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タジキスタン-ドゥシャンベ(1)

旅行時期 2007/02/12 - 2007/02/12 (2007/03/18投稿

タシケントからタジキスタン北部のホジャンドへ行き、そこから飛行機でドゥシャンベへ入る予定だったが、安全上の問題からタジキスタン航空を使わないで移動する指示が出たのでどうしたものかと思っていたら、ドゥシャンベへ届ける車があるというので便乗することになりタシケントから陸路でドゥシャンベ入りした。<br /><br />ウズベキスタンとタジキスタンの国境、Tursunzadeに着いたときには辺りが暗くなり始めていた。国境からドゥシャンベまでは小一時間の距離、しかし、着いたときにはすっかり夜の帳が下りていた。といっても19時前、どうやら街自体が暗かったのだ。<br /><br />翌朝、雨は降っていなかったもののやや寒い。宿泊したタジキスタンホテルの暖房はあまり効かなかったので朝方寒さで目が覚めた。<br /><br />ドゥシャンベは緑がとても豊かな都市(冬なので落葉しているが)かつ、ソヴィエト時代の建築が緑の多さと良いマッチしている。公共交通機関は、バス主体、トラム・地下鉄はないが、トロリーバスが運行している。<br /><br />歴史的にはドゥシャンベの地は紀元前からの定住地であるが、19世紀までは村落であった。ロシア革命後、赤軍の影響力が中央アジアに及んでくるとドゥシャンベはタジク人・ウズベク人反革命軍の拠点となるが、1922年にボリシェヴィキの手に落ちた。<br /><br />その後スターリンによって、中央アジア地域のソビエト連邦領が各共和国に区分され、1929年にドゥシャンベ一帯はタジク自治共和国(後にタジク・ソビエト社会主義共和国)の首都に指定され、「スターリンの町」を意味するスターリナバードという名が与えられて近代都市が建設された。しかし、スターリナバードは1961年に旧村落名に由来するドゥシャンベの名に戻され、現在に至っている。<br /><br />1991年に国名をタジキスタン共和国に改めるとともに、ソ連解体にともなって独立を果たした。1991年12月21日、独立国家共同体(CIS)に参加する。ロシアとは同盟関係にあり、国内にロシア軍が駐留している。<br /><br />しかし、1992年からタジキスタン共産党系の政府とイスラム系野党反政府勢力との間で内戦が勃発する。1994年、暫定停戦合意、1997年、内戦が終結した。その後復興支援が実施され近年堅調な経済成長を続けている。<br /><br />ザンビアの首都ルサカが姉妹都市とは旧ソ連邦の枠組みの影響だろうか、同じく内陸国ではある。<br /><br />ホテル:Tajikistan Hotel USD50/night Inc.Breakfast<br />トランスポート:車(トランジット車両)<br /><br />建物の名称がはっきりしないので現在確認中です。悪しからず。

タシケントからタジキスタン北部のホジャンドへ行き、そこから飛行機でドゥシャンベへ入る予定だったが、安全上の問題からタジキスタン航空を使わないで移動する指示が出たのでどうしたものかと思っていたら、ドゥシャンベへ届ける車があるというので便乗することになりタシケントから陸路でドゥシャンベ入りした。

ウズベキスタンとタジキスタンの国境、Tursunzadeに着いたときには辺りが暗くなり始めていた。国境からドゥシャンベまでは小一時間の距離、しかし、着いたときにはすっかり夜の帳が下りていた。といっても19時前、どうやら街自体が暗かったのだ。

翌朝、雨は降っていなかったもののやや寒い。宿泊したタジキスタンホテルの暖房はあまり効かなかったので朝方寒さで目が覚めた。

ドゥシャンベは緑がとても豊かな都市(冬なので落葉しているが)かつ、ソヴィエト時代の建築が緑の多さと良いマッチしている。公共交通機関は、バス主体、トラム・地下鉄はないが、トロリーバスが運行している。

歴史的にはドゥシャンベの地は紀元前からの定住地であるが、19世紀までは村落であった。ロシア革命後、赤軍の影響力が中央アジアに及んでくるとドゥシャンベはタジク人・ウズベク人反革命軍の拠点となるが、1922年にボリシェヴィキの手に落ちた。

その後スターリンによって、中央アジア地域のソビエト連邦領が各共和国に区分され、1929年にドゥシャンベ一帯はタジク自治共和国(後にタジク・ソビエト社会主義共和国)の首都に指定され、「スターリンの町」を意味するスターリナバードという名が与えられて近代都市が建設された。しかし、スターリナバードは1961年に旧村落名に由来するドゥシャンベの名に戻され、現在に至っている。

1991年に国名をタジキスタン共和国に改めるとともに、ソ連解体にともなって独立を果たした。1991年12月21日、独立国家共同体(CIS)に参加する。ロシアとは同盟関係にあり、国内にロシア軍が駐留している。

しかし、1992年からタジキスタン共産党系の政府とイスラム系野党反政府勢力との間で内戦が勃発する。1994年、暫定停戦合意、1997年、内戦が終結した。その後復興支援が実施され近年堅調な経済成長を続けている。

ザンビアの首都ルサカが姉妹都市とは旧ソ連邦の枠組みの影響だろうか、同じく内陸国ではある。

ホテル:Tajikistan Hotel USD50/night Inc.Breakfast
トランスポート:車(トランジット車両)

建物の名称がはっきりしないので現在確認中です。悪しからず。

写真 15枚

テーマ:
特になし・その他
エリア:
タジキスタン > ドゥシャンベ
エリアの満足度:
評価なし
  • 500_12319962

    比較的低層の建築が多いドゥシャンベ、この建物は2階建て、この色使いは、ファサード等ロシア・クラシック様式の建築のようだ。この中にある運送会社があり訪ねた。

  • 500_12319963

    はて、ロシア・クラシック様式ではなさそうだ。中央アジアのイスラム様式と折衷にみえる。

  • 500_12319964

    テレビ局だっただろうか、ロシアモダン様式といえるかも。

  • 500_12319965

    ソヴィエト様式だろうか、比較的しっかりと建てられた印象の4階建て集合住宅。

  • 500_12349483

    ドゥシャンベ市内を走る新型ボルガ

  • 500_12349484

    フルフチョフ時代のソヴィエト様式だろう、プレキャストコンクリートで建てられているように見える。

  • 500_12349485

  • 500_12349486

    白樺の林に囲まれたドゥシャンベ市内のソヴィエト様式と思われる集合住宅

  • 500_12349487

    ロシア・クラシック様式と思われるルダーキ通りに位置するコンサートホール。

  • 500_12349488

    ドゥシャンベ中心部の併用住宅、1階が商業施設で2階以上が住宅、コーナーに沿って弧を描いている。ソヴィエト時代の建築様式だが、比較的しっかりした仕上げの印象だ。

  • 500_12349489

    ロシア・クラシック様式とイスラム様式が同居している大統領官邸。

  • 500_12349490

    ADBが入居している館

  • 500_12349491

    ソヴィエト様式と思われる10数階建て集合住宅、ADBの前。ほとんどのベランダは部屋と化していた。

  • 500_12349492

    ドゥシャンベ市内のトロリーバス、よく架線からアームが外れ立ち往生していた。もう今では主に旧社会主義国でしか見られなくなってしまったトロリーバス、しかし電気で駆動しているの最近見直されている。

  • 500_12349493

    左、旧ボルガ、右、ドゥシャンベ市バス。市バスは最近、モスクワから購入したばかりだ。国境で陸送途中のバスを何台も見かけた。

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