ダイナミック・コリア「大韓民国〜ソウル」:Suyo recepcionistaさんの旅行ブログ
■□大韓民国(韓国)□■
○人口:4926万8000人(2006年現在)
●首都:ソウル
○人種:韓国人
●言語:韓国語が話され、文字はハングル文字が使われている。
○通貨:ウォン(WON)
☆入出国☆
観光目的での滞在は、30日以内までビザ不要。パスポートの有効残存期間は、帰国時まで有効なもの。
☆時差☆
日本と同じ時間帯。
☆祝祭日☆
1/1:新正月、1/21〜23:ソルナル(旧暦大晦日から旧正月)、3/1:三一節、4/5:植樹の日、5/26:旧暦、4/8:釈迦誕生日、5/5:子供の日、6/6:顕忠日、7/17:制憲節、8/15:光復節、9/27〜29:旧暦、8/15:秋夕、10/3:開天節、12/25:クリスマス
☆気候☆
韓国の気候は比較的温暖な斉州島を除き、日本の北部とほぼ同じ。四季の変化がはっきりとしていて、短いながら梅雨もある。冬はかなり寒く、温度が−になる日も多い。
☆概要〜ソウル☆
日本から2時間で着くお隣の国韓国。美容と食を代表する国。人々のパワーも、真夜中の市場の熱気も日本にはないものばかり。本場の味、キムチと焼き肉。日本と韓国は、切っても切れない関係。2002年には、ワールドカップの共同開催を始め、最近では韓国ブームに乗り、日本からの観光客が増え続けている。
★☆景福宮〜勤政殿☆★
国宝第223号。勤政殿は、景福宮の正殿として当時、宮殿の正殿の建物の中では最も大きく、多包様式の建物で現存する最大の木造建築物です。宮殿は、2階建てで、中をのぞくと1階と2階が吹き抜けになっていて、天井まで見渡すことができる。天井中央の竜の姿や丹青(王宮などの木造建築の壁、柱、天井などにさまざまな文様を鮮やかな色彩で描くこと)など華麗さと雄壮さを兼ね備えた優れた建築物。勤政殿は、1395年に建立されたが、文禄・慶長の役で焼けてしまい、その後李朝末期の1867年11月に興宣大院君が再建された。現在は、復元工事中。
★☆景福宮〜勤政門☆★
宝物第812号。景福宮の正殿である勤政殿の正門として、1867年、勤政殿とともに建立された。現存する李朝王宮の正殿正門のうち、唯一中層の建物として残っている門である。勤政門は、国家の大行事がある時にのみ使用され、普段は門が閉じられていました。臣下は、武班・文班の区別され、文班は東側の日華門(イルファムン)を、武班は、西側の月華門(ウォルファムン)を使用していたと言われている。
★☆東大門☆★
東大門市場の北の方に位置する東大門(トンデムン)は、ポムル、日本でいう国宝と重要文化財の中間に値する第1号。朝鮮時代に城郭の東側を守っていた門であり、正式な名前は興仁之門(フンインジムン)という。仁は五行の木に属し、木は東にあたるので東方を意味する。朝鮮時代の太祖5年(1396年)に創建、1453年に改修がなされ、現在の門楼は高宗6年(1869年)に再び改修されたもの。
★☆昌徳宮〜敦化門☆★
敦化門は、太宗12年(1412年)、昌徳宮の正門として創建され、その翌年、太宗(テジョン)の高徳を刻んだ15,000斥の銅鐘をかけたところ。この門は、ソウルに残っている木造の二層門としては最古のものです。
★☆昌徳宮☆★
昌徳宮は、1405年、正宮である景福宮の離宮として建造された宮殿で、光海君(クァンヘグン・1571−1641・李朝第15代王)以降、約270年に渡って李氏朝鮮王朝の政務が行なわれた王の御所。全部で約135,000平方mの敷地には13棟の宮殿の建物があり、その北半分を占める秘苑(ピウォン)には28棟の楼閣がある。韓国の祝祭日には、門の前でイベントが行われる。
★☆国立民族博物館☆★
国立民俗博物館は、昔王宮だった景福宮(キョンボックン)の中にあります。李氏朝鮮王朝の文化と伝統民俗、生活文化に同時に触れることができ、庶民文化の息吹が感じられる文化の宝庫といえる。民俗文化の研究・収集・保存と文化教育、および生活文化の展示を通して、伝統文化を正しく認識させ、民族的誇りを持たせようとする韓国社会教育の場でもあります。
★☆南大門☆★
南大門は、ソウルの城郭の正面にあり、元々の名前は崇礼門(スンエムン)。朝鮮太祖7年(1398年)に創建された後、世宗30年(1448年)大きく改築されたた。 都城の南側にあったということで南大門と呼ばれたと言われている。現存する木造建築物の中で最も古い。夜になればライトアップされ、幻想的な姿をかもしだす。
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