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2007/07/24(火)第17日目:ヤシ2日目<br />【宿泊:一等寝台列車】<br /> 23:37発の急行列車(寝台)でブカレスト着6:06(30分遅れの6:20頃に到着)<br />文化宮殿(歴史博物館・工芸博物館・美術館・民俗博物館)、ショッピングモール・モルドヴァ、ドソフティの家、シュテファン大公通りから統一広場まで散策、レストランで在ニューヨークの日本人女性とルーマニア人女性とおしゃべり<br /><br />文化宮殿とその内部の博物館さえ回れれば、あとはまあどうでもよいと思った本日。<br />ブカレストに戻る前にヤシを旅程に入れた決め手は文化宮殿なのです。<br />そりゃあ、ブカレストとヤシ間の方が寝台車で旅程をつなげやすいという利点も一役買っていましたけれど。<br /><br />そうはいっても、午後3時に文化宮殿の見学が終わってしまったとなれば、時間が余ります。<br />そのため、予定外の博物館めぐりや散策をしたり、ショッピングに費やしたりしました。<br />冷房がキンキンに効いていて、警備員がうじゃうじゃの真新しいショッピングモールも再度ぶらつき、昨日は店のクレジットカード・マシンが使えなくてあきらめたアクセサリーを、結局キャッシュで買ってしまいました。<br /><br />ところで、今朝の荷造りでは、今晩の寝台車利用、そしてそのまま明日、おそらくホテルにチェックインするには早すぎるので荷物だけ預かってもらってブカレスト観光になだれ込むであろうことを考えると、いつもと多少、変えなければなりませんでした。<br />でも、朝、ややのんびりしてしまったのは、文化宮殿がホテルの目の前にある便利さと───8時にはすでに、猛暑のきざしが見え始めていた異常気象のせいです。<br /><br />天気予報によると、日中、ブカレストは、また40度を超すそうです。<br />ここヤシは、ルーマニアでも北寄りなので38度のようですが───それでも、うんざりな暑さです。<br />ニュースのルーマニア語はさっぱり分からなくても、映像を見ていれば、今年(2007年)7月のルーマニアの猛暑がエジプト並みかそれ以上だ、と報じているのは分かります。<br />しかもこの異常猛暑はルーマニアだけの現象で、お隣のハンガリーやブルガリアはこれほどひどくないのだとか。<br />───というのは、夕食時のレストランで久しぶりに出会った日本人女性から聞きました。<br />ほぼ2週間ぶりの日本語でのおしゃべりで、日本語に飢えていたことを思い知らされました。<br /><br />ヤシで泊まったホテルは、社会主義時代の香りがぷんぷんする三ツ星でした。<br />けれど、部屋にはクーラーがなく、朝のうちは、湿気がない分、外の方がかえって涼しいくらいでした。<br /><br />チェックアウトして、レセプションに荷物だけ預ってもらって文化宮殿へと歩き始めたとき、部屋にデジカメのSDカードケースを忘れたことに気が付きました。<br /><br />大変!<br />あれには写真をぎっしりつめた512MBのSDカードが3枚入っているのです。<br />旅行の成果が……!<br /><br />泣きそうな気分で大慌てでレセプションでもう一度部屋の鍵を借りて戻ったところ───ちょうど清掃中だったルームキーパーが、部屋に戻った私を見て、エプロンのポケットからカードケースを出して渡してくれました。<br /><br />ほっとしたの、なんのって。<br />胸をなでおろしました。脱力したくらい。<br /><br />そして、ほっとした余りの油断。<br />立ち去るとき、廊下で掃除機の電気のコードに足を引っ掛けてつまずき、無傷だった方の右足をひねってしまいました。<br /><br />───忘れものをするよりは、ずっとましだけど。<br />でも、一週間前にひねった左足が、まだ治っていないのです。<br /><br />ということで、旅行の残り約5日間、両足にねんざを抱えてやり過ごさなくてはならなくなりました。<br />アーメン。

2007年ルーマニア旅行第17日目(2)ヤシ2日目:のんびり回ったヤシの街並み

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2007/07/24 - 2007/07/24

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まみ

まみさん

2007/07/24(火)第17日目:ヤシ2日目
【宿泊:一等寝台列車】
 23:37発の急行列車(寝台)でブカレスト着6:06(30分遅れの6:20頃に到着)
文化宮殿(歴史博物館・工芸博物館・美術館・民俗博物館)、ショッピングモール・モルドヴァ、ドソフティの家、シュテファン大公通りから統一広場まで散策、レストランで在ニューヨークの日本人女性とルーマニア人女性とおしゃべり

文化宮殿とその内部の博物館さえ回れれば、あとはまあどうでもよいと思った本日。
ブカレストに戻る前にヤシを旅程に入れた決め手は文化宮殿なのです。
そりゃあ、ブカレストとヤシ間の方が寝台車で旅程をつなげやすいという利点も一役買っていましたけれど。

そうはいっても、午後3時に文化宮殿の見学が終わってしまったとなれば、時間が余ります。
そのため、予定外の博物館めぐりや散策をしたり、ショッピングに費やしたりしました。
冷房がキンキンに効いていて、警備員がうじゃうじゃの真新しいショッピングモールも再度ぶらつき、昨日は店のクレジットカード・マシンが使えなくてあきらめたアクセサリーを、結局キャッシュで買ってしまいました。

ところで、今朝の荷造りでは、今晩の寝台車利用、そしてそのまま明日、おそらくホテルにチェックインするには早すぎるので荷物だけ預かってもらってブカレスト観光になだれ込むであろうことを考えると、いつもと多少、変えなければなりませんでした。
でも、朝、ややのんびりしてしまったのは、文化宮殿がホテルの目の前にある便利さと───8時にはすでに、猛暑のきざしが見え始めていた異常気象のせいです。

天気予報によると、日中、ブカレストは、また40度を超すそうです。
ここヤシは、ルーマニアでも北寄りなので38度のようですが───それでも、うんざりな暑さです。
ニュースのルーマニア語はさっぱり分からなくても、映像を見ていれば、今年(2007年)7月のルーマニアの猛暑がエジプト並みかそれ以上だ、と報じているのは分かります。
しかもこの異常猛暑はルーマニアだけの現象で、お隣のハンガリーやブルガリアはこれほどひどくないのだとか。
───というのは、夕食時のレストランで久しぶりに出会った日本人女性から聞きました。
ほぼ2週間ぶりの日本語でのおしゃべりで、日本語に飢えていたことを思い知らされました。

ヤシで泊まったホテルは、社会主義時代の香りがぷんぷんする三ツ星でした。
けれど、部屋にはクーラーがなく、朝のうちは、湿気がない分、外の方がかえって涼しいくらいでした。

チェックアウトして、レセプションに荷物だけ預ってもらって文化宮殿へと歩き始めたとき、部屋にデジカメのSDカードケースを忘れたことに気が付きました。

大変!
あれには写真をぎっしりつめた512MBのSDカードが3枚入っているのです。
旅行の成果が……!

泣きそうな気分で大慌てでレセプションでもう一度部屋の鍵を借りて戻ったところ───ちょうど清掃中だったルームキーパーが、部屋に戻った私を見て、エプロンのポケットからカードケースを出して渡してくれました。

ほっとしたの、なんのって。
胸をなでおろしました。脱力したくらい。

そして、ほっとした余りの油断。
立ち去るとき、廊下で掃除機の電気のコードに足を引っ掛けてつまずき、無傷だった方の右足をひねってしまいました。

───忘れものをするよりは、ずっとましだけど。
でも、一週間前にひねった左足が、まだ治っていないのです。

ということで、旅行の残り約5日間、両足にねんざを抱えてやり過ごさなくてはならなくなりました。
アーメン。

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  • ホテル正面の駐車場からみた、ニコライ・ドムネスク教会<br /><br />昨日も撮ったけれども、晴れた朝の光を浴びた姿をまた撮りました。<br />ほっそりとしたフォルムが、何度見ても惚れ惚れ@<br /><br />関連の写真<br />昨日の昼間の曇り空の下のニコライ・ドムネスク教会<br />http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/13598029/<br />関連の旅行記<br />「2007年ルーマニア旅行第16日目(2):月曜のヤシは教会めぐり・その1」<br />http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10225614/

    ホテル正面の駐車場からみた、ニコライ・ドムネスク教会

    昨日も撮ったけれども、晴れた朝の光を浴びた姿をまた撮りました。
    ほっそりとしたフォルムが、何度見ても惚れ惚れ@

    関連の写真
    昨日の昼間の曇り空の下のニコライ・ドムネスク教会
    http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/13598029/
    関連の旅行記
    「2007年ルーマニア旅行第16日目(2):月曜のヤシは教会めぐり・その1」
    http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10225614/

  • ニコライ・ドムネスク教会の美しい文様<br /><br />ルーマニア的というより、どこかロシア的な香りがします。<br />といっても、ルーマニア的とかロシア的ってどういうの?<br />とつっこまれると、答えに窮します@<br />敢えて言うなら、ルーマニアの方が原色っぽくプリミティヴで、ロシアの方が蛍光パステルカラーっぽい涼しげな色合いに、涼しげな絵柄が多いような気がするのですが、根拠はありません。

    ニコライ・ドムネスク教会の美しい文様

    ルーマニア的というより、どこかロシア的な香りがします。
    といっても、ルーマニア的とかロシア的ってどういうの?
    とつっこまれると、答えに窮します@
    敢えて言うなら、ルーマニアの方が原色っぽくプリミティヴで、ロシアの方が蛍光パステルカラーっぽい涼しげな色合いに、涼しげな絵柄が多いような気がするのですが、根拠はありません。

  • 文化宮殿前の広場の標識とショッピングモール「モルドヴァ」<br /><br />ここからは、文化宮殿見学終了後の写真です。<br /><br />冷房がキンキンに効いていて、警備員がうじゃうじゃいたショッピングモールです。<br />2000年の秋のロシア旅行を思い出しました。<br />こういうところはまだまだ、社会主義から資本主義になりたて、というかんじですね。<br /><br />標識は、EU加盟記念に立てられたものでしょうか。<br />Uniunea Europeanaは0km。<br />もう到達した、ってことですよね@

    文化宮殿前の広場の標識とショッピングモール「モルドヴァ」

    ここからは、文化宮殿見学終了後の写真です。

    冷房がキンキンに効いていて、警備員がうじゃうじゃいたショッピングモールです。
    2000年の秋のロシア旅行を思い出しました。
    こういうところはまだまだ、社会主義から資本主義になりたて、というかんじですね。

    標識は、EU加盟記念に立てられたものでしょうか。
    Uniunea Europeanaは0km。
    もう到達した、ってことですよね@

  • ドソフティの家<br /><br />昨日もこの建物の写真を撮ろうと思ったのですが、いいアングルが見つからずに撮る気がなくなってしまいました。<br />時間が余ったので当初予定のなかったこの博物館を見学した後、中で販売されていたポストカードから、こういうアングルで撮ればよいとヒントを得ました。<br /><br />「ドソフティはルーマニアでは『印刷の父』として尊敬されている。もともとは正教の聖職者であり、1670〜86年にかけてモルドヴァの大司教まで務めている。<br /> ドソフティは教会での印刷責任者であったため、ルーマニア語による最初の祈祷書を印刷するという栄誉に浴した。これが印刷の父と言われる由縁。1679年のことであった。」<br />(「旅名人ブックス ルーマニア 伝説と素朴な民衆文化と出会う」(日経BP社)より)

    ドソフティの家

    昨日もこの建物の写真を撮ろうと思ったのですが、いいアングルが見つからずに撮る気がなくなってしまいました。
    時間が余ったので当初予定のなかったこの博物館を見学した後、中で販売されていたポストカードから、こういうアングルで撮ればよいとヒントを得ました。

    「ドソフティはルーマニアでは『印刷の父』として尊敬されている。もともとは正教の聖職者であり、1670〜86年にかけてモルドヴァの大司教まで務めている。
     ドソフティは教会での印刷責任者であったため、ルーマニア語による最初の祈祷書を印刷するという栄誉に浴した。これが印刷の父と言われる由縁。1679年のことであった。」
    (「旅名人ブックス ルーマニア 伝説と素朴な民衆文化と出会う」(日経BP社)より)

  • ドソフティ像とニコライ・ドムネスク教会

    ドソフティ像とニコライ・ドムネスク教会

  • 統一広場にて、ホテルとトラム<br /><br />ヤシは大学の町なので、本屋さんがたくさんです。<br />写真満載で手ごろな大きさのAD LIBRI社シリーズの「ROMANIA - Bucovina」が欲しかったので、本屋さんめぐりをしがてら、統一広場まで歩きました。<br /><br />「モルドヴァ公国の首都が、1565年にスチャヴァからヤシに移された。この時以降ヤシは、ルーマニアを代表する都として成長を遂げていった。モルドヴァは1859年にワラキア公国と統合され、オスマン帝国支配下でルーマニア公国が成立する。<br /> この時に首都はヤシでなく、ブカレストとなった。しかし、1860年にルーマニア最初の大学がヤシに創立されたことからも分かるように、文化面で相変わらず重要な町であった。」<br />(「旅名人ブックス ルーマニア 伝説と素朴な民衆文化と出会う」(日経BP社)より)<br /><br />AD LIBRI社シリーズの「ROMANIA - Bucovina」とはコレです。<br />http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/13190089/<br />関連の旅行記<br />「2007年ルーマニア旅行第13日目(3)マラムレシュ地方:プリシュロップ峠を越えてスチャヴァ州へ(ブコヴィナ地方の歴史と修道院の解説付)」<br />http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10205796/

    統一広場にて、ホテルとトラム

    ヤシは大学の町なので、本屋さんがたくさんです。
    写真満載で手ごろな大きさのAD LIBRI社シリーズの「ROMANIA - Bucovina」が欲しかったので、本屋さんめぐりをしがてら、統一広場まで歩きました。

    「モルドヴァ公国の首都が、1565年にスチャヴァからヤシに移された。この時以降ヤシは、ルーマニアを代表する都として成長を遂げていった。モルドヴァは1859年にワラキア公国と統合され、オスマン帝国支配下でルーマニア公国が成立する。
     この時に首都はヤシでなく、ブカレストとなった。しかし、1860年にルーマニア最初の大学がヤシに創立されたことからも分かるように、文化面で相変わらず重要な町であった。」
    (「旅名人ブックス ルーマニア 伝説と素朴な民衆文化と出会う」(日経BP社)より)

    AD LIBRI社シリーズの「ROMANIA - Bucovina」とはコレです。
    http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/13190089/
    関連の旅行記
    「2007年ルーマニア旅行第13日目(3)マラムレシュ地方:プリシュロップ峠を越えてスチャヴァ州へ(ブコヴィナ地方の歴史と修道院の解説付)」
    http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10205796/

  • 統一広場の像、日付が4つ<br /><br />正面には5/24 Januarie 1859、すなわち1859.1.5/24。<br />右脇には17 Decembrie 1863、すなわち1863.12.17。<br />裏には2 Mai 1864、すなわち1864.5.2。<br />左脇には11 Fevruare 1866、すなわち1866.2.11。<br />さて、何の日付でしょうか。<br /><br />「17世紀、つまりルーマニア文化が大きく華開いた時期に、知識人の多くはこの町を本拠とした。ルーマニアにおける最初の新聞も、ここヤシで1829年に創刊されている。<br /> こうした華々しい歴史のある古都ヤシは、現在もルーマニア第二の都市、また溌剌とした学生の町として発展している。」<br />(「旅名人ブックス ルーマニア 伝説と素朴な民衆文化と出会う」(日経BP社)より)

    統一広場の像、日付が4つ

    正面には5/24 Januarie 1859、すなわち1859.1.5/24。
    右脇には17 Decembrie 1863、すなわち1863.12.17。
    裏には2 Mai 1864、すなわち1864.5.2。
    左脇には11 Fevruare 1866、すなわち1866.2.11。
    さて、何の日付でしょうか。

    「17世紀、つまりルーマニア文化が大きく華開いた時期に、知識人の多くはこの町を本拠とした。ルーマニアにおける最初の新聞も、ここヤシで1829年に創刊されている。
     こうした華々しい歴史のある古都ヤシは、現在もルーマニア第二の都市、また溌剌とした学生の町として発展している。」
    (「旅名人ブックス ルーマニア 伝説と素朴な民衆文化と出会う」(日経BP社)より)

  • 統一広場とトラム<br /><br />建物の間が、目抜き通りのシュテファン大公通りです。<br />統一広場の周りは、五ツ星ホテルやレストラン、両替所、旅行代理店など、旅行者に必要なものがそろっていました。<br />街の中心というより、むしろ旅行者のための広場!?

    統一広場とトラム

    建物の間が、目抜き通りのシュテファン大公通りです。
    統一広場の周りは、五ツ星ホテルやレストラン、両替所、旅行代理店など、旅行者に必要なものがそろっていました。
    街の中心というより、むしろ旅行者のための広場!?

  • 夜のニコライ・ドムネスク教会<br /><br />レセプションに預けた荷物をとりにホテルに戻ったときに撮りました。

    夜のニコライ・ドムネスク教会

    レセプションに預けた荷物をとりにホテルに戻ったときに撮りました。

  • 夜のヤシ駅、ホームにて寝台車を待つ<br /><br />21時半頃にホテルに戻り、レセプションでタクシーを呼んでもらって、21時55分には駅につきました。<br />寝台車は23時37分発。<br />でも車両が着いたのは23時20分頃でした。<br />早めに駅に行っておく方が安心できたのですが、ちょっと早すぎましたね。<br />それにしても、始発なのに車両が来るのが遅いです。<br />駅舎は改装中で建物には入れず、しかも20km以上のスーツケースと5km以上の手荷物というフル装備では身動きがとれず、ほとんどの時間、荷物と一緒にじっとしているしかなかったからです。<br />それでも、鉄道に乗るには、余裕をもって行動する方が安心です。<br />イスは確保できたので、日記を書いたり、写真のメモをつけたり、この先の都市での観光予定を立てるなど、やることはいろいろありました@

    夜のヤシ駅、ホームにて寝台車を待つ

    21時半頃にホテルに戻り、レセプションでタクシーを呼んでもらって、21時55分には駅につきました。
    寝台車は23時37分発。
    でも車両が着いたのは23時20分頃でした。
    早めに駅に行っておく方が安心できたのですが、ちょっと早すぎましたね。
    それにしても、始発なのに車両が来るのが遅いです。
    駅舎は改装中で建物には入れず、しかも20km以上のスーツケースと5km以上の手荷物というフル装備では身動きがとれず、ほとんどの時間、荷物と一緒にじっとしているしかなかったからです。
    それでも、鉄道に乗るには、余裕をもって行動する方が安心です。
    イスは確保できたので、日記を書いたり、写真のメモをつけたり、この先の都市での観光予定を立てるなど、やることはいろいろありました@

  • 改装中のヤシ駅舎<br /><br />ホームで寝台車を待ちました。<br />フル装備なので身軽に動けないのが辛かったですが、付近の様子を探りに歩き回りたいなら、ワイヤーロックで荷物をベンチにくくりつけておけばいいのだ、と気がつきました。<br />といっても、暗かったのでやたらめったら歩き回ったわけではないです。<br />ホームに入ってくる列車が目当ての列車か確認するときなどです。<br />それにルーマニアの地方都市の駅では、ホームの番号が真ん中ではなく、先頭や後方など分かりにくいところにあったりします。<br />自分が正しいホームにいるか、ブカレスト行きの寝台車が本当にこのホームにやってくるのか、など、待ち時間が長かったため、いろいろ余計な心配をしてしまいました。<br />でも、何か事情があって急にホームが変わったり時間が変更になったりしても、ルーマニア語でしか放送されないので分かりませんからね。<br />何かがあったか、ぐらいは、ブカレストや列車の発車時刻くらいは聞き取れるのですが。<br />もちろん、すべて杞憂に終わり、無事にブカレスト行きの寝台車に乗ることができました。<br />車両を確認するのも、荷物を運び込むのも、車掌さんの助けを借りて、でしたけどね。<br /><br /><寝台車エピソード><br />切符には車両番号は22号車とありました。<br />そんなに車両がいっぱいあったら、自分の車両を探すのに苦労するだろうと焦りました。<br />いままでのルーマニア鉄道旅行の経験からすると(それほど多いわけではありませんが)、車両間移動ができるとは限らず、違う車両に移動する場合には、いったん外に出なければならないことが多いからです。<br />つまり、発車前にとりあえず違う車両でもよいから乗ってしまえ、というわけにはいかないのです。特に、スーツケースを引きずっている場合は。コンパートメントの廊下はそれほど広くないですから。<br />もっとも、今回は、寝台車は2車両しかありませんでした。<br />あとは簡易寝台(クシェット)か、普通車両の夜行列車でした。<br />寝台車は2人部屋のはずですが、先客が2人いたので、ダブルブッキングかとギョッしましたが、1人は見送りにきた娘さんでした。<br />ちなみに、ルーマニア鉄道では1等寝台が2人部屋です。<br />私の31番ベッドは下のベッドでした。下のベッドの方が利用しやすいのでラッキーです。<br />この先、あと2度、寝台車を利用しますが、ブカレストの国鉄旅行センターで買っておいた指定席券は、全て下のベッドでした。ついでにいうと、インターシティの座席もすべて窓側でした。<br />窓口のお姉さん、ちゃんと乗客が喜びそうな席を選んでとってくれたに違いありません@<br /><br />関連の旅行記<br />「2007年ルーマニア旅行第2日目ブカレスト(1):旅の始まりは足の確保から(C.F.R.(国鉄旅行センター)にて)」<br />http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10170474/<br /><br />コンパートメントの座席番号は31、32、33となっていましたが、32番は空番号でした。<br />コンパートメント内は意外とスペースがあり、2人分のスーツケースを置く余裕も十分ありました。ベッドの高さも、座っていられるくらいありました。<br />クシェットは3人部屋なので、これと同じスペースだと窮屈だろうと思いました。3段ベッドなので、横になることしかできないでしょうしね。人間、快適さにはすぐに慣れてしまいます。<br />ただ、室内は蒸し暑くて、座っているだけで汗だらだらでした。日本の熱帯夜を思い出して我慢しました(私の自宅の自室にはクーラーがありません)。<br />列車が走り出せば風が入ると思いましたが、あいにく下のベッドには風はあまり入りませんでした。ただし、熱気は上へ行くはずなので、きっと下の方がまだ過ごしやすかったに違いありません。<br />窓を開けているため、列車のガタンガタンという音や風の音が響くこと、それから何よりも蒸し暑さのせいで、はじめはとても寝苦しかったです。<br />しかし、去年ブダペストカラシギショアラまで利用したときのように、枕が低くて酔いそうになるということはなく、いつしか寝入っていました。<br />窓を開けたまま寝ていたら、明け方、寒くなって、風邪を引くかしら、と心配しましたが、それほど寒くなりませんでした。<br />暑かったせいか、ただの寝相の悪さか、シーツがぐちゃぐちゃで、掛け布団代わりの方は下に落ちていました@<br />朝、車両の両端にあるトイレのうち、前の晩とは反対側に行ってみると、そちらにはシャワーがありました。<br />あさって、ティミショアラ行きは2晩続けて往復寝台車です。<br />この旅行を立案していたのは春先だったので、2晩も寝台利用でシャワーを浴びなかったら、体が汗臭くてたまらなくなるだろうということをすっかり失念していました。助かります。<br />もっとも、今はすっかり汗も引いたし、ブカレストに到着するまで時間にそう余裕があるわけではないし、タオルはスーツケースの中なので、今回はシャワーは浴びませんでした。<br />部屋に戻ってみたら、なんと、洗面台がありました。ただの台付きの戸棚かと思っていたのですが、同室の人がフタを開けて使っていました。<br />そういえば寝台車ともなると、室内に洗面台くらいあるのを忘れていました。<br />ブカレスト到着30分前に、車掌が起こしに来てくれたときには、私たちはすっかり身支度を終えていました。<br />車掌さんが、ウェットティッシュ・石けん・歯みがきセットと、ミネラルウォーターの0.5リットルのペットボトルをくれました。<br />寝台車利用ともなると、そう構えて小物を準備しなくても、十分過ごせることをすっかり忘れていました。<br />同室の人がミネラルウォーターはいらないというので、もともと持ち込んでいたのと合わせて3本とも持って列車を降りました。<br />夏の旅行は、水分補給は死活問題ですものね@<br />

    改装中のヤシ駅舎

    ホームで寝台車を待ちました。
    フル装備なので身軽に動けないのが辛かったですが、付近の様子を探りに歩き回りたいなら、ワイヤーロックで荷物をベンチにくくりつけておけばいいのだ、と気がつきました。
    といっても、暗かったのでやたらめったら歩き回ったわけではないです。
    ホームに入ってくる列車が目当ての列車か確認するときなどです。
    それにルーマニアの地方都市の駅では、ホームの番号が真ん中ではなく、先頭や後方など分かりにくいところにあったりします。
    自分が正しいホームにいるか、ブカレスト行きの寝台車が本当にこのホームにやってくるのか、など、待ち時間が長かったため、いろいろ余計な心配をしてしまいました。
    でも、何か事情があって急にホームが変わったり時間が変更になったりしても、ルーマニア語でしか放送されないので分かりませんからね。
    何かがあったか、ぐらいは、ブカレストや列車の発車時刻くらいは聞き取れるのですが。
    もちろん、すべて杞憂に終わり、無事にブカレスト行きの寝台車に乗ることができました。
    車両を確認するのも、荷物を運び込むのも、車掌さんの助けを借りて、でしたけどね。

    <寝台車エピソード>
    切符には車両番号は22号車とありました。
    そんなに車両がいっぱいあったら、自分の車両を探すのに苦労するだろうと焦りました。
    いままでのルーマニア鉄道旅行の経験からすると(それほど多いわけではありませんが)、車両間移動ができるとは限らず、違う車両に移動する場合には、いったん外に出なければならないことが多いからです。
    つまり、発車前にとりあえず違う車両でもよいから乗ってしまえ、というわけにはいかないのです。特に、スーツケースを引きずっている場合は。コンパートメントの廊下はそれほど広くないですから。
    もっとも、今回は、寝台車は2車両しかありませんでした。
    あとは簡易寝台(クシェット)か、普通車両の夜行列車でした。
    寝台車は2人部屋のはずですが、先客が2人いたので、ダブルブッキングかとギョッしましたが、1人は見送りにきた娘さんでした。
    ちなみに、ルーマニア鉄道では1等寝台が2人部屋です。
    私の31番ベッドは下のベッドでした。下のベッドの方が利用しやすいのでラッキーです。
    この先、あと2度、寝台車を利用しますが、ブカレストの国鉄旅行センターで買っておいた指定席券は、全て下のベッドでした。ついでにいうと、インターシティの座席もすべて窓側でした。
    窓口のお姉さん、ちゃんと乗客が喜びそうな席を選んでとってくれたに違いありません@

    関連の旅行記
    「2007年ルーマニア旅行第2日目ブカレスト(1):旅の始まりは足の確保から(C.F.R.(国鉄旅行センター)にて)」
    http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10170474/

    コンパートメントの座席番号は31、32、33となっていましたが、32番は空番号でした。
    コンパートメント内は意外とスペースがあり、2人分のスーツケースを置く余裕も十分ありました。ベッドの高さも、座っていられるくらいありました。
    クシェットは3人部屋なので、これと同じスペースだと窮屈だろうと思いました。3段ベッドなので、横になることしかできないでしょうしね。人間、快適さにはすぐに慣れてしまいます。
    ただ、室内は蒸し暑くて、座っているだけで汗だらだらでした。日本の熱帯夜を思い出して我慢しました(私の自宅の自室にはクーラーがありません)。
    列車が走り出せば風が入ると思いましたが、あいにく下のベッドには風はあまり入りませんでした。ただし、熱気は上へ行くはずなので、きっと下の方がまだ過ごしやすかったに違いありません。
    窓を開けているため、列車のガタンガタンという音や風の音が響くこと、それから何よりも蒸し暑さのせいで、はじめはとても寝苦しかったです。
    しかし、去年ブダペストカラシギショアラまで利用したときのように、枕が低くて酔いそうになるということはなく、いつしか寝入っていました。
    窓を開けたまま寝ていたら、明け方、寒くなって、風邪を引くかしら、と心配しましたが、それほど寒くなりませんでした。
    暑かったせいか、ただの寝相の悪さか、シーツがぐちゃぐちゃで、掛け布団代わりの方は下に落ちていました@
    朝、車両の両端にあるトイレのうち、前の晩とは反対側に行ってみると、そちらにはシャワーがありました。
    あさって、ティミショアラ行きは2晩続けて往復寝台車です。
    この旅行を立案していたのは春先だったので、2晩も寝台利用でシャワーを浴びなかったら、体が汗臭くてたまらなくなるだろうということをすっかり失念していました。助かります。
    もっとも、今はすっかり汗も引いたし、ブカレストに到着するまで時間にそう余裕があるわけではないし、タオルはスーツケースの中なので、今回はシャワーは浴びませんでした。
    部屋に戻ってみたら、なんと、洗面台がありました。ただの台付きの戸棚かと思っていたのですが、同室の人がフタを開けて使っていました。
    そういえば寝台車ともなると、室内に洗面台くらいあるのを忘れていました。
    ブカレスト到着30分前に、車掌が起こしに来てくれたときには、私たちはすっかり身支度を終えていました。
    車掌さんが、ウェットティッシュ・石けん・歯みがきセットと、ミネラルウォーターの0.5リットルのペットボトルをくれました。
    寝台車利用ともなると、そう構えて小物を準備しなくても、十分過ごせることをすっかり忘れていました。
    同室の人がミネラルウォーターはいらないというので、もともと持ち込んでいたのと合わせて3本とも持って列車を降りました。
    夏の旅行は、水分補給は死活問題ですものね@

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