忘れてはならない・津波の被害を受けた奥松島を家族で訪問した時の記録120103:terikara food てり〜 てりから テリカラ terikara_3 テリカラさんさんの旅行ブログ
その後、円通院の見学をした際、
(無料)ガイドさんに時間のある方は
ここから車で10分もかからないので
被災地を訪れ、どのような被害が
あったのか、是非皆さんのその目で
見て行って欲しいと言われた。
この旅の計画をしていた際
被災地の訪問も考えてはいたが
時間的にどうか?(この後親戚の見舞いもあった)
ということで躊躇していたが、長男クンタの希望も
あり、我がテリカラ家一同は
おりこ乃でランチ後
奥松島を訪れることとなった。
松島海岸から本当に10分で現場に到着したが
ここは、その手前だ。
土砂が崩れていた。
付近の道路はガタガタだった。
全ての復旧にはまだまだ時間と労力を要すると感じた。
野蒜海岸は、私がまだ幼かった頃
家族で海水浴に訪れた所だ。
※親戚と一緒に多賀城市の隣、七ヶ浜町の
菖蒲田浜海岸に行ったこともある。
生まれ故郷・鹿島台町の近くの吉田川に
貝を拾いに行ったこともある。
その昔、長男クンタと長女ズミを
釣り+海水浴に連れてきたこともある
ここ野蒜海岸。
※この時、クンタは「泳ぎたくないのに
泳がされた」と言い始め、その後
何を思ったか海に向かって駆けだした。
戻って来た彼は咳が止まらなくなっていた。
私はあの大地震後、TVニュースで報道された
仙石線列車の脱線転覆した状況を鮮明に
覚えている。
間もなく、あの日から1年が過ぎて行くが
仙石線は、被害が大きすぎて復旧の目途さえ立っていない。
※大地震の翌日の市原市の情報→http://4travel.jp/traveler/terikara_pota/album/10552367/
岩沼のおじの見舞いに向かう際
我々は仙台東部道路などを通ったが
通過した若林区やその付近に見える水田も
この有様だった。
(120106金夜、追加)※朝walkの時の瑞巌寺入り口の
お店です。
※結局私は今回、阿部蒲鉾店(寺町小路)と隣あったお店で
チョコレートクリームの方の 萩の調(はぎのしらべ)を
購入しようとしたのですが、震災後、萩の調は製造
販売をしていないとの事でした。(-_-)
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