博文などもこの界隈に別荘を<br /><br />かまえたという。また、谷崎潤一郎等多くの文学者も<br /><br />周辺に居を構え、文学作品を生み出したゆかりの地。

    西海子小路 (さいかち)


    国道そばに 静寂の一角。

    海辺も近く、時の首相・伊藤博文などもこの界隈に別荘を

    かまえたという。また、谷崎潤一郎等多くの文学者も

    周辺に居を構え、文学作品を生み出したゆかりの地。

    西海子小路 名所・史跡

  • 静山荘<br /><br /><br />西海子小路 沿いに建つ静山荘。<br /><br />長年財界で活躍し、晩年には京浜急行の<br /><br />基礎も築いた 望月軍四郎の別荘。<br /><br />庭園は、小田原では珍しい苔庭だそう。<br /><br />現在、内部は非公開のため、石灯籠 が建つ<br /><br />落ち着いた雰囲気の入口を眺めて。

    静山荘


    西海子小路 沿いに建つ静山荘。

    長年財界で活躍し、晩年には京浜急行の

    基礎も築いた 望月軍四郎の別荘。

    庭園は、小田原では珍しい苔庭だそう。

    現在、内部は非公開のため、石灯籠 が建つ

    落ち着いた雰囲気の入口を眺めて。

    西海子小路 名所・史跡

  • 小田原市 早川口 近辺<br /><br /><br />西海子小路を後にし、<br /><br />国道1号線の板橋見付跡を右折、<br /><br />松永記念館・老欅荘へ。

    小田原市 早川口 近辺


    西海子小路を後にし、

    国道1号線の板橋見付跡を右折、

    松永記念館・老欅荘へ。

    西海子小路 名所・史跡

  • 下田豆腐店(街かど博物館・とうふ工房)<br /><br /><br />松永記念館・老欅荘への途中で ひと休み。<br /><br />1900年創業の昔ながらのお豆腐屋さんにて。<br /><br />貸自転車の受付でオススメとして、豆腐ドーナツを<br /><br />教えてもらっていたのでした。

    下田豆腐店(街かど博物館・とうふ工房)


    松永記念館・老欅荘への途中で ひと休み。

    1900年創業の昔ながらのお豆腐屋さんにて。

    貸自転車の受付でオススメとして、豆腐ドーナツを

    教えてもらっていたのでした。

  • 下田豆腐店(街かど博物館・とうふ工房)<br /><br /><br />豆腐屋さんのおかし(豆腐ドーナツ)とともに、<br /><br />歯ごたえサクサクの“小田原揚げ”も堪能。<br /><br /><br />豆腐の他、様々な食材を使った、創作がんも揚げ<br /><br />が人気で、その種類は20ほど‥‥ 美味しそうな<br /><br />それらを前にして どれにしようか迷い、思わず<br /><br />直立不動に;。小田原揚げは、中に さつまいも や<br /><br />かぼちゃ、いんげんなどが入っていて味わい深く、<br /><br />そのどれかが主張しすぎておらず、美味でした。

    下田豆腐店(街かど博物館・とうふ工房)


    豆腐屋さんのおかし(豆腐ドーナツ)とともに、

    歯ごたえサクサクの“小田原揚げ”も堪能。


    豆腐の他、様々な食材を使った、創作がんも揚げ

    が人気で、その種類は20ほど‥‥ 美味しそうな

    それらを前にして どれにしようか迷い、思わず

    直立不動に;。小田原揚げは、中に さつまいも や

    かぼちゃ、いんげんなどが入っていて味わい深く、

    そのどれかが主張しすぎておらず、美味でした。

  • 松永記念館 ・ 老欅荘<br /><br /><br />下田豆腐店から数分で、おだわら三邸園のひとつ<br /><br />松永記念館(旧松永安左ヱ門邸)に到着。

    松永記念館 ・ 老欅荘


    下田豆腐店から数分で、おだわら三邸園のひとつ

    松永記念館(旧松永安左ヱ門邸)に到着。

  • 松永記念館<br /><br /><br />電力業界の礎を築いた実業家である一方、<br /><br />茶道にも造形の深かった松永安左ヱ門(耳庵)は<br /><br />昭和21年から、この地に居住。<br /><br /><br />昭和34年には、収集した古美術品を展示する<br /><br />松永記念館を設立し、昭和46年の没後も、耳庵の<br /><br />居宅“老欅荘”を含め、一般公開されてきたのだそう。<br /><br /><br />写真の眺めは、耳庵の夏の別荘・堂ヶ島から雲見を<br /><br />眺める景色を再現したものだとか。松永記念館・本館と、<br /><br />手前の緑で隠れているのが、高野山 長岳寺五重塔。<br /><br />平安時代のもので、関東では最古の五重塔なのだそう。

    松永記念館


    電力業界の礎を築いた実業家である一方、

    茶道にも造形の深かった松永安左ヱ門(耳庵)は

    昭和21年から、この地に居住。


    昭和34年には、収集した古美術品を展示する

    松永記念館を設立し、昭和46年の没後も、耳庵の

    居宅“老欅荘”を含め、一般公開されてきたのだそう。


    写真の眺めは、耳庵の夏の別荘・堂ヶ島から雲見を

    眺める景色を再現したものだとか。松永記念館・本館と、

    手前の緑で隠れているのが、高野山 長岳寺五重塔。

    平安時代のもので、関東では最古の五重塔なのだそう。

  • 松永記念館 ・ 庭園<br /><br /><br />園内は広大で、池の周囲に<br /><br />松永耳庵ゆかりの品々を展示する【本館】、<br /><br />作家・中河与一の関係資料やコレクションなどを<br /><br />展示する【別館】、野崎廣太(幻庵)別荘に建てられ<br /><br />移築された茶室【葉雨庵】などが建つほか、<br /><br />高台には、最も見応えある耳庵の居宅【老欅荘】と、<br /><br />見所目白押し。

    松永記念館 ・ 庭園


    園内は広大で、池の周囲に

    松永耳庵ゆかりの品々を展示する【本館】、

    作家・中河与一の関係資料やコレクションなどを

    展示する【別館】、野崎廣太(幻庵)別荘に建てられ

    移築された茶室【葉雨庵】などが建つほか、

    高台には、最も見応えある耳庵の居宅【老欅荘】と、

    見所目白押し。

  • 松永記念館 ・ 葉雨庵<br /><br /><br />池を周る散策路をめぐった後、<br /><br />庭園にひっそり佇む 茶室“葉雨庵”へは<br /><br />中門から。

    松永記念館 ・ 葉雨庵


    池を周る散策路をめぐった後、

    庭園にひっそり佇む 茶室“葉雨庵”へは

    中門から。

  • 松永記念館 ・ 葉雨庵<br /><br /><br />大正13年頃、野崎廣太(幻庵)の別荘内に<br /><br />建てられた茶室で、昭和61年に移築(市内南町より)。<br /><br />中外商業新報(後の日本経済新聞)社長、三越百貨店<br /><br />社長などを歴任した幻庵にあって、この茶室では当時の<br /><br />中央政財界人を招き、多くの茶会が催されたという。

    松永記念館 ・ 葉雨庵


    大正13年頃、野崎廣太(幻庵)の別荘内に

    建てられた茶室で、昭和61年に移築(市内南町より)。

    中外商業新報(後の日本経済新聞)社長、三越百貨店

    社長などを歴任した幻庵にあって、この茶室では当時の

    中央政財界人を招き、多くの茶会が催されたという。

  • 松永記念館 <br /><br /><br />茶室 ・ 葉雨庵<br />

    松永記念館


    茶室 ・ 葉雨庵

  • 松永記念館 <br /><br /><br />茶室 ・ 葉雨庵

    松永記念館


    茶室 ・ 葉雨庵

  • 松永記念館 ・ 葉雨庵<br /><br /><br />後述の老欅荘とともに、茶会などの<br /><br />会合で茶室が使用可能なのだそう。

    松永記念館 ・ 葉雨庵


    後述の老欅荘とともに、茶会などの

    会合で茶室が使用可能なのだそう。

  • 松永記念館<br /><br /><br />本館と並び建つ、収蔵庫の横から階段を上り進むと、<br /><br />忽然と現る “欅と黒部の石”。<br /><br />この欅は、丘の上に建つ“老欅荘”の名の<br /><br />由来となった木で、元々この地に生育していた<br /><br />推定樹齢400年超といわれる巨木。<br /><br />手前の巨石は、北アルプス・黒部川上流の自然石で、<br /><br />重さは10トン以上という。昭和30年代中頃に、<br /><br />このケヤキの前へ据えつけられたのだそう。

    松永記念館


    本館と並び建つ、収蔵庫の横から階段を上り進むと、

    忽然と現る “欅と黒部の石”。

    この欅は、丘の上に建つ“老欅荘”の名の

    由来となった木で、元々この地に生育していた

    推定樹齢400年超といわれる巨木。

    手前の巨石は、北アルプス・黒部川上流の自然石で、

    重さは10トン以上という。昭和30年代中頃に、

    このケヤキの前へ据えつけられたのだそう。

  • 松永記念館<br /><br /><br />丘の上に建つ、老欅荘を見上げて。<br /><br />園内は緑に溢れ、流れる空気が心地よい。

    松永記念館


    丘の上に建つ、老欅荘を見上げて。

    園内は緑に溢れ、流れる空気が心地よい。

  • 松永記念館<br /><br /><br />老欅荘へは、さらに階段を上る。<br />階段脇には 下り龍(石塔) が鎮座。<br /><br />階段の先は左にカーブがかかり、<br />直接 玄関が見えない配置に。<br /><br />また、左手の石積み脇には水路が<br />施されていて、お客様を迎える際は<br />水を流し、水の音を楽しませたのだそう。

    松永記念館


    老欅荘へは、さらに階段を上る。
    階段脇には 下り龍(石塔) が鎮座。

    階段の先は左にカーブがかかり、
    直接 玄関が見えない配置に。

    また、左手の石積み脇には水路が
    施されていて、お客様を迎える際は
    水を流し、水の音を楽しませたのだそう。

  • 松永記念館 ・ 老欅荘<br /><br /><br />戦前・戦後を通じ“電力王”、“電力の鬼”<br /><br />と称された松永安左ヱ門(耳庵・じあん)が<br /><br />夫人とともに晩年を過ごした居宅。<br /><br />また、最後の数寄茶人とも呼ばれた耳庵はここで<br /><br />多くの茶会を催し、有名な茶人、政治家や学者、<br /><br />画家などを招いたという。この老欅荘は、<br /><br />先の“葉雨庵”とともに国登録有形文化財。

    松永記念館 ・ 老欅荘


    戦前・戦後を通じ“電力王”、“電力の鬼”

    と称された松永安左ヱ門(耳庵・じあん)が

    夫人とともに晩年を過ごした居宅。

    また、最後の数寄茶人とも呼ばれた耳庵はここで

    多くの茶会を催し、有名な茶人、政治家や学者、

    画家などを招いたという。この老欅荘は、

    先の“葉雨庵”とともに国登録有形文化財。

  • 老欅荘<br /><br /><br />移り住んだ昭和21年当初は、<br /><br />15坪ほどだった(ピンク色の部分)という新居。<br /><br />その後、増築が重ねられ現在の姿(55坪ほど)に。

    老欅荘


    移り住んだ昭和21年当初は、

    15坪ほどだった(ピンク色の部分)という新居。

    その後、増築が重ねられ現在の姿(55坪ほど)に。

  • 老欅荘<br /><br /><br />幸い、茶会等の施設使用にあたらず<br /><br />内部を見学できた上、スタッフの方に<br /><br />丁寧に説明頂けた。<br /><br /><br />10畳ある和室から お庭を眺めて。

    老欅荘


    幸い、茶会等の施設使用にあたらず

    内部を見学できた上、スタッフの方に

    丁寧に説明頂けた。


    10畳ある和室から お庭を眺めて。

  • 老欅荘 ・ 和室<br /><br /><br />和室、奥が廊下という間取だが、<br /><br />廊下も畳という こだわり。<br /><br />老欅荘は和室三室と、大実業家にしては簡素な<br /><br />造りだが、そうした耳庵の こだわりは随所に。<br /><br />また、増築を繰り返したこともあり、<br /><br />部屋によって 天井の高さがまちまち。

    老欅荘 ・ 和室


    和室、奥が廊下という間取だが、

    廊下も畳という こだわり。

    老欅荘は和室三室と、大実業家にしては簡素な

    造りだが、そうした耳庵の こだわりは随所に。

    また、増築を繰り返したこともあり、

    部屋によって 天井の高さがまちまち。

  • 老欅荘 ・ 玄関<br /><br /><br />客人用の本玄関脇にも 凝った造形。<br /><br />これは耳庵自ら、デザインしたという窓。<br /><br />スタッフの方いわく、古き女性の髪を結った<br /><br />頭形を模ったのでは、という話。“茶釜”?<br /><br />という見解もあるようで、まさに何をイメージ<br /><br />したかは、耳庵氏のみぞ知るセカイ。

    老欅荘 ・ 玄関


    客人用の本玄関脇にも 凝った造形。

    これは耳庵自ら、デザインしたという窓。

    スタッフの方いわく、古き女性の髪を結った

    頭形を模ったのでは、という話。“茶釜”?

    という見解もあるようで、まさに何をイメージ

    したかは、耳庵氏のみぞ知るセカイ。

  • 老欅荘 ・ 広間<br /><br /><br />10畳ある書院造の客間。<br /><br />8枚扉越し、に眺めるお庭は風流にして壮観。<br />その扉に沿い並ぶのは、板の間ではなく畳敷きの<br />緑廊下という、こだわり。<br /><br />この広間の こだわりは尽きず、10畳の広間はなんと<br />7種類の大きさの畳を使用。これは同じ広間にある、<br />畳敷きの大きな床の間に理由あり。<br />その大きさは、耳庵本人の体型に合わせて造られており、<br />棺桶を安置する、という本人の意図が‥。<br /><br />床の間の大きさを基にして、7種類の畳が配置された<br />のだそう。実際ここに、安置されることはなかったという。

    老欅荘 ・ 広間


    10畳ある書院造の客間。

    8枚扉越し、に眺めるお庭は風流にして壮観。
    その扉に沿い並ぶのは、板の間ではなく畳敷きの
    緑廊下という、こだわり。

    この広間の こだわりは尽きず、10畳の広間はなんと
    7種類の大きさの畳を使用。これは同じ広間にある、
    畳敷きの大きな床の間に理由あり。
    その大きさは、耳庵本人の体型に合わせて造られており、
    棺桶を安置する、という本人の意図が‥。

    床の間の大きさを基にして、7種類の畳が配置された
    のだそう。実際ここに、安置されることはなかったという。

  • 松永記念館 ・ 老欅荘<br /><br /><br /><br />耳庵の奥深い意図を知る知らないで、<br /><br />空間の印象もが大きく変わる。<br /><br />その晩年で、手塩にかけ造り上げたという<br /><br />耳庵の気質に触れ、感嘆の るつぼに<br /><br />すっかり浸るという ひと時。<br /><br />

    松永記念館 ・ 老欅荘



    耳庵の奥深い意図を知る知らないで、

    空間の印象もが大きく変わる。

    その晩年で、手塩にかけ造り上げたという

    耳庵の気質に触れ、感嘆の るつぼに

    すっかり浸るという ひと時。

  • 老欅荘 ・ 茶室<br /><br /><br />近代茶人の一人として名高い 耳庵。<br /><br />松永安左ヱ門は、60歳を境に茶を趣味と<br /><br />するようになり、“耳庵・じあん”と号した。<br /><br />その“耳庵”の名は、『論語』の<br /><br />「五十にして天命を知り、六十にして耳に順う」<br /><br />から付けたのだそう。

    老欅荘 ・ 茶室


    近代茶人の一人として名高い 耳庵。

    松永安左ヱ門は、60歳を境に茶を趣味と

    するようになり、“耳庵・じあん”と号した。

    その“耳庵”の名は、『論語』の

    「五十にして天命を知り、六十にして耳に順う」

    から付けたのだそう。

  • 老欅荘 ・ 茶室<br /><br /><br />茶室は、耳庵がその晩年を寝室としても<br /><br />使用していたそう。

    老欅荘 ・ 茶室


    茶室は、耳庵がその晩年を寝室としても

    使用していたそう。

  • 松永記念館<br /><br /><br />老欅荘 ・ 水室<br /><br /><br />

    松永記念館


    老欅荘 ・ 水室


  • 松永記念館 ・ 別館<br /><br /><br />最後に、貸自転車受付の方のオススメを思い出し、<br /><br />再び 別館に立ち寄る。そのオススメとは、館内<br /><br />入って右手すぐに掲示されている、耳庵の遺言。<br /><br />その内容はというと‥‥、葬儀法要は一切不要、<br /><br />線香類の香りが嫌い‥、財産は家族・親族には一切<br /><br />やるな、彼らがダラクするだけ‥‥などなど <br /><br />とにかく強烈で; 終始、驚きは尽きないのでした。<br /><br /><br />写真は別館2階から、<br /><br />庭園と奥に茶室付属棟“鳥薬亭”を眺めて。

    松永記念館 ・ 別館


    最後に、貸自転車受付の方のオススメを思い出し、

    再び 別館に立ち寄る。そのオススメとは、館内

    入って右手すぐに掲示されている、耳庵の遺言。

    その内容はというと‥‥、葬儀法要は一切不要、

    線香類の香りが嫌い‥、財産は家族・親族には一切

    やるな、彼らがダラクするだけ‥‥などなど

    とにかく強烈で; 終始、驚きは尽きないのでした。


    写真は別館2階から、

    庭園と奥に茶室付属棟“鳥薬亭”を眺めて。

  • 小田原用水<br /><br /><br />すっかり長居した松永記念館から、<br /><br />邸園・清閑亭へ。その途中、気に入り<br /><br />立ち寄ったのが 小田原用水の一角。<br /><br />年季の入った建物は、製麺工場らしい。

    小田原用水


    すっかり長居した松永記念館から、

    邸園・清閑亭へ。その途中、気に入り

    立ち寄ったのが 小田原用水の一角。

    年季の入った建物は、製麺工場らしい。

    清閑亭 名所・史跡

  • 小田原用水<br /><br /><br />

    小田原用水


  • 清閑亭(小田原邸園交流館)<br /><br /><br />明治39年(1906)に、旧福岡藩主家・<br /><br />黒田長成侯爵が建てた純和風建築の別邸。

    清閑亭(小田原邸園交流館)


    明治39年(1906)に、旧福岡藩主家・

    黒田長成侯爵が建てた純和風建築の別邸。

    清閑亭 名所・史跡

  • 清閑亭 ・ 客間<br /><br /><br />天井板に屋久杉が使用される等、<br /><br />贅沢な施しの客間。<br /><br /><br />屋敷内には カフェスペースがある他、食事を<br /><br />持ち込んで休憩できたり、イベントを開催<br /><br />できたり‥と、広く一般開放されていることに感服。

    清閑亭 ・ 客間


    天井板に屋久杉が使用される等、

    贅沢な施しの客間。


    屋敷内には カフェスペースがある他、食事を

    持ち込んで休憩できたり、イベントを開催

    できたり‥と、広く一般開放されていることに感服。

    清閑亭 名所・史跡

  • 清閑亭 ・ 客間<br /><br /><br />中央には 大座卓、明治の元勲・山縣有朋の<br /><br />小田原別邸“古稀庵”にて使用されたもの<br /><br />だそう。欅の一枚板の天板に、無垢の桜を<br /><br />使った枠という ごうかな設え。

    清閑亭 ・ 客間


    中央には 大座卓、明治の元勲・山縣有朋の

    小田原別邸“古稀庵”にて使用されたもの

    だそう。欅の一枚板の天板に、無垢の桜を

    使った枠という ごうかな設え。

    清閑亭 名所・史跡

  • 清閑亭 ・ 庭園<br /><br /><br />客間横の廊下から、庭園を眺めて。<br /><br />右手に見えるのが、お居間。

    清閑亭 ・ 庭園


    客間横の廊下から、庭園を眺めて。

    右手に見えるのが、お居間。

    清閑亭 名所・史跡

  • 清閑亭 ・ お居間<br /><br /><br />清閑亭の中心という二間は、<br /><br />現在は カフェスペースに。<br /><br />数奇屋造りの特徴である、<br /><br />角を取った丸みの柱が各所に。<br /><br /><br />しばし、心の赴くまま ゆっくりしたいところ‥<br /><br />も、自転車返却の時間が迫っていたため<br /><br />カフェ利用は断念; また次回の楽しみに。

    清閑亭 ・ お居間


    清閑亭の中心という二間は、

    現在は カフェスペースに。

    数奇屋造りの特徴である、

    角を取った丸みの柱が各所に。


    しばし、心の赴くまま ゆっくりしたいところ‥

    も、自転車返却の時間が迫っていたため

    カフェ利用は断念; また次回の楽しみに。

    清閑亭 名所・史跡

  • 清閑亭<br /><br /><br />二階 ・ 書の間

    清閑亭


    二階 ・ 書の間

    清閑亭 名所・史跡

  • 清閑亭 ・ 二階 書の間<br /><br /><br />ふすまの引き手にも<br /><br />七宝焼きの凝った意匠が。

    清閑亭 ・ 二階 書の間


    ふすまの引き手にも

    七宝焼きの凝った意匠が。

    清閑亭 名所・史跡

  • 清閑亭<br /><br /><br />二階・書の間から、町並みと相模湾を眺めて。<br /><br />海を見晴らす南向きの座敷には<br /><br />涼やかな風流れ、安らぎの空間。

    清閑亭


    二階・書の間から、町並みと相模湾を眺めて。

    海を見晴らす南向きの座敷には

    涼やかな風流れ、安らぎの空間。

  • 清閑亭<br /><br /><br />桜の木を使用した階段、<br /><br />その階段からも 町と相模湾の眺望。<br /><br />設えの小窓は、自然光を取り入れる役割も。

    清閑亭


    桜の木を使用した階段、

    その階段からも 町と相模湾の眺望。

    設えの小窓は、自然光を取り入れる役割も。

  • 清閑亭 ・ 廊下<br /><br /><br />当時のままの室内灯が残る廊下。<br /><br />洒落た掛け込み天井には、垂木も<br /><br />桁も吟味された北山杉。<br /><br /><br />時間配分を誤り、清閑亭は駆け足の見学に;<br /><br />消化不良な感が否めぬ中、やむなく清閑亭を<br /><br />後にし、小田原城址公園(貸自転車の返却)へ。

    清閑亭 ・ 廊下


    当時のままの室内灯が残る廊下。

    洒落た掛け込み天井には、垂木も

    桁も吟味された北山杉。


    時間配分を誤り、清閑亭は駆け足の見学に;

    消化不良な感が否めぬ中、やむなく清閑亭を

    後にし、小田原城址公園(貸自転車の返却)へ。

  • 小田原城<br /><br /><br />16時も過ぎ、貸自転車を返却。<br /><br />受付の方らと会話し、しばしの休憩。と、<br /><br />天守閣の入館終了に ぎりぎり間に合うし、<br /><br />夕刻時の眺めも良いとのことで、天守閣へ。

    小田原城


    16時も過ぎ、貸自転車を返却。

    受付の方らと会話し、しばしの休憩。と、

    天守閣の入館終了に ぎりぎり間に合うし、

    夕刻時の眺めも良いとのことで、天守閣へ。

    小田原城 名所・史跡

  • 小田原城<br /><br /><br />3重4階の天守閣からの眺望

    小田原城


    3重4階の天守閣からの眺望

    小田原城 名所・史跡

  • 小田原城<br /><br /><br />贅と意匠とが尽くされた“邸園”が、<br /><br />新たなイメージに刻まれた 充実の町めぐり。<br /><br />日本建築・和の美を体感する ひと時にも。<br /><br />そんな胸いっぱいの中、日がまだ明るいうちに、<br /><br />この日の最終目的地・御殿場へ。

    小田原城


    贅と意匠とが尽くされた“邸園”が、

    新たなイメージに刻まれた 充実の町めぐり。

    日本建築・和の美を体感する ひと時にも。

    そんな胸いっぱいの中、日がまだ明るいうちに、

    この日の最終目的地・御殿場へ。

    小田原城 名所・史跡

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この旅行記へのコメント (2)

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  • pedaruさん 2013/10/10 05:56:13
    レンタサイクル
    tokotokoさん お早うございます。

    小田原の街めぐり、tokotokoさんの面目躍如というところでしょうか、やはり、小田原にもこんなところがあったのですね。大変魅力的な町に描かれていました。
    小田原は小田原城のコンクリート製のイメージであまり期待していませんでした。でも、歴史上有名な町ですので、きっと何かしらはあるだろうと思っておりました。

    四国旅行から帰って、いま写真の整理をしていますが、残念ながら田丸橋は見られませんでした。松山道からのシュミレーションだけしていたため、慣れないレンタカーで松山から56号線を走ってきましたので、田中橋交差点を見落としたようです。その代わり、まだ新しい屋根付き橋をみることができました。平成の建築と書いてありました。

    卯之町、お言葉通り、こじんまりとして、観光客もろくに見かけず、静かな趣きのある街でした。お陰様で想い出深い旅になりました。有難うございました。

    pedaru

    tokotoko

    tokotokoさん からの返信 2013/10/10 23:55:10
    RE: レンタサイクル
    pedaruさん、おかえりなさい。

    田丸橋はぜひ訪ねて頂きたかったですが、ひとまず無事で何よりです。四国は主要道路といえど 狭い道が多く、苦労した記憶がありますので・・; 。平成に架けられた屋根付き橋、地元でもその魅力が、見直されているのでしょうね。

    そして、卯之町をゆっくり散策できたようで良かったです。あの、静かで素朴な雰囲気は、いつまでもそのままであって欲しいものですね!

    私も、現存天守ではない小田原城には さして興味はなかったですが、“邸園”は思いのほか 見応え十分でした。それも、見学は無料なのです。。特に老欅荘という邸園は、資料展示があったりと広大なのに、まさに太っ腹です!そんな心意気にも感服した町巡りでした。投票とコメント、誠にありがとうございます。

    tokotoko

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