2012/06/03 - 2012/06/08
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JIC旅行センターさん
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■短い夜
セルゲイ氏、リュドミラさん、ジーマ君と私の4人で、小さなテーブルを囲み、リュドミラさんが買ってきてくれたピロシキで夕食をとる。野菜(キャベツ)と魚肉と果物(チェリー)の特大ピロシキが3つもそろっている上に、セルゲイ氏がサラミソーセージを大きなサバイバルナイフで切り出してくれるから、半分も食べないうちにもう満腹。しかし、セルゲイ氏は当然のごとく、小さなコニャックの瓶を取り出し、「さあ、一杯!」と差し出してくる。瓶のキャップで回し飲みをしながら、ピロシキを無理にでも胃袋に押し込む。こうしてキーロフにむかう列車旅の夜は更けていった。
「夜は更けていった」はずなのだが、もう乗車してから3時間近くたつのに、窓の外は相変わらずモスクワで乗り込んだときと同じ明るさだ。6月は太陽がもっとも北に上がる時期。北極圏では白夜の季節だ。モスクワの緯度はそこまで高くないが、夜10時を過ぎても外は十分に明るい。11時近くになってようやく薄暗くなり、短い夜が訪れた。明日は行進の初日、20kmほど歩かねばならない。寝不足は禁物だ。ベッドに身を横たえたが、ガタン、ゴトンと揺れる車輛にしばしば眠りを破られる。ふと目を覚ますと午前2時半、外はすでに明るくなっている。3時半になると地平線の向こうからオレンジ色の太陽の光が力強くのびてきた。
■同行者がそろう
6月3日午前07:30、列車は定刻にキーロフ駅に到着した。小雨が降ったのか、ホームのところどころに小さな水たまりがある。曇天。外気は12-13度か、かなり涼しい。リュドミラさんの顧客であり友人であるジーマ氏が車で出迎えてくれる。フォルクスワーゲンの7人乗りワゴン車でジーマ氏のアパートに向かう。
アパートの部屋の一角には、ジーマ夫妻が買い揃えてくれたペットボトル入りの水や携帯ガスバーナー(湯沸し)、缶詰、インスタント食品などが山と積み上げられている。ダニよけスプレーもある。
担いできたリュックを開け、各自が持ち寄った荷物を一度出して、ジーマ氏のアドバイスに従って持っていくもの、持っていかないものに振り分ける。荷物を軽くするために、衣類、寝袋、その他の必需品を厳選し、空いたスペースに食糧と水を詰め込んで、各自分担して持つ。
セルゲイ氏はリュドミラさんからよほど「道なき道」の悪路を歩くと聞かされていたらしい。大きなリュックから、大量のインスタント・カーシャ(粥)、携帯ガスバーナーとともに、斧やノコギリが出てきたのには驚いた。もちろん、ジーマ氏のアドバイスに従って不要な「大工道具」はアパートに置いて行った。食糧と水の半分は3日後にジーマ氏の部下が中間地点まで車で運んでくれるとのこと。助かった。それでもリュックに入りきらない食糧は小さなバッグに入れて持つことにした。
キーロフのジーマ氏は40歳くらい。小柄だがスポーツで鍛えた精悍な体つき。キーロフ市内で2つのレストランを経営するビジネスマンだ。奥さんのスベトラーナさんは、新聞、雑誌などの出版社勤務。小柄な美人だ。イリヤ君(14歳)、ニキータ君(10歳)の二人の息子と、スベトラーナさんの同僚(エカテリーナさん)を加えた5人が今回のジーマ・チームの陣容だ。一方、リュドミラ・チームは、私とジーマ君、セルゲイ氏、そして前日からキーロフに来ているはずのユーリー氏(リュドミラさんの高校時代の先生)の5人。合計10名でキーロフ行進の間、行動を共にすることになっている。
実は、あとで知ることになるのだが、行進の同行者はもっと多かった。ジーマ氏のレストランのコック長、アンドレイ氏とジーマ氏の幼馴染みのロマン氏らもそれぞれ子供連れで参加していたのだ。お互いに休憩地で休む場所を毎年同じ場所に決めているようで、休憩地に着くたびに前に見た顔に出会うので不思議に思っていたら、何のことはない、皆友人同士だったのだ。
朝食を食べ、荷造りが終了したら、早速アパートの外に出てジーマ一家の準備ができるのを待つことにする。リュドミラさんが、オレンジ色のスプレー缶を取り出して、皆を呼び集める。足元の靴からズボン、上着、帽子と、顔以外の全身にスプレーを振りかける。靴とズボンの裾には特に念入りに振りかけ、ついでにリュックサックにもスプレーする。シベリア・ダニは足元から這い上がってくるのだ。
スプレーの臭いは独特で、かなりきつい。日本で買ってきた虫よけスプレーもよく似た臭いなので、成分は近いのかもしれないが、オレンジの鮮やかな地に黒々と大きなダニの図柄がついたロシアのスプレーの方が何倍も効果がありそうな気がして、体中に振りかけてもらった。
待つうちに、エカテリーナ(愛称カーチャ)さんが夫に車で送られてやってきた。ほどなく、ジーマ夫妻と二人の息子たちが下りてきて、全員がそろう。出発地点である聖トリフォン修道院へと歩き出した。
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■聖トリフォン修道院
修道院の入口に到着すると(10:20)、十字架行進がちょうど始まったところだった。十字架と旗を先頭に、人々が次から次へと溢れるように歩き出てくる。数千人の人々が歩く道路の端を逆行して修道院の中に入る。随分たくさんの人々が出て行ったはずなのに、修道院の中にはまだ多くの人々が残っており、あちらこちらで話をしたり出発の準備をしたりしている。
修道院で、もう一人の参加者、ユーリー氏と合流した。リュドミラさんの高校時代の先生なので、私も敬意をこめて、ユーリー・セルゲービッチ先生と呼ぶことにする。年齢は70歳代前半。豊かな髭をたくわえた仙人のような風貌。ロシア正教でいう「隠遁者」というのはこういう人かと思いながら、その所作を観察する。歩きながら、ときどきゆったりした動作で腕を上げ、体の前で十字を切る。聖書の一説を暗唱しているのか、口の中で何事か小さな声で呟いている。目が合うとにっこり笑う笑顔がとても無邪気で人なつっこい。高校ではさぞかし人気のある先生だったんだろうなと思う。
全員がそろったところでさあ出発と思いきや、まだまだジーマ氏とリュドミラさんの号令はかからない。みんなどんどん修道院の敷地の奥へと進んでいく。出発前にまだやることがあるようだ。
まずは、修道院の裏手回って、そこに湧きだしている「聖なる水」を両手に受けて顔を洗い、心を清める。次いで修道院の中に入る。薄暗い部屋のあちこちにイコン(聖画像)が掲げられ、ロウソクの火が揺らめいている。イコンの前で祈る人、細長いロウソクに火をつけて供える人、イコンを覆うガラスに口づけしている人もいる。静かで厳かな空気が流れる。私もイコンの前で日本式に両手を合わせ、「これから十字架行進を始めます。無事に最後まで歩き通せますように」と心の中でつぶやく。
一通りのあいさつを済ませて、全員で記念写真を撮ってから修道院を出発した時には10:50になっていた。 -
■先頭から30分ほど遅れてゆっくりと歩く
リュドミラさんによれば、今年のキーロフ行進の参加者は3万人以上。先頭集団について行くと人ごみに揉まれて歩きにくい上に、仲間からはぐれて迷子になりやすいので、ジーマ家では先頭集団が出発してから30分?60分後にゆっくりとついて歩くことにしているそうだ。なるほど、もう先頭が出発してから30分以上たつが、前後左右にはまだたくさんの人が、三々五々、小さなグループを作って歩いている。
歩き出しは誰でも元気一杯、つい口数も多くなるようだ。リュドミラさんは、ユーリー先生やセルゲイ氏としきりに話しながら歩いて行く。一番小さなニキータ君がスベトラーナさんと手をつないで、まとわりつくように歩いている横からカーチャさんが何か話かけている。ジーマ氏はといえば、初めてこの町を訪れた私のために、この建物は銀行、あれはカザン聖堂と、あれこれ説明しながら歩いてくれる。
やがて道は市街地を通り抜け、郊外へと続く広い道路に出た。長い橋を越えてビャートカ川を渡るころには、先を行く人々のうしろ姿がどこまでもつながっているのがよく見えてくる。もう30分は歩いただろうか。肩にリュックの重さが食い込んでくる。簡易舗装の広い道はどこまでも伸びている。空が晴れ、太陽の日差しが降り注ぐ。気温が上がり、汗ばんでくる。
約1時間半歩いて、最初の休憩地トリニティ修道院に到着した(12:15)。敷地内は人で溢れ返っている。わずかに残った草地にマットを敷き、腰を下ろす。さっそく昼食の用意。ジーマ氏とセルゲイ氏がバーナーで湯を沸かす。スベトラーナさんとカーチャさんがキュウリやトマト、サラミソーセージを並べる。リュドミラさんがインスタント麺のカップやパンを取りだす。カップ麺かと思いきや、これがインスタント・ポテトだった。湯を注ぐだけで、マッシュポテト(mashed potato)ができあがる。バター味がきいて結構いける。安藤百福翁が発明した即席めんは、ロシアにも浸透し、次々と新しいメニューを生み出しているようだ。
行進はまだ始まったばかりだ。ちょっとしたピクニック気分で、昼食を分け合い、たっぷりと休憩をとる。
13:30になった。野太い祈りの声が響き渡り、修道院の鐘が乱打される。カランコロン、キンコンキンコンが交じりあい、軽快に鳴りつづける音のシャワーの中で、十字架と聖ニコライのイコンが動き出し、行進が再開された。先頭から20分ほど遅れてわがジーマ隊も出発。鐘はまだ鳴りつづけている。
(つづく)
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