2009/07/10 - 2009/07/10
498位(同エリア641件中)
jun1さん
「古代蓮の里」の近くの「さきたま古墳群」を見に行きました。
これほどの古墳が集中してて古墳の上に登れるなんて思ってもいませんでしたのでビックリしました。
なかでも丸墓山古墳は日本一の円墳といわれていますし、稲荷山古墳から発見された「金錯銘鉄剣」からは115文字の銘文が発見され、国宝に指定されました。
PR
-
「さきたま古墳公園」
駐車場に車を置いて案内板に沿って廻りました。 -
「丸墓山古墳」
頂上に登ってみました。
気軽に登れるなんて、豪族のお墓だからですかね。 -
「丸墓山古墳」
円墳、全長105m、高さ18.9m -
きのこ発見!
-
「稲荷山古墳」
前方後円墳、全長120m、高さ11.7m -
「二子山古墳」
前方後円墳、全長138m、高さ14.9m -
県道行田・蓮田線を越えて、「さきたま史跡の博物館」方面に行ってみました。「はにわの館」もあります。
「馬型はにわ」 -
「埼玉県名発祥の碑」が有りました。
隣りはその由来が書いてあります。
むかし、この辺りは前玉(さきたま)といわれてた時があったとの事。
近くに前玉神社(さきたまじんじゃ)がある。 -
[埼玉県名の由来]
明治4年11月14日、現在の県域に「埼玉県」と「入間県」を設置するとの太政官布告が出された。これが埼玉県の誕生である。以後、幾度かの変遷を経て明治9年8月に現在の埼玉県の区域が定まった。「埼玉」が県の名称とされたのは、当所の県の管轄区域の中で、最も広いのが、埼玉郡であったことによる。
埼玉郡は、律令による国郡制度が発足した当初から設置された郡と見られ、当初は前玉郡(さきたまぐん)という表示も行われ、正倉院文書神亀3年(726)の山背国戸籍帳には「武蔵国前玉郡」の表記が見える。また、延喜式神名帳にも埼玉郡の項に「前玉神社二座」とある。
ここ行田市埼玉の地は、巨大古墳群の所在地であり、また「前玉神社」の鎮座する場所である。おそらく埼玉郡の中心地であったと考えられるので、ここに碑を建て、県名発祥の記念とする。
昭和62年4月 埼玉県 -
-
ちょっと入ってみました。
-
江戸時代後期の稲作民家「旧、遠藤家」を移築公開してます。
-
土間が広いですねぇ。
-
梁が太くて丈夫そう。
-
「瓦塚古墳」
前方後円墳、全長73m 高さ5.1m -
「鉄砲山古墳」
前方後円墳、全長109m、高さ10.1m -
「奥の山古墳」
前方後円墳、全長70m、高さ7.4m
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
17