百塔の町「チェコ共和国〜プラハ」-2:Suyo recepcionistaさんの旅行ブログ
■□チェコ共和国□■
○人口:1030人(2006年現在)
●首都:プラハ
○人種:チェコ人、スロヴァキア人、等
●言語:チェコ語
○通貨:チェコ・コルナ(CZK)
☆入出国☆
観光目的での滞在は、90日以内までビザ不要。パスポートの有効残存期間は、6ケ月以上必要。
☆時差☆
日本より−8時間。3月最終日曜日〜10月最終日曜日は、サマータイム実施で−7時間。
☆祝祭日☆
1/1:新年、イースター:4/11:イースター・マンデー、5/1:メーデー、5/8:憲法記念日、7/5:宗教記念日、7/6:ヤン・フスを偲ぶ日、9/28:チェコ国家の日、10/28:独立記念日、11/17:自由・民主主義闘争記念日、12/24:クリスマス・イブ、12/25:クリスマス、12/26:ボクシングデー、年によっては、移動日あり
☆気候☆
チェコは大陸性気候で、四季がある。季節の違いはきわめてはっきりしており、冬は寒さが厳しく、夏の日差しは強い。夏には、気温が30℃くらいまで上がることもあるが、湿気は少ないのでさわやかな気候である。。秋になると急に冷え込み、木々が紅葉し始める。雨は、降ってもすぐに止む事が多い。
☆概要〜プラハ☆
政治的には東欧に分類されてきたが、ヨーロッパ共産圏の消滅後は、中欧または中東欧に分類されるようになった。北はポーランド、東はスロバキア、南はオーストリア、西はドイツと国境を接する内陸国。1993年にチェコスロヴァキアがチェコとスロバキアに分離し成立した。
プラハは、チェコの首都として中北部ポベミアに位置し、長くチェコスロバキアの首都として政治、経済の中心であった。9世紀には、ボヘミア王の居城となり、世界大戦の爆撃と破壊を免れたプラハは、歴史上重要な建造物が残るノベェ・ミエストとスターレ・ミエスト(旧市街)、プラハ城、カレル橋、火薬塔、ハヌシュの天文時計などが人気のある観光スポットである。また、「プラハの春の音楽祭」は、ヨーロッパ最大の音楽祭の一つである。治安も比較的良く物価もかなり安い。
★☆Bad Schandau駅☆★
ドイツとチェコの国境駅。列車はしばらく停車し、車内にてドイツの連邦警察とチェコの国境警備隊によるパスポート・チェックが行われる。
★☆TV塔☆★
TV塔には展望台が設置されており、プラハ市内が一望出来る。又、カフェと地元市民が記念日に利用する事が多い人気のレストランが入っており、食事をしながらプラハの街並みを堪能出来る。
★☆ヴァーツラフ通り☆★
プラハ一の繁華街で、地下鉄A線とB線が交差している。ムーステク駅を中心に、ナ・プシーコピェ通りと交差している。ムーステク駅から国立博物館まで長さ750メートル、幅60メートルもある。
★☆カレル橋〜旧市街橋塔☆★
橋を守るために3つの塔が建てられておりとくに旧市街側の塔はゴシック様式の建築として名高く、1400年にペトル・パルレーシュによって造られた。
★☆カレル橋☆★
カレル橋は、チェコ共和国の首都、プラハに流れるヴルタヴァ川(モルダウ)に架かっている橋。カレル橋チェコ語で”Karluv most”、英語では”Charles Bridge”と呼ばれる。
★☆カレル橋☆★
橋の長さは516メートルで幅は10メートル。16連のアーチから構成されている。橋の欄干には15体ずつ、合計30体の彫刻が並んでいる。カトリックの聖人ヤン・ネポムツキー像の基部にあるネポムツキーのレリーフに触れると幸運が訪れるといわれている。
★☆カレル橋☆★
カレル橋は、ヨーロッパに現存する最古の石橋。神聖ローマ皇帝カール4世の治世下1357年に建設が始まり1400年に完成した。1841年までプラハ旧市街とその周囲をつなぐ唯一の橋であった。初めは、単に石橋、プラハ橋と呼ばれていたが1870年より”カレル橋”と呼ばれるようになった。
★☆ティーン教会☆★
金の飾りを頂点にいただく2本の塔の高さは80メートル。一般に”ティーン教会”と呼ばれているが、正式には”ティーン(税関)の前の聖母マリア教会”。
★☆旧市庁舎☆★
塔と隣の建物の細かい装飾のある扉はゴシック様式。真ん中のピンクの建物には、旧市街の紋章と”プラハ、王国の首都”と書かれた装飾がある。内部には、礼拝堂もあり、結婚式場として市民に人気がある。
★☆天文時計(オルロイ)☆★
このオルロイは、3つの主要な部分、空の太陽や月の位置などの天文図を示すための文字盤、”使徒の行進 (The Walk of the Apostles)”と呼ばれるキリストの使徒などが時間ごとに動く人形仕掛け、月々を表す浮き彫りの暦版からなる。
★☆プラハ城〜正門☆★
プラハ城の正門は、フラッチャニ広場から第一の中庭に入るところにある。門を飾っている2対の彫像は、”戦う巨人たち”で、18世紀後半にイグナーツ
・プラッツェルによって作られた。
★☆プラハ城〜黄金小路☆★
1597年に完成したもので、城内で仕える召使いなどが住んでいた。やがて、練金術師が住むようになり、この名前が付けられたとされている。現在家々は、みやげ物店などになっている。
★☆プラハ城〜・聖イージー教会・聖イージー修道院(国立美術館)☆★
聖イージー教会に隣接する”聖イージー修道院”内部は、国立美術館の16〜18世紀ボヘミア美術部門となっている。
★☆プラハ城〜第二の中庭・コール噴水・王宮美術館☆★
マチアス門をくぐると第二の中庭に出る。中庭には、”コールの噴水”があり、取り囲むように”王宮美術館”が建つ。この美術館は、16〜18世紀の作品が収蔵されている。
★☆市民会館☆★
かつてこの場所には歴代の王の宮廷があったが、17世紀後半の大火事で焼け、その後1911年に現在の市民会館が完成した。内部には、音楽祭”プラハの春”の会場となるスメタナ・ホールがある。
★☆国民劇場☆★
チェコ人が自らのアイデンティティをかけて建造した、チェコ文化復興の象徴である劇場。舞台の真上には”国民がおのれ自身のために”という文字が金色で刻まれており、スメタナのオペラ”リブシェ”がこけら落としであった。
★☆芸術家の家(通称ドルフィヌム)☆★
”プラハの春”音楽祭のメイン会場となっているドヴォジャーク・ホールをはじめ、コンサートホールなどがある。又、現在プラハ交響楽団の本拠地でもある、チェコのネオルネッサンス様式の代表建築として名高い。
★☆チェコ市内〜王宮より☆★
教会や大聖堂、塔や橋など、重厚な建築物が数多く残るプラハ。千年以上もの間、ヴルタヴァ川の水面に映し出されてきたこの町は”ヨーロッパの魔法の都”と称されている。
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