2013/08/11 - 2013/08/11
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わんぱく大将さん
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前日は東京。このJRPはのぞみは乗れないので、こだま460号、姫路8:01発の東京行が始発となる。 予約席は取れず、力いれて姫路のホームから乗り込んだら、自由席ガラガラ。この日は教会の礼拝。帰りは自分の乗れる最終の新幹線で予約席が取れて、ひとまず姫路に帰る。 4日目のこの日も同じ時間の新幹線に乗る。しかし、そのあとの信州・長野新幹線の時間がわからない。 ガラガラのうちに東京から接続できる時間帯の新幹線の時間を車掌さんに訊いておいたらメモをしてもってきてくださった。かたじけない。
久々の東京駅(前日は品川駅で下車)11:40到着。その後、11:52発のたにがわ409号に乗り換えた。初めての、長野新幹線。2階建て車両がホームに入ってきた。 ヨーロッパではよく見る2階建て。日本で乗るのは近鉄特急以来だろうか、おお、やるじゃん。この歳で信州・長野新幹線初体験。 よっしゃ、乗ったるぞ〜と、そんな力、いれんでも
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- 交通手段
- 新幹線 私鉄 徒歩
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乗ってから隣を見るとこんなきれいな色の新幹線も。関西方面ではお目にかかれない。 この色、今秋のBCN店のヴィトンのディスプレーカラーだ(そういってたら、ディスプレー、店の場所も替わってしまった)
東海道新幹線の時刻表は駅で手に入れただけでも助かったが、次の接続がわからず、(インターネットも、携帯電話もない古代人なので)立ってる者は親でも使えと、御先祖さんの遺言どおり、若い車掌さんに伺ったら、約束は出来かねますがと言いながら、メモして座席まで持ってきてくださった。お礼にきび団子はあげなかったが -
東京駅は今日は混んでるとのことで、1本目乗り換えが可能かどうかと心配されたが、連絡はいたって簡単にわかった。 約1時間ほどで高崎に到着。
思わず相撲の取り組みが書かれているのか、と。 上州電鉄、高崎駅の時刻表は漢数字。これは貴重だ -
次の電車は13:19発。先にセットになっている切符を窓口にて購入。
往復電車賃(1540円)+ 工場見学料(500円) =1600円
少し時間があったので、上州電鉄の駅にある立ち食いそば、うどんで昼。
いつもはうどん党だが、ここまでくれば、そばだな。 それとまたもや、いなり寿司 -
日本は便利だ。 どこでも食べる所はあるし、弁当もある。 至る所に自動販売機。有難いこっちゃなぁ。
電車がはいってきた、まだお腹が空いているのか、”かんとう”が”かりんと”に読めてしょうがなかった -
電車はのどかに走っていく。畑にはネギかな?植えてある所が多い。
ひまわり畑も見える。 へ〜日本は8月なんか、と。スペインは5月末から6月かな。 カタルニア地方でもひまわり畑の見える所がジローナ近くにあるが、行ったことはない。
こんなの貼ってあっても、こちとら、降りる駅が無人なのかどうかもわからんやないか、と思い、真面目に一番前の車両に到着前に移動 -
約40分で上州富岡駅に到着。 さて、工場はどっちだ?
このあたりは駅前。この建物も味がある(どんな味やねん?) -
駅をでて、前の道路に来たら、左に折れ、そこをずんずん進んで行く。
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大体方向が分かれば大通りは歩かない。路地裏に入る。
コロッケか。 日本滞在中も何度か食べた、私も好きな一品(子供が食べるような洋食が好きだ) -
こういった家も懐かしく見る
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路地裏歩いてるのに、いきなり前にこんな表示が。おいおい、コレ、曲がって、よそ様の家の中、抜けて行けって意味か?! 正確に表示してくれ、群馬の人よ。シャレのわからん真面目一徹な人は、玄関開けて、はいって行くで、絶対。
さて、以下の解説はもらったパンフや、ガイド氏の説明等による -
14時のガイドツアーに間に合うかな〜と思いながら、駅から15分。
明治政府のスローガン”富国強兵””殖産興業”は世界に追い付け、追い越せと。長い鎖国はそんな日本にとってかなりのハンディ。しかし日本の工業化は製糸から始まった。
生糸は主要な輸出品目で、輸出総額の約70〜80%以上を占めた時期もあったらしい。これは日本人の手先の器用さ、勤勉さ、負けてなるものか、という根性、気合いが築き上げた結果かもしれない -
14:30、次のツアーに廻された。その間にいろいろ見ておこうと、一番に見たのが、表紙に使った明治五年の”要石”。ここのレンガの積み方を見たかった。
国指定史跡 敷地面積 53,738m?(16,255坪)
それにしてもまともな写真がないので、こんなのも載せる -
ガイドツアーは別料金はかからないが、やはり自分の知らないことを知ることができるのはいい。 難はガイドさんと一緒だと写真がゆっくりと撮れない。なので、今回はあんまり写真がない、よって旅行記も出そうか、だすまいか、と迷ったが、JRPの旅の続きなので載せる。
東繭倉庫 -
今はここでチケットを売っている。 なにも全員が電車で来るわけでもないか? 私はお得なセット券を購入してるので、ここには用がないが、昔の検査人館。生糸の検査等を担当したフランス(以下、仏で表示)人男性技術者の住居として建設(明治6年/ 1873)
2階には皇族や政府の役人が訪れた際に使用した”貴賓室”がある。大理石製のマントルピースを備えた形で、ほぼ当時の状態で残っているらしい。しかし、中には入れない -
お蚕さん。当時から日本の物は高品質と世界に知られていたらしい
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日本は他の国の繭より大きくしたとガイド氏の説明あり。こんな黄色っぽいのもあるんだな”ぐんま黄金”2回も似たような写真、載せんでも?
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めちゃくちゃ軽かった生糸。
写真はちと、暗過ぎたが。 ”軽い”のは売店で売ってた製品のことだが、軽さ、しなやかさは、ほぼ変わりはないと思う -
東繭倉庫(明治5年/1872)入口の横。141年前の建物っていうことか。
ここの2階で乾燥させた32000もの繭を貯蔵していたという。
建物の設計は仏人、バスティアン(横須賀製鉄所の建設に携わった)主要な建物は木の骨組み、その骨組の間にレンガを積み上げていく、いわゆる、”木骨煉瓦造(れんがぞう)”そして屋根は瓦。 和洋折衷になっている -
石(礎石は甘楽町小幡の連石山から切り出された牛伏砂岩)木(中心となる材木は主に官材から伐採。 妙義山から杉、松は吾妻)瓦、そしてレンガは現地で調達。そのレンガだが、それもブリュナの指導のもと、瓦職人に作り方を教え(仏のメートル法を尺貫法に直し)隣町の甘楽(かんら)町福島の笹森稲荷神社東側に窯を築き、瓦と共に焼き上げた。その中心となったのが埼玉県深谷からやってきた職人らしい(製造の請負人、韮塚直次郎によって集められた)レンガの所に署名も見られる
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梁は松と聞いたが。 和洋折衷。ヨ―ロッパでは先ず、見られないだろうな、こんな写真のようなものは。柱、梁の木骨に屋根の重みがかかり、壁の部分には力があまりかからないのが特徴。そのため煉瓦だけの建造物より崩れにくい。 煉瓦の積み型は”フランス積み”。目地にはセメントではなく(この時代にもあったはずだが。 というか良質の物が手に入らなかったか、高価だったか。ガイド氏は”この頃は”ない”と言われたと記憶してるが、間違ってたらごめんやっしゃ)漆喰を使用(原料となる石灰は下仁田青倉、栗山産のもの)
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フランス積みは写真を見てもらってもわかるようにレンガの長い面と短い面を交互に並べていく積み方で、見た目にはきれいだが、他の積み方(すでに紹介してきているカタルニアの伝統である積み方とか)よりは崩れやすいそうだ。何故か矛盾してるが、だからこそ、それを補うように木骨を入れたのかも
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この植木も繭の形に見えたのだが、ガイド氏によると、そのように刈ったかどうかはわからないと
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女工館(明治6年)器機による糸取の技術を教えるために雇われた仏人女性教師の住居。当時の日本建築にはない特徴としてベランダの天井には格子状の板が組み込まれていたり、ガラス戸の外側に付けられ、直射に日光を避けるための”よろい戸”があったりと工夫されている。当初は各部屋に暖炉が設けられていたが、その後、大部屋に
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明治政府が製糸業の近代化を図るため設立した模範工場。富岡の地に何故、この工場が建てられたのかは以下の理由だそうだ。
*養蚕業が盛んで、原料繭が確保できた。
*工場建設用の広い土地があった(サッカー場が7つ入る)
*外国人指導者の工場建設に住民が同意。
*既存の用水を使うことで製糸に必要な水の確保ができる。
*燃料の石炭(亜炭)が近くの高崎から採取 -
上記の理由の3つ目の”住民からの同意”に対しては、私は首をひねる。というのも、当初工女募集の通達を出してもなかなか人が集まらなかったらしい。というのも、仏人の飲むワインを血と勘違いして、”富岡製糸場に入場すると外国人に生き血を取られる”というデマが流れたという。なのに同意が得られた?
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繰糸場(明治5年)ここは繭から生糸を取る作業が行われていた所。創業当初は仏式の繰糸器300釜が設置された世界最大規模の製糸工場だった。
広い空間を保つため、柱をなくしたトラス構造(三角形は力を加えても変形しにくい。梁にも直接力がかからない)自然光を取り入れるためのガラス窓、屋根の上には蒸気抜きの越屋根の設置。 レンガの床。
まあ、想像してほしい、釜の温度と数。ク―ラーなんてなかった時代、1つの釜が90度位? 暑いなんて言ってる時間もない。(今は昭和40年代に以降に設置された自動繰糸機が保存されている) -
上のところが養蚕農家でもみられる換気用の越し屋根
レンガというのは、水分を吸い取るんじゃなかったかな? 雨の日、濡れた傘をレンガの上に立てかけてると玄関先が濡れないと言うことを昔、読んだことがあったので、やはり床にレンガ。理にかなっているかも -
ガイドさんの質問。”何故、すのこになってるかわかりますか?” 湿気と答えた。正解。記念品はなかった。 家の押し入れに母親がすのこをいれていたので、すぐにわかった。やはり風通しのためだと。 昔の人間に教えられることは多い。 実家の押し入れは元々高くて、背が届かず、布団のあげおろしは、子供の頃は親とか、お手伝いのおばちゃんにしてもらっていた。頑丈な押し入れやった。布団、物をどれだけいれたことか。 人もたまに入った。いや、入れられた。特に、2人の兄弟とやんちゃをした時は
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この賃金表、横から撮らせてもらったので見にくいが。(ここでも階級制か)働き手として11〜25歳の女性。彼女たちは技術習得後、地元に帰って指導者として活躍。(女工の一人、横田英さん、16歳で入場し、帰郷後は西条製糸(のちの六工社)で指導にあたり、50歳頃に”富岡日記”という回想録をしたためている)
”生き血をとられる”デマのために政府はこれを打ち消す”告諭書”を何度も出し、又、初代の製糸場長の尾高氏は14歳の娘の勇を工女1号として入場させた -
寄宿舎。ここで毎夜、女の戦いが繰り広げられていたのかも。こわ〜。
とにかく、官営期だけで32道府県から集まってきたらしい。
鉄枠のガラス窓、サッシ、観音開きのドアの蝶番、さらに蒸気エンジン(ブリュナ エンジン)は仏からもたらされた。 -
繰糸場でのラジオ体操の様子。まさかこの頃から、ラジオ体操第一があったのか??
繰糸場の窓は内側に倒して開ける回転式。 鉄製の窓枠にパテでガラスを固定。 壁面下部は改装されているが上部は当時のものと説明あり -
奥も寄宿舎?明治6年には既に女工さんは404人もいたらしいので。
士族出身が30〜40%。
日曜の休日制を用いていたらしい -
診療所の建物、その隣には病室。 1940年、3代目の診療所。当時は病院と呼んでいたし、場所もここではなかった。 当初は仏人医師による治療。官営時代には治療費、薬代は工場側が負担していた
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ブリュナ館(明治6年)元々横浜で生糸の検査官をしていた仏人、ポール・ブリュナがここの指導者として雇われ、家族と住んだ家。(政府との契約は明治8年末に満了) その後は、寄宿舎や工女に読み書き、和裁等を教える夜学校として利用。
ここも木骨煉瓦造。高床、回廊風のベランダ。煉瓦造りの地下室も残っているとか。 これはワインセラーか食料貯蔵庫? その当時、外人殺傷事件があったので、もしもの時の隠れ場所か? -
ほれ、ここも換気用に。 ブリュナの話しに戻るが、この当時は日本で2番目の高給取りだったそうだ。 因みに1番は岩倉具視氏。500〜600円? それで500円札やったんやな? (最近の方はご存じないかも)
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西繭倉庫(明治5年)東繭倉庫と同様、2階を繭の貯蔵庫にしていた。このような状態になったのは昭和後期になって(1階北半分は蒸気エンジンを動かすための石炭置き場、残りは作業場に使われていた)
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この写真とは関係ないが。下水とう、および外とうは明治5年に造られている。 繰糸場の汚染や各屋根の雨水を集めてかぶら川に流す約全長320mの暗渠。天井はアーチ型、側面、底辺はセメント。ほら、セメント使ってるじゃん!(いきなり横浜モン!)
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36mの煙突。今のは4代目。その下あたりに、蒸気釜所があった。当初は蒸気ボイラー、エンジンがおかれていた。
写真でいうと、右奥に繰糸用の水を確保する明治8年に造られた水槽がある。当初はレンガで造られたが、水漏れがあり、急遽、横浜製鉄所で造られた直径15mの鉄製に替わった -
これが乾燥所かも
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東繭倉庫裏にあった建物。 門番人小屋かも?
東繭倉庫一部を除いては内部は入れない。 ここにはガイダンスの展示や売店などがある。映像コーナー、仏式繰糸器の紹介(約20分、毎週水曜)
座繰り実演・体験(毎週土・日)がある -
お役目御苦労になると売却の流れが起こってきた。三井から原家に、そして片倉家に買い手が移っていく。 戦時中はパラシュート用の物も作られた。戦後、自動繰糸機の導入により昭和40年代には生糸の最盛期を迎えるが、生糸の、価格の低迷により1987年、115年の操業を停止。停止後殆ど旧状を変じることなく、建造物は創業当初のままで残すことができ、おかげで明治初期、唯一の完全な形で残る建造物としても価値は高い
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富岡製糸場は日本各地に器械製糸技術を伝播させる役割を果たした一方、その生糸は当初はリヨンへ。1881年(M4)にはニューヨークに一部が。さらに三井に経営が移行したのちはすべて米に輸出。日本の生糸は明治末には生産量、輸出量共に世界一に(ウィ―ンの万博でも入賞)
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さて話しは飛ぶが、絹繋がりで。 タイのシルクに目をつけ、この産業を蘇えらせた米人の男性が1967年、復活祭の日曜の午後、マレーシアのキャメロン ハイランドで消息を絶った。 ジェームズH.W.トンプソン。そう、シルク王とあだ名されたジム・トンプソンである。彼の生い立ちも興味深いものがあった。そんなことを考えながら、この富岡製糸場、16:30頃には退場。
高崎に戻り、弁当を買いこんで、とき336(17:27)に乗りこむ。東京には18:20着。 そこからひかり527に乗ったはいいが、新大阪ではかなりの待ち時間を待てずに、そこから新快速に乗り替え、姫路に。22:46に到着。 やはり東海道新幹線は接続が悪い時が多い(ひかりだから仕方がないが) -
”官営製糸場設立の議”が明治3年(1870年)の2月。建設地を富岡と決めたのが同年10月。 BCNに帰り、一枚の写真に魅せられ ”JAPONISMO”展にいった。 この写真(撮り方まずかった)、偶然にも明治3年に日下部金兵衛氏によって撮影。日本の文化がカタルニアのモデルニズムばかりでなく、ヨーロッパに与えた影響も大きいものがあると感じた。特に葛飾北斎、安藤広重、歌川派、海外で見る日本文化、余計エキゾチックだ。
ピカソの描いた”貞奴っこ” ミロ、ダリの描いた日本人。たまにまだ中国人とごっちゃにしてる作家もいたようだが。旅行記にしたかったが、館内は撮影禁止。10月からはマドリッドに移行するらしい
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この旅行記へのコメント (34)
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- メビウスさん 2014/09/15 02:34:30
- 「重要文化財」と「世界遺産」とではこうも違うのか
- わんぱく大将様
一年前がどんなだったのか気になってお邪魔させて頂きました。
世界遺産に登録された事で来場者が圧倒的に増えた事が写真からも明らかに伺えますね。
先日私が訪れたのは平日だったんですが、それでも大混雑でした。
敷地内はガイドツアーの各グループで溢れかえり、それぞれが場所の取り合い(というかボランティアガイドさん同士の譲り合いって言った方が適切かしら)って感じでしたね。
ボランティアさんに質問する余裕はありませんでした。
イロイロ質問したかったのに残念。
メビウス
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- mistralさん 2014/04/27 15:32:56
- 富岡製糸工場,世界遺産に!
- 大将さん
こんにちは,mistralです。
いつもご訪問いただきありがごうございます。
富岡製糸工場,世界遺産に!
というニュースが日本中を駆け回っています。
のんびりしている日曜日の昼下がり・・・
時々大将さんの旅行記をのぞいてみたくなる
今日この頃(?)です。
そうしたらいち早く製糸工場の旅行記を
アップされているのを発見しました。
かねてから行ってみたいと思っていました。
予習させていただきました。
ありがとうございました。
mistral
- わんぱく大将さん からの返信 2014/04/28 04:08:53
- RE: 富岡製糸工場,世界遺産に!
- > 大将さん
>
> こんにちは,mistralです。
> いつもご訪問いただきありがごうございます。
> 富岡製糸工場,世界遺産に!
> というニュースが日本中を駆け回っています。
>
> のんびりしている日曜日の昼下がり・・・
> 時々大将さんの旅行記をのぞいてみたくなる
> 今日この頃(?)です。
>
> そうしたらいち早く製糸工場の旅行記を
> アップされているのを発見しました。
> かねてから行ってみたいと思っていました。
> 予習させていただきました。
> ありがとうございました。
>
> mistral
mistralさん
まいど! こちらこそです。 昨年行った富岡製糸は、世界遺産申請中だったのですかね、そういうことまったく知らず、行ってみたかった所でした。姫路から日帰りだったので、前日の東京から行っておけばもっと細かく写真が撮れたかも。大将
>
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- poemyさん 2013/11/04 13:52:32
- 押入れ
- 大将さん、こんにちは。
遅ればせながら、書き込みさせていただきます(*^_^*)
ガイドさんと歩くと、知らない事をたくさん、教えてもらえるのでいいけど、写真は、なかなかゆっくり撮れないですよね。
でも、さすが、大将さん、工場の写真まで、なんだか芸術的に見えちゃいますね。
押し入れ…子供の頃、入れられましたね〜(^^ゞ
父親に言う事きかず、「蔵にいれるぞ〜!!」と言われ、押し入れを蔵と思っていたおバカな子供の私は、家の中だし、すぐ出られるから平気〜…と思ってタカをくくっていたら、夜、家の外の真っ暗な蔵に閉じ込められて、大泣きをして祖母に助け出された事があります。
今となったら、懐かしい思い出です。
大正生まれの姑もスノコ入れてましたよ。
明治生まれの祖母も大正生まれの姑も、生きるための知識は豊富でした。
いろんな事を学んだ気がします。
今はグーグル先生に聞くのでしょうけどね…
poemy
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- Medinaさん 2013/10/27 10:45:21
- 旧富岡製糸工場と上信電鉄
- 大将様
おはようございます。Medinaでございます。
高崎へのご旅行お疲れ様です。
私は群馬県には良く出かけておりますが、大将さん日曜日の10時過ぎに高崎駅に行くと、SLを見ることが出来ますがご存知ですか?
D51かC61のでっかい機関車が毎週土、日に運行されております。
それと、1番線の上信電鉄も大変ローカルな鉄道です。
時間があれば次回乗り鉄の旅をお勧めします。
本題の旧富岡製糸工場ですが、高崎に友人がおり一度は行きたい場所ですが
中々機会がなく行きませんでした。
大将さんの旅行記拝読して歴史を感じる建造物に改めて感銘を受けました。
今度機会を見て行きたいと思います。
これからも宜しくお願い致します。
Medina
- わんぱく大将さん からの返信 2013/10/28 09:41:09
- RE: 旧富岡製糸工場と上信電鉄
- > 大将様
>
> おはようございます。Medinaでございます。
>
> 高崎へのご旅行お疲れ様です。
>
> 私は群馬県には良く出かけておりますが、大将さん日曜日の10時過ぎに高崎駅に行くと、SLを見ることが出来ますがご存知ですか?
> D51かC61のでっかい機関車が毎週土、日に運行されております。
>
> それと、1番線の上信電鉄も大変ローカルな鉄道です。
> 時間があれば次回乗り鉄の旅をお勧めします。
>
> 本題の旧富岡製糸工場ですが、高崎に友人がおり一度は行きたい場所ですが
> 中々機会がなく行きませんでした。
>
> 大将さんの旅行記拝読して歴史を感じる建造物に改めて感銘を受けました。
>
> 今度機会を見て行きたいと思います。
>
> これからも宜しくお願い致します。
>
> Medina
Medinaさん
情報を有難うございます。 高崎に10時と言うことは、姫路からでは無理ですなあ。 現地泊まりでみるしかない。 次回日本に帰ったら考えます。有難うござましただあ。 大将
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- menchiさん 2013/10/26 16:17:59
- 目を見張るような移動でしたね!
- 凄い!いっぱい行きましたね!
私が行った事のない場所ばかりで、興味津々でした。
大将さんの旅行記は、沢山の情報量で、とても旅心を擽られるんです。
そば美味しかったですか?
- わんぱく大将さん からの返信 2013/10/28 09:33:03
- RE: 目を見張るような移動でしたね!
- > 凄い!いっぱい行きましたね!
> 私が行った事のない場所ばかりで、興味津々でした。
>
> 大将さんの旅行記は、沢山の情報量で、とても旅心を擽られるんです。
>
> そば美味しかったですか?
menchi殿
毎度、おおきに! そばが美味しいかどうか、そこまで食べつくしてないので、よ〜わからんのですわ。情けな〜
大将>
-
- サウスピーチさん 2013/10/10 08:15:19
- 旧富岡製糸工場
- 大将さん、こんにちは! 旧富岡製糸工場へとお邪魔しています。
そうですか・・・、信州・長野新幹線に乗られたんですね! 私はまだ乗ったことはないんです。
私も今度、JRP買ってみようかなぁ。 買えばやっぱり元を取らなきゃ!とあれこれ計画しそうですもんね。
あはは! 何なんでしょうね〜。 私も写真見て、てっきり「かりんとう」だと思いました。
「へぇ、食べ物の名前がついた電車なんて面白〜い♪」と。 大将さんの説明を読むまでは気付きませんでしたよw
そう言えば、最近はかりんとう食べてないなぁ。
やっぱり新しいものって一番最初は怖いですよね。 写真だって魂が抜かれるとか言われていたし、
見たこともない外国人が赤いものを飲んでいれば、人間の生き血だと思われても仕方がないかも。
現代からすれば、笑い話みたいですけどね。
ここでの生活の様子が少し分かって、また建物についても建築の視点からの話があって、
とても興味深かったです。 特に、検査官から指導者、医師に至るまで
全てフランス人が関わっていたなんて全く知りませんでした。
今日もJR、よく乗りましたね!
サスピ :)
- わんぱく大将さん からの返信 2013/10/10 08:18:35
- RE: 旧富岡製糸工場
- > 大将さん、こんにちは! 旧富岡製糸工場へとお邪魔しています。
>
> そうですか・・・、信州・長野新幹線に乗られたんですね! 私はまだ乗ったことはないんです。
> 私も今度、JRP買ってみようかなぁ。 買えばやっぱり元を取らなきゃ!とあれこれ計画しそうですもんね。
>
> あはは! 何なんでしょうね〜。 私も写真見て、てっきり「かりんとう」だと思いました。
> 「へぇ、食べ物の名前がついた電車なんて面白〜い♪」と。 大将さんの説明を読むまでは気付きませんでしたよw
> そう言えば、最近はかりんとう食べてないなぁ。
>
> やっぱり新しいものって一番最初は怖いですよね。 写真だって魂が抜かれるとか言われていたし、
> 見たこともない外国人が赤いものを飲んでいれば、人間の生き血だと思われても仕方がないかも。
> 現代からすれば、笑い話みたいですけどね。
>
> ここでの生活の様子が少し分かって、また建物についても建築の視点からの話があって、
> とても興味深かったです。 特に、検査官から指導者、医師に至るまで
> 全てフランス人が関わっていたなんて全く知りませんでした。
>
> 今日もJR、よく乗りましたね!
>
> サスピ :)
サスピ殿
最終日、驚くなよ〜。 って単に寝過ごしたあ〜 大将>
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- hot chocolateさん 2013/10/09 01:27:52
- お勉強になりました。
- 大将さま、こんばんは〜
BCNは、秋らしくなりましたか。
こちら、この数日、夏が戻って来たかのような暑さです。
もっとも、風は、秋の風ですけどね。
上州電鉄に入って来た電車、私は、「かんとう」が、「かりんと」ではなく「かりんとう」と読めましたよ。
ガイドツアーは、特に歴史的背景を説明してもらえるのがありがたいですね。
説明がないと、ふ〜んで通り過ぎてしまうから。
じっくり写真が撮れないという不満もあるかもしれないけど・・・
この間行ったボロブドゥールでも、遺跡内の日本語ガイドが、丁寧に説明してくれました。
「木の骨組みに煉瓦」、言われなければ気がつかないと思うが、確かに珍しい作り。
外国では時折、レンガだけの建物を見るが、崩れやすそうだと思う。
富岡製糸工場について、よく分かりました。
ありがとうございました。
hot choco
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- kodebuさん 2013/10/06 23:22:42
- 世界遺産になるかな?
- 大将さん
富岡製糸場、遠征されましたね!
工場見学というと、ついついパンが貰えるかなあ?ビールが飲めるかな?
なんて意地汚い方に想像してしまいますがσ(^_^;)
昔の製紙工場=過酷…と思っていましたが、
勉強の機会もあったりと、意外でした。
いつか近くに行ったらいってみたいです(^^)
kodebu
-
- はな♪さん 2013/10/05 19:10:31
- 私も〜(笑)
- 大将さん☆
こんにちは♪
こちらのお写真、大将さんのコメント見る前に
私も“かりんとう”って思ってました^^;
やっぱり、食いしん坊だわ〜(笑)
JRP使い倒しで、旧富岡製糸工場へ行かれたなんて・・・
大将さんらしいですね^^
ガイドツアー堪能されたようですが、私も興味があります♪
工場・建物も素晴らしいですが、歴史的背景も分かるので
こういったツアーがあるのは、ありがたいですよね^^
では、はな♪
- わんぱく大将さん からの返信 2013/10/14 08:26:14
- RE: 私も〜(笑)
- > 大将さん☆
>
>
> こんにちは♪
>
> こちらのお写真、大将さんのコメント見る前に
> 私も“かりんとう”って思ってました^^;
> やっぱり、食いしん坊だわ〜(笑)
>
> JRP使い倒しで、旧富岡製糸工場へ行かれたなんて・・・
> 大将さんらしいですね^^
> ガイドツアー堪能されたようですが、私も興味があります♪
> 工場・建物も素晴らしいですが、歴史的背景も分かるので
> こういったツアーがあるのは、ありがたいですよね^^
>
> では、はな♪
はな♪さん
今回は名古屋2回、通りましたが、 知らん間に過ぎてしまいました。
大将
-
- ミッキーマーチさん 2013/10/03 14:58:15
- 煉瓦
- こんにちは、大将さん
富岡製糸場にいってこられたんですね!
煉瓦の積み方がとっても気になってたようなので、自身の目で見られていかがでしたか?
高崎駅の時刻表、あんなのがいまだにあるんですね。なつかし〜
ミッキーマーチ
- わんぱく大将さん からの返信 2013/10/04 10:09:36
- RE: 煉瓦
- > こんにちは、大将さん
>
> 富岡製糸場にいってこられたんですね!
> 煉瓦の積み方がとっても気になってたようなので、自身の目で見られていかがでしたか?
>
> 高崎駅の時刻表、あんなのがいまだにあるんですね。なつかし〜
>
> ミッキーマーチ
ミッキーマーチさん
はい、急ぎ足の日帰りの、富岡製糸。 コロッケが心残りでした。
大将
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- aoitomoさん 2013/10/02 11:14:38
- フランスに学べ・・
- 大将さま こんにちは〜
旧富岡製糸場
明治の時代の女性の超エリート就職先だったようですね。
この時代にしても、現在の日本の労働基準法をクリアしてしまうような極楽な労働環境。
ここで仕事をしながら学び、地元に帰り指導者として働けるという。
富岡製糸場に関わる偉いさんは、徹底的にフランスに学べという姿勢だったのでしょう。
月給も凄いですし。
いまでも、日本はフランスに学んでほしいですよ。夏季休暇をフランス並みに取れるように。
いつもそればかり考えている私です。
明治時代の製糸場というと、映画『あゝ野麦峠』の描写する過酷な労働条件や、非人間的な扱いを想像してしまいますが雲泥の差であることがわかりました。
(「今頃かよ〜」というツッコミは勘弁してください。歴史苦手だったので・・)
興味を持ってHPを見たら「富岡製糸場見学料割引券」500円が400円になる割引券手に入りました。(笑)
富岡製糸場 見に行かねば。(笑)
その前に「富岡日記」を読んでみようかとiPadに富岡日記.pdfをダウンロードしたところです。
かなり予備知識インプットしましたよ〜〜
ガイドツアーに便乗しなくてもいけそうです。(笑)
ガイドツアーは色々質問もできるのでその点はいいですが、確かにゆっくり写真撮ってられないですね〜
大将さま、大変興味をそそる旅行記ありがとうございました。
赤煉瓦建築職人の息子
aoitomoより
- わんぱく大将さん からの返信 2013/10/04 09:29:12
- RE: フランスに学べ・・
- > 大将さま こんにちは〜
>
> 旧富岡製糸場
> 明治の時代の女性の超エリート就職先だったようですね。
> この時代にしても、現在の日本の労働基準法をクリアしてしまうような極楽な労働環境。
> ここで仕事をしながら学び、地元に帰り指導者として働けるという。
> 富岡製糸場に関わる偉いさんは、徹底的にフランスに学べという姿勢だったのでしょう。
> 月給も凄いですし。
> いまでも、日本はフランスに学んでほしいですよ。夏季休暇をフランス並みに取れるように。
> いつもそればかり考えている私です。
>
> 明治時代の製糸場というと、映画『あゝ野麦峠』の描写する過酷な労働条件や、非人間的な扱いを想像してしまいますが雲泥の差であることがわかりました。
> (「今頃かよ〜」というツッコミは勘弁してください。歴史苦手だったので・・)
>
> 興味を持ってHPを見たら「富岡製糸場見学料割引券」500円が400円になる割引券手に入りました。(笑)
> 富岡製糸場 見に行かねば。(笑)
>
> その前に「富岡日記」を読んでみようかとiPadに富岡日記.pdfをダウンロードしたところです。
>
> かなり予備知識インプットしましたよ〜〜
> ガイドツアーに便乗しなくてもいけそうです。(笑)
> ガイドツアーは色々質問もできるのでその点はいいですが、確かにゆっくり写真撮ってられないですね〜
>
> 大将さま、大変興味をそそる旅行記ありがとうございました。
>
> 赤煉瓦建築職人の息子
> aoitomoより
aoitomo殿
職人さんの息子さんとは知らず。 いや、旅行記から察するに、職人肌でしょうか。
いや〜地味な旅行記を何とか情報で、もたせた今回。 私も富岡に行く前は、映画の(といっても見たことはないはず。しかしTVで見たかも)イメージがあったですが。原田三枝子さんとか、大竹しのぶさんとか、で、工場長みたいのが、左三平さん??? (なんか違うような) ムネ、患って、また、お腹には工場長の子供が、あの峠を越えて村に帰る。ほんまかいな?
ガイドさんの説明もそうですが、帰ってきてから、いろいろ調べて、勉強になりました。
赤レンガ、そんな遠くに行かんでも、姫路の美術館、レンガ造りですわ。
大将
- aoitomoさん からの返信 2013/10/04 23:44:37
- RE: RE: フランスに学べ・・
- > 職人さんの息子さんとは知らず。 いや、旅行記から察するに、職人肌でしょうか。
親とは畑違いなので、全然職人肌でもなんでもないです。(笑)
あごひげあたりの無精ひげは、炎天下で働く職人の肌のようです。ハイ
> いや〜地味な旅行記を何とか情報で、もたせた今回。 私も富岡に行く前は、映画の(といっても見たことはないはず。しかしTVで見たかも)イメージがあったですが。原田三枝子さんとか、大竹しのぶさんとか、で、工場長みたいのが、左三平さん??? (なんか違うような) ムネ、患って、また、お腹には工場長の子供が、あの峠を越えて村に帰る。ほんまかいな?
> ガイドさんの説明もそうですが、帰ってきてから、いろいろ調べて、勉強になりました。
やっぱり、大将さまも映画のイメージを片隅に抱いてましたか〜
これだけ、雇用条件のいい製糸工場だと映画になりませんね〜
「あゝ野麦峠」悲惨・ありえん・かわいそう〜
だから成功したんでしょうね。
でも、「あゝ野麦峠」DVDすら出ていないのはどこかの圧力からなのかは不明です。
> 赤レンガ、そんな遠くに行かんでも、姫路の美術館、レンガ造りですわ。
そう言われると、姫路の美術館をググる単純な私ですから惑わさないでくださいまし。
aoitomo
-
- ふらどくさん 2013/10/02 07:46:20
- ジャパンレールパス
- 大将さん
あずまの国までようこそ!
ジャパンレールパスは、のぞみが使えないからちょっと面倒ですね。
ギリシャから友達が来た時にみんなで神戸、広島旅行を準備したときに
東海道新幹線の手配が大変でした。
富岡製糸工場は行ったことがないので、写真で楽しめました。
近いうちに行ってみたいと思います。
日本も面白いところがたくさんありますね。
この週末、土、日、月と弾丸でパリです。もちろん馬、凱旋門賞です。
正気の沙汰とは思えませんが、休みが取れないもので・・・
ふらどく
- わんぱく大将さん からの返信 2013/10/04 07:55:17
- RE: ジャパンレールパス
- > 大将さん
>
> あずまの国までようこそ!
>
> ジャパンレールパスは、のぞみが使えないからちょっと面倒ですね。
> ギリシャから友達が来た時にみんなで神戸、広島旅行を準備したときに
> 東海道新幹線の手配が大変でした。
>
> 富岡製糸工場は行ったことがないので、写真で楽しめました。
> 近いうちに行ってみたいと思います。
> 日本も面白いところがたくさんありますね。
>
> この週末、土、日、月と弾丸でパリです。もちろん馬、凱旋門賞です。
> 正気の沙汰とは思えませんが、休みが取れないもので・・・
>
> ふらどく
ふらどくさん
そうなんですよ。 急ぐ時はのぞみ。その時はJRPは使いません。
格安チケット。
弾丸ヨーロッパ。せめて6時間のフライトならいいのですが。。。お気をつけて。 露店も見てきてや〜 大将
- ふらどくさん からの返信 2013/10/07 23:10:12
- RE: RE: ジャパンレールパス
- 大将さん
> 弾丸ヨーロッパ。せめて6時間のフライトならいいのですが。。。お気をつけて。 露店も見てきてや〜
はやいもので、週末パリで、もう東京です。
競馬場の中庭に露店がありましたが、今川焼きは無かったです。当たり前か・笑。北駅では、トウモロコシを焼いた(怪しい)露店が出ていました。秋ですなあ。
パリのメトロでひったくり未遂に会いました。何とかバックを押さえ込んでしのぎましたけれど・・・。油断もすきもない・・・
ふらどく
- わんぱく大将さん からの返信 2013/10/08 02:34:04
- RE: RE: RE: ジャパンレールパス
- > 大将さん
>
> > 弾丸ヨーロッパ。せめて6時間のフライトならいいのですが。。。お気をつけて。 露店も見てきてや〜
>
> はやいもので、週末パリで、もう東京です。
>
> 競馬場の中庭に露店がありましたが、今川焼きは無かったです。当たり前か・笑。北駅では、トウモロコシを焼いた(怪しい)露店が出ていました。秋ですなあ。
>
> パリのメトロでひったくり未遂に会いました。何とかバックを押さえ込んでしのぎましたけれど・・・。油断もすきもない・・・
>
> ふらどく
ふらどくさん
気、つけや〜。 パリは物騒。 大将
-
- nekonekoやんさん 2013/10/01 19:46:31
- 蚕〜
- 大将さん、こんにちは。
昔、教科書でおなじみの富岡製糸工場、今やガイドツアーも行われている観光地なのですね。
なかなか興味深い場所ですね。
そういえば、幼児の頃、家で蚕を飼っていました。
(ほんのお遊び程度で…)
桑の葉をいっぱい取ってきて食べさせて、糸を吐き、サナギになり…あの後どうなったのか?全く記憶にないのが不思議です。
nekonekoやん
- わんぱく大将さん からの返信 2013/10/02 01:12:26
- RE: 蚕〜
- > 大将さん、こんにちは。
>
> 昔、教科書でおなじみの富岡製糸工場、今やガイドツアーも行われている観光地なのですね。
> なかなか興味深い場所ですね。
>
> そういえば、幼児の頃、家で蚕を飼っていました。
> (ほんのお遊び程度で…)
> 桑の葉をいっぱい取ってきて食べさせて、糸を吐き、サナギになり…あの後どうなったのか?全く記憶にないのが不思議です。
>
> nekonekoやん
nekonekoやんさん
そりゃ、きれいなnekonekoさんになられ、羽ばたいていかれたのでしょう。
じゃん、じゃん!
大将
-
- nana-papaさん 2013/10/01 16:19:47
- 路地裏散策
- >大体方向が分かれば大通りは歩かない。路地裏に入る。
コロッケか。 日本滞在中も何度か食べた・・・。
さすがにこの辺の路地裏は新宿界隈と違い怪しくないでしょう!
コロッケは昭和の財産的な食品の一品。私も大好きです。
- わんぱく大将さん からの返信 2013/10/02 01:15:16
- RE: 路地裏散策
- > >大体方向が分かれば大通りは歩かない。路地裏に入る。
> コロッケか。 日本滞在中も何度か食べた・・・。
>
> さすがにこの辺の路地裏は新宿界隈と違い怪しくないでしょう!
> コロッケは昭和の財産的な食品の一品。私も大好きです。
nana_papaさん
市場の端にあった肉屋さん。 その前でコロッケ揚げて、バッドの上に並べてあるのが、おいしそうに見えて。 1個、紙に入れてもらって、ちょっと上だして、歩きながら食べましたね。
大将
- nana-papaさん からの返信 2013/10/02 10:13:31
- RE: 谷中名物のメンチカツ
- 大将どの
次回お帰りの際は東京は下町・谷中にお出かけ下さい。
メンチカツがうまいですよ。土曜日、日曜日はお客さんが並んでますが・・。
http://tabelog.com/tokyo/A1311/A131106/13022715/dtlrvwlst/1846533/
- わんぱく大将さん からの返信 2013/10/04 08:54:34
- RE: RE: 谷中名物のメンチカツ
- > 大将どの
>
> 次回お帰りの際は東京は下町・谷中にお出かけ下さい。
>
> メンチカツがうまいですよ。土曜日、日曜日はお客さんが並んでますが・・。
>
> http://tabelog.com/tokyo/A1311/A131106/13022715/dtlrvwlst/1846533/
日本人も並ぶの、結構好きですね。 デパートでも見かけました。
で、次回は谷中ですね、って、どこかわからず。。。
大将
>
>
-
- n.arakiさん 2013/10/01 11:47:04
- おもしろい。
- 大将さま、今回はコメントに1票!!!!!
n.araki
-
- レモンハートさん 2013/10/01 09:12:04
- 富岡は!
- 大将さん
お久しぶりです。
日本に帰ってきたんですね(^_^)/
久しぶりの日本はいかがでしたか?
富岡製糸工場は行ったことありませんが
戦後の復興の礎となった産業でしょうか!
富岡と言えば冬場のゴルフ遠征を思い出します(^_-)
レモンハート
- わんぱく大将さん からの返信 2013/10/02 01:10:03
- RE: 富岡は!
- > 大将さん
>
> お久しぶりです。
> 日本に帰ってきたんですね(^_^)/
> 久しぶりの日本はいかがでしたか?
>
> 富岡製糸工場は行ったことありませんが
> 戦後の復興の礎となった産業でしょうか!
>
> 富岡と言えば冬場のゴルフ遠征を思い出します(^_-)
>
> レモンハート
レモンハートさん
日本はおいしいもん、見どころ多い国。再認識しました。 大将
-
- norisaさん 2013/09/30 06:32:15
- 行った気になります!
- 大将閣下、
おはようございます。
富岡製糸所、あまりに有名で世界遺産も間近の情勢です。
とはいえ全く近づいたこともありません。
この旅行記でレンガの積み方やら湿気を逃がす工夫やらラジオ体操システムなどかなりにわか知識がつきました、おかげさまで。
唯一の難点はこれで訪問しなくてもいいような気になることかな(笑)
冗談はさておき西欧の列強に追い付け追い越せ、そのためにはお雇い外人技術者を雇い、多くの女工さんを動員して懸命に頑張った明治の日本人群像が浮かびますーー。
そして、今の日本はーー!?
明治のこの時期の最大の原動力は政府そのもの。
今や律速あるいは障害も政府そのものかもーーー。
norisa
- わんぱく大将さん からの返信 2013/09/30 09:18:49
- RE: 行った気になります!
- > 大将閣下、
>
> おはようございます。
>
> 富岡製糸所、あまりに有名で世界遺産も間近の情勢です。
>
> とはいえ全く近づいたこともありません。
>
> この旅行記でレンガの積み方やら湿気を逃がす工夫やらラジオ体操システムなどかなりにわか知識がつきました、おかげさまで。
>
> 唯一の難点はこれで訪問しなくてもいいような気になることかな(笑)
>
> 冗談はさておき西欧の列強に追い付け追い越せ、そのためにはお雇い外人技術者を雇い、多くの女工さんを動員して懸命に頑張った明治の日本人群像が浮かびますーー。
>
> そして、今の日本はーー!?
> 明治のこの時期の最大の原動力は政府そのもの。
> 今や律速あるいは障害も政府そのものかもーーー。
>
> norisa
norisa殿
日本に帰る前から行きたいと思ってたのですが、 人の多さと(こんな多くの日本人に囲まれることも最近なかったので)、想像してたほどでもなかったというのが感想でした。それが今回、写真にそのまま出てましたので、旅行記は躊躇したのですが。
民間になってから経営が思わしくなくなったという理由として、外人技師に高い給料を払いすぎ、というのがあったようですね。 他の国には負けるな〜と言ってる割には、青い目のげ〜じんさんには、へーこら、高い給料だしてたんでしょうね。 大将
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