2012/05/10 - 2012/05/11
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norisaさん
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京都には学生時代下宿していましたが、学生時代はそれほど社寺に興味がなく(今思えばもったいないことですが)京都御所を見学したことがありませんでした。
今回仕事の都合で関西に向かう機会がありました。そのチャンスを生かして御所見学をさせていただきました。
京都御所は京都御苑の中にあります。御苑は自由に出入りできますが御所は春秋の一般公開以外は事前許可制です。
京都御所は鎌倉時代中期から明治時代初頭まで歴代天皇が住んでいた宮殿をさします。また隣接した京都大宮御所は、現在は天皇、皇后、皇太子及び皇太子妃の京都府への行幸啓(旅行)の際の宿泊や国賓の宿泊に使用されているそうです。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 新幹線 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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-
久々の京都駅です。
昨年の紅葉見学以来ですから半年ぶりですね。 -
すんごい数の修学旅行生がいます。
昔はこうだったのかとーーー。 -
御所の周辺を歩きます。
植木は立派ですがお堀はありません。
しかし、このことに疑問を感じる日本人はあまりいないようです。
御所には二条城や他の日本のお城にある堀というものがありません。
これが何を意味しているかというと天皇は外部からの攻撃に対しほぼ無防備だということです。それは約2000年弱以前に日本を統一し、5,6世紀に確立した天皇制というものが如何に強固かつ独占的な権力を誇ったということだけでなく、神聖にして侵すべからざるものというイメージを確立することに成功したことを意味します。
もちろん外国の侵略が事実上不可能な島国だからできたということもあります。欧州でもアジアでも城は高い城壁や堀、湖、河や海あるいは絶壁などによって防御を固めているのが普通です。
つまり御所は城ではなく、ほぼ絶対に攻め込まれない精神的バリアーによって警護されていたというべきでしょうか!?
そんなソフトな、しかしかなり堅固なバリアーで守られた例はとても珍しく、ある意味で日本人の特質を物語るものかもしれませんし、別の解釈では日本を統一した天皇家の巧妙な防衛戦略なのかもしれません。 -
しかし、日本史は謎だらけと言って良いでしょう。
世界4大文明(エジプト、チグリスユーフラテス、インダス、黄河)はいずれも4000年程度にもわたる古いものですが、ある程度歴史が判明しています。その理由は文字の存在でした。もちろん完全に正確ではないのでしょうが、ある程度の推測はできます。
それに引き替え日本史は縄文人から弥生人の交代、その後の豪族の林立、そしてヤマト王朝の統一などは状況証拠からの推測です。
出雲にあった大国主の命さんの王朝がヤマト王朝によって滅ぼされて以後日本全土(北海道、東北の一部、沖縄を除く)を統一した軍事力と政治力は今考えても偉業ではあります。というのは武家社会以後の源平や足利氏、あるいは信長、秀吉、家康の日本統一時の苦労を考えればーー。
日本書紀や古事記はありますが、それは後の為政者のバイアスがかかっていることは否定しがたいのも事実です。
いずれにしろ謎の多い日本の歴史ですね。
いよいよ入門します。 -
お車寄せだそうです。
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紫宸殿を取り囲む塀と月華門。
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紫宸殿の正面にある承明門です。
見学者が多くいます。 -
その迎えにある建礼門です。
建礼門は開門されるのは天皇や国賓の来場や一般公開など、特別な行事の時だけだそうです。
通ってみたいですね! -
紫宸殿です。
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紫宸殿は御所の正殿で、天皇の即位式、立太子礼などの最重要儀式が執り行われた最も格式の高い建物です。広さは33メートル×23メートルほどの質素な造りです。内部には天皇皇后の座があります。それぞれ高御座(たかみくら)、御帳台(みちょうだい)というそうです。
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回廊の朱色は余りに鮮やかです。
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細部のこだわりがわかります。
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東側には建春門があります。
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春興殿をのぞみます。
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屋根の構造を解説したものです。
説明を聞くとかなり英知を結集したものであることが理解できます。 -
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小御所前の呉竹という有名な植え込みも鮮やかです。
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今回のガイドさんです。
声もとおり説明も面白いですし、親切です。
次回もこの方に説明して欲しいですね(笑) -
御池庭に到着します。
これは欅橋というそうです。 -
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木々が新緑の中で成長しつつあります。
当日は快晴ではありませんが、時折日の出る暖かな陽気でした。 -
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蹴鞠の庭だそうです。
サッカーの起源?
なでしこガンバレ!? -
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だんだんと皇室のプライベート空間に入っていきます。
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しかし、そこで発見したものはーーー!
この時見学者の最後尾にいたのでこの鳥さんを見つけたのは私ひとり。 -
なんとも優美なひと時です。
見学者は皆行ってしまいましたがシャッターを押します。 -
やがてこちらに気づいたのか静かに立ち去ります。
ご出演ありがとうね!? -
お庭は新緑に包まれていて目にまぶしいくらいです
。 -
こういう良い環境だと良い政治ができそうなーーー?!
しかし、確かに手入れの行き届き、かつ設計も巧みな名園です。 -
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新緑とオオムラサキ、素晴らしい色の対比です。
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ガイドさん、どうもありがとうございました!
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広場を最後に見学を終えます。
この広場は元来は女官たちの宿舎があったそうです。
しかし火災予防のため撤去されたとかーー。 -
御所を出て散策していると多くの外人さんに出会いました。
震災から一年経ち徐々に来日観光客も増えているようです。
ありがたいことです。
京都だけでなく東北や北関東、日光などにも行ってくださいね!!!
念願の京都御所を見学できたありがたい日になりました。
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この旅行記へのコメント (20)
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- 墨水さん 2013/06/15 23:52:51
- 元々、堀はない。
- 初めまして、norisaさん今晩は。
元々は、植え込みではなく塀が有りました。
御所の回りは公家や貴族達の屋敷があり、これらに仕える家臣達の仕事場や宿舎として建物が有りましたが、「禁門の変」「蛤御門の変」で焼けてしまいました。
現在は、植え込みで誤魔化してます。(笑)
さて、日本の城には元々堀はありませんでした。
そもそも、武家は館に住んでいました。
室町幕府の「花の御所」と言われた館も堀はありませんでした。
戦国時代の城は山城が基本ですので、堀は有りません。
(空堀は有りましたが。笑)
豊臣秀吉が大阪城を築いた時に、城を取り囲む様な堀が出現しました。
これ以降に築かれた城には、堀が造られる様になります。
歴史上、日本を完全征服した武家は居ません。
(完全制服は、事実上不可能ですから。)
権力者は、征夷大将軍(又は関白職)の称号を得ようと、我先に京都に上洛していきました。
(虎の威を借りる狐でした。)
この方法が、一番手っ取り早い。
また、天皇家も南北朝時代のように、天下に天皇が2人いた時代が有ります。
平安時代は院政の時代ですから、天皇と法王が存在して権力を二分していました。
武家は、どちらに付くかで運命が決まる時代でした。
どちらが正義か、正統かではなく、生きるか死ぬかの決断を武士は求められる時代でした。
御先祖様は、生き抜いてきたんですね。
墨水。
- norisaさん からの返信 2013/06/16 06:04:20
- RE: 元々、堀はない。
- 墨水さん、
おはようございます。
はじめまして。
詳細なご解説やご教授ありがとうございます。
日本史は全く専門外ですので疑問だらけですが、いろいろ教えていただいて疑問の一部が氷塊しました。
堀が昔は空堀というのは聞いたことがあります。
たしかに水を引き込みかつ維持するのは大変ですからね。
昔の覇者、または覇者候補は今の政治家以上にギラギラしていたわけですね。
今後ともよろしくお願いします。
norisa
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- デブと某医さん 2012/08/24 10:30:21
- 私も学生時代を
- はじめまして
私も学生時代を京都で過ごしました、6年間…。
御所の一般公開には二度、行ったように思います。
日本(朝廷)史への疑問、同様かどうかわかりませんが、感じました。
学生時代に読んだ松本清張「古代史疑」は、
歴史家の歴史…よりはるかに簡潔明快に解き明かしている、と思いました。
遺跡というものの見方、考え方については
立花隆「エーゲ」が印象的でした。
今年、トルコに行ったとき、同行の方から紹介され帰って早速読みました。
もう一度、トルコを(トルコに限らず古代遺跡を)訪ねたくなる書でした。
旅というものは、復習することは結構ありますけど、予習はなかなか…。
いずれも、「専門」書ではありませんし、1〜2日で読める分量、
私のようなズボラな人間にはもってこいの書でありました。
末尾ながら、私の拙い旅行記をお読み(投票)下さりありがとう存じました。
norisaさんの益々のご活躍と素晴らしいご旅行を心よりお祈りいたします。
2012.8.24 デブと某医 拝
- norisaさん からの返信 2012/08/24 13:34:39
- RE: 私も学生時代を
- デブと某医様、
御丁寧に書き込みありがとございます。
そうですか!大学院も京都にいらっしゃったのですね。
京都は修学旅行では興味深く回りますが、住んでみると古寺や神社が街並みに溶け込んでありがたみが感じなくなりました。
離れて再度ありがたみを感じた次第です。
歴史をあらためて勉強しますと過去教科書で習った歴史は嘘ではないものの表面的なことを再認識しますね。
もちろん著者により異論がありますので評価には見識がいりますがーーー。
今後ともよろしくお願いします。
norisa
-
- りりこさん 2012/06/19 20:39:03
- 私も同じです。
- こんばんは
京都で学生さんやってらしたんですね。素敵ですね〜
私は京都で結婚式をあげました。
で、ちょっとの間、京都に住んだのですが覚えているのは平安神宮のしだれ桜が濃いピンクで綺麗だったことぐらいしか覚えていません。
今になってみるともったいないことをしたってことが多々ありますよね。
- norisaさん からの返信 2012/06/20 06:26:22
- RE: 私も同じです。
- りりこさん、
メッセージありがとうございます。
そうでしたか。京都にお住まいでしたか。
でも住んでいると、そこのありがたみは感じませんね。
そういう意味で、今住んでいる神奈川県を大事にしようと考え直している次第ですーーー。
またよろしくお願いします。
norisa
-
- 一歩人さん 2012/06/01 05:48:16
- 久しぶりの御所が懐かしかったです
- norisaさんへ
ふ、ふ、いいですね。
地元のようなとても丁寧な歩き方で、うらやましかったです。
私は、もっぱら興味本位で、御所のまえの虎屋さんとか、
金剛流能楽堂とか、京都の和菓子さんとかも気になります。
東京では、唯一、京和菓子教室があり、学芸大駅近所にあり、2年通いました。赤坂御所前の虎屋さんには、和菓子博物館があり、以前は、企画展のたびに行きました。
でも、和菓子はやっぱり京都です。
ふ、ふ、花よりだんごへ話題がそれたので、このへんで失礼しま〜す♪
ありがとうございました。朱色がとても美しくもあり、こうごうしかったです。
- norisaさん からの返信 2012/06/01 06:28:31
- ご訪問ありがとうございます。
- 一歩人さん、
おはようございます。
ご訪問ありがとうございます。
御所は全く初めてでしたので全てが新鮮でした。
やはり威厳というか歴史の深みを感じますね。
とても和菓子がお好きなようですね。
なかなか東京では京和菓子がないというのは知りませんでした。
私はもっぱら甘いものよりもお酒とつまみ、甘いものなら洋菓子という国賊?なのでスミマセン(笑)
またご訪問いただければ幸いです。
norisa
-
- 潮来メジロさん 2012/05/23 01:21:26
- アオサギですね。ヾ(^o^)
- norisaさん、こんばんは! ヾ(^o^)
毎度、訪問&投票ありがとうございました。
御所には堀が無い。精神的なバリアーで守っている・・・。
なるほど、今迄あまり気にしておりませんでした。
中国やヨーロッパの国でも、皇帝や王様ってその時代の最も強い権力を握った人が、前の権力者を倒して即位していますよね。
日本の皇室のように、時の権力者とは別に、長く続いているのは、世界的にみても、きっと珍しい存在なのでしょうね。
> なんとも優美なひと時です。
>
> 見学者は皆行ってしまいましたがシャッターを押します。
この鳥さんは、アオサギ(蒼鷺)ですね。
本州や四国では留鳥なので、一年中見られます。
ではまた・・・。(^o^)/~~~
(潮来メジロ)
- norisaさん からの返信 2012/05/23 06:05:46
- RE: アオサギですね。ヾ(^o^)
- 潮来メジロさん、
書き込みや投票誠にありがとうございます。
さらに鳥さんの名前も!
norisa夫妻、魚の名前ならすぐ数百は出てきますが、鳥さんの名前はスズメやカラスなど10種類がせいぜいでしょう(笑)
京都御所は元京都在住者として恥ずかしながら初見学だったのでとても新鮮でした。
日本も防衛力など持たなくても安全なら良いのですが、あいにくこわーい国が近くに多いので無理ですね。精神的バリヤーでは???
さて、アメリカの旅行記を幾つかアップしようと思っているのですが、鳥さんの名前がわかりません。またのご訪問と種類の同定をしていただけると幸いです!
またよろしくお願いしますね!
norisa
- 潮来メジロさん からの返信 2012/05/23 10:48:09
- RE: RE: アオサギですね。ヾ(^o^)
- norisaさん、こんにちは! ヾ(^o^)
> さて、アメリカの旅行記を幾つかアップしようと思っているのですが、鳥さんの名前がわかりません。またのご訪問と種類の同定をしていただけると幸いです!
それは楽しみです。私にもわかるかどうか・・・でも勉強になります。
アメリカ旅行記upしたら、教えて戴けるとありがたいのですが・・・。
ではまた・・・。(^o^)/~~~
(潮来メジロ)
- norisaさん からの返信 2012/05/23 15:49:53
- RE: RE: RE: アオサギですね。ヾ(^o^)
- 潮来メジロさん、
御丁寧にありがとうございます。
不明な鳥が出てくる旅行記の際にはお知らせします!
よろしくお願いします。
norisa
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- n.arakiさん 2012/05/16 20:04:07
- いつも感心しております。
- norisaさん、こんばんは。
norisaさんの旅行記はいつも勉強になります。
こちらは、いつもですが内容よりビジュアルの方ばかり気になるものですから、
ついつい書く方はお座なりになってしまいます。
少しでも調べながらでも書き込むと違った興味も湧くのでしょうが、なかなか難しい。
旅行に行ってもガイドさんのお話はほとんど聞かずに、目が何かないかばかり探して
いますからね。
n.araki
- norisaさん からの返信 2012/05/17 06:16:08
- RE: いつも感心しております。
- n.arakiさん、
いつもお世話になります。
n.arakiさんに評価していただけるとは穴があったら入りたい(笑)心境ですが、素直に感謝いたします。
n.arakiさんのほうこそ最小限の記述で美しい画像を最大限に引き出せて感心ばかりしています。
まートラベラーさんそれぞれの個性があるのが面白いですよね。相互フォローさせているかたがたの中にはとても親切で細かいコメントがついている片や、無言で語りかける旅行記中心の方、勉強の素材にしたい方、癒し中心の方など多彩なのであきませんね!
今後もn.arakiさん流、norisa流でいきましょう!!
norisa
-
- たらよろさん 2012/05/15 21:45:23
- バリアーか。。。
- こんばんは、norisa様。
神聖なるバリアー、、、
精神的に侵さない場所。。。
もちろん島国ならではこその発想ですが、
今まであまり御所に対してこのように考えて見た事が無かったのですごく目から鱗でした。
確かに高く守る城壁も無いってすごい事ですね。
ガイドさんで面白くもつまらなくもなる見学。
素敵なガイドさんに当たって良かったですね♪
外国の方、、、たしかにかなり戻ってきたなぁ。。とは町を歩いてても感じる事ですね。
これからもよろしく〜外国の方様♪
たらよろ
- norisaさん からの返信 2012/05/16 05:47:46
- RE: バリアーか。。。
- たらよろさん、
書き込みありがとうございます。
日本全国のお城やヨーロッパのお城を見るとそんな感じがしました。一方ベルサイユ宮殿などは確かに防御という意味では御所的かも知れませんので御所固有というわけでもないのかもしれません。
ただ平治の乱などの例外を除き(平治の乱も内紛というかんじで、第三勢力による天皇家排除ではない)御所が攻撃、占拠されたことはないことからも何らかの精神的障壁があったようにも思えます。
ただ全くの素人考えなのでいろいろご指摘いただければ勉強させていただきます!
norisa
-
- みつひとさん 2012/05/15 21:42:49
- 日本史の謎
- こんばんわ
お堀がないことからの分析、素晴らしいです。
目からウロコです。
絶対に誰も攻めてこないという前提というか
確信があっての京都御所の造りということか。
うーむ納得しました。
みつひと
- norisaさん からの返信 2012/05/16 05:36:08
- RE: 日本史の謎
- みつひとさん、
ご訪問とご投票ありがとうございます。
京都御所にお堀がないのは平安京建設時に京都という自然の囲みがあるためだという考えもありますが、それでも本丸近くはもう少し防備を固めたいですよね。
それをその後も改造していないということ、藤原氏やそれ以後の武家も姻戚関係を深めたいとは望むものの攻撃・滅亡までを画策していないことを見るとかなり確立された神聖さがあったのでしょうか?奈良時代を含むそれ以前には天皇家や豪族を巻き込んだ抗争が頻発していたようなので8世紀以後に確固たる地位を築いたようですがーーー。
しろうと考えなので外れていたらご容赦ください。
norisa
-
- わんぱく大将さん 2012/05/15 09:41:04
- 日本は戦争に勝つ!
- norisaさん
同じく学生時代、京都で下宿していました。 その時は、ほんとどこも廻ってません、同じく。祇園祭見るより、実家に帰って、涼みたい人間のほうでした。
日本史専攻の学生でした。 そうですね、日本の歴史はおかみに有益な物が多く残されてますよね。 まあ、天皇制というのもその1つでしょうか。
周りが、そうさせたというのもあるかもしれませんが、天皇=神。 元寇の時だって、たまたまの風で、元軍に勝って、そこから又、神風がおこって、で、戦争時代もそれを信じてたというか。だから、日本は勝つ!と。
こう言う思想、どこからやってきたのでしょうか? オリジナルはどこでしょう?
大将
- norisaさん からの返信 2012/05/15 16:19:33
- RE: 日本は戦争に勝つ!
- 大将さん、
おお!そうでしたか!先輩!?(勝手に年上にしてスミマセン)
確かに学生時代は俗世間に興味がありますよね。
さて戦前、戦中は天皇制が軍部に悪用された気がします。
平安朝以後強い覇権意識を持たれた天皇は非常に少なかったような。
しかし、戦前の欧米列強の帝国主義の中で生き延びるためには富国強兵政策も狭い選択肢のひとつだったのかもしれません。
おっと、ここは旅行のブログでした。
次回作はエンターテイメントよりにしますね(爆)
norisa
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