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 「ラクダに乗って夕日を見に行くツアー」にT君と参加した。<br /><br /> 僕はラクダの乗り心地があまり好きではない。馬よりも上下の振動が激しく、お尻が擦れて痛いからだ。僕の乗った大柄なラクダは、ラクダ使いが目を離した隙に、寄り道して餌を食べようとする食いしん坊な奴だから、それは尚更だった。<br /><br /> 「ラクダも馬と一緒やで。こんなん簡単や」<br /><br /> 必死の形相で乗っている僕を横目に、楽チンそうに併走しているT君が言った。彼は初ラクダにも係わらず、ものの見事に一人で自由に操っていた。かつてワーホリ中に馬に乗って働いていた経験があるという。<br /><br /> 「まずは背筋を伸ばし、姿勢を正しくすること。上下振動するときに、そのリズムに身を任せ、変に逆らわないこと。例えるならSEXするのと一緒や。相手の呼吸に合わせて動いていく。そうすれば全然疲れへんで」<br /><br /> そうアドバイスされて実践してみるのだが、僕の場合、益々動きがアンバランスになって楽になるどころか余計疲れてしまう。このラクダと僕とでは体の相性が悪いのだろうか。彼のラクダは僕のと違って、まったく寄り道などせず従順だった。<br /><br /> ラクダは、馬と同じで子供の頃から仕込まなければ、人の言うことをまったく聞かなくなるのだという。じっくり仕込まれたラクダは、その分高値で売れる。彼の乗ったラクダは幼少のうちからきちんと教育されたに違いない。対して僕のラクダは物心ついてから売られたのかもしれない。我侭な生活は自由な子供時代の名残だろうか。<br /><br /> ダハブを海岸線沿いを40分ほど歩き、だだっ広い人気のない砂浜に到着した。どうやらここで夕日を眺めるようだ。座っていた毛布を砂浜にひき、二人カップルのように並んで座る。まだ太陽の位置は高く、日向にいると汗が流れるほど元気な光線を放っていた。まだ日が沈むまでには幾分か時間がありそうなので、たわいもない話をした。僕はT君が会社を辞めた理由について質問してみた。そういえば彼の詳しい話を僕はまだ聞いていなかった。<br /><br /> T君は新卒から勤めていた会社を先月辞めたばかり。退職理由は、その会社の先が見えなくなったからだという。昔は居心地のいい会社だったようだが、外資資本になってから全てが変わってしまった。新しく来た社長は、口先では「人が一番大切です」と言いながら、実際には目先の数字ばかりを追う利益重視の会社へと変えていく。利益を底上げするためには手段を選ばず、昔から貢献していた社員を次々とリストラを断行していったという。彼は、昔の会社には愛着があったものの、今の会社の方針には着いていけなくなったようだ。なるほど、僕が会社を辞めた理由とも酷似しているものだった。<br /><br /> 僕ら30代半ば世代は「高学歴→上場会社→高収入」という黄金ルートを目標として、育てられた最後の世代だと思う。今でこそ年功序列・終年雇用が崩壊しているものの、僕らの時代はまだそうではなかった。少しでもいい大学に入って、いい会社に入ることが、人生最大の成功なのだと子供の頃から耳にタコが出来るほど両親に教育されてきた。<br /><br /> 現代も「高学歴→上場会社→高収入」そのとおりには違いないのだが、上場企業に入って人生アガリではなくなった。そこからまた新たな競争が始まるのだ。仕事が出来なければ蹴落とされるというシビアな実力社会へと変貌を遂げてしまった。<br /><br /> 僕たちはそういう会社の移り変わりをリアルタイムで経験してきた世代だ。受験も就職も氷河期で二流所しか入れなかったけど、やっと入れた会社の先輩たちは人情に溢れ、雰囲気もよく、兄貴のように優しく育ててくれた。「高学歴→上場会社→高収入」というルートから外れた僕たちにとってそれは救いであった。こんな二流の人生にも生きる道はあったのだと僕は大いに感動したものだ。<br /><br /> しかし、横文字だらけの肩書きやら、アメリカから来たというシステムとやら、新しい評価制度やらが、会社に次々と導入されていってから徐々に風向きが変わっていった。つまり、「全て目に見える実力だけを評価しますよ」という方針に切り替わっていったのだ。それは僕らの会社だけが特別だったのではなく、世の中の会社全てがそういう流れにあったのだと思う。その結果、曖昧なものは排除され、会社から人間味というものは薄れていった。エライ人はやたら権力志向になり、数字を上げる人間は、年齢に関係なくスゴイのだという考えが会社に浸透し、それが会社そのものとなっていった。会社にあった優しさや温もりなど数字で評価されないものは、必要ないものとして失われてしまったのだ。 <br /> これは何かがおかしい、数字や実力だけが全てではないはずだ。そんな疑問を持ちつつ、年功序列社会も同時に崩壊していく。周りの人間は次々と辞めていき、当たり前のように転職を繰り返していく。あれ、大学を経て、会社に入って人生ゴールじゃなかったけ?そもそも僕にとって何が大事なんだ?会社とは何だろう?人生とは何だー?<br /><br /> そう疑問に思い、僕は会社を辞めた。日本が嫌になり、海外に飛び出て、早1年が過ぎた。こうして今、エジプトのダハブにいるわけだ。たまたま時期が合って、同級生で同じく会社を辞めたT君と一緒に。<br /><br /> 子供の頃から徹底的に教え込まれたラクダは、同じ道ばかりを行き交うツアーなど苦にはならないだろう。それ以外の生を彼は知らないのだから。対して、この僕が乗っているラクダは、かつて自由に過ごした名残りがあって、寄り道の癖が抜けないでいる。彼にとってこの自由が利かないツアーは、乗っている僕以上に苦痛で仕方が無いのではなかろうか。<br /><br /> 僕は大人になって海外に出て知ってしまった。日本で働くことだけが、実は人生の全てではないということを。競争することだけが生き甲斐ではないことを。子供の頃に教えられた道だけではなく、人生にはたくさんの選択があるのだということをわかってしまったのだ。開かれた世界からすると、常に競争を強いられる日本の今の社会がとてもちっぽけな存在に思えてしまう。それを知ってしまったことは、果たして幸せなのか。僕のラクダのように知っているが上の不幸せに当たるのか、それはよくわからない。こういう普通ルート以外の人生を知った人間が、普通のサラリーマンに戻ることはこれから出来るのだろうか。。。<br />

落日ラクダ人生@ダハブ

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2007/07/22 - 2007/07/22

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フーテンの若さん

フーテンの若さんさん

 「ラクダに乗って夕日を見に行くツアー」にT君と参加した。

 僕はラクダの乗り心地があまり好きではない。馬よりも上下の振動が激しく、お尻が擦れて痛いからだ。僕の乗った大柄なラクダは、ラクダ使いが目を離した隙に、寄り道して餌を食べようとする食いしん坊な奴だから、それは尚更だった。

 「ラクダも馬と一緒やで。こんなん簡単や」

 必死の形相で乗っている僕を横目に、楽チンそうに併走しているT君が言った。彼は初ラクダにも係わらず、ものの見事に一人で自由に操っていた。かつてワーホリ中に馬に乗って働いていた経験があるという。

 「まずは背筋を伸ばし、姿勢を正しくすること。上下振動するときに、そのリズムに身を任せ、変に逆らわないこと。例えるならSEXするのと一緒や。相手の呼吸に合わせて動いていく。そうすれば全然疲れへんで」

 そうアドバイスされて実践してみるのだが、僕の場合、益々動きがアンバランスになって楽になるどころか余計疲れてしまう。このラクダと僕とでは体の相性が悪いのだろうか。彼のラクダは僕のと違って、まったく寄り道などせず従順だった。

 ラクダは、馬と同じで子供の頃から仕込まなければ、人の言うことをまったく聞かなくなるのだという。じっくり仕込まれたラクダは、その分高値で売れる。彼の乗ったラクダは幼少のうちからきちんと教育されたに違いない。対して僕のラクダは物心ついてから売られたのかもしれない。我侭な生活は自由な子供時代の名残だろうか。

 ダハブを海岸線沿いを40分ほど歩き、だだっ広い人気のない砂浜に到着した。どうやらここで夕日を眺めるようだ。座っていた毛布を砂浜にひき、二人カップルのように並んで座る。まだ太陽の位置は高く、日向にいると汗が流れるほど元気な光線を放っていた。まだ日が沈むまでには幾分か時間がありそうなので、たわいもない話をした。僕はT君が会社を辞めた理由について質問してみた。そういえば彼の詳しい話を僕はまだ聞いていなかった。

 T君は新卒から勤めていた会社を先月辞めたばかり。退職理由は、その会社の先が見えなくなったからだという。昔は居心地のいい会社だったようだが、外資資本になってから全てが変わってしまった。新しく来た社長は、口先では「人が一番大切です」と言いながら、実際には目先の数字ばかりを追う利益重視の会社へと変えていく。利益を底上げするためには手段を選ばず、昔から貢献していた社員を次々とリストラを断行していったという。彼は、昔の会社には愛着があったものの、今の会社の方針には着いていけなくなったようだ。なるほど、僕が会社を辞めた理由とも酷似しているものだった。

 僕ら30代半ば世代は「高学歴→上場会社→高収入」という黄金ルートを目標として、育てられた最後の世代だと思う。今でこそ年功序列・終年雇用が崩壊しているものの、僕らの時代はまだそうではなかった。少しでもいい大学に入って、いい会社に入ることが、人生最大の成功なのだと子供の頃から耳にタコが出来るほど両親に教育されてきた。

 現代も「高学歴→上場会社→高収入」そのとおりには違いないのだが、上場企業に入って人生アガリではなくなった。そこからまた新たな競争が始まるのだ。仕事が出来なければ蹴落とされるというシビアな実力社会へと変貌を遂げてしまった。

 僕たちはそういう会社の移り変わりをリアルタイムで経験してきた世代だ。受験も就職も氷河期で二流所しか入れなかったけど、やっと入れた会社の先輩たちは人情に溢れ、雰囲気もよく、兄貴のように優しく育ててくれた。「高学歴→上場会社→高収入」というルートから外れた僕たちにとってそれは救いであった。こんな二流の人生にも生きる道はあったのだと僕は大いに感動したものだ。

 しかし、横文字だらけの肩書きやら、アメリカから来たというシステムとやら、新しい評価制度やらが、会社に次々と導入されていってから徐々に風向きが変わっていった。つまり、「全て目に見える実力だけを評価しますよ」という方針に切り替わっていったのだ。それは僕らの会社だけが特別だったのではなく、世の中の会社全てがそういう流れにあったのだと思う。その結果、曖昧なものは排除され、会社から人間味というものは薄れていった。エライ人はやたら権力志向になり、数字を上げる人間は、年齢に関係なくスゴイのだという考えが会社に浸透し、それが会社そのものとなっていった。会社にあった優しさや温もりなど数字で評価されないものは、必要ないものとして失われてしまったのだ。 
 これは何かがおかしい、数字や実力だけが全てではないはずだ。そんな疑問を持ちつつ、年功序列社会も同時に崩壊していく。周りの人間は次々と辞めていき、当たり前のように転職を繰り返していく。あれ、大学を経て、会社に入って人生ゴールじゃなかったけ?そもそも僕にとって何が大事なんだ?会社とは何だろう?人生とは何だー?

 そう疑問に思い、僕は会社を辞めた。日本が嫌になり、海外に飛び出て、早1年が過ぎた。こうして今、エジプトのダハブにいるわけだ。たまたま時期が合って、同級生で同じく会社を辞めたT君と一緒に。

 子供の頃から徹底的に教え込まれたラクダは、同じ道ばかりを行き交うツアーなど苦にはならないだろう。それ以外の生を彼は知らないのだから。対して、この僕が乗っているラクダは、かつて自由に過ごした名残りがあって、寄り道の癖が抜けないでいる。彼にとってこの自由が利かないツアーは、乗っている僕以上に苦痛で仕方が無いのではなかろうか。

 僕は大人になって海外に出て知ってしまった。日本で働くことだけが、実は人生の全てではないということを。競争することだけが生き甲斐ではないことを。子供の頃に教えられた道だけではなく、人生にはたくさんの選択があるのだということをわかってしまったのだ。開かれた世界からすると、常に競争を強いられる日本の今の社会がとてもちっぽけな存在に思えてしまう。それを知ってしまったことは、果たして幸せなのか。僕のラクダのように知っているが上の不幸せに当たるのか、それはよくわからない。こういう普通ルート以外の人生を知った人間が、普通のサラリーマンに戻ることはこれから出来るのだろうか。。。

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  • 落ちていく太陽は、感動に浸る時間も与えず、あっという間にゴツゴツした山峰間に落ちていった。変わって出た三日月と同時に、ラクダ使いは僕らに帰る準備をしろと急かし始めた。僕のラクダはなかなか座ったまま、立とうとはしない。少々叩かれても、無視している大した度胸だ。仕方なさそうに重い腰をゆっくり上げた僕のラクダは、立ち上げるとさっきより一回り大きく見えた。<br /><br /> コイツは「知っている」という悲しみを背負っている分、動きがトロイのかもしれない。うん、僕もそれでイイ。何だか急にコイツを応援したい気持ちになった。脇道逸れてもイイじゃない。寄り道大いに結構。間食も少しぐらいは許そう。帰りの道は、コイツと相性良く乗っていけそうだ。道は限られた道だけではないのだから。好きな道を自分で選べばイイじゃない。<br /><br />

    落ちていく太陽は、感動に浸る時間も与えず、あっという間にゴツゴツした山峰間に落ちていった。変わって出た三日月と同時に、ラクダ使いは僕らに帰る準備をしろと急かし始めた。僕のラクダはなかなか座ったまま、立とうとはしない。少々叩かれても、無視している大した度胸だ。仕方なさそうに重い腰をゆっくり上げた僕のラクダは、立ち上げるとさっきより一回り大きく見えた。

     コイツは「知っている」という悲しみを背負っている分、動きがトロイのかもしれない。うん、僕もそれでイイ。何だか急にコイツを応援したい気持ちになった。脇道逸れてもイイじゃない。寄り道大いに結構。間食も少しぐらいは許そう。帰りの道は、コイツと相性良く乗っていけそうだ。道は限られた道だけではないのだから。好きな道を自分で選べばイイじゃない。

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