ウズベキスタンの旅・・・ブハラ編
トルクメニスタンの観光を終えて、ブハラパレスホテルに到着したのは、夕方7時半を過ぎていて、チェックインの時間に重なったせいか観光客でごったがえしていた。初老の客が多くフランス語が飛び交っていた。部屋に荷物を置いて直ちに食堂へ急ぐとここもラッシュであった。ビュッフェ形式の夕食である。
割り当てられた部屋は七階であったが吹き抜けになっている中庭を見下ろすとバーや休憩所の光景が面白いアングルから見えた。
翌朝ホテルを9時に出発し、アルク城へ赴いた。ここでは、エミールのモスク、戴冠式のホール、歴史博物館、アルク城の広場、屋上からの展望、バラ・ハウズ、チシュマアイユーブ廟、イスマル・サマニ廟、サマニ公園、チャルミナルと見学した所で昼食となった。
昼食後暫くホテルで休憩し、太陽の勢いが衰え掛けた15時に再びホテルを出てブハラ最後のアミール(王)の夏の離宮を見学した。薔薇の花があちらこちらで咲き誇っていた。
ポイ・カラ・コンプレックス、カラーン・モスク、カラーン・ミナレット、ミル・アラブ・メドレセ、タキ・テル・パクフルシャーン、マユギ・アッタリ・メドレセ、リャビ・ハウズと周り最後はナディル・ディバンベキ・メドレセで民族舞踊とファッション・ショーを見ながら夕食を摂った。
| エリア: |
ヨーロッパ
>>ウズベキスタン
>>ブハラ
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| テーマ: |
特になし・その他(観光)
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| 時期: |
2006年05月01日〜05月01日 |
| 投稿日: |
2006年05月17日 |
| 写真: |
全74枚 |
| 満足度: |
評価なし |
| 観光: |
評価なし |
| ホテル: |
評価なし |
| グルメ・レストラン: |
評価なし |
| ショッピング: |
評価なし |
| 交通: |
評価なし |
| 交通手段 |
航空会社 >
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現地移動 >
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| 一人あたりの費用 |
[ 旅行費総額 >
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| 旅行形態 |
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| 手配内容 |
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アルク(内城)16〜18世紀。城壁は790mある。
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アルクの施設の中にはあちらこちらに店屋がある。歴史的な文化遺産を生活に取り入れて日常生活が営まれている感じである。
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アルクの一光景。門の前にある障壁は参拝に訪れた信者が後ろ姿を王に見せないように後ずさりして、ここまで退出するためのもの。ここまでくれば後ろを向けてもよいとされる。
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歴史博物館内の展示物。発掘された食器左と中に入っていた穀物の炭化したもの中央。
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アルクの屋上。戦争で破壊され荒れ地になっている。通常ここに入るには鉄製の門を開けなければ入れない。鉄門の前には警備の係員が監視している。ところが、この国の面白いところでこの係員が客引きをして眺望の素晴らしい所があるから2000スムで見せるという。半信半疑でついていくと金を受け取るとポケットにねじこんで入場券も領収書も渡して貰えない。エビデンスと求めるとノーと言う。察するにこの係員は立場を利用した役得のアルバイトをやっているのである。
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前出写真の荒れ地を通り抜けて先端部分にくるとブハラ市内が一望できる絶好の撮影ポイントである。
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ボロ・ハウズ(1712年)の構内。ここにも土産物屋が露店を開いている。
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ボロ・ハウズ。ハウズとは池の意でここでは20本の柱が池に映って40本になることが売り物。
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レストランのトイレ。男女兼用で比較的清潔な部類である。
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チシュマ・アイユーブ廟。14世紀の創建。聖なる水の出ることで知られる。円錐の屋根はヒワの様式である。
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イスマイル・サマニ廟。9世紀。ゾロアスター教神殿風の造り。
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アルクの外にあるチャル・ミナル。住宅地にあり、四本のミナレットの模様はおのおの異なっている。
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シトライ・モヒ・ホサ。1911年。ブハラ最後の王、アミールの夏の離宮。
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シトライ・モヒ・ホサに展示されている日本の模様が入った陶器。日本製との説明であった。
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シトライ・モヒ・ホサの部屋に展示されている新婚さんのアンティークのスザンニ。無地の部分で新婚の花嫁が初夜を過ごす。下方の黒い汚れは純潔の証。
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シトライ・モヒ・ホサ内のスザンニ売り場。文化遺産が日常生活に溶け込んでいる。
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ポイ・カラ・コンブレックスのカラーン・ミナレット。12世紀創建。ジンギス・ハーンもここでは頭を下げたと伝えられる。高さ46.5m。
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カラーン・モスク。8世紀創建。当時は金曜モスクとして使用された。
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ミル・アラブ・メドレセ。16世紀創建。旧ソ連時代にもここだけは活動を許されていた。観光客は立ち入れない。囲い格子の穴から撮影した。広場では神学生達が卓球に興じていた。
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ホジャ・ナスレッディンの像。アラブの一休さんともいうべき知恵者。
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