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スリランカで永遠の眠りについた日本人たち ― コロンボにある日本人墓地を訪ねて

旅行時期 2013/09/21 - 2013/09/21 (2013/10/28投稿

東南アジアの国々には戦前からの古い日本人墓地があり、何か所か訪ねたことがある。スリランカには同じような墓地があるのだろうかと調べたところ、コロンボにあることがわかった。それで数年前1度訪ねてみたが、その時はあまり時間もなく十分調べることができなかったので、今回再度訪ねてみた。<br /><br />日本人墓地はカナッテ市営墓地の一画にあり、きれいに整備されていて、管理が十分なされていることが分かる。管理はスリランカ日本人会の人々がしているようだが、しかし、恐らく日本の方でここを訪れる人はほとんどいないものと思う。<br /><br />ここで永遠の眠りにつかれている日本人の方々はそんなに多くない。しかし、特筆すべきことは、1942年4月に日本帝国海軍の120機の爆撃機がコロンボとトリンコマリーを空爆した際、そのうちの1機が英国軍に追撃されたが、3人の日本人乗組員が死亡した。この墓地に彼らの霊を慰めるために慰霊碑が建てられていることだ。

東南アジアの国々には戦前からの古い日本人墓地があり、何か所か訪ねたことがある。スリランカには同じような墓地があるのだろうかと調べたところ、コロンボにあることがわかった。それで数年前1度訪ねてみたが、その時はあまり時間もなく十分調べることができなかったので、今回再度訪ねてみた。

日本人墓地はカナッテ市営墓地の一画にあり、きれいに整備されていて、管理が十分なされていることが分かる。管理はスリランカ日本人会の人々がしているようだが、しかし、恐らく日本の方でここを訪れる人はほとんどいないものと思う。

ここで永遠の眠りにつかれている日本人の方々はそんなに多くない。しかし、特筆すべきことは、1942年4月に日本帝国海軍の120機の爆撃機がコロンボとトリンコマリーを空爆した際、そのうちの1機が英国軍に追撃されたが、3人の日本人乗組員が死亡した。この墓地に彼らの霊を慰めるために慰霊碑が建てられていることだ。

写真 37枚

テーマ:
遺跡・史跡・歴史
エリア:
スリランカ > コロンボ
エリアの満足度:
5.0
  • 500_30721330

    小生が東南アジアにある日本人墓地に興味を抱くようになつたのはもう20年以上も前のことで、山崎朋子氏のノンフィクション作品 『 サンダカン八番娼館 』 を読んでからのことである。

    香港とシンガポール、マラツカにある日本人墓地を訪ねたこともある。今回はコロンボの日本人墓地である。

    ここはコロンボ・カナッテ市立墓地の正面入り口ゲートで、早速中に入ってみた。

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    ゲートを通ったすぐそばに Anglican Church (イギリス国教会)がある。

    ここでは亡くなられた方々の葬儀やメモリアル・サービスなどが行われようで、小さいながらもきれいな教会である。

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    この方は墓地を管理する職員の方で、髪を赤く染めていたりして、何だか墓地の管理人という感じがしないが、案内を頼むと快く職員を連れてきてくれた。。

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    墓地で働いている労働者たちで、自分たちを撮ってほしいというので、撮ってあげると喜んでくれた。

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    この区域はキリスト教徒たちの墓地で、スリランカでは宗教によってはっきりと区別されている。

  • 500_30737414

    キリスト教徒たちの墓地の中央に一際目立つお墓がある。この方はどのような人物なのだろうか。

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    もう一つ教会あり。こちらはカトリック教会のようである。

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    教会の中を見させていただいた。ちょうど管理人が仕事をしている最中であったが、いろいろな説明をしてくれた。

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    祭壇背後にある美しいステンドグラスが目を引いた。

  • 500_30737422

    仏教徒用の礼拝場もある。日本のように宗教に関係なく葬儀が行うことができる施設はスリランカでは皆無と言ってよいだろう。必ず宗教によって別々に行われてる。

  • 500_30737830

    墓地の入り口から一直線に伸びる中央通りがあり、その両側に広大な墓地が広がっている。日本人墓地は中央通りを真っ直ぐ歩いて、右に曲がった12街区にある。

    このあたりに来ると、参拝者の姿もスタッフの働いている姿も全く見ることもない。静かな雰囲気があたりを覆っている。

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    ここが日本人墓地で、そんなに広くはないが、きれいに整備さえ、管理が行き届いているような気がする。スリランカ日本人会が管理していようだ。

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    入り口の門柱に「日本人墓地」と書かれていて、設立が1928年( 昭和3年 )11月、Renovated( 改修 )が1999年とある。左側に「 錫蘭日本人会 」(錫蘭と言うのはセイロンを表す漢字表現である)という文字も見える。

  • 500_30743890

    入り口を入ると、中央に芝生が生い茂り、正面と左右にお墓があり、見たところ墓石の数はそんなに多くはない。

  • 500_30908258

    墓地中央に一際目立つ石碑がある。そこにはただ「 鎮魂碑 」と書かれ文字があるだけである。

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    一体何の碑だろうかと思って周りを見ると、その隣に「大日本帝国海軍戦死者慰霊碑」と記された慰霊塔があった。裏側を見ると、次のような文章が記されている。

    「第二次大戦中大日本帝国海軍戦死者の遺体を丁重に埋葬供養されたスリランカ国民の「愛」を記念し戦死者の霊と平安を祈り之を建つ 昭和五十四年一〇月一八日 日本国特命全権大使 越智啓介」

    1942年初めに、強力な日本海軍はインド洋上の敵艦を次々襲撃し、セイロンに向かってきた。しかし、その当時セイロンに停泊していたイギリスの軍艦の多くは第一次世界大戦時に建造された古いものばかりであった。

  • 500_31126908

    その年の4月に、ハワイ真珠湾を攻撃した日本海軍がその足で120機の爆撃機を引き連れて、英国海軍の基地があるセイロン島にやって来て、コロンボとトリンコマリーを空爆した。

    その空爆の際、3人が乗った日本軍の攻撃機がトリンコマリーで撃ち落され、墜落した。この写真はトリンコマリーに残る爆撃の事実を示した記念板で、現在は石油基地のある敷地の中に爆撃機の残骸と共に置かれている。


    記された文字によると、「 1942年4月9日午前6時45分、3人の日本人(Shigemori Watanabe、ほかの2人の氏名は判読が不可能)が乗った爆撃機が撃ち落される。7日間燃え続け、一人の遺体だけが発見された 」とある。

    これは小生が10年くらい前にトリンコマリーを訪れた際、撮影した写真である。発見された遺体がどこに埋葬されたかは不明である。

  • 500_30908257

    先ほどの鎮魂碑を中心にその左右に日本人の墓が並ぶようにして建てられいる。

    この墓地に眠る方々はこの地でどのような生活をされていたのだろうか。大なり小なり成功を収めた人もいれば、病気で若くして亡くなった人、在職中に亡くなられた人、唐行きさんたち・・・・それぞれのドラマを感じる。

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    幾つか日本人同胞のお墓を見てみたい。「JUN NAGAE( 漢字名不明 )」と彫られ、「自由学園1972年28クラス卒」と記されている。

  • 500_30907890

    こちらは、名前をTAKAO SEKIYA といい、「OISCA Volunteer」と記されているのを見ると、在職中に亡くなたのだろうか。

  • 500_30907891

    もう一人 AKIRA INOUE と書かれて、さらに「日本において幻のお茶の普及に努められた」とある。一体どんなことをされたのだろうか。

  • 500_30908431

    女性の墓もある。「釋尼妙華」と墓碑銘が記されている。

  • 500_30908432

    その右側面に「昭和四(?)年六月二二日  南部トキ子(行年20才)時されている。

  • 500_30908430

    もうすつかり朽ちかけ、名前すら判読できないお墓もあり、どのような人物の墓なのか想像もできない。

    他にも日本人の墓石はかなりあるが、この位にしておきたい。

  • 500_30961259

    区画された日本人墓地の隣のところにもいくつか日本人の墓があるが、案内してくれた人が言うには草で覆われた少し盛土のような中央部分も日本人が埋葬されているそうだ。墓石も墓標も何もなく、説明を受けなければ、これが墓だとは到底思えなかった。

    恐らく唐行きさんたちのお墓かもしれない。東南アジアの国々には日本人墓地があり、その一画には唐行きさんたちのお墓がある。それと同じものかもしれない。ただ、他の国々に比べると、数が大変少ないような気がする。スリランカまで来た唐行きさんたちは少なかったのだろう。

  • 500_31152564

    日本人墓地の近くを一羽のチョウが飛んでいた。ふと目をやると、しばらく木に止まり、しばらくじっとしていた。それはあたかも亡くなられた方々の霊がこのチョウに代わり、何かを語り掛けているような気がした。

  • 500_30738570

    日本人墓地のすぐ外で、何やら動き回っている(それとも仕事をしている?)男性の姿があった。何をしているのかと思いしばらく観察してみた。墓地の中に住み着いている人のようで、自分の荷物を整理でもしているみたいだ。

  • 500_30738485

    日本人墓地を出て、他のところをしばらく見て回った。あちこちに記念碑のようなものが建っている。内戦で亡くなった人たちの墓のようだ。

  • 500_30738486

    この2つの大きな記念碑は何なんだろうか。

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    一際目立つ、銃を持った兵士の像が建っている。恐らく政府軍とLTTE(イ―ラム解放のトラ)との内戦で亡くなられた政府軍側兵士を祀る記念碑だと思う。

  • 500_30738488

    銃を持つ兵士の姿をもう少し大きくして、見てみたい。

  • 500_30738569

    像の背後に犠牲となった兵士たちの名前が刻まれたプレートがある。

  • 500_30907697

    墓地の一画には中国系の人々の墓もあり、そんなには多くはないが、この地で亡くなられた華僑の人々の墓なのだろうか。

    墓に刻まれた文字は「林公北泉之墓」とあり、広東中山の出身である(1869.10〜1945.6)。

    下に聖書の言葉が刻まれている。心にしみる一節である。

    'I HVE BEEB THROUG THE VALLEY OF WEEPING>THE VALLEY OF SORROW AND PAIN: BUT "THE GOD OFF ALL OMFORT"WAS WITH ME, AT HAND TO UPHOLD GOD SUSTAIN."

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    裏側に回ってさらによく見てみると、次のような文字が見える。

       革命元老/華僑保姆

         

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    この墓には「○考徐府君○大人之墓」とあり、左下にこの墓を建立した人の名前もある ( 弘子有奉祀 )。字がかすれて、判読しがたい部分がある。

  • 500_31043660

    もう一つこちらの墓には、「○佰考欧府君洪人之墓」とある。キリスト教徒の墓だ。

  • 500_30907889

    同じようなお墓が立ち並ぶ一画があり、よく見ると、どれも同じような十字架の形をしていて、そこに刻まれた文字だけが異なる。"REVD" という文字が見えるが、牧師とか司祭を表す言葉 ( Reverend )で、これは家族を持たなかったキリスト教の聖職者の集団墓地であるろう。

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