2008年ブルガリア旅行第5日目(3):古き良きプロヴディフ旧市街散策:まみさんの旅行ブログ

2008年ブルガリア旅行第5日目(3):古き良きプロヴディフ旧市街散策:まみさんの旅行ブログ

2008年ブルガリア旅行第5日目(3):古き良きプロヴディフ旧市街散策

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2008年ブルガリア旅行第5日目(3):古き良きプロヴディフ旧市街散策

2008/07/10木 バチコフスキ僧院、プロブディフ旧市街からカザンラックへ
【宿泊:Hotel Roza(カザンラック泊)】
ピリン山脈、リラ山脈、ロドピ山脈、スレトナ・ゴラ山脈、バルカン山脈の5つを目にするか、山越えをした一日。
・ピリン山脈ふもとのバンスコを出発、リラ山脈との間で花の写真撮影
・バチコフスキー僧院
・プロブディフ旧市街散策
 ネべ・テペ遺跡
 聖コンスタンティン・エレナ教会
 ローマの円形劇場跡
・バルカン山越え
・カザンラックのバラの谷でひまわり畑を撮影

ほんとはプロヴディフは、自力で行って1人で回りたかった街です。
だけど同時に、プロヴディフは、今回の旅行で前半をガイドと車をチャーターすることに決めた理由の1つです。

ブルガリア第2の都市であるプロヴディフは、歩いて回れそうな規模ながら、新旧市街どちらも魅力たっぷりです。
ブルガリアで最も美しいといってよい民族復興時代様式の建物が並ぶ旧市街は、街歩きだけでなく、訪れたい博物館や教会がたくさんです。
活気のある新市街では、きっとお洒落な街並みで、散策や博物館やショッピングが楽しめそうです。
第2の都市だけあって、ソフィアからのアクセスは難しくありません。日帰りも可能でしょう。
でも、プロヴディフに宿をとり、2〜3日ゆっくりしたいくらいです。

ブルガリア旅行計画当初は、ルートを首都ソフィアとプロヴディフ、そしてブルガリアで訪れるならココ!という古都ヴェリコ・タルノヴォ、この3つを三角で結びたいと思っていました。
そんな私の前に立ちはだかったのが、プロヴディフとヴェリコ・タルノヴォ間にあるバルカン山脈です。
鉄道はもちろんなく、バスでの移動になりますが、1日に2〜3本、たいがい車体は古く、急カーブの道をのんびりと走るバスは4時間半くらいかかるとかいう話(Lonely Planetの情報。所要時間は「地球の歩き方」より正確という説あり)。

いや、今までだって、別にそのくらいのバス旅行はしたことあるけど!
最長はチュニジアのサハラ砂漠のオアシスの町ドゥーズから首都チュニスまでの10時間とか!

むしろ、この両都市は、どちらもソフィア経由で行った方が、バルカン山脈越えがないのでかえってアクセスが良いです。
ですが、限られた日程で、それぞれ往復するのはもったいないと思ってしまいました。
そして、他にもアクセスに時間がかかりそうな町や見どころが行きたい候補にどんどん挙がり、お金よりも時間と効率を優先させてガイドと車を個人で雇おうと思ったとき。
このプロヴディフとヴェリコ・タルノヴォ間の意外な障害が私の背中を後押ししたのは確かです。

それでも、実はプロヴディフについては、ぎりぎりまで足掻きました。
どうせなら1人でじっくり回りたかったから。
後半の1人旅でソフィアに戻ったあと、日帰りか1泊旅行にしようか、とか。

しかし、下調べすればするほど、後半の1人旅でも行きたいところがどんどん増え。
前半の旅行で南ブルガリアのメルニックと中央ブルガリアのガブロヴォ(ヴェリコ・タルノヴォに近い町)を結ぶのに、その途中にあるプロヴブィフを素通りするのがもったいなくなりました。
決して足らないだろうけど、全然見ないよりはずっといい!───と、旧市街散策だけでも前半のガイドとの旅程に組み込むことにしました。

「ブルガリアの第二の都市プロヴディフには、長い歴史と豊かな文化生活、そして独特の魅力があり、観光客を容易に数日間、引き止めてしまうでしょう。ありがたいことに、これらのほとんどは街のコンパクトな中心部にあり、徒歩でアクセス可能です。疑いようもなく、一番の魅力は愛らしい旧市街です。19世紀の街並みが労を惜しまず維持されている旧市街は、チャーミングなハウス・ミュージーアムとアートギャラリーにあふれています。また、旧市街にあるローマ時代の円形劇場はブルガリアで最も保存状態がよいものの一つであり、いまでも演劇や音楽会の上演に利用されています。新市街は、視覚的魅力に訴えるものは減るものの、十分に楽しいです。たくさんのカフェ、バーやクラブがある一方で、愛らしいシメオン皇帝庭園は、慌しい雑踏から離れた、リラックスできる木陰の多い快適な場所です。
 プロヴディフは常に、ブルガリアの最も裕福で最も国際的な都市でした。その「ブルジョワである」証は、共産時代には時に疑惑を抱かせました。他のブルガリア人は、この街に対してしばしば否定的な見方をするでしょう。住民は、傲慢でお高くとまっていると評判です。いつも必ずしもそうとは限らないのですが。ただし、ブルガリアのどこよりも意地の悪いバーのスタッフに遭遇する確率が高いのは本当でしょう。(後略)」
(Lonely Planet(2nd edition 2005年刊)より私訳)

エリア: ヨーロッパ >>ブルガリア >>プロブディフ
テーマ: 特になし・その他(観光)
時期: 2008年07月10日〜07月10日
投稿日: 2008年10月31日
写真: 全35枚
満足度: 評価なし
観光: 評価なし
ホテル: 評価なし
グルメ・レストラン: 評価なし
ショッピング: 評価なし
交通: 評価なし
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  • プロブディフ 写真

    プロヴディフ旧市街を行く

    坂道の壁の連なりに惹かれて


  • プロブディフ 写真

    ブルガリア民族復興様式の家々

    2階がせり出しているのが特徴です。
    カラフルな家は、塗料がきれいなため、意外と新しく、そして可愛らしく見えました。

    ※2階がせり出した家は、ブルガリアでミュージーアム・タウンと呼ばれているメルニックでもたくさん見ました。
    関連の旅行記
    「2008年ブルガリア旅行第3日目(4):白い岩壁に囲まれたロージェンとメルニック(翌朝の散策も含めて)」
    http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10271040/

    「プロヴディフ
     バルカン山脈とロドピ山脈に挟まれたトラキア平原は、比較的温暖で農業に適したところ。そのほぼ真ん中にある町がプロヴディフ。ソフィアから南東へ125km。人口は約37万人でソフィアに次ぐ国内第2の都市だ。
     ブロヴディフの歴史は古く、紀元前19世紀にはすでに、トラキア人の集落が造られていたとう。交通の要衝に位置していたので当時から商業が栄え、紀元前4世紀にはマケドニアの主要都市のひとつとなった。この都市を愛したマケドニア王フィリップの名をとって、町はフィリッポポリスと呼ばれ、その後ローマ帝国がこの地を征服すると、地形からトリモンティウム(3つの丘)と改称される。ローマの支配下にトリモンティウムは大発展し、議事堂や競技場が建設され、それらは町のあちこちに姿を残している。
     第一次、第二次ブルガリア帝国の時代を経て、14世紀になると町はオスマン朝に支配されるようになり、フィリベと呼ばれるようになった。人口が増えるごとに新しく区画が拡張され、そのたびに新しい建築様式や装飾が町を彩った。一方、古い時代の建物も保存され、ローマの円形劇場から民族復興期の建物まで、新旧が見事に同居する美しい町並みができあがる。
     プロヴディフの商業の伝統は現代にも受け継がれていて、毎年5月と9月に開かれる国際見本市には世界中からバイヤーやプレスが詰めかける。」
    (「地球の歩き方 '07〜'08年版」より)


  • プロブディフ 写真

    風情のある路地を行く


  • プロブディフ 写真

    古めかしい石垣と、半端でない石畳

    ブロヴディフの旧市街中の旧市街は、こんな石畳の道ばかりです!


  • プロブディフ 写真

    ローマ時代からのヒサール門(Hisar Gate)と美しいブルガリア民族復興様式の家

    「プロヴディフ旧市街
     プロヴディフはヨーロッパで最も古い町の一つで、トロイやミケーネと同時代からの町です。旧市街には、ブルガリア民族復興時代様式の建物と、トラキア、ローマ帝国、そして中世の建築遺跡が同居しています。」
    (ブルガリアで買ったパンフレット「BULGARIA guide」(ART TOMORROW出版(www.arttomorrow.com))より私訳)


  • プロブディフ 写真

    ヒサール門の手前、画家が住んでいたことを示す記念碑


  • プロブディフ 写真

    ローマ時代から残るヒサール門

    「古代遺跡と民族復興建築の融合プロヴディフ
     トラキア平原の中心にあるブルガリア第2の都市で、世界最古の都市の一つ。紀元前19世紀にはすでにトラキア人の集落がつくられ、バルカン半島の交通の要として商業の中心であった。ギリシア、ローマ、スラヴ、オスマントルコなどの異民族支配の歴史を重ね、エキゾチックな面影を今に色濃く残っている。」
    (「東欧の郷愁」(菊間潤吾・編/新潮社))より


  • プロブディフ 写真

    トロヤン陶器の工房兼ショップを訪ねる

    旧市街の一角、独特な色彩と硬度で人気が高いブルガリアン陶器を創作・販売するゲオルギ氏の店、と「東欧の郷愁」(菊間潤吾・編/新潮社))に紹介されていました。
    店の前にその「東欧の郷愁」の表紙の写真が展示されています。左底のステンドグラスの写真がそうです。
    日が良く当たるせいか、すっかり色あせています@

    Original Bulgarian Ceramica
    住所:Strumna St.
    http://genchev-potter.dir.bg


  • プロブディフ 写真

    洞窟の中のような小さな店内

    ブロヴディフと書かれた鈴と水笛を買いました。
    今から思えば、取っ手付きのあのマグを買ってもよかったナ。

    ※後に買ったトロヤン焼きのマグは取っ手なし(右から2つ)
    http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/14421131/
    関連の旅行記
    「2008年ブルガリア・ハイライトその14(完):ブルガリアでゲットしたもの」
    http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10267157/


  • プロブディフ 写真

    制作過程をデモンストレーション!

    粘土を丸め、電動のろくろに乗せます


  • プロブディフ 写真

    壷の形になっていきました。


  • プロブディフ 写真

    形を整えています。


  • プロブディフ 写真

    お椀型になりました。


  • プロブディフ 写真

    お椀の底かと思ったら、穴をあけてしまいました。


  • プロブディフ 写真

    穴が広がっていきます。


  • プロブディフ 写真

    茶碗っぽくなってきました。


  • プロブディフ 写真

    ふちを作り始めました。


  • プロブディフ 写真

  • プロブディフ 写真

    くぼみとふくらみができました。
    はじめの予想と、形がずいぶん変ってきました@


  • プロブディフ 写真

    ふちを作っています。


  • プロブディフ 写真

    底の形を整えています。


  • プロブディフ 写真

    ふちを整えています。


  • プロブディフ 写真

    器具で底をきちんと整えています。


  • プロブディフ 写真

    模様のくぼみを入れています。


  • プロブディフ 写真

    出来上がり!
    釜入れ前@

    ちなみに、粘土からこうして陶器が出来ていく過程の撮影は、去年(2007年)のルーマニア旅行でもやりました。
    なかなか楽しいものです@
    連写というほどのスピードは必要なく、コンデジでふつうの設定でも十分に撮れます。

    関連の旅行記
    「2007年ルーマニア旅行第14日目(4)ブコヴィナ地方:マルジネア村の陶器工房に寄り道」
    http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10210636/


  • プロブディフ 写真

    砂糖と塩入れ

    手描きの木のスプーンもなかなかステキです。
    これが旅の前半でなければ、きっと飛びついて買ったでしょう。


  • プロブディフ 写真

    手描きの花模様の腕輪と小箱と、去年(2007年)亡くなった旦那さんの写真

    ※この店で買った陶器の写真
    (笛と鈴がそうです。人形さんたちは、この後見学した教会のすぐ外の露店で買いました@)
    http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/14421101/
    関連の旅行記
    「2008年ブルガリア・ハイライトその14(完):ブルガリアでゲットしたもの」
    http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10267157/


  • プロブディフ 写真

    ローマ時代のヒサール門をくぐる


  • プロブディフ 写真

    ふたたび、民族復興時代様式の家の並ぶ通り

    ……そして、ハンパでない石畳。


  • プロブディフ 写真

    今回は建物を見ただけの民俗博物館

    いつかプロヴディフを再訪したら、そのときにはきっと!
    ネベ・テベ遺跡の近く、チョマコフ(Dr. Chomakov)通りにて。

    「民俗博物館
     旧市街にある豪邸のなかでもひときわ美しいのが、イスタンブール出身のハジ・ゲオルギが1847年に建てた屋敷。バロック様式と民族復興様式がミックスされた建築様式で、黒を基調とした外壁に描かれた花模様が目を引く。現在は民俗博物館になっていて、2階に当時の家具調度が展示されているほか、民族衣装やブルガリアのバグパイプなどが集められている。」
    (「地球の歩き方 '07〜'08年版」より)


  • プロブディフ 写真

    とにかくハンパでない石畳
    ネベ・テベ遺跡へ向かう途中のチョマコフ(Dr. Chomakov)通りにて

    平らで何もないところでもよくけつまずく私には、ハードルの高い道でした(笑)。

    「旧市街は、どこを歩いても古く美しい屋敷が連なり、ここだけが時が中世で止まったようだ。細い坂町は無秩序に延び、通ったはずの道や建物にまた巡り合ってしまう、迷路歩きのような楽しみもある。
     中でも威風堂々と立つ要塞門、ヒサール・カピヤは旧市街のシンボル。紀元前4世紀のマケドニア時代に造られたものだが、ローマ、トルコと支配が変わるごとに修復が繰り返された。近くにはバロックと民族復興様式が見事に溶け込んだゲオルギアディの屋敷、バラバノフの屋敷やネドコヴィッチ・ハウスが続く。」
    (「東欧の郷愁」(菊間潤吾・編/新潮社))より)


  • プロブディフ 写真

    せり出した家の間の間を行く
    チョマコフ(Dr. Chomakov)通り

    ここを抜けると、ネベ・テペ遺跡です。


  • プロブディフ 写真

    ネベ・テペ遺跡から見下ろして


  • プロブディフ 写真

    チョマコフ(Dr. Chomakov)通りの白い家


  • プロブディフ 写真

    チョマコフ(Dr. Chomakov)通りの茶色い家

    ネベ・テペ遺跡の写真からは、プロヴディフ旧市街散策の後半の旅行記「(4)古代ローマの香りあるプロヴディフ旧市街」にて。


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まみさん
  • 誕生日:01月28日
  • 登録:2005年08月11日

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