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2007/07/16(月)第9日目:マラムレシュ地方観光1日目(w/現地ガイド)<br />【宿泊:Pension Prisacaru(ヴァド・イゼイ村)】<br />スルデシュティの木造教会、ブルーベリー&クランベリー摘み(ピクニック)、ブデシュティの木造教会、Ocna Sugatagの塩湖周辺を散策、マラムレシュの丘陵での写真撮影&マシュルーム摘み、夕食後にヴァド・イゼイ村の川まで散策<br /><br />今回のルーマニア旅行では、車がなければスムーズなアクセスが困難なマラムレシュ地方とブコヴィナ地方めぐりに、6日半当てることにしました。<br />マラムレシュ地方からブコヴィナ地方への移動を半日として、ブコヴィナ地方の5つの修道院(+1つ)めぐりを2日間、そして「ルーマニアの桃源郷」と呼ばれるマラムレシュ地方には、思い切って4日間。<br /><br />立案当初は、行きたいところの候補をあれこれ挙げて、そのマラムレシュ地方での4日間の予定も決めてしまうつもりでした。<br /><br />しか、現地ガイドを手配してくれたエグザクト・ツアーの担当者さんに日程や見どころ相談をしてもらっているうちに、「時間がある程度取れるようですので、日程は概略だけにしてガイドと相談の上フレキシブルに対応したほうがいいです。田舎ですのでその日に新しい行事や、発見が出てくる可能性もあります。また地元民家で思った以上に馴染んでゆっくり交流する、というようなこともあります」とアドバイスいただきました。<br /><br />いつもの個人旅行と違うわけですし、むしろその方がわざわざ現地ガイドをお願いする意味がありそうだと思い、行きたいところのリクエストを、優先順位をつけて伝えて、あとは現地ガイドにお任せすることにしました。<br /><br />リクエストした内容は以下のとおりです。<br />********************************<br />7/16月:バイアマーレのホテルで合流。<br /><br />7/16月〜7/19木までの4日:マラムレシュ観光(宿泊はガイドのペンションに4泊)<br />・ぜひ行きたいところはぜひ行きたいが、ある程度フレキシブルに対応。<br />・写真を撮るのが好きなので、美しい自然や町や村や建物を眺めてゆっくり写真を撮る時間もとりたい。<br />・時期的にひまわりが咲いていて、もしあたり一面ひまわりの畑などがあったら見て写真を撮りたい。<br />・動物市場や、他にもなにか楽しい行事などかあったら見学してみたい。<br />・博物館を回って美術品やフォークアートを見るのが好き。<br />・ちなみに、旅先では積極的に動くが、ふだんあんまり運動をしないし、スポーツは苦手。<br /><br />★この4日間でぜひ行きたいところ<br />・サプンツァの「陽気な墓」とアトリエ見学<br />・シゲット市内の民俗博物館と野外博物館、両方かどちらか<br />・Poienile Izei教会の最後の審判のフレスコ画(Lonely Planetで絶賛していたので興味あり)<br />・Barsanaの修道院(御社のお薦め&Lonely Planetで絶賛していたので興味あり)<br />・Botizaの司祭宅(御社のお薦めで興味が沸いた)<br />・他にこの地方の有名な木造教会<br />木造教会めぐりは、行程やガイドブックなどで関心を抱いた教会は次の通りだが、ガイドのお薦めや時間や行程から考えて効率よく回れることを優先。数ヶ所は回りたいが、必ずしも全部回れなくてもよい。<br />Surdesti、Budesti(Budesti Josani、Budesti Susani)、Barsana、Ieud(Ieud Ses (new)、Ieud Deal (old。有名な方))、Botiza<br /><br />7/20金:マラムレシュからブコヴィナへ移動(所要半日)※300km<br /><br />7/20金〜7/21土:ブコヴィナのペンションで2泊。<br />★この1日半の間にぜひ行きたいところ:いわば「5つの修道院」として有名な修道院<br />Arbore、Humorului、Vornet、Moldvita、Sucevita<br /><br />7/22日:Dragomirnei修道院に寄ってからスチャヴァ市内のホテルに送ってもらってお別れ。<br />********************************<br /><br />マラムレシュ地方に目をつけたきっかけは世界遺産の木造教会ですが、一番楽しみにしていたのは「サプンツァの陽気な墓」です。<br />これは、1日目の今日に、バイア・マーレを出発して、バイア・マーレに一番近いスルデシュティ村の世界遺産の木造教会を訪れてから、午後に行くものと想定していましたが、実際には、ガイドの薦めに従って2日目の午前に行きました。<br /><br />1日目の今日は、上記のリクエストの中では、まずスルデシュティとブデシュティの2つの世界遺産の木造教会を訪れました。<br />そして、ペンションのあるヴァド・イゼイ村(シゲット・マルマッツィエイから5km離れた隣村)へ向かう途上のマラ川とイザ川に挟まれた渓谷地方で、写真撮影を兼ねたピクニックを2ヶ所、それからオスナ・スガタック(Ocna Sugatag)の塩湖に寄りました。<br /><br />ただし、オスナ・スガタックの塩湖は、イスラエルの死海と比べてしまった私には、あんまり魅力はありませんでした。<br />塩湖自体は、水にぷかぷか浮かびながら新聞を読んでいる人がいたり、美容によいミネラルたっぷりの泥を肌に塗って真っ黒になっている人たちがいるところなど、その魅力はイスラエルの死海と変わらないようでしたが、規模がずっと小さく(むしろ温泉やプールみたいなかんじで、何ヶ所かありました)、景観的にはいまいちでしたし、なにより私は水に入る気はありませんでしたから。<br /><br />まあ、あたりはずれの1つや2つはあるものです。<br /><br />「ルーマニアの夢の桃源郷 マラムレシュ地方<br />ウクライナとの国境に近いマラムレシュ地方は、フォークロア(民俗)の宝庫であり、ヨーロッパ農民文化の典型を見ることができる。昔ながらの生活や文化を守り続ける人々の暮らしは夢のようで、東欧の中の「桃源郷」といっても過言ではない。<br /> 今でも人々は赤や緑のカラフルな民族衣装を身にまとい、土むけりが舞う砂利道を荷馬車で走る。生きた民俗博物館という表現がピッタリのマラムレシュ地方では、土に触れ、機械に頼らない、中世から続く農村の暮らしぶりを肌で感じることができる。」<br />(「東欧の郷愁」菊間潤吾・監修(新潮社)より)

2007年ルーマニア旅行第9日目(3)マラムレシュ地方:ブデシュティからヴァド・イゼイへ

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2007/07/16 - 2007/07/16

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まみ

まみさん

2007/07/16(月)第9日目:マラムレシュ地方観光1日目(w/現地ガイド)
【宿泊:Pension Prisacaru(ヴァド・イゼイ村)】
スルデシュティの木造教会、ブルーベリー&クランベリー摘み(ピクニック)、ブデシュティの木造教会、Ocna Sugatagの塩湖周辺を散策、マラムレシュの丘陵での写真撮影&マシュルーム摘み、夕食後にヴァド・イゼイ村の川まで散策

今回のルーマニア旅行では、車がなければスムーズなアクセスが困難なマラムレシュ地方とブコヴィナ地方めぐりに、6日半当てることにしました。
マラムレシュ地方からブコヴィナ地方への移動を半日として、ブコヴィナ地方の5つの修道院(+1つ)めぐりを2日間、そして「ルーマニアの桃源郷」と呼ばれるマラムレシュ地方には、思い切って4日間。

立案当初は、行きたいところの候補をあれこれ挙げて、そのマラムレシュ地方での4日間の予定も決めてしまうつもりでした。

しか、現地ガイドを手配してくれたエグザクト・ツアーの担当者さんに日程や見どころ相談をしてもらっているうちに、「時間がある程度取れるようですので、日程は概略だけにしてガイドと相談の上フレキシブルに対応したほうがいいです。田舎ですのでその日に新しい行事や、発見が出てくる可能性もあります。また地元民家で思った以上に馴染んでゆっくり交流する、というようなこともあります」とアドバイスいただきました。

いつもの個人旅行と違うわけですし、むしろその方がわざわざ現地ガイドをお願いする意味がありそうだと思い、行きたいところのリクエストを、優先順位をつけて伝えて、あとは現地ガイドにお任せすることにしました。

リクエストした内容は以下のとおりです。
********************************
7/16月:バイアマーレのホテルで合流。

7/16月〜7/19木までの4日:マラムレシュ観光(宿泊はガイドのペンションに4泊)
・ぜひ行きたいところはぜひ行きたいが、ある程度フレキシブルに対応。
・写真を撮るのが好きなので、美しい自然や町や村や建物を眺めてゆっくり写真を撮る時間もとりたい。
・時期的にひまわりが咲いていて、もしあたり一面ひまわりの畑などがあったら見て写真を撮りたい。
・動物市場や、他にもなにか楽しい行事などかあったら見学してみたい。
・博物館を回って美術品やフォークアートを見るのが好き。
・ちなみに、旅先では積極的に動くが、ふだんあんまり運動をしないし、スポーツは苦手。

★この4日間でぜひ行きたいところ
・サプンツァの「陽気な墓」とアトリエ見学
・シゲット市内の民俗博物館と野外博物館、両方かどちらか
・Poienile Izei教会の最後の審判のフレスコ画(Lonely Planetで絶賛していたので興味あり)
・Barsanaの修道院(御社のお薦め&Lonely Planetで絶賛していたので興味あり)
・Botizaの司祭宅(御社のお薦めで興味が沸いた)
・他にこの地方の有名な木造教会
木造教会めぐりは、行程やガイドブックなどで関心を抱いた教会は次の通りだが、ガイドのお薦めや時間や行程から考えて効率よく回れることを優先。数ヶ所は回りたいが、必ずしも全部回れなくてもよい。
Surdesti、Budesti(Budesti Josani、Budesti Susani)、Barsana、Ieud(Ieud Ses (new)、Ieud Deal (old。有名な方))、Botiza

7/20金:マラムレシュからブコヴィナへ移動(所要半日)※300km

7/20金〜7/21土:ブコヴィナのペンションで2泊。
★この1日半の間にぜひ行きたいところ:いわば「5つの修道院」として有名な修道院
Arbore、Humorului、Vornet、Moldvita、Sucevita

7/22日:Dragomirnei修道院に寄ってからスチャヴァ市内のホテルに送ってもらってお別れ。
********************************

マラムレシュ地方に目をつけたきっかけは世界遺産の木造教会ですが、一番楽しみにしていたのは「サプンツァの陽気な墓」です。
これは、1日目の今日に、バイア・マーレを出発して、バイア・マーレに一番近いスルデシュティ村の世界遺産の木造教会を訪れてから、午後に行くものと想定していましたが、実際には、ガイドの薦めに従って2日目の午前に行きました。

1日目の今日は、上記のリクエストの中では、まずスルデシュティとブデシュティの2つの世界遺産の木造教会を訪れました。
そして、ペンションのあるヴァド・イゼイ村(シゲット・マルマッツィエイから5km離れた隣村)へ向かう途上のマラ川とイザ川に挟まれた渓谷地方で、写真撮影を兼ねたピクニックを2ヶ所、それからオスナ・スガタック(Ocna Sugatag)の塩湖に寄りました。

ただし、オスナ・スガタックの塩湖は、イスラエルの死海と比べてしまった私には、あんまり魅力はありませんでした。
塩湖自体は、水にぷかぷか浮かびながら新聞を読んでいる人がいたり、美容によいミネラルたっぷりの泥を肌に塗って真っ黒になっている人たちがいるところなど、その魅力はイスラエルの死海と変わらないようでしたが、規模がずっと小さく(むしろ温泉やプールみたいなかんじで、何ヶ所かありました)、景観的にはいまいちでしたし、なにより私は水に入る気はありませんでしたから。

まあ、あたりはずれの1つや2つはあるものです。

「ルーマニアの夢の桃源郷 マラムレシュ地方
ウクライナとの国境に近いマラムレシュ地方は、フォークロア(民俗)の宝庫であり、ヨーロッパ農民文化の典型を見ることができる。昔ながらの生活や文化を守り続ける人々の暮らしは夢のようで、東欧の中の「桃源郷」といっても過言ではない。
 今でも人々は赤や緑のカラフルな民族衣装を身にまとい、土むけりが舞う砂利道を荷馬車で走る。生きた民俗博物館という表現がピッタリのマラムレシュ地方では、土に触れ、機械に頼らない、中世から続く農村の暮らしぶりを肌で感じることができる。」
(「東欧の郷愁」菊間潤吾・監修(新潮社)より)

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  • 世界遺産の8つの木造教会の分布地図<br />現地ガイドにもらったパンフレットより<br /><br />現地ガイドと訪問したい木造教会を選ぶにあたり、世界遺産の8つの教会からスルデシュティ、ブデシュティ、ブルサナ、イェウド、ポイエニレ・イゼイの5つに絞りました。<br />その際に参考にしたのが、ルーマニア政府観光局公式サイトの「世界遺産─Maramures─マラムレシュの木造教会」(http://www.romaniatabi.jp/unesco/maramures.html)と、RomanianMonasteries.orgのサイトです。<br />(http://www.romanianmonasteries.org/Maramures-allchurches.html)<br /><br />8つの世界遺産の木造教会のうち5つに絞った判断基準はとても単純です。<br />まずスルデシュティは、「地球の歩き方」に唯一紹介されていましたし、バイア・マーレから一番アクセスしやすそうだったからです。<br />現地ガイドに車で連れて行ってもらうにしても、バイア・マーレに近いため、まずここに寄ってから北上するルートをとれると思いました。<br />ただし少し南下すればプロピシュにも行けたかもしれなかったのに、これを外してしまったのは残念でした。<br /><br />ほかの教会も、位置的に都合がよいというのを主な基準にしました。<br />なにしろ木造教会はあちこちに点在していますし、田舎道路を行くことになりますから。<br />あまりばらばらと離れすぎたところを訪れるようにしたら、回りきれなくなります。<br /><br />★ブルサナ(Barsana)教会<br />現地ガイドはシゲット・マルマッツィエイの近郊の村に住んでいて、マラムレシュ地方滞在4日間はガイドのペンションに泊まるとこになると連絡を受けていました。<br />ブルサナ教会はシゲット・マルマッツィエイに近いし(シゲット・マルマツィエイから17Km)、そのままポイエニレ・イゼイやイェウドへの進路がとれるところにあるので、位置的に都合がよさそうです。<br />また、現地旅行会社の担当者がお薦めのボティザ(Botiza)の教会や司祭の家も近そうです。<br />ブルサナには3日目の7/18の午前に行きました。<br /><br />★イェウッド(Ieud)教会<br />現存する木造教会の中でも最古のものだそうです。<br />また、木造教会を含むルーマニアの田舎めぐりのツアーをいくつか見つけましたが、この教会はたいてい日程に入っていました。ここしか訪れないツアーもありました。<br />ツアー日程は、個人旅行立案の際に参考になります。<br />「世界遺産の木造教会」と掲げるツアーでその代表として日程に入っているくらいなので、行く価値はあるだろうと判断しました。<br />この教会は、3日目の7/18の午後に訪れましたが、残念ながら鍵を預っている人も不在で、中には入れませんでした。<br /><br />★ポイエニレ・イゼイ(Poienile Izei)教会<br />Lonely Planetは、エリア毎の章の最初にそのエリアの観光名所トップ5を掲げています。<br />それで、この教会の「最後の審判」のフレスコ画がトップに挙げられていたので興味を抱きました。<br />ただし、この教会は予定していたものの、時間の都合で行くことができませんでした。<br /><br />★ブデシティ(Budesti)教会<br />これもバイア・マーレからシゲット・マルマッツィエイの途上にあってアクセスしやすい(シゲット・マルマツィエイから26km、バイア・マーレから44Km)というのが決定材料でした。<br /><br />★予定に入れなかったところ<br />デセシュティ、プロピシュ、ロゴス<br /><br />もちろん、これら以外の木造教会も、ガイドお薦めで訪れることができたところがあります。たとえば、世界で最も高い木造建築といわれるサプンツァ・ペリのまだ未完成の木造教会(構造を見るには逆に未完成のものは都合いいです)や、現地旅行会社の担当者のお薦めによりあらかじめリクエストしておいたボティザの木造教会、それからブコヴィナ地方への移動の途上で寄ったドラゴミレシュティ修道院の木造教会など。<br />ただし、ドラゴミレシュティ修道院の木造教会はミサの最中で中まで入れませんでした。でも庭で行われていたミサ自体、いやミサに出席にくるために民族衣装でお洒落した地元の人々こそが見どころだったといえます@<br /><br />「マラムレシュ地方の木造教会<br /> マラムレシュ県には60数棟の木造教会が現存し、6棟が世界遺産に登録されている(2007年現在、世界遺産に登録されているのは8棟)。多くはタタール人の最後の来襲(1717)後に建てられた。県は大きくマラムレシュ、キオアラ、ラプシュの3つの地方に分けられ、それぞれの地方ごとに特色がある。平面は東方教会、外観はカトリックに由来するというのが大きな特徴。」<br />(「世界の街並みガイド5」(エクスナレッジ社)より)

    世界遺産の8つの木造教会の分布地図
    現地ガイドにもらったパンフレットより

    現地ガイドと訪問したい木造教会を選ぶにあたり、世界遺産の8つの教会からスルデシュティ、ブデシュティ、ブルサナ、イェウド、ポイエニレ・イゼイの5つに絞りました。
    その際に参考にしたのが、ルーマニア政府観光局公式サイトの「世界遺産─Maramures─マラムレシュの木造教会」(http://www.romaniatabi.jp/unesco/maramures.html)と、RomanianMonasteries.orgのサイトです。
    http://www.romanianmonasteries.org/Maramures-allchurches.html

    8つの世界遺産の木造教会のうち5つに絞った判断基準はとても単純です。
    まずスルデシュティは、「地球の歩き方」に唯一紹介されていましたし、バイア・マーレから一番アクセスしやすそうだったからです。
    現地ガイドに車で連れて行ってもらうにしても、バイア・マーレに近いため、まずここに寄ってから北上するルートをとれると思いました。
    ただし少し南下すればプロピシュにも行けたかもしれなかったのに、これを外してしまったのは残念でした。

    ほかの教会も、位置的に都合がよいというのを主な基準にしました。
    なにしろ木造教会はあちこちに点在していますし、田舎道路を行くことになりますから。
    あまりばらばらと離れすぎたところを訪れるようにしたら、回りきれなくなります。

    ★ブルサナ(Barsana)教会
    現地ガイドはシゲット・マルマッツィエイの近郊の村に住んでいて、マラムレシュ地方滞在4日間はガイドのペンションに泊まるとこになると連絡を受けていました。
    ブルサナ教会はシゲット・マルマッツィエイに近いし(シゲット・マルマツィエイから17Km)、そのままポイエニレ・イゼイやイェウドへの進路がとれるところにあるので、位置的に都合がよさそうです。
    また、現地旅行会社の担当者がお薦めのボティザ(Botiza)の教会や司祭の家も近そうです。
    ブルサナには3日目の7/18の午前に行きました。

    ★イェウッド(Ieud)教会
    現存する木造教会の中でも最古のものだそうです。
    また、木造教会を含むルーマニアの田舎めぐりのツアーをいくつか見つけましたが、この教会はたいてい日程に入っていました。ここしか訪れないツアーもありました。
    ツアー日程は、個人旅行立案の際に参考になります。
    「世界遺産の木造教会」と掲げるツアーでその代表として日程に入っているくらいなので、行く価値はあるだろうと判断しました。
    この教会は、3日目の7/18の午後に訪れましたが、残念ながら鍵を預っている人も不在で、中には入れませんでした。

    ★ポイエニレ・イゼイ(Poienile Izei)教会
    Lonely Planetは、エリア毎の章の最初にそのエリアの観光名所トップ5を掲げています。
    それで、この教会の「最後の審判」のフレスコ画がトップに挙げられていたので興味を抱きました。
    ただし、この教会は予定していたものの、時間の都合で行くことができませんでした。

    ★ブデシティ(Budesti)教会
    これもバイア・マーレからシゲット・マルマッツィエイの途上にあってアクセスしやすい(シゲット・マルマツィエイから26km、バイア・マーレから44Km)というのが決定材料でした。

    ★予定に入れなかったところ
    デセシュティ、プロピシュ、ロゴス

    もちろん、これら以外の木造教会も、ガイドお薦めで訪れることができたところがあります。たとえば、世界で最も高い木造建築といわれるサプンツァ・ペリのまだ未完成の木造教会(構造を見るには逆に未完成のものは都合いいです)や、現地旅行会社の担当者のお薦めによりあらかじめリクエストしておいたボティザの木造教会、それからブコヴィナ地方への移動の途上で寄ったドラゴミレシュティ修道院の木造教会など。
    ただし、ドラゴミレシュティ修道院の木造教会はミサの最中で中まで入れませんでした。でも庭で行われていたミサ自体、いやミサに出席にくるために民族衣装でお洒落した地元の人々こそが見どころだったといえます@

    「マラムレシュ地方の木造教会
     マラムレシュ県には60数棟の木造教会が現存し、6棟が世界遺産に登録されている(2007年現在、世界遺産に登録されているのは8棟)。多くはタタール人の最後の来襲(1717)後に建てられた。県は大きくマラムレシュ、キオアラ、ラプシュの3つの地方に分けられ、それぞれの地方ごとに特色がある。平面は東方教会、外観はカトリックに由来するというのが大きな特徴。」
    (「世界の街並みガイド5」(エクスナレッジ社)より)

  • カヴニック(Cavnic)町の坑夫たちの彫像<br /><br />スルデシュティからブデシュティに向かう途上、車内でガイドのニコラエさんが、このあたりは昔、鉱山で栄えた町が多いと話してくれました。<br />カヴニックもその一つです。<br />というわけで、坑夫たちの彫刻を車窓から教えてもらったので、記念に写真を撮るために車を止めてもらいました。<br />近づいてみると、坑夫たちの彫像の足下に小人さんたちがいました。<br />ニコラエさんは理由はわからないと言っていましたが、私はふとポーランドの世界遺産のヴェルチカ岩塩坑を思い出しました。あちらでも塩の彫像の中に小人たちがありました。<br /><br />関連の旅行記<br />「2005年夏のプラハ・ポーランド旅行20日間 その8 ヴィエリチカ岩塩坑」<br />http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10032237/<br />※ただし、小人たちの塩の彫像の写真は撮っていないです。<br /><br />ただ、このあたりの鉱山は会社も倒産したり撤退したりして今は閉鎖されているところが多く、廃墟となった工場ややりっぱなしのように機械類が見苦しく残ったままの坑道跡がところどころで見られました。<br /><br />★カヴニック(Cavnic)<br />人口約5,000人ほどの小さな町で、とても景観のよいグタイ(Gutai)山脈のふもとにあります。<br />鉱山の町として発展しましたが、民俗学的にはこの町特有で他では見られない民族衣装がいまでも残っているという点で興味深いそうです。<br />(情報源:2007年8月発行のMetaneira社のマラムレシュガイドブック)<br />http://www.romanianmonasteries.org/buymaramuresbook.html

    カヴニック(Cavnic)町の坑夫たちの彫像

    スルデシュティからブデシュティに向かう途上、車内でガイドのニコラエさんが、このあたりは昔、鉱山で栄えた町が多いと話してくれました。
    カヴニックもその一つです。
    というわけで、坑夫たちの彫刻を車窓から教えてもらったので、記念に写真を撮るために車を止めてもらいました。
    近づいてみると、坑夫たちの彫像の足下に小人さんたちがいました。
    ニコラエさんは理由はわからないと言っていましたが、私はふとポーランドの世界遺産のヴェルチカ岩塩坑を思い出しました。あちらでも塩の彫像の中に小人たちがありました。

    関連の旅行記
    「2005年夏のプラハ・ポーランド旅行20日間 その8 ヴィエリチカ岩塩坑」
    http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10032237/
    ※ただし、小人たちの塩の彫像の写真は撮っていないです。

    ただ、このあたりの鉱山は会社も倒産したり撤退したりして今は閉鎖されているところが多く、廃墟となった工場ややりっぱなしのように機械類が見苦しく残ったままの坑道跡がところどころで見られました。

    ★カヴニック(Cavnic)
    人口約5,000人ほどの小さな町で、とても景観のよいグタイ(Gutai)山脈のふもとにあります。
    鉱山の町として発展しましたが、民俗学的にはこの町特有で他では見られない民族衣装がいまでも残っているという点で興味深いそうです。
    (情報源:2007年8月発行のMetaneira社のマラムレシュガイドブック)
    http://www.romanianmonasteries.org/buymaramuresbook.html

  • ブデシュティ木造教会の入口の木の門<br /><br />世界遺産の木造教会の1つ、ブデシュティの教会は、緑に囲まれて涼しげなところにありました。<br />どこか身をひそめるように。<br />それが敵の来襲から目を逸らせ、焼き払われたりせずに200年以上も残った理由の一つかもしれません。<br />なにしろ教会は宝庫も同然ですから、侵入者は貧しい村人の家を襲うより、教会を狙ったに違いないです。<br /><br />ただし、代わりに、観光客としては不都合なことに、教会全体の写真は撮りにくそうでした。<br />あとで一応トライしましたけれど。<br />帰国後に買ったマラムレシュガイドブックに、教会の全体像がよく分かる、見下ろすように撮られた写真がありましたので、きっとどこか少し離れたところには見晴らしのよいところがあったのかもしれません。

    ブデシュティ木造教会の入口の木の門

    世界遺産の木造教会の1つ、ブデシュティの教会は、緑に囲まれて涼しげなところにありました。
    どこか身をひそめるように。
    それが敵の来襲から目を逸らせ、焼き払われたりせずに200年以上も残った理由の一つかもしれません。
    なにしろ教会は宝庫も同然ですから、侵入者は貧しい村人の家を襲うより、教会を狙ったに違いないです。

    ただし、代わりに、観光客としては不都合なことに、教会全体の写真は撮りにくそうでした。
    あとで一応トライしましたけれど。
    帰国後に買ったマラムレシュガイドブックに、教会の全体像がよく分かる、見下ろすように撮られた写真がありましたので、きっとどこか少し離れたところには見晴らしのよいところがあったのかもしれません。

  • ブデシュティ木造教会の入口の扉<br /><br />門をくぐると、教会の周りに、フランス人の団体があちこちでぐったりしたように座り込んでいました。<br />観光疲れもあったと思いますが、暑かったですからね。<br />教会の鍵が閉まっていたので、一休みしていたようです。<br />ニコラエさんが鍵を管理している人を探しに行きました。<br />彼女はちょうど昼休みをとっていたらしく、しばらくしたらやって来ました。<br /><br />ちなみにこの扉は、ユダヤ教のダビデの星のモチーフが残っている、とても珍しい例だそうです。<br />マラムレシュのユダヤ人については、マラムレシュ第4日目の7月19日の旅行記で、みやこうせい氏の著書「マラムレシュ〜ルーマニア山村のフォークロア(未知谷社)からの抜粋引用により説明に代えたいと思います。

    ブデシュティ木造教会の入口の扉

    門をくぐると、教会の周りに、フランス人の団体があちこちでぐったりしたように座り込んでいました。
    観光疲れもあったと思いますが、暑かったですからね。
    教会の鍵が閉まっていたので、一休みしていたようです。
    ニコラエさんが鍵を管理している人を探しに行きました。
    彼女はちょうど昼休みをとっていたらしく、しばらくしたらやって来ました。

    ちなみにこの扉は、ユダヤ教のダビデの星のモチーフが残っている、とても珍しい例だそうです。
    マラムレシュのユダヤ人については、マラムレシュ第4日目の7月19日の旅行記で、みやこうせい氏の著書「マラムレシュ〜ルーマニア山村のフォークロア(未知谷社)からの抜粋引用により説明に代えたいと思います。

  • ブデシュティ木造教会周辺の墓地散策<br /><br />鍵を管理している人を待っている間、周辺の墓地を散策しました。<br />ナイスな格子状の墓標です。それも単純な格子ではなく、タテ・ヨコの板にはちゃんと浮彫がほどこされてあったり、お洒落にカットしてあったりします。<br />教会のミニチュアのような屋根も威厳を添えています。

    ブデシュティ木造教会周辺の墓地散策

    鍵を管理している人を待っている間、周辺の墓地を散策しました。
    ナイスな格子状の墓標です。それも単純な格子ではなく、タテ・ヨコの板にはちゃんと浮彫がほどこされてあったり、お洒落にカットしてあったりします。
    教会のミニチュアのような屋根も威厳を添えています。

  • ブデシュティ木造教会周辺の墓地散策<br /><br />このタイプの墓標はいくつもあったので、既存のモデルなのではないかと思います。<br />十字架の上の花輪のようなものは、プラスチックです。<br />見た目は可愛らしいけれど、ちょっと安っぽくみえるので、お値段的にはお安い部類の墓標ではないかしら。

    ブデシュティ木造教会周辺の墓地散策

    このタイプの墓標はいくつもあったので、既存のモデルなのではないかと思います。
    十字架の上の花輪のようなものは、プラスチックです。
    見た目は可愛らしいけれど、ちょっと安っぽくみえるので、お値段的にはお安い部類の墓標ではないかしら。

  • ブデシュティ木造教会周辺の墓地散策<br /><br />ミニ切妻屋根に守られた十字架。<br />このタイプの墓標もたくさんありました。少しグレードアップ版!?

    ブデシュティ木造教会周辺の墓地散策

    ミニ切妻屋根に守られた十字架。
    このタイプの墓標もたくさんありました。少しグレードアップ版!?

  • 世界遺産のブデシュティ・ヨサニ(Budesti Josani)の教会<br /><br />ブデシュティ村は比較的大きいほうで、スサニ(Susani=上方)と(Josani=下方)に分かれているそうです。<br />これは行政区画ではないのですが、それぞれにコミュニティ、そして教会があります。<br />世界遺産の教会は、ヨサニの方です。<br /><br />教会の敷地内で撮ったので、こんな風に部分的な写真になってしまいました。<br />これでも墓地散策をしながら、撮影に良いアングルをぐるぐる探したんです。<br />でも木造教会の見どころの一つとして、この屋根タイルの連なりの美しさもあるので、このくらい部分的な写真の方がそれが分かりやすいよねぇと思ったりして。<br /><br />「Budesti「ブデシティ」村の教会<br />シゲット・マルマツィエイ市から26km。バヤマレ市から44km。この教会には「聖ニコラエ」の名前がついています。1643年に完成。ほかの教会よりもやや大きく、長さ18m、幅8mの堂々たる木の教会です。教会内部と外観の木彫りの装飾がとりわけ美しく、木にもガラスにもイコンが描かれています。「プラズニカレ」というイコンは、両面に絵が描かれています。そびえ立つ尖塔の下部に大きな鐘が吊られ、毎週日曜日、鐘の音が村中に響き渡り、今でも村びとに祈りの時を告げます。」<br />(ルーマニア政府観光局公式サイト「世界遺産─Maramures─マラムレシュ地方の木造教会」より)<br />http://www.romaniatabi.jp/unesco/maramures.html<br /><br />「ブデシュティ木造教会<br />コサウ(Cosau)渓谷のブデシュティ・ヨサニ(Budesti Josani)にあるオーク材のこの教会は、教会のイコンによると、1643年、15世紀頃の古い教会があったところに建てられました。聖ニコアレ(Nicoare)(聖ニコラスの古いルーマニア語名)に捧げられたこの教会は、川の石を土台にし、分厚いオーク材によって作られました。教会内部には、この地方の「ロビンフッド」であるピンテア(Pintea)の鎧の下に着る鎖のシャツと兜があります。伝承によると、彼はこれらの鎖のシャツや兜を自身の手でこの教会に持ってきたそうです。1762年頃、マラムレシュで最も有名で最も活躍したアーティストの1人であるアレクサンドル・ポネハルスキ(Alexandru Ponehalschi)が、教会内部に明るく温かい色調で絵を描きました。この教会はまた、17世紀のガラスや木造のイコンのコレクションでも有名です。15世紀の教会からの古いイコンには、スラブ語が書かれてあり、洗礼者ヨハネが描かれているものがあります。」<br />(現地ガイドにもらった世界遺産の木造教会のパンフレットの記述を私訳)<br /><br />内部の壁画は、スルデシュティの教会ほど残っていませんでした。<br />かつてはぎっしり絵が描かれてあったそうです。<br />今やその絵が消失し、むき出しの板の壁になっているところには、代わりにたくさんのガラス・イコンが掛けられていました。<br />そしてイコンはどれも、白い布に赤い刺繍の入った飾り布で飾られていました。<br />両面に描かれているという珍しいイコンも見せてもらいました。かなり古い木の枠に入っていたのをわざわざ出してもらって。<br />また、教会内には対ハプスブルグ家に抵抗したこの地方の「ロビンフッド」のグリゴーレ・ピンテア・ヴィテアズル(Grigore Pintea Viteazul)の鎖のシャツ(鎧の下に着用)と兜、それからハンガリー貴族ラーコーツィ・フェレンツ2世が対ハプスブクルグ戦争(1703〜1711年)を起こしたときの旗が保存されていました。<br />後者からは、マラムレシュ地方とハンガリーの密接なつながりがうかがえます。

    世界遺産のブデシュティ・ヨサニ(Budesti Josani)の教会

    ブデシュティ村は比較的大きいほうで、スサニ(Susani=上方)と(Josani=下方)に分かれているそうです。
    これは行政区画ではないのですが、それぞれにコミュニティ、そして教会があります。
    世界遺産の教会は、ヨサニの方です。

    教会の敷地内で撮ったので、こんな風に部分的な写真になってしまいました。
    これでも墓地散策をしながら、撮影に良いアングルをぐるぐる探したんです。
    でも木造教会の見どころの一つとして、この屋根タイルの連なりの美しさもあるので、このくらい部分的な写真の方がそれが分かりやすいよねぇと思ったりして。

    「Budesti「ブデシティ」村の教会
    シゲット・マルマツィエイ市から26km。バヤマレ市から44km。この教会には「聖ニコラエ」の名前がついています。1643年に完成。ほかの教会よりもやや大きく、長さ18m、幅8mの堂々たる木の教会です。教会内部と外観の木彫りの装飾がとりわけ美しく、木にもガラスにもイコンが描かれています。「プラズニカレ」というイコンは、両面に絵が描かれています。そびえ立つ尖塔の下部に大きな鐘が吊られ、毎週日曜日、鐘の音が村中に響き渡り、今でも村びとに祈りの時を告げます。」
    (ルーマニア政府観光局公式サイト「世界遺産─Maramures─マラムレシュ地方の木造教会」より)
    http://www.romaniatabi.jp/unesco/maramures.html

    「ブデシュティ木造教会
    コサウ(Cosau)渓谷のブデシュティ・ヨサニ(Budesti Josani)にあるオーク材のこの教会は、教会のイコンによると、1643年、15世紀頃の古い教会があったところに建てられました。聖ニコアレ(Nicoare)(聖ニコラスの古いルーマニア語名)に捧げられたこの教会は、川の石を土台にし、分厚いオーク材によって作られました。教会内部には、この地方の「ロビンフッド」であるピンテア(Pintea)の鎧の下に着る鎖のシャツと兜があります。伝承によると、彼はこれらの鎖のシャツや兜を自身の手でこの教会に持ってきたそうです。1762年頃、マラムレシュで最も有名で最も活躍したアーティストの1人であるアレクサンドル・ポネハルスキ(Alexandru Ponehalschi)が、教会内部に明るく温かい色調で絵を描きました。この教会はまた、17世紀のガラスや木造のイコンのコレクションでも有名です。15世紀の教会からの古いイコンには、スラブ語が書かれてあり、洗礼者ヨハネが描かれているものがあります。」
    (現地ガイドにもらった世界遺産の木造教会のパンフレットの記述を私訳)

    内部の壁画は、スルデシュティの教会ほど残っていませんでした。
    かつてはぎっしり絵が描かれてあったそうです。
    今やその絵が消失し、むき出しの板の壁になっているところには、代わりにたくさんのガラス・イコンが掛けられていました。
    そしてイコンはどれも、白い布に赤い刺繍の入った飾り布で飾られていました。
    両面に描かれているという珍しいイコンも見せてもらいました。かなり古い木の枠に入っていたのをわざわざ出してもらって。
    また、教会内には対ハプスブルグ家に抵抗したこの地方の「ロビンフッド」のグリゴーレ・ピンテア・ヴィテアズル(Grigore Pintea Viteazul)の鎖のシャツ(鎧の下に着用)と兜、それからハンガリー貴族ラーコーツィ・フェレンツ2世が対ハプスブクルグ戦争(1703〜1711年)を起こしたときの旗が保存されていました。
    後者からは、マラムレシュ地方とハンガリーの密接なつながりがうかがえます。

  • Metaneira社のマラムレシュガイドブック掲載のブデシュティ・ヨサニの教会<br /><br />この教会についての最古の記録は1643年ですが、この地に15世紀には木造教会が存在していたという記録があるそうです。<br />とすると17世紀に建て直されたのかもしれませんが、おそらくオリジナルの教会を若干拡大させつつ、その構造はそのまま残しており、マラムレシュ地方(特にラプシュ地方)の教会の典型例だそうです。<br />教会内部では、1762年、アレクサンドル・ポネハルスキ(Alexandru Ponehalschi)が、入口から数えて第1室目の「プロナオス」と第2室目でイコノスタシスの手前の「ナオス」の内壁の絵と木造のイコノスタシスの絵、それからいくつかの木造イコンを描きました。<br />残念ながらそれらの壁の絵はだいぶ薄れていたり、すでに消滅していたりするものが多かったです。でも、うっすら確認できるものもありましたし、一部にはまだちゃんと残っていました。<br />ポネハルスキは精力的に活躍した画家で、ブデシュティ・スサニ(Budesti Susani)、カリネシュティ(Calinesti)、カイエニ(Caieni)、イェウド・デアル(Ieud Deal)、サルビ・スサニ(Sarbi Susani)の木造教会のためにも絵も描きました。<br />ブデシュティ・ヨサニ(Budesti Josani)のこの教会の内陣は、1832年にイオン・オプリシュ(Ioan Opris)がバロック様式で絵を描いたそうです。こちらは聖職者しか出入りできないので、見られませんでした。<br />(情報源:RomanianMonasteries.orgのサイトで購入したMetaneira社のマラムレシュガイドブック)

    Metaneira社のマラムレシュガイドブック掲載のブデシュティ・ヨサニの教会

    この教会についての最古の記録は1643年ですが、この地に15世紀には木造教会が存在していたという記録があるそうです。
    とすると17世紀に建て直されたのかもしれませんが、おそらくオリジナルの教会を若干拡大させつつ、その構造はそのまま残しており、マラムレシュ地方(特にラプシュ地方)の教会の典型例だそうです。
    教会内部では、1762年、アレクサンドル・ポネハルスキ(Alexandru Ponehalschi)が、入口から数えて第1室目の「プロナオス」と第2室目でイコノスタシスの手前の「ナオス」の内壁の絵と木造のイコノスタシスの絵、それからいくつかの木造イコンを描きました。
    残念ながらそれらの壁の絵はだいぶ薄れていたり、すでに消滅していたりするものが多かったです。でも、うっすら確認できるものもありましたし、一部にはまだちゃんと残っていました。
    ポネハルスキは精力的に活躍した画家で、ブデシュティ・スサニ(Budesti Susani)、カリネシュティ(Calinesti)、カイエニ(Caieni)、イェウド・デアル(Ieud Deal)、サルビ・スサニ(Sarbi Susani)の木造教会のためにも絵も描きました。
    ブデシュティ・ヨサニ(Budesti Josani)のこの教会の内陣は、1832年にイオン・オプリシュ(Ioan Opris)がバロック様式で絵を描いたそうです。こちらは聖職者しか出入りできないので、見られませんでした。
    (情報源:RomanianMonasteries.orgのサイトで購入したMetaneira社のマラムレシュガイドブック)

  • 塩湖の村オスナ・スガタック(Ocna Sugatag)のポストカード<br /><br />塩湖は泥色でしたし、イスラエルの死海と比べてしまいましたので、写真を撮りたいと思うほど惹かれませんでした。<br />中には近所のプールみたいなところもありましたし。<br />その気になれば興味ある被写体を見つけられるかもしれませんが、それには少し時間がかかるでしょう。<br />代わりに、記念の意味でポストカードを買いました。<br />1枚0.50レウでした。ポストカードの中では安い方です。<br />(2007年7月現在、1レウ=約55円で換算)。<br /><br />オスナ・スガタックは、ルーマニアでも温泉と保養地として有名な村です。Ocnaとは岩塩坑という意味だそうです。<br />2007年8月発行のMetaneira社のマラムレシュガイドブックによると人口1,600人ほどですが、保養地として有名であるせいか、ある程度町としての体裁も整っており、郵便局やマーケットもありました。<br />こうしてポストカードがあるくらいです。<br />このポストカードは郵便局で買いました。3種類くらいはあった気がします。

    塩湖の村オスナ・スガタック(Ocna Sugatag)のポストカード

    塩湖は泥色でしたし、イスラエルの死海と比べてしまいましたので、写真を撮りたいと思うほど惹かれませんでした。
    中には近所のプールみたいなところもありましたし。
    その気になれば興味ある被写体を見つけられるかもしれませんが、それには少し時間がかかるでしょう。
    代わりに、記念の意味でポストカードを買いました。
    1枚0.50レウでした。ポストカードの中では安い方です。
    (2007年7月現在、1レウ=約55円で換算)。

    オスナ・スガタックは、ルーマニアでも温泉と保養地として有名な村です。Ocnaとは岩塩坑という意味だそうです。
    2007年8月発行のMetaneira社のマラムレシュガイドブックによると人口1,600人ほどですが、保養地として有名であるせいか、ある程度町としての体裁も整っており、郵便局やマーケットもありました。
    こうしてポストカードがあるくらいです。
    このポストカードは郵便局で買いました。3種類くらいはあった気がします。

  • オスナ・スガタックの有料塩湖の入口の門<br /><br />まだ新しい門ですが、古い伝統的な門そのものの形や模様が維持されています。<br />この向こうが塩湖のプールで、ミネラルたっぷりの泥を体に塗りたくって真っ黒になった人たちが日光浴したり、新聞を読みながら水に浮かんでいる人がいるなんて、想像もつかないでしょう@<br />そのプールの光景は写真に撮りたいと思わなかったのですが、この門は別でした。<br /><br />★オスナ・スガタック(Ocna Sugatag)<br />村は、マラ渓谷とコサウ渓谷の間、2つの県道が交わるところにあります。<br />バイア・マーレから58km、シゲット・マルマッツィエイから20km。<br />今朝、バイア・マーレから出発し、シゲット・マルマッツィエイ方面に向かっているところなので、だいぶシゲット・マルマッツィエイに近付いてきました。<br />住民の1割がハンガリー人の祖先で、いまもハンガリー語を話しているようです。<br />この村には岩塩坑があり、その記録は古代ローマ時代までさかのぼります。<br />14世紀から1950年まで岩塩の採掘が行われていて、近隣エリアで利用されていました。<br />ところがたびたび地下水の浸水の被害にあうようになり、坑道は1950年に閉鎖されました。<br />古い採掘坑が崩れた後に、小さな塩湖が沸きあがりました。そうして自然に沸いた塩湖は8つで、その後、人口的に掘り出されて増えました。<br />塩湖は温泉としてだけでなく、近隣住民が肉の貯蔵や野菜の塩漬けをするのにも利用されました。<br />この村の塩湖はヨーロッパでも塩分濃度が高い重要な塩湖に数えられています。<br />1957年から1958年に形成されたガブリラ(Gavrila)湖はルーマニアで最大の塩湖で、表面積2.35ヘクタール、深さ約30メートルです。淡水層があるため、魚が生息しています。<br />(情報源:RomanianMonasteries.orgのサイトで購入したMetaneira社のマラムレシュガイドブック)<br /><br />実際に塩湖の1つを見学したとき、人々が塩分濃度の濃いところでその効能を楽しんでいる一方で、少し離れたところ、水草に囲まれるようにして湖(というより池でした)が分かれているようなところでしたが、魚が泳いでいるのが見られました。<br />また、塩湖には、有料のところと無料のところがありました。<br />有料のところは、89年の体制崩壊後のこのあたりのニュービジネスの1つだそうです。<br />シャワーや着がえの小屋などの施設があり、ログハウスのレストランなども見かけました。<br />無料のところは、特に施設などがなく、池があるきりでした。

    オスナ・スガタックの有料塩湖の入口の門

    まだ新しい門ですが、古い伝統的な門そのものの形や模様が維持されています。
    この向こうが塩湖のプールで、ミネラルたっぷりの泥を体に塗りたくって真っ黒になった人たちが日光浴したり、新聞を読みながら水に浮かんでいる人がいるなんて、想像もつかないでしょう@
    そのプールの光景は写真に撮りたいと思わなかったのですが、この門は別でした。

    ★オスナ・スガタック(Ocna Sugatag)
    村は、マラ渓谷とコサウ渓谷の間、2つの県道が交わるところにあります。
    バイア・マーレから58km、シゲット・マルマッツィエイから20km。
    今朝、バイア・マーレから出発し、シゲット・マルマッツィエイ方面に向かっているところなので、だいぶシゲット・マルマッツィエイに近付いてきました。
    住民の1割がハンガリー人の祖先で、いまもハンガリー語を話しているようです。
    この村には岩塩坑があり、その記録は古代ローマ時代までさかのぼります。
    14世紀から1950年まで岩塩の採掘が行われていて、近隣エリアで利用されていました。
    ところがたびたび地下水の浸水の被害にあうようになり、坑道は1950年に閉鎖されました。
    古い採掘坑が崩れた後に、小さな塩湖が沸きあがりました。そうして自然に沸いた塩湖は8つで、その後、人口的に掘り出されて増えました。
    塩湖は温泉としてだけでなく、近隣住民が肉の貯蔵や野菜の塩漬けをするのにも利用されました。
    この村の塩湖はヨーロッパでも塩分濃度が高い重要な塩湖に数えられています。
    1957年から1958年に形成されたガブリラ(Gavrila)湖はルーマニアで最大の塩湖で、表面積2.35ヘクタール、深さ約30メートルです。淡水層があるため、魚が生息しています。
    (情報源:RomanianMonasteries.orgのサイトで購入したMetaneira社のマラムレシュガイドブック)

    実際に塩湖の1つを見学したとき、人々が塩分濃度の濃いところでその効能を楽しんでいる一方で、少し離れたところ、水草に囲まれるようにして湖(というより池でした)が分かれているようなところでしたが、魚が泳いでいるのが見られました。
    また、塩湖には、有料のところと無料のところがありました。
    有料のところは、89年の体制崩壊後のこのあたりのニュービジネスの1つだそうです。
    シャワーや着がえの小屋などの施設があり、ログハウスのレストランなども見かけました。
    無料のところは、特に施設などがなく、池があるきりでした。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • *JY*さん 2012/07/11 02:27:41
    この地図いいですね♪
    まみさん こんばんは。

    いつもお世話になっています^^
    マラムレシュ地方・ブコビナ地方旅行は、はしゃぎすぎて写真を撮りすぎて、
    たいへんなことになってしまいました^^;

    マラムレシュの木の教会の旅行記を作成する時に、まみさんのこの地図とコメントをを見ながら、記憶をたどりました。地図をアップしてくれてありがとうございました! *JY*

    まみ

    まみさん からの返信 2012/07/11 13:00:10
    RE: この地図いいですね♪
    *JY*さん、こんにちは。

    マラムレシュ地方とブコビナ地方の旅行記を楽しく拝見させていただいています。なつかしいです。
    いや〜たくさん写真を撮る気持ちもとっても分かります。
    私はデジカメを手にして2年目の海外旅行でルーマニアに行きましたが、年々増えてますもの。

    この地図が役に立って良かったです。
    見やすいですよね。
    自分でも、あとで資料をしまった場所が部屋の奥の方になったとしても、ネットで引っ張り出せるのはラクなので、あとから情報を引き出しやすいように覚書の意味でも作成したところもあります。

    ネットを駆使して拾った情報は。。。ルーマニア関連はほとんどが、いまアクセス不能になっているところが多いらしいのが残念。
    1つ1つチェックしていないですが、ルーマニア観光案内所のサイトも、私が立案準備中に見ていたのと、随分中身が違ってしまって、いま飛べないですもんね。
    それが残念です。
    引用内容を英語の場合は私訳したり、日本語の場合でもURLだけでなく引用元をはっきりさせてちゃんとタイピングしてコメントに残しておいてよかったと思っています。

    *JY*さんの旅行記の続きも楽しみにしています。

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