2012/03/26 - 2012/03/27
183位(同エリア721件中)
旅姿さん
「東北新幹線全線開業1周年」を機に、JR東日本の「行くぜ、東北」キャンペーンに押され、青森県・下北半島に行ってきました。
♪ツアー旅行名は
『みちのく旅情...さいはての秘湯と津軽三味線 旬の味覚”大間のマグロ」とストーブ列車』
①3/26(月)
東京駅=(はやて15号)==七戸十和田駅----ほたて観音---大間崎【本州最北端の地】----斗南温泉(むつグランドホテル 泊)
②3/27(火)
斗南温泉---浅所海岸【白鳥飛来地】---黒石・津軽伝承工芸館【津軽三味線生演奏】---五所川原駅--【津軽鉄道ストーブ列車】--金木駅
--金木【太宰治の生家・斜陽館】---
新青森駅==(はやて40号)==東京駅
3月末とはいえ、春まだ遠い下北、津軽の旅でした。
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス 新幹線
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
PR
-
青森県下北半島のイメージ図
-
東京駅発7:32 【はやて15号】へ
-
七戸十和田駅着10:54
”よぐきたねし青森 ” -
七戸十和田駅まえ
外にでると風が冷たくひんやり-- -
待ち受けた観光バス2台に分乗 11:10。
今回のツア-客は84名。
学校が春休みとあって、子供連れの家族が目立ち
ました。
25日出発と26日出発と2回あり、
どちらも満員の盛況だったそうです。 -
国道4号線を北へ。
予め予約したお弁当を狭い車内でいただく。
外は雪---時々弱い陽はさすが-- -
野辺地町を過ぎ279号線を北上
「横浜町」へ。 -
横浜町といえば菜の花畑の黄色いジュータンが人気だそうで、
一方でむかしからホタテの養殖業が盛んなところ。
漁業の繁栄と操業の安全の願いをこめて建立された
「ほたて観音」 -
イチオシ
国道沿いには陸奥湾がーーー!!!
遠くに「釜臥山」でしょうか--うっすらと -
再びバスへ、むつ市へ向かう。
このあたりは風力発電が多く見受けられます。
4基中1基は回ってませんでしたが--。 -
むつ市にある「まさかりプラザ」
観光・物産の情報発信基地です。 -
ここで「郷土の味覚・べこ餅のお振舞い」を受ける。
柏餅のような位置付の祝い菓子だそうです。
食べてしまったあとでしたので、この画像は
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E3%81%B9%E3%81%93%E9%A4%85&lr=lang_ja&rlz=1I7GGHP_ja
より掲載させていただきました。 -
むつ市から大畑町、風間浦村の海岸線を1時間ほど走り、「本州最北端の地」大間崎へ。
途中、雨が降ったりしていたが、着いたら晴れて陽がさし青空です。
ここではこれ以外に写真を撮りましたが、間違って削除!残念なことを。
左手奥約800mには弁天島にある大間崎灯台。右手には北海道の「恵山」がうっすらと広がっていました。冷たい強風が吹きカメラ撮影も容易ではありません。
大間の本マグロのモニュメントや
石川啄木の歌碑があり。
∧ 東海の 小島の磯の 白砂に
われ泣きぬれて かにと戯る -
位置的には、大間崎から北へ約20kmには津軽海峡を挟んで「汐首岬」が。
晴れて見通しが良ければ「函館」も見えるとか--。
ここは北緯41度32分、東経140度55分。
津軽海峡と云えば
まず--♪津軽海峡冬景色です。
次には、水上勉の小説「飢餓海峡」。映画、ドラマにもなりました。
北海道の岩内で銀行強盗を働いた男3人が、逃げて小舟で海峡を渡る。
途中仲間割れがあり、 残った1人が辿り着いたのは、どの辺りでしょうか--。
想い出されます。 -
大間崎からむつ市にもどり、今日の泊は
斗南温泉の「むつグランドホテル」へ。
もう1台のバスは薬研温泉での宿泊です。 -
外は雪が舞っています。
-
ゆっくり雪を見ながら温泉に入った後は夕食!!
献立の中に---
ありました。
大間鮪赤身(3切れ)、大間鮪(中トロ1貫、赤身1貫)
---結構なお味でした! -
食後、ホテル内のロビーの展示をのぞいてみる。
むつ市出身の俳優・「松山ケンイチ」さんの
「平清盛」のポスターがあり。 -
こちらの階段には、
水上勉、司馬遼太郎--そして -
むつ市出身の映画監督「川島雄三」の若かりし頃の写真が--。
-
1918年生まれで1963年45歳の若さで亡くなっている。
この監督が日活時代に撮った、旧品川宿を舞台にした作品「幕末太陽傳」(昭和32年)は印象深い。
墓碑銘に
「花に嵐のたとえもあるぞ サヨナラだけが人生だ」
---聞いたことがあります。
これは漢詩の
「花発多風雨 人生足別離」から
井伏鱒二の名訳です。
-
これは東宝時代の作品のようです。
-
更には大映時代の作品も
いろいろ精力的に監督していたようです。
懐かしいスターが--若尾文子さんもでています。 -
3月27日(火)の朝
夜中に雪が降ったようです。 -
-
薬研温泉からバスがホテル前に到着。
8:30ホテル出発。 -
野辺地町から国道4号線を通り、
夏泊半島の付け根にあたる浅所海岸の「白鳥の飛来地」に到着。 -
-
近づいても逃げません!
大分慣れているようです。 -
こちらに振り向いてくれました。
-
カモメが寄って
-
イチオシ
親子のような白鳥に
津軽弁で 「 へばな〜」( さようなら〜)
地元出身のバスガイドさんが教えてくれました。 -
東北自動車道から
黒石市大字袋字富山にある「津軽伝承工芸館」へ。 -
レストラン 「もみじ」で
津軽三味線の力強い生演奏を聴きながら
”冬の味覚・旬のタラなど山海の幸膳”の昼食。
♪津軽じょんがら節
♪津軽あいや節
もう1曲あり--。 -
食後、館内を見てまわる。
こけしあり-- -
-
”ダットサン”の展示もあり。
-
ここには大きな「足湯」が---
こどもたちは雪と足湯で動き回って元気です。 -
津軽鉄道の五所川原駅到着。間に合いました。
ここから14:10発の列車で金木駅まで向かいます。
今回の旅行のハイライト! -
駅構内にはいり
-
歓迎されました。
-
この駅はJR五能線にも連絡できます。
-
このホームです。
-
この列車です。
「走れメロス」号!!
---太宰治の小説からです。 -
津軽五所川原駅から終点は津軽中里。
途中の「金木駅」までの25分の乗車です。
オハ---車両重量が32.5t以上37.5t未満の普通座席の客車 だそうです。 -
ツアー客84名は2車両に分乗
-
1車両に石炭ダルマストーブは2ケ所設置。
かなり暖かい---チョット暑いかな。 -
天井への煙突
-
座席の中央には小さなテーブルが--
昔こんなスタイルの修学旅行列車がありましたが -
発車まえに車掌さんがストーブ点検!
-
車内販売があり---買ってしまいました。
-
いい匂いが車内に漂いはじめ--発車です。
-
イチオシ
1車両に一人 地元のガイドさんがついています。
車掌さんの紹介を---人気ものでTVで良く取材を受けているそうです。 -
お顔を見せてくれました!
あごにかけた帽子のバンドが良く似合う-- -
ガイドさんが、丸くなりかけたスルメを手際良く抑えて伸ばし
-
できあがり!!
懐かしい味です。 -
外をみれば白い津軽平野が続く---天気は晴れ
-
列車はリズム良く
「ガタンゴトン---」
窓の把手も懐かしや -
ガイドさんの説明ものってきました。
歌手の吉幾三さんがこの辺りの出身だそうで--
歌ってくれました。
♪俺は東京さ行くだ〜 -
-
-
金木駅到着14:35.
アット言う間の”ストーブ列車”の旅でした。
このストーブ列車も3月31日で終わりです。 -
金木駅から近い所に
太宰治の生家・「斜陽館」がある。
レンガ塀が歴史を感じさせます。 -
明治の大地主、津島源右衛門(作家 太宰治の父)が建てた
入母屋造りの建物(明治46年6月落成) -
-
国指定重要文化財になっています。
階下が11室、二階が8室 宅地680坪(2244?)
驚きです!!。
太宰はこの家の11人兄妹の6男として明治42年(1909年)に誕生。1948年、39歳で玉川上水で入水し世を去る。
この豪邸も戦後、津島家が手放し、昭和25年から旅館「斜陽館」として
使用。そのご金木町が買取り「太宰治記念館」となっている。 -
1階の和室
-
-
洋室もあり
-
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-
-
おみやげに
太宰治の小説「津軽」の単行本---中味は「サブレ」でした。 -
帰りは新青森駅発18:28のはやて40号。
東京駅まで3時間10分。速くなりました。
☆太宰治が『津軽』を書く目的で東京・上野駅をから夜行列車で
青森に到着したのが昭和19年だそうで、その時は14時間30分
掛っています。
帰りの”はやて”が、一ノ関あたりを走行中停電があり停車。
震度5強の地震があり、一瞬ビックリ。
8分遅れで無事東京駅に到着しました。
”へばな〜”
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