バルトの北欧「エストニア共和国〜タリン」:Suyo recepcionistaさんの旅行ブログ
■□エストニア共和国□■
○人口:約136万人(2006年現在)
●首都:タリン
○人種:エストニア人−約65%、ロシア人−約28%、ウクライナ人−約2.5%、ベロロシア人−約1.5%、フィン人−約1%、他
●言語:エストニア語
○通貨:エストニア・クローン(EEK)、2007年を目処にユーロへ(EUR)
☆入出国☆
観光目的での滞在は、6ケ月間で合計90日以内の滞在が可能。パスポートの有効残存期間は、帰国時まで有効なもの。
☆時差☆
日本との時差は、−7時間。サマータイムは、3月の最終日曜日から10月の最終の日曜日の深夜2時まで、時差は−6時間。
☆祝祭日☆
1/1:元旦、2/24:独立記念日、5/1:メーデー(注)、グッドフライデー(注)、イースター(注)、5/1:メーデー、聖霊降臨祭(注)、6/23:戦勝記念日、6/24:夏至祭、8/20:独立回復の日、12/24:クリスマスイブ、12/25:クリスマス、12/26:ボクシングデー、注=移動祝祭日
☆気候☆
四季はあるが、春と秋は短く、冬が比較的長い。また季節の変わり方が急激で、5月に入るといきなり夏のように暑くなったり、9月になると急に寒くなるということもある。夏は、白夜の影響下に入り、夏至の前後は夜23時頃まで太陽が沈まない。逆に冬は、16時頃から暗くなってくる。夏は比較的涼しく、空気も乾燥しているので非常に過ごしやすい。冬はバルト海の影響で、緯度のわりにそれほど厳しくはないが、−20度ぐらいまで下がることもある。
☆概要〜タリン☆
バルト3国の中で最も北に位置するのがエストニア。インターネット普及率は世界トップクラスでIT化が非常に進んでいるほか、伝統の薬作りを活かしたバイオテクノロジー分野での成長も目覚ましい。研究者の人件費が安く、法人税の優遇措置もあるため、外資も積極的に進出している。EU加盟を果たし、2007年を目処にユーロ加盟予定。中世ハンザ都市の面影を色濃く残すタリン、地方では北国の清楚な自然や古城など見どころは多い。タリン歴史地区の旧市街は、1997年に世界遺産に登録されている。
★☆エコー・ライン☆★
西港より出航するエコー・ライン。フィンランドのヘルシンキとエストニアのタリンを結ぶ国際フェリー。早朝の便を利用すれば、ヘルシンキからの日帰りも可能。
★☆エコー・ライン☆★
船内には、カフェ、レストラン、カジノと充実した設備を備え快適な船旅が満喫出来る。
デッキクラスの利用で往復22EUR(2006年1月現在)と料金も非常に低価格。
★☆フィンランド湾☆★
ヘルシンキを出航したフェリーは、フィンランド湾で美しい朝日を拝みつつ、エストニアのタリンへ。夏には、高速フェリーも各社運航され、1時間〜半程度で結ぶ。
★☆タリン市内☆★
エストニアは、ヨーロッパ北東部にある共和国。正式国名はエストニア共和国。かつてはエストニア・ソビエト社会主義共和国として、旧ソビエト連邦の構成共和国だったが、1991年の9月に独立。歴史的価値のある旧市街は、世界遺産に登録されている。
★☆アレクサンドル・ネフスキー聖堂☆★
1901年ロシア帝国時代に建てられたロシア正教会。エストニアでは形状からして異質なものではあるが、残されたロシア人の心の拠り所となっている。
★☆ピャック・ヤルグ通り☆★
エストニア語で、pikk−長い、jalg−足。長い足通り。その名の通り港に近いグレート・コースト・ゲートからトーンペアに続く坂道。かつては、ギルド会館が並び、裕福な商人たちの住む界隈だった。
★☆ラエコヤ広場☆★
旧市庁舎前の広場。広場周囲の建物にはおしゃれな店や高級レストランが軒を連ねている。旧市街地の主だった通りは全てこの広場につながっている。市民の憩いの場でもある。
★☆旧市庁舎☆★
北ヨーロッパ最古のゴシック様式の旧市庁舎。オリジナルは14世紀半ばに建てられたが、現在の形になったのは1404年。さらに1781年にバロック様式の尖塔が取り付けられ、てっぺんには1530年に作られたタリンのシンボル、衛兵の”トーマスじいさん”が旧市街地を見守っている。
★☆城壁☆★
かつての城壁の長さは、約2.5kmであったが、現在はそのうち1.85kmが残るのみ。最もかつての姿を留めているには、旧市街のラボラトーリウミ通り沿いのもの。
★☆聖ニコラス(ニグリステ)教会☆★
現在は、博物館とパイプオルガンのコンサートホールとして利用されている。博物館の展示品は少ないが、非常に貴重な物が多く、中でも15世紀に描かれた”死のダンス”は有名。
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