2013/07/27 - 2013/07/28
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montsaintmichelさん
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厳島(宮島)は周囲30km、全島が中生代白亜紀にマグマが地下深所に貫入して岩石化した粗粒の黒雲母花崗岩からできています。島の最高峰 霊峰 弥山は標高535m(近年頂上の巨石が山の一部と認定され+5mに改訂)あり、ここを中心に幾多の峯や渓谷を造形し、海岸線は変化に富んでいます。806年に真言宗開祖 弘法大師が草庵を結び、仏教でいう世界の中心「須弥山(しゅみせん)」になぞらえて「弥山(みせん)」と命名されました。弥山ならではの景観を創り出しているものは、原始林と弘法大師ゆかりの史跡、そして奇岩怪石。奇岩怪石は花崗岩が風化して生まれたもので、これらが形成する奇観が山岳信仰の礎になっていると言われています。大自然を五感で感じることができるワンダーランドであり、パワースポットであり、別天地でもあります。
弥山の情報が充実しているのは、こちらのサイトです。
http://miyajima-ropeway.info/
<旅程>
7月27日
新大阪===広島駅(バス)---宮島口(連絡船)~~宮島港(徒歩)
→厳島神社参拝(徒歩)→紅葉谷駅(ロープウェイ)――獅子岩駅(徒歩)
→弥山頂上→獅子岩駅(ロープウェイ)――紅葉谷駅(徒歩)→宮島港(連絡船)
~~宮島口<昼食>
宮島口(バス)---錦帯橋(バス)---壇ノ浦<夕食>
壇ノ浦(バス)---門司港レトロ<夜景観賞>(バス)---北九州八幡ロイヤルホテル
7月28日
ホテル(バス)---JR門司駅(JR)===JR下関駅(バス)---村田蒲鉾店<ショッピング>
(バス)---角島(バス)---萩城下町(バス)---秋吉台展望台(バス)---広島駅===新大阪
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 観光バス 船 新幹線 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
PR
-
大願寺 山門
厳島神社の参拝を済ませて西回廊から外に出ると、真言宗の古刹 大願寺の山門が目の前に迫ります。この山門は元禄時代の創建で、両脇には仁王像が佇みます。昔は、塀に囲まれていたそうですが、現在は周りに何もないので何故ここに山門があるのか不思議な感覚に陥ります。
大願寺は13世紀に再興されたと伝わっており、本堂には本尊の薬師如来像(重文)を祀っています。明治になり神仏分離が行われ、千畳閣から移された釈迦如来像(重文)や五重塔からの釈迦如来像、 多宝塔から移された薬師如来像、迦葉尊者(重文)、阿難陀尊者(重文)などが安置されています。
また、日本三大弁財天のひとつでもあります。江戸時代までの厳島神社は神仏混淆で弁才天も主神でした。維新後分離され、弁天は大願時に移されました。神仏を同時に祀っていた頃は、厳島神社の主神市杵島姫命と仏教の弁財天が同一視されていたそうです。因みに、日本三大弁財天とは、ここ大願寺と相模国 鎌倉の江ノ島、近江国 琵琶湖の竹生島です。
更には、維新以後、木戸孝允や勝海舟などの密使の会談場所に使われた場所でもあります。 -
大願寺 厳島龍神
境内の中央に柵に囲まれた池庭があり、池の中には薬師如来の守護神や弁財天の使者とされる厳島龍神が祀られています。龍神は水、あるいは海と関係が深く、航海の三女神を介して弁財天と繋がりがあるのでしょう。真言宗の寺院としては腑に落ちない点がありますが、これには神仏分離という歴史的背景があるためです。調べてみますと、2006年に護摩堂の主仏として真言宗救済の象徴 大日如来の化身である不動明王像を新たに祀っているそうです。 -
大願寺 九本松
伊藤博文が手植えしたと言われ、1本の根元から9本の幹が伸び、まるでヤマタノオロチのような「九本松」も見逃せない奇観です。樹齢約200年で樹高18mに達する立派なクロマツです。 廿日市市の 天然記念物にも指定されています。 -
弥山山頂マップ
宮島ロープウェイでいただいたマップです。
おおよその所要時間が記されています。 -
宮島ロープウェイ
大願寺を後にして紅葉谷にあるロープウェイ乗り場へ向かいます。
緩い坂道を登っていくと老舗旅館「岩惣」の向かい側(道路左側)に紅葉谷ロープウェイ駅まで往復するマイクロバスの発着所があります。バスは20分毎に出ますが、定員は28名です。ここからなら歩いても10分強で行けます。紅葉谷公園のもみじ橋を渡ると遊歩道があり、帰途はここを散策するのがお勧めです。
紅葉谷駅から6人乗りの循環式ロープウェイに乗り、榧谷(かやたに)駅で交走式ロープウェイに乗り換えます。所要時間は10分程です。ゴンドラの中にはガイドマシンがあり、100円を入れると厳島のガイドが流れます。
乗り換えがまどろっこしいのですが、それぞれのロープウェイ方式に特徴があって使い分けているようです。
因みに、循環式は、輸送力を一定に保ちながら長い距離を輸送するのに適しているそうです。また、交走式は、一度に多くの乗客を運ぶことができ、長い距離を短い時間で結びたい場合に適しています。 -
宮島ロープウェイ
榧谷駅と獅子岩駅を結ぶ交走式ロープウェイです。所要時間は5分弱です。
30人乗りとの記載がありましたが、海外からの観光客も多いことから20名ほどしか乗せていませんでした。実は、海外では一人当たり90kgで計算します。日本では60kgですので、1.5倍です。山内では、何故かフランス語が飛び交っていました(コンニチワと挨拶されたら、ボンジュールと返しましょう)。但し、このロープウェイは、15分間隔でしか運行しないので復路は要注意です。また、込み合っている場合は、5分刻みで臨時運行するようです。
天気が良ければ紺碧の瀬戸内海を見ながら、約15分の空中散策が楽しめます。また、古くから神域として保護され、手つかずの自然が現存する太古の森 弥山原始林を眼下に見下ろしながら浮遊感覚を満喫できます。
勿論、冷暖房は供えられていませんが、夏場は網戸などから風が入る天然クーラーとなっています。盛夏は、扇子か団扇は必需品です。 -
弥山 獅子岩展望台
獅子岩駅そばの花崗岩の風化作用で生まれた巨大な岩の上から、弥山山頂に劣らない見事な眺望が楽しめます。時間が無く山頂まで行けない方にはお勧めです。
実はこの辺りには最近まで沢山のニホンザルが生息していましたが、愛知県モンキーセンターに引き取られて行ったそうです。お猿さんは、観光客の弁当や食べ物を取るなど、少々イタズラが過ぎたようです。でもその内の何匹かは、まだこの山のどこかに潜んでいるのかも!? -
弥山 獅子岩展望台
天気はそれほど悪くはないのですが、靄で霞んで視界が悪く、残念でした。
宮島桟橋での集合時間まで1時間30分あるので、山頂目指して早回りを決行することにします。片道徒歩30分程の行程ですが、写真撮影の時間を考えるときわどいタイミングです。ロープウェイの乗り継ぎと集合場所まで歩く距離を考えると、獅子岩駅まで50分で戻って来なければならない計算になります。とりあえず、本堂まで20分弱をマイルストーンに出発です。
最初は下り坂になります。せっかくロープウェイで登ってきたのにもったいない気分です。 -
弥山
獅子岩駅から見上げる弥山山頂。
弥山の山頂一帯にはご神体として崇められ、神が宿るという巨大な磐倉(いわくら)が点在し、厳かで神秘的な空気が漂います。明治の宰相 伊藤博文は、弥山にて「日本三景の一つの真価は頂上からの眺めにあり」という名言を残しています。その言葉通り、瀬戸内海に浮かぶ大小の島々や対岸の街並み、四国の山々が広がる大パノラマは、極上のおもてなしで訪れた人たちを魅了します。かつて厳島は密教修験道の聖地で、島全体が曼荼羅の迷路に見立てられました。その中心が山頂です。神々がこの地に降臨するというのも、何となく判るような気がします。
また、宇宙とつながる地として古代祭祀が行われていたとも伝えられています。実際、獅子岩展望台の巨石群からペトログラフが発見されています。ペトログラフとは、先史時代から岩石に刻まれた文字や文様。また、山頂付近には巨石群が多く、ドルメン(支石墓)や岩の並び方に法則性が見られ「弥広殿」の痕跡ではないかと推測されています。もしかすると、古代の昔に高度な文明が存在していた証かも…。まさしく、古代ミステリーの宝庫、巨石ワンダーランドであり、かつパワースポットそのものです。 -
弥山 原始林石碑
この碑がある所まではひたすら下ります。道を間違えたかなと思うほどです。
古くから信仰の対象となり、手つかずの自然が残る弥山では、厳島神社の後背地にある常緑広葉樹のエリアが1996年に「弥山原始林」として世界遺産に登録されました。その植物の多様性は日本の縮図とも言われるほどで、標高に応じて様々な木々を観察することができます。1万年以上前から変わらぬ営みが、奇跡の景観をつくり上げています。島全体では700種類以上の植物が自生し、その中には不思議な現象を見せるものもあります。通常の山桜は2週間程しか咲さないのに、厳島では2ヶ月近く咲き続けるそうです。さらに樹木の生態系も、暖かい場所に見られるミミズバイと寒い場所を好むモミノ木が並んで生息するのも珍しいそうです。人の手が入らず、独自に育まれた自然環境によって起きた現象と考えられていますが、詳しい事は分かっていないそうです。こういう所も「神の島」と考えられた理由のひとつなのかも知れません。 -
弥山 登山等から望む景観
登山道はよく整備されていて歩き易かったです。所々、石段が設えてあります。
この場所は、2007年の台風14号が引き起こした土石流により、登山道が流出しています。観光地の一画ですが、山を甘く見ると大変なことになりますので、少なくともスニーカーで来られるのがベターと思います。 -
弥山 閼伽井堂(あかいどう)
登山道から脇道を少し下った所にあるお堂です。道標や案内板がないので、見落としてしまうことが多いのでは?
お堂の中には不動明王が祀られ、床には底のない壷が埋められています。壷の中にはこの辺りから湧き出ている水が貯まっていますが、この水は、弘法大師が弥山で修行した時に、仏前に供えられた清浄水(アカ水)と云われています。いかなる干ばつ時でも涸れることはないそうです。 -
弥山
本堂直下の石段には石垣が組まれ、その上には今にも転がり落ちてきそうな球形をした大きな岩が行く手を阻むように立ち塞がります。
隣にいる人と比べるとその大きさが分かっていただけると思います。 -
弥山
本堂への最後の石段です。その頂上には不動明王が厳つい顔つきでお出迎えです。その左側には、帽子を被った小さなお地蔵様が佇んでいます。頬が緩くなり、ホッとできる瞬間です。 -
弥山
こちらのお地蔵様は帽子が取れてしまったのでしょうか?
その他、サングラスをかけたお地蔵様までいてサプライズの連続です。 -
弥山 本堂
獅子岩駅から15分強で到着です。
求聞持堂とも言われ、虚空蔵菩薩を本尊に不動明王、愛染明王、弘法大師が祀られています。真言行者の秘密連行場で、唐から帰国した弘法大師が霊地を探し求めて厳島に立ち寄った際、100日間の求聞持の修法を行なった場所と伝えられ、阿波の大龍獄、土佐の室戸崎と共に日本三道場のひとつに数えられています。
それにしても、本堂前にいる真ん中の女性の靴を見てください。かなり上げ底になっており、よくぞこの靴でここまで登ってきたものです。怖いもの知らずというか、痛くないのかって感じです。これも今の時代を象徴しているのでしょうか?少し複雑な心境になります。自分はさておき、人に迷惑がかかることが読めないのでしょうね。時間をかけて歩けば問題ないのかもしれませんが、突然の雨でぬかるんだ時のことを想定すれば無謀としか言いようがありません。皆さんは、反面教師としてくださいね! -
弥山 本堂
本堂の掲額は、明治の元勲 伊藤博文の直筆によるものだそうです。
広島名物のひとつに「もみじ饅頭」がありますが、この名の由来をご存知でしょうか?
これにも伊藤博文が係っています。伊藤博文が茶店の娘の手を見て「紅葉のような手だ。焼いて食べたらおいしいだろう」と言ったことに由来するそうです。 -
弥山 本堂
本尊に祀られた黄金の虚空蔵菩薩は、すっきりとした端麗な表情をしておられます。空を支配する菩薩ですので、この場所は最もふさわしいと言えるでしょう。脇には不動明王と毘沙門天が祀られています。 -
弥山 本堂
煌びやかな天蓋があります。これも金ピカです。 -
弥山 本堂 梵鐘(重要文化財)
高さ122cm、口径69cmの梵鐘。1172年に大聖院の前身とされる弥山水精寺に平清盛の三男 平宗盛が寄進した旨の刻銘がある梵鐘で、「宗盛の梵鐘」と呼ばれています。厳島の多々良で鋳造したものとも伝えられています。撞座及びその位置、龍頭の製作や形式が平安時代の特色をよく示しています。
梵鐘の後ろには、胎蔵界曼荼羅が置かれています。 -
弥山 本堂
本堂前には霊火堂の「消えずの火」の灰を混ぜて作った「ねがい地蔵とごめんね地蔵」がひっそりと佇んでいます。お地蔵様の足元には、参拝者の願いが込められた小さな地蔵たちが置かれています。自分の願いや懺悔の気持ちをこのお地蔵様に託し、ご真言「おん かかかび さんまえい そわか」と三回お唱えくださいと書かれています。
本堂の右側には神秘の山 弥山7不思議のひとつである錫杖の梅(しゃくじょうのうめ)があります(写真は撮り忘れました)。八重の紅梅で、弘法大師が立てかけた錫杖が根を張り、ついには梅の木になったという不思議な話が残っています。毎年初春には、八重紅梅が美しく咲いて、酸っぱい香りが漂うそうですが、山内に不吉な兆しがあると咲かないと言われています。実際、火災や先代の住職が亡くなった年には咲かず、精霊が宿るとされています。 -
弥山 霊火堂
806年、大聖院を開いた弘法大師が弥山山頂で100日間に及ぶ求聞持の秘法を修して以来、今日まで1200年以上も途絶えることなく不消霊火堂の中で護摩の火が燃え続けています。この火に掛けられた茶釜の霊水は万病に効くと言われ、これを求めて多くの人々が訪れます。また、この霊火は、広島市の平和記念公園の「平和の灯火」の元火にもなり、1901年に操業を始めた八幡製鉄所の溶鉱炉の種火ともなりました。 -
弥山 霊火堂
お堂の中は煙が充満し、息苦しいほどです。「この煙も目薬」とのことなので、ありがたく頂戴してきました。
因みに、霊火堂は2005年5月5日に出火し、全焼しています。しかし、火は燃える直前に僧呂が蝋燭に灯して持ち出して無事でした。
出火の日付が、555とぞろ目であるのが何とも不思議です。 -
弥山 霊火堂
暗いお堂の奥には不動明王が佇んでおられます。どこかで拝見したお顔とおもいきや、先ほどの石段の頂上に凄んでおられたお方でした。 -
弥山 霊火堂
2005年の火災による霊火堂の焼失により、偶然にもお堂の後の巨岩に天狗の顔が発見されました。弥山には昔から天狗が棲んでいるという伝説があるだけに、この発見は何かしらの因縁を思い浮かべさせます。尚、現在のお堂は2006年に再建されたものだそうです。
天狗の顔が分かりますか? -
弥山 霊火堂
天狗の顔は、このように見るのだそうです。 -
弥山 霊火堂
正直な所、当方には優しい笑顔のお母さんしかイメージできませんでした。
皆さんにはどのように見えましたか? -
弥山 三鬼堂
日本で唯一鬼の神を祀る古刹。鬼の神とは「宮島のさんきさん」と呼ばれる、魔羅(まら)鬼神(空虚蔵菩薩の化身)、追帳(ついちょう)鬼神(大日菩薩の化身)、時眉(じび)鬼神(不動明王の化身)の三鬼神で、福徳、智恵、降伏の徳を備えた弥山の守護神。
全国の天狗が集まり、強大な神通力で生きとし生けるもの全てを加護する霊験あらたかなお堂です。家内安全・商売繁盛にご利益があり、伊藤博文の信仰が厚く、当時7000円の浄財を出して登山道を整備し、頂上からの景観を好んだそうです。三鬼堂の掲額も伊藤博文公の直筆だそうです。 -
弥山 三鬼堂
三鬼神のことを「三鬼大権現」と呼び、三鬼大権現の教えによる「人々が安らかに満ち足りた日を過ごすことが出来ますように」という言われがあるそうです。 -
弥山 三鬼堂
太郎坊(京都の愛宕山に住むという天狗)、次郎坊(滋賀県の比良山に住むという天狗)を初め日本国中の大小天狗を眷属に随え、神通力を以て衆生の心願を満足せしめ給う威徳広大、霊験あらたかな神として祀られています。
そして、三鬼の使者がこれまた強い神通力を持つと言われる烏天狗。従って、三鬼大権現のパワーは揺るぎないものだと思います。 -
弥山
文殊堂・観音堂に向かう途中に岩の上に鎮座する石像がありました。その周りにはケルンのように石が積まれていました。さすがに青い空を背景にしているので、賽の河原を連想させるような雰囲気はありません。 -
弥山 文殊堂
三鬼堂から少し登った所にある文殊堂は学業の仏様で、智恵を授ける文殊菩薩を祀っています。 -
弥山 観音堂
お隣の観音堂には観音菩薩を安置。こちらは安産の仏様です。 -
弥山
山頂に近づくに連れ、いよいよ巨石が目立ってきました。
こちらは縦に亀裂が入った巨石が積まれています。この巨大な岩の上が頂上になります。 -
弥山 不動岩
2本の柱石が巨大な盤石を支えてできた石洞に、不動明王が安置されています。石の門柱とも呼ばれ、柱石にかぶさる巨石の底面は平坦で人工的な趣を感じさせるものがあり、誰かが意図的に造った遺跡ではないかと思うほどです。大自然の驚異としか言いようがありません。
因みに、2001年の芸予地震で一部が崩落したそうです。 -
弥山 不動岩
かつてこの不動岩の右後方には「毘沙門堂」というお堂があり、明治中期までは京都の清水寺のように岩の上に井桁を組んだ建物だったそうです。その後の再建で井桁は取り除かれましたが、その土台となる大きな岩には、今でも桁受けの跡が残っています。 -
弥山 不動岩
階段を上ると岩で囲まれた石洞の中へ入ることができます。天井は真っ平らで、天然というよりも人工的な匂いすら感じられる異空間です。 -
弥山 不動岩
石段があり、右の岩の脇に出られる空間があります。かつて毘沙門堂があった場所らしいです。ロープが張られていなかったので立ち入り禁止ではないと思いますが、危険な場所であることは間違いありません。
ここから見ると、まさに奇跡としか言いようがない光景を目の当たりにします。もしこの瞬間に地震でもあれば、崩壊の危険がないとも限りません。長居は無用ですので、写真を撮ってそそくさと登山道へ戻ります。 -
弥山 くぐり岩
不動岩のすぐ先に立ちはだかるのは、くぐり岩です。ここを潜れば弥山山頂へあと一息の所にあります。巨大な岩が折り重なった自然のトンネルで、通称「くぐり岩」と呼ばれる奇岩です。通路は石段になっています。
丁度、人が潜っている最中ですので大きさを比べてみてください。 -
弥山 くぐり岩
少し遠めに全体が分かる構図にしてみました。
頂上に向かう人が絶えないので、人がいない景観を撮影するのには、少し待ち時間が必要です。ラッキーなことに人が途絶えました。 -
弥山 くぐり岩
トンネルの空間です。
因みに、ここ数年来の地震により、高さが段々低くなってきたと言われています。ですから、ここもゆっくりトンネルの醍醐味を味わう空間ではありません。足早に通過します。クワバラ・クワバラ! -
弥山 山頂 龍燈の杉
旧正月初旬の夜になると厳島周辺の海面に現れる謎の灯りを龍燈と言い、この龍燈が最もよく見える弥山頂上の大杉は「龍燈の杉」と呼ばれていました。現在、この杉は枯れてしまい、このように切り株だけが残されています。はたして、この龍燈の正体は何だったのでしょうか?
因みに、1922年には、かのアインシュタインも弥山に登ったそうです。
背景は、現在工事中の展望台です。 -
弥山 山頂からの景色
展望台が改装中なので近くに立ち寄れません。展望台からは360度の眺望ができるとの触れ込みでしたが、生憎こんな風景しか俯瞰できませんでした。
写真撮影等で時間を費やしたので、持ち時間50分の内30分を消化してしまいました。
山頂にはストーンサークルを彷彿とさせる巨大な石が並び、一番大きい岩は神が鎮座するという磐座石(いわくらいし)。高さ5mもあります。巨石群は山岳宗教の道場としてふさわしく、弘法大師の修法の場と伝えられています。
磐座石は、第二次大戦中、日本軍が鉄筋を打ち込んで海防の拠点となる監視所を設け、戦後は展望台として開放された歴史があるそうです。1955年に全てが取り払われ、神が鎮座するとあがめられてきた以前の姿を取り戻したそうです。 -
弥山 陰陽石
頂上からの石段を降りて振り返ると陰陽石が見られます。石段の左側に横たわる岩が陽石(男性のシンボル)、一番上の頂上にある岩が陰石(女性のシンボル)だそうです。かつては、この陽石は陰石と仲良く寄り添うように屹立していたそうです。しかし、1997年の記録的な豪雨によって陽石が倒れ、階段の横に横倒しになったのだそうです。 -
弥山 干満岩
石段を下る途中に、前方へ大きく傾いた巨岩が見えてきます。この干満岩は、その名の通り、側面に開いた直径10cm程の穴に溜まった水が潮の満ち引きに合わせて上下すると言われます。更には、その水には塩分が含まれているとか?
岩穴は標高500mの地点にあり、未だに科学的な証明がなされていない不思議な現象だそうです。 -
弥山 干満岩
丁度、満潮の時間帯なのですが、穴には水がなく、穴の底が湿っている程度でした。時には、こんなこともあるのでしょうね!? -
弥山
干満岩のすぐ下に、巨岩に十字にクラックが入ったものがありました。
元は一枚の岩だったのでしょうが、手前は天井だけを残してどこかへ行ってしまっています。ただ、不動岩同様に天井は見事に平坦になっています。その下は重みに耐え切れないのか、十文字にクラックが入り、崩壊寸前の体です。花崗岩は、クラック部に雨水が浸透するとクラックに沿って風化が進み、もろくなるそうです。
この岩も、長い年月をかけると不動岩のような奇岩に変身するのかもしれません。 -
弥山
何かいわくでもあるのか、十字のクラックの中心右上には小さな石像が安置されています。奥行がないはずですので、直接彫られているのかもしれません。誰が、何時の時代に、何の目的で行ったのでしょうか?興味津々ですが、ネット情報を探し切れていません。情報をキャッチし次第、アップデートさせていただきます。乞御期待。 -
弥山 舟岩
干満岩の下方にあり、平ぺったい形が舟の姿に似ていることから「舟岩」と呼ばれるユニークな奇岩です。舟に乗ってるのは、根がむき出しになった木々。岩の上に種子が舞い落ち、発芽してすくすくと育った根性のある木々たちです。 -
弥山 舟岩
岩陰に祀られた舟岩地蔵は、江戸後期の「芸州厳島弥山之図」にも描かれているそうです。見事に周りの大自然と同化しています。 -
弥山 大日堂
元々の堂宇は、弘法大使が修法の道場として建てたお堂と言われています。
厳島神社の神護寺として勢力を持ち、明治以前は正月7日間全島の僧が登山し、修正会を勤修し、国家の隆昌を祈願した道場です。本尊は両手で定印と智顕印を結んだ2体の真っ赤な大日如来でした。
大日堂の石段を降りた所に簡易トイレが設置されています。 -
弥山
本堂を通過し、土石流で歩道が崩壊した所から獅子岩駅方面を望みます。 -
弥山 獅子岩駅
ロープウェイから俯瞰した景色です。
予定通り集合時間の40分前に獅子岩駅に到着し、45分発のロープウェイに乗ろうとしましたが、定員オーバーで5分強待たされました(臨時便)。もしも15分待たされたら、集合時間には間に合わなかったでしょう。危うい所でした。
また、雷雨や風が出た場合にも止まってしまうので注意ください。 -
弥山
こうして改めて眺めてみると、山の至る所に巨石が露出しているのが判ります。
集合時間までのタイムリミットは35分。そのうち、20分強をロープウェイの乗り継ぎ等で消化し、15分弱で紅葉谷駅から宮島桟橋まで早足で戻ることになりました。汗だくでした。でもツアーの皆さんに迷惑をかけなくてよかったです。皆さんはもう少し余裕を持った計画を立ててくださいね!
宮島口でランチに地アナゴ釜飯御膳をいただき、その後、山口県岩国市にある奇橋 錦帯橋へ向かいます。この続きは、③錦帯橋・壇ノ浦編でお楽しみください。
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