2008年ブルガリア旅行第10日目ヴェリコ・タルノヴォ(5):雨に降られたツァレヴェッツの丘:まみさんの旅行ブログ
2008/07/15火 ヴェリコ・タルノヴォ
【宿泊:Hostel Pashov(ヴェリコ・タルノヴォ泊)】
・グルコ通り(ペンションのある場所)
・アッセン王モニュメント
・ヴェリコ・タルノヴォ美術館
・考古学博物館
・民族復興期博物館は火曜日お休み
・聖処女降誕教会
・ツァヴェレッツの丘
・サモヴォドスカタ・チャルシャ散策
・ブルガリアの母広場から新市街のブルガリア大通り前の市場まで散策
なんたる皮肉。
町を見下ろす一番見晴らしの良いところにいるときに、ザーザーと雨に降られ、たっぷり休んで下りようとしたときに晴れるなんて。
ツァレヴェッツの丘はヴェリコ・タルノヴォ観光のハイライトです。
たいていのガイドブックもそうですし、実際に行った人も強く薦めています。
でも実は私の中では下位候補の観光スポットでした。
ヴェリコ・タルノヴォでは私らしい一人歩きの原点?に戻り、博物館や教会めぐりを中心に廻りたかったのです。
しかし、現場ではころころ気分は変わるもの。
そして一人歩きの私には、予定をころころ変えても不都合を被る人はいません。
曇天で外は涼しいのに、博物館の中は蒸し暑いせいもあったでしょう。
日本から持参した扇子を仰ぎながら見学してましたもの。
教会も、ヴェリコ・タルノヴォでは必見の聖処女生誕教会の見学はすませました。
内部の写真が撮れないのだけが、仕方がないとはいえ、ちょっと不満。
地図から見たらちょっと遠いかな、と思っていたツァレヴェッツの丘。
聖処女生誕教会のまわりを、撮影に良いアングルがないかぐるぐる回っていたときに、ちょっと足を伸ばせばその丘に行けることに気付きました。
とたんに、予定していた博物館ではなく、丘の方が行きたくなってしまいました。
ツァレヴェッツの丘は、遺跡がちょこっとだけあって見晴らしが良いのがポイントだという、いわば頭を使わなくても楽しめるところ。
建物ではなく町の一番高台で、しばし開放感に浸りたかったせいもあるかもしれません。
空はパッとせず、あたりの空気は霧がかったようなねずみ色をしていたけれど。
見晴らしの良さはそれらの悪条件をはるかに凌駕し、カメラをパチパチやらずにはいられませんでした。
「ツァレヴェッツの丘
旧市街のメインストリートを歩いていくと、頂上に教会の建つ丘が見えてくる。ツァレヴェッツの丘だ。第二次ブルガリア帝国の時代にはこの丘全体が宮殿だったのだが、オスマン朝の猛攻によってすべて瓦礫の山と化してしまった。頂上の教会は大主教区教会。内装の壁画はブルガリア現代絵画の巨匠の手によるものだが、硬直した筆遣いで、社会主義があらゆるところに影響力をもっていたことがわかる。ここからの旧市街の眺めは抜群。」
(「地球の歩き方 '07〜'08年版」より)
聖処女生誕教会の前から眺めたツァレヴェッツの丘
地図で見た限りでは遠いと思っていたツァレヴェッツの丘ですが、下の道路に降りたらすぐにたどり着けそうです。
オスマントルコに徹底的に破壊されて見るものはたいしてないと言われていますが、こうしてみる限り、なかなかかっこいいです。
聖処女生誕教会の前から眺めたツァレヴェッツの丘を、眼下のニコラ・ピッコロ通り沿いのオレンジ屋根の家々と
「トラペジッツァの丘
ツァレヴェッツの丘の西側にある、森に包まれた丘がトラペジッツァの丘。第二次ブルガリア帝国時代(12〜14世紀)には貴族の屋敷があった丘で、現在も発掘調査が続けられている。蛇行するヤントラ川にかかる橋は、旧市街のメインストリートまで続く道。ヤントラ川のツァレヴェッツ側にある町は、アセノヴァ地区と呼ばれ、中性からの職人街だ。ここにも古い教会が点在している。」
(「地球の歩き方 '07〜'08年版」より)
ツァレヴェッツの丘へ
ブルガリア王国のシンボルのライオンが出迎えてくれます。
「(前略)ツァレヴェッツの丘にはトラキア人やローマ人が定住しましたが、ビザンチンは、紀元5〜7世紀に最初の重要な要塞をこの丘に築きました。要塞は、8〜10世紀にスラヴ人とブルガリア人によって、そして12世紀初頭に再びビザンチンによって再建され、強化されました。要塞は、タルノヴォグラッド(ヴェリコ・タルノヴォの当時の名前)が第二次ブルガリア帝国の首都となったときに最盛期を迎えましたが、1393年に、トルコ人によってまたもや略奪・破壊されました。
考古学者たちは現在に至るまで、400の家屋と18の教会、そして数々の修道院、住居、店舗、門や塔の遺跡を掘り出しました。教区教会とボールドウィン塔(Baldwin Tower)以外、復元されたものはほとんどなく、現在残っているものは、特に城壁の近くは、瓦礫にすぎません。だからといって、このことが観光客の足を遠のけることにはなりません。哀しいことに英語での説明はまだほとんど存在しませんが、事前に手配するなら、ガイド付きツアー(値段は交渉次第)は可能です。(後略)」
(Lonely Planet(2nd edition 2005年刊)より私訳)
入口前の看板の地図
頂上の教会をめざしつつ、ぐるっと適当に回ることにしましょう。
「ツァレヴェッツは第二次ブルガリア帝国(1185-1393)の首都の主要な要塞でした。この丘に人間が定住した跡は、最も古くと紀元前2000年までさかのぼります。紀元後2世紀は、ビザンチンの要塞でした。12〜14世紀の間に、ブルガリアの政治と宗教の中心地となりました。」
(入口手前にあったブルガリア語・英語・ドイツ語の看板より私訳)
来た路を振り返る
通り抜けた城門と、切符売り場のあったツァレヴェッツ広場、そしてニコラ・ピッコロ通り沿いのオレンジ屋根の家の向こうに、緑の屋根の聖処女生誕教会。
ここからでもなかなか絵になります@
大教区教会の壁画より
イエスの死を嘆く人々
写真代は3.00レヴァでした。
おどろおどろしい雰囲気が、好みとは言い難いけれどどこか気にかかる絵だったので、写真代を払って写真を撮らせてもらいました。
イエスの顔が浮き出たハンカチ(ヴェロニカのハンカチ)のある壁画
十字架を運ぶ途中に転んだイエスの汗をぬぐった、聖女ヴェロニカですね。
この女性たちのうち誰がそうかな。
休憩所から見上げた頂上の大教区教会
※ここでは他にも、こんな写真を撮っています。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/14328506/
関連の旅行記
「2008年ブルガリア・ハイライトその6:ブルガリアのバラ」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10262840/
出口へ向かう
この時点で17時半でした。
入場したのは16時20分です。
途中休憩を挟んだものの、2時間近く過ごしたことになりました。
昼食をとらずに続けて観光をしたので、ほかに休憩らしい休憩はしなかったせいもありますけどね。
この帰り道で泣き顔のようなワンちゃんに会ったので、写真を撮らせてもらいました。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/14276352/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/14276371/
関連の旅行記
「2008年ブルガリア・ハイライトその2:ブルガリアのワンちゃん」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10260536/
ちなみに、ツァレヴェッツの丘で撮った植物の写真
(ブルガリアのバラであるキタイスカ・ローザ(ノウゼンカズラ)を除く。)
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/14357864/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/14357864/
関連の旅行記
「2008年ブルガリア・ハイライトその10:花と実り豊かな夏のブルガリア・その2」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10264147/
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