府中郷土の森:もろずみさんの旅行ブログ
府中は律令制において武蔵国の国府に定められ、政治の中心的な役割を担ってきました。江戸期には甲州街道の宿場として栄え、今も地理的に何かと便利なところにあります。武蔵野の自然と歴史がバランス良く共存している町です。
「郷土の森」は府中市立の博物館です。この種の博物館にしては広くて、野外に移築・復元された江戸期・明治から昭和初期の建物が展示の目玉です。
小金井公園内の「江戸東京たてもの園」は都内各地から移築された建物で町並を復元していますが、ここは府中の宿場に実際にあった建物を中心に周辺農家を加えた地域密着の構成です。
なので、今日はタイムスリップというより懐かしい故郷に帰ってきたという感じです。
さらに都内でも屈指の梅の名所。ちょうど今日は雛まつりで梅も見頃でした。
昼下がりに入園して夕方までたっぷり楽しめました。
入り口の上部は比較的新しいデザインです。
昭和54年に新校舎に変わるまで府中市立第一小学校の校舎として現役でした。それでも軽く30年近くになります。
正に昭和の遺産です。
いきなりノスタルジックな気分でスタートしてしまいました。
あまりの現実感に圧倒されましたが、これは郷土の森博物館の野外展示です。
二階の音楽室からオルガンの音が聞こえてきたりして、昭和30年代へ気持ちだけ行ってしまいそうです。
向かいは旧島田家住宅。
一階は店舗、二階は土蔵のように造られています。店蔵造りと言うそうです。
川越とかにありそうですし、府中でも本町に現役のこういう店があったような・・・。
ちょうど3月3日の雛祭り。
店先には商品でなく雛人形が飾られていました。
結構古いもので、府中在住の家々に伝わる人形を提供していただいたようです。
一階に町長の執務室がありました。
階段を登った二階には議場と会議室があります。
議場以外の部屋はどれもこぢんまりしています。
宿直室などは畳敷きの和室なのが大正デモクラシーかも?
役場の隣は旧府中郵便取扱所(矢島家住宅)です。
明治の初め郵便事業が始まったときに、名主であった矢島家が郵便取扱役に任命されたそうです。
左手に丸窓の窓口が見えます。今日は特別にここで郵便業務をやっていました。
明治時代のポストマンのユニフォーム。
戊辰戦争の官軍の軍服みたいで、いかめしい感じがしますが郵便も官の権威の元に行われていたのですからね。
明治の錦絵に出てきそうです。
ちょっとイメージ写真風に雰囲気を演出してみます。
椿を垣根に使うスタイルというのがありましたね。
ハケ下に小川が流れていて、復元された水車小屋があります。
この水車は灌漑用ではなくて米搗き用です。昔はこんな水車がいたるところにあったようです。
水辺には水仙が群生してました。郷愁を感じますね。
菜の花畑の向こうに背の高い垣根が見えてきます。風除けのためのものです。
武蔵野は昔は空っ風が吹くと畑の土が舞い上がって土埃が凄まじかったなぁ。
風で麦畑がうねる風景は綺麗だったけど、土埃には閉口した覚えがあります。
万葉歌碑がありました。詠人は武蔵防人の妻。
「赤駒を 山野にはかし 捕りかにて 多摩の横山 徒歩ゆか遣らむ」
「多摩の横山」は国府から見て多摩川の南にある丘陵を言います。
どちらを見ても平坦な関東平野で、低いながらも山並が続いていることから枕詞にもなりました。
「横山の道」にも歌碑がありましたね。
最後は旧三岡家長屋門です。
土壁で藁葺き屋根の長屋門は、門を許された豪農ながら武家に遠慮したもののようです。
三岡家は村役人も務めた家柄で、この門は江戸後期に建てられたそうです。
ということで移築建物を丁寧に見て来ました。
続いては本日の目的である梅林へと向かいます。
何だか建物だけでも来た甲斐があったように感じてますが、これからが本題。
梅の数は60種1100本と都内でも有数。広々とした梅林は花霞のかかったよう。
さすがに観賞用の梅林だけあって種類も豊富です。白梅も見事に咲いていました。
しかし、一応ここの梅の実は収穫して加工するようです。
帰りに「昆布梅」を買って帰りましょう。
バス停は長蛇の列ができていました。今日は結構の人出です。
観梅の最後のチャンスだったのかも知れませんね。
バスに乗るほどでもないので、歩行者専用の下河原緑道を歩いて駅に戻ることにしました。
だいぶ日が長くなってきましたね。
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見頃の梅を見に郷土の森に行って来ました。 早春の花がぼつぼつ咲き揃ってきました。...(by weekendwalker's Photo Alubum on 2007年03月09日 21:48)