日光の寺社へ初詣でNO2・・・金谷ホテル:早島 潮さんの旅行ブログ

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日光の寺社へ初詣でNO2・・・金谷ホテル

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日光の寺社へ初詣でNO2・・・金谷ホテル

 羽生のパーキングを出ると間もなく利根川を越えるが利根川の後方にまだ富士山が見えたのは驚きであった。それほどに元旦の朝は空気も清澄なのであろう。

 バスは東北自動車道を快適に走行し、埼玉県、群馬県を貫通して栃木県の宇都宮ICへ到着した。停車することもなく日光宇都宮道路へ移り、由緒ある日光金谷ホテルに予定時間よりも早く11時に到着した。

 ランチまでには時間に余裕があったので庭を散策した。鹿鳴館調の建物が珍しい。
 このホテルのメインデイッシュの名物はビーフシチューとのことであるが、筆者は日光紅鱒金谷風を選択した。美味であった。

 明治6年に開業したクラシックホテルの歴史は同ホテルのHPに次のように紹介されている。 以下全て引用である。

 修験道の聖地として、徳川家康の霊廟である東照宮の地として信仰の山だった日光は、明治維新の開国により、諸外国から訪れた外交官など高官や知識人などのエキゾチックな避暑地として発展してきました。
 1873年(明治6年)、ヘボン式ローマ字綴りでお馴染みのアメリカ人J.C.ヘップバーン(ヘボン)博士の知遇を得て、自宅の一部を外国人の方の宿泊施設とした[金谷カッテージ・イン]、これが[金谷ホテル]の始まりです。
 当時の日本には、長期のバケーションといった慣習も、リゾートという概念も、ましてや洋食(肉食)といったものすらない、そんな時代に[ホテル]として歩み始めました。
 1878年(明治11年)には、ヘボン博士の紹介によって[金谷]に訪れた英国人旅行家イザベラ・バード女史がつづった「日本奥地紀行」や、当時の在日英字新聞などで紹介されるや、[金谷]は「日本のリゾート避暑地=日光」のホテルとしての地位を確実なものとしました。そして1893年(明治26年)に、日光山内をのぞむ現在地に2階建て洋室30室の[日光金谷ホテル]として営業を開始。1897年(明治30年)には、帝国ホテル(東京)、都ホテル(京都)、富士屋ホテル(箱根)、大阪ホテル(大阪)とともに「5大ホテル同盟会」を結成、1916年(大正5年)には、早くもフォード自動車を購入し宿泊客の観光の便宜を図るなど、黎明期の日本ホテル界の先頭を歩んできました。
 大正時代に入り日光御用邸が開設されると、日光は国内外の要人の交歓・社交の場としてさらに発展。[金谷ホテル]も、1922年(大正11年)の英国皇太子殿下のお立ち寄りをかわきりに、外国王室、国内宮家のご宿泊という栄を受けるようになりました。その間も明治開業当初の趣を残しながらも近代的ホテルとして増改築を経て、現在に至っています。
 明治、大正、昭和、そして平成の現在まで、「お客様を第一に、ねんごろな心をこめたおもてなし」をモットーに、愛されるホテルをめざしています。




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旅タグとは?
エリア: 関東 >>栃木県 >>日光・霧降高原 >>日光駅周辺・東照宮
テーマ: 寺社・札所めぐり
時期: 2009年01月01日〜01月01日
投稿日: 2009年01月13日
写真: 全21枚
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早島 潮さん
  • 誕生日:05月21日
  • 登録:2006年03月14日

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