2008−2009 初インド・ネパール旅行 (3) バラナシ前編:だーとーさんの旅行ブログ
12月29日夜、本来は朝に到着予定だったバラナシに12時間遅れで到着。
そのおかげで本来は一泊でデリーに戻らなければいけなかったのを急遽一泊延長。
それでも観光できるのは約1日半。相変わらず駆け足のスケジュールだなぁ。
ヒンドゥー教の聖地バラナシ、母なる河ガンガー、、、。
かつてテレビで見たディープなイメージとは裏腹に、観光客も多く、わりとのんびりムードだったバラナシ。
これでもうちょっと長く滞在できればいいんだけどねぇ。
朝6時過ぎ、やっぱり寒さに震えて目が覚める。
1泊くらい大丈夫と思わないで、寝る前に必ずもう1枚毛布を貰っておかないと体調を崩してしまう。
この宿はガンジス河に面しているので、裏口を出ればすぐにガート。
ガートに出れば早速ボートの勧誘があるけど、相場を訊きつつ上手くかわし、ダシャーシュワメード・ガートのあたりまで
ブラブラ散歩。
いろんな人がボートに乗らないかと言ってくるけど、300ルピーとか吹っかけてくるので無視。
そうこうしているうちに昨日の列車で一緒だったナオコさんと合流。
二人でボートを探していたら、ひとり1時間50ルピーで乗せてくれるボートを発見。
1時間でナーラド・ガートから火葬場あたりまで行ってくれるそうだ。
いざ船に乗ろうとしたら、漕ぎ手はコドモ。だから安かったのか。
ともあれ、ボートに乗って出発。
時間の半分が過ぎたので、あわてて来たコースを戻ってもらう。
こちらはダシャーシュワメード・ガートからマニカルニカー・ガート、火葬場方面。
ところで、このままでは1時間をオーバーしてしまう。
どうもこの少年、漕ぐのが大変なフリをして、時間を稼いでるように見えるのだ。
ナオコさんが「なら私が漕ぐ!」と言って代ろうとしてもオールを渡さないし。やるな、小僧。
結局、もう30分延長して、火葬場まで行ってもらうことに。
もちろん火葬場は撮影禁止なので、これは帰る時の画像。
(ま、ボートからコッソリ撮っている人は時々見かけるけど)
せっかく30分延長してもらったのに、今度は10分ちょいでサッサと帰って来やがった。コラ。
30分ぶんの延長料金もらえると思っているだろう、甘いぞ!
こちらも応戦してキッチリ70分で60ルピーを支払い、ボートから降りる。
当たり前だけど、値段交渉はしっかりと。
(紙に出発時間と料金を書いておかないと、大抵モメる)
ロビーとフロントが中庭にあるのでのんびりくつろげて超イイ雰囲気。
ガンガービュー(トイレ、シャワー共同)の部屋が350ルピーなのでそこが一番人気。
自分は予約の際の手違いで中庭に面した300ルピーの部屋。
さて、そろそろ街歩きスタート。
こちらが宿の正面玄関。
実は昨晩、ゴードウリヤーからここまで、「案内してやる」と言って自称ガイドがここまで付いてきていたのだ。
もちろん、後でガイド料を請求されたが、素直にチップを支払ってしまうくらいここは入り組んだ路地の奥にある。
この門のすぐ隣は、人ん家(ち)だし。
で、改めて宿から大通りまでの路地を歩いてみようと、宿を出て最初に見る風景がこれ。
路地の途中にあった祠の前にいたサドゥ。
きっと彼はここを定位置にしているのだな。
お金を払って写真を撮らせてもらう。
正直、彼らにお金を払うのは特に惜しくはない。
寄進や賽銭を生活の糧にしているんだろうし。
ボラれそうになったら値切るけど、チップとか、こういうときの金払いは徐々に良くなっていく。
頑なにガードしていた気持ちがほぐれていく証拠かな。
日本人に有名なガンガーフジもこの路地裏のあたり。
この時、正月休みで日本人観光客が大勢来ていたので、ガイドに載っているような宿は軒並み満室。
「宿は実際に部屋を見てから決めよう」と思っていた日本人は皆右往左往していたので、ピーク時の旅行は気をつけて。
昨日の列車で一緒だったナオコさんは運良くガンガーフジの部屋が取れたようなので一旦お別れ。
ダシャーシュワメード・ロードからアハリヤーバイ・ガートに向かう道。
このあたりはガートへ行く時や街歩きで何度も通ることになる。
ウロウロしてたら流暢な日本語で声をかけられた。
大抵こういう時はアヤシイ人が多いんだけど、「地球の歩き方に載ってるよ」と言って持っていたガイドを指差すので、ちょっと面白がってついていくことに。
モホニー・シルクショップのムケさん。
既に他の日本人客がくつろいでいて、ここでチャイをごちそうになり、しばらく談笑&情報交換。
ガイドにあるとおり、特に購入を勧められることはないけど、いざ土産物を買う時はムケさんも真剣勝負。
特に値引きはしないって言ってたかな。
店のスタッフ。というか、どこからどこまでがスタッフだ?
(彼は「ガンジス河でバタフライ」のメイキングに出演した、らしい)
街をブラブラしてると、彼らも営業しているので1日に何度も顔を合わせることもしばしば。
でもお願いだから、「よぉ羽賀研二!」とか声をかけるのはやめてほしい。ウケたじゃないか。
ガート沿いを歩き、火葬場へ。(これはウラ側の薪置き場)
「こっちの方がよく見えるよ」と連れてこられて建物の上まで登ったら、頼んでないのにガイドし始めた。しまった。
当然このあと薪代を請求されて、モメる。
ちなみに火葬場は、火のすぐそばまで近寄るのは可能。薪や死体を運ぶ人のジャマにならないように見学。
聖地なのに外国人が大勢で見学してるのは異様ではあるけれど。
築地の外国人を笑えないね。
わざわざ見に行くくらいだから、特別な感慨とかショックは無いけど、
時々燃え残った頭部や足を炎の中にかき混ぜるのにちょっと驚いたくらいかな。
あっ飛び込んだぞ!
彼らは「ガンジス河でバタフライ」組か。
ディープなバッグパッカーの集まる地、という予想とは裏腹に、実際にはフツーの日本人観光客がほとんど。(もちろん自分もだけど)
ま、本当に沈没している人は外を出歩かないのかもしれないな。
よく見える場所を確保し、皆で見学。
ボートをチャーターしての見学もできるみたい。
でもあんまり、宗教的な背景もわからないので、ただのイベントとして見てしまった。スマン。
タンドゥーリチキンとビリヤニ、マトンのカレー。
ちょっとマトモな雰囲気なレストランだったので途端に値段が跳ね上がり、チップも支払う。
インドのレストランでチップを払うのはこれが初めて。
ま、この時は4人でシェアしたのでたいした値段にならなかったけど。
食事の後、皆と別れ、夜のヴィシュワナート通りへ。
通りの入り口にゲートがあって軽いボディチェックを受けるけど、
ヴィシュワナート寺院の入口以外は特に警備は厳しくはない模様。
通りにあったスペシャル・ムクワス屋。
店でカレーを食べた後に貰えるのは氷砂糖とフェンネルだけの場合が多いけど、いろんな風味のスパイスがおいてある。
味見しながら気に入ったのをひとつ購入。
夜9時過ぎくらいはまだ店も開いていて明るいけど、相変わらずゲストハウスまでの道はよく分からず、何度も近所の人に場所を確かめてようやく宿に到着。
明日はデリーに帰るのでもうバラナシ最終日。
それではおやすみなさーい。
現在、コメントの書き込みがありません。
現在、トラックバックはありません。