フィレンツェ再訪*遊路(ユーロ)半突きの旅(十二日目の2):たぽじいさんの旅行ブログ
6月15日(日)その2
私の乗った列車は14時50分、フィレンツェ・サンタ・マリア・ノッヴェラ駅に着いた。結構大きな駅だが人の多い事、さすが国際的な観光地だ。今夜の宿は決まっているのでキップでも買おうかと思いキップ売り場を探す。広いコンコースにあったが大勢の人が窓口に並んでいた。明日の宿泊をここフィレンツェにするかローマにするか決めかねていたので、キップをかうのをやめて駅を出て宿に向かった。
駅の東側から出て南に向かい左に折れてナツィオナーレ通りを北上する。狭いが人通りの多い道だ。最初の交差点で右に曲がる。ファエンツァ通りというが工事中であり良い目印になると思った。すぐ三叉路があり左に曲がるとすぐ先に中央市場。はじめ市場と気付かず両側にいっぱい露店があり賑やかな所だなと思っていたら、露天の隙間から市場の建物が見えてわかった。
市場の北の角で右折し中央市場広場を横目に行く。広場の北側はリストランテやらケヴァブ屋などが並んだ食い物の店ばかり。広場の角を北に短い通りを行くとTの字でタッデァ通り。右に曲がってサン・ガッロ通りに出て北に向かい最初の交差点を左折してグエルファ通りに入った。そして最初の交差点が宿のあるレパラータ通りのはず。角の標識を恐る恐るみるとそうでありほっとする。まず左折して奥行きの短いほうから当たる。突き当りのタッデァ通りまで行くがホテルは無い。こんどはグエルファ通りの向こうだ。番地を見ながら北に進む。ここらは古い感じの街で歩道は狭く、犬の糞がいっぱい落ちていて、番地に気をとられていると踏みそうでかなわない。北に行くほど番地が大きくなり宿に近づいているとは分かっているが、とうとう次の交差点まで来てしまった。通りを渡ると違う通りの名前になっていたらと不安になる。よかった、同じ名前だ。さらに進むとようやく目的の57番地があった。
いくつかの表札があって、B&B「Fr○○○ Re○○○」の名前があって一安心。宿の名前の横に「この番号に電話せよ」というメモがあった。「電話かぁ」と思い表札のボチボチみたいなものを押してみると、奥の方でジーッと言う音がした。するといきなりドアが開き品の良い中年男性が顔を出した。
「今晩予約した日本の”たぽじい”です」と言うと「オウ、プリーズ」と招き入れてくれた。小さな部屋に入り机を挟んで座る。プリントアウトしたものとパスポートを出す。若い娘さんがやってきてそばに立つ。
駅から近いしと思い、部屋も見ないうちに決めるのはと思いつつ「明日、もう一日泊まりたい」と言うとOKと言う返事。しかし、支払いは現金と言う事で手持ちがそんなにないので、明日のこの時間に100ユーロ支払う事に決めた。
その娘さんが案内してくれた。ついていくと建物を出て隣の56番地のドアを開けると目の前に上にあがる階段のみがあった。一階が高いせいか長い階段である。上がりきって二つ目が我が4号室の部屋。日本人だからまた差別されたのかなとちらっと思った。
部屋は狭かった。北に窓があって下は建物に囲まれた狭い通路。バスルームはそこそこであるが部屋に付いているだけでもよしとしよう。この宿はB&BでVenereというチェーンのもので、予約したローマの宿もここのB&Bである。どちらも一泊50ユーロである。
娘さんに外のドアの鍵と部屋の鍵をもらう。しばらく休んでから貴重品を全部大リュックに詰め、ワイヤー錠を掛けてスチームの管に巻きつけた。外のドアが開かないと心配で開け閉めを何度もテストする。どうも動きに信頼を置けないような鍵で不安である。
これから駅に行ってあさってのローマ行きのキップを買い、切り絵師「俊寛さん」の知人であるKさんのアルバイト先のリストランテに行き夕食をとる予定。Kさんとは名古屋のデパートでの「イタリア・フェア」で紹介されていた。
そのリストランテは「ベ○○ール」といって、イタリアのミシュランといわれる「ガンベロ・ロッソ」というガイドブックにも載るほどの店と、日本語HP(Kさん作)で知った。しかもリーズナブルなお値段で「お一人様 1万5千円より」という。びっくりしたがこういう機会でもないと、そんな世界は体験できないと思い出向くことにしたのだ。半分は日本人に合って話がしたいという気持ちもあった。
来た時の道を用心深く逆にたどって駅に行く。プラハで迷ってからすっかり臆病になってしまった。キップ売り場に行くと着いた時とと変わらない列の長さ。とりあえず時刻表を探すが無い。表示するケースはあるのに時刻表が張ってないのである。明日からダイヤが変わることは知っていたが、早めに外してしまったのか? なんでこんな時期にダイヤ改正をするんだとトレンイタリアにむかっ腹が立つ。
ホームの方に行ってみると時刻表はあった。ほっとする。午前中にローマに着く列車の時刻をメモする。どれにしようか決まらないし列は長いしで明日買う事にして「ベ○○ーレ」に向かう事にした。駅の地下通路を西に向かい地上に出る。地下通路を歩いていると何故か落ち着く。やはり日本人かなと思ってしまう。
広い道を横切って行きスカラ通りを横切ると、それが偶然ベ○○ーレのある通りであった。すこし場末の感じのする通りであるが、ベ○○ーレは入るのが躊躇われるようなシックで高級感のある店であった。店は開いていたが準備中という感じであった。給仕の格好をした若い男性と私服の中年男性がいて、「Kさんの友人ですがお会いしたい」と言うと給仕さんが「彼女は午後10時からの勤務です」というので「後でまた来ます」というと、「食べていけ」と勧められた。何とか「それではKさんに会えないから」と断り外に出る。
地図を見るとここからアルノ川までは近そうなのでまっすぐに向かった。ベ○○ーレからまっすぐに行くとA・ヴェスプッチ橋に出た。上流を見ると幾つか橋が重なっている。遠くにポンテ・ヴェッキオも見える。やっと以前目にしたものが見えて何故かほっとする。
上流に向かって岸辺の道を歩き出す。すぐ右手に川にせり出したテラスみたいなのがあったので、写真を撮ろうと足を向けると、ベンチが向かい合わせにあって、片側に老女が3人座っており、向かいにはアベックがひしと抱き合って、情熱的なキスをしていた。すぐ向かいに人がいるところでよくやるなぁと思ったが、老女達も平然としていた。
お邪魔しないようにすぐまた道路に出て歩き出す。横を車がかなりのスピードで走っていく。次の橋も過ぎどんどん行くとトリニタ橋である。大分ポンテ・ヴェッキオが近づいた。ここからは歩道が狭くなりすれ違うのが困難になる。日本人の気の弱さでついつい前から人が来るとよけて車道に降り道を譲る。しかし車は平気で傍をぶっ飛んでいく。危ないので建物側に沿って歩く。
すると銀行があり壁にATMがあった。あす宿泊費を現金で払わなければならないが手持ちが無い。いよいよATMで引き出さなければならなくなってしまった。
まず、辺りをそっと見回す。怪しげな人はいないというか人は川側の歩道を歩いている。ポケットからそっとカードを出し、まさに恐る恐る差し込む。訳のわからない画面が出て慌てるが「コンティニュー」を押すと、言語の選択画面になり「English」を押す。画面に幾つかのユーロ金額が表示されたので160ユーロを押すと、何かを入力せよと表示されたので、暗証番号だろうと思って入力するが、お金もカードも出てこない。「ウワァ困った!!」とパニックになりそうになる。先程近づいてきた母娘がATMを待っているみたいで、少し離れたところで立っていた。思わず「プリーズ トウト ミー」と訴えていた。母娘はすぐ寄ってきて画面を見て何か押すとカードが出てきて、続いて160ユーロも出てきた。地獄に仏とはこの事かと何度も「グラッツィエ」と礼を言った。
(自分の口座から引き出そうとしたのだが、キャッシングであった。帰国後、数日してカード会社に電話して「すぐ返済したい」と言うと、当日の返済金額と振込み口座を教えてくれた。口座引き出しの手数料を考えればそんなに割高でもなかった。)
ATMを離れポンテ・ヴェッキオに近づくと、石の装飾品(額や絵)の店などがあった。俊寛さんが「是非、立ち寄って」といくつか工房を教えてくれたが、もう、探して訪なう元気も無い。折角教えてくれたのに申し訳なく思った。
ヴェッキオ橋を渡る。初めてこの橋を渡った時は嬉しかったな。さすがに二度目はそんなに感動が無い。渡りきったところに前回「グラニータ」をはじめて食べた(飲んだ)店がまだあった。内装が変わっている。この前は派手目の美人さんが同僚とのおしゃべりを続けながら対応してくれたが、今日はおじさん。前と同じ「コーラのメディウム」を頼む。3ユーロ。カップの中のグラニータに突っ込んだスプーンもストローも立っている。
グラニータを舐めつつ橋を戻る。前回は来た道をそのまま戻りヴァザーリの回廊の下を歩き、集合場所のウフッツィに帰った。橋からそのまま真っ直ぐ行けば良かったと後悔した覚えがあったので、今回は真っ直ぐ通りを行き最初の小路を右に曲がった。ここらは例の爆弾テロのあった所らしい。狭く人通りの少ない小路を抜けるとウフッツィの中庭である。柱の中に立っているダ・ヴィンチやミケランジェロの像を撮る。そして4年前とおなじくウフッツィの回廊の石のベンチで休憩。あの時はツアーゆえ何の心配も無く観光に没頭できたが、この旅は常に不安と心配がつきまといなかなか観光気分になれない。
レプリカながら前回見落としたダヴィデ像をしっかり見て、シニョリーア広場の北西角からカルツァイウォーリ通りを北上する。コルソ通りを左折し見たかった共和国広場へ。またカルツァイウォーリ通りに戻ると人がかたまっている。アコーディオンの軽快な音色が聞こえてくる。人の間から覗くとまだ子供といっていい少年がにこにこしながら弾いているのであった。その表情は本当に弾くのが嬉しくてたまらないとも、自分の演奏を聞いてもらえて満足と言う風にも見られた。とても子供とは思えないほどのテクニックと思えた。これだけの人が集まるのがうなずけるものであった。
軽快な音楽に少し気分を持ち直しさらに北に向かう。右手にドゥオーモを見て左に洗礼堂を見る。「天国の扉」をチラッとみて通り過ぎる。フィレンツェの、いやイタリア有数の観光名所にも食指が動かない。そうとう重症だな。
リッカルディ宮で左折しサン・ロレンツォ教会あたりで右折した。ここらに来ると観光名所はいくつかあるけれど、ウフッツィやシニョリーア広場と比べると場末という感じがする。古めかしい感じがするのであるが、古いものが好きなのになぜか心惹かれない感じがするのである。
「1ユーロショップ」があったので水とコーラ(イタリア製?)を籠にいれレジに行き2ユーロ出すと、レジのお姉さんが何か言って1ユーロ返してくれた。
宿の入口で恐る恐る鍵を差込み回すとカチリと音がして開きほっとする。軽く夕食をとるため少しの現金だけ持ってまた宿を出る。リストランテが多い中央市場広場に向かう。途中いくつかのインターネット屋があった。午後ここを通った時は宿の通りを探すのに精一杯で気付かなかった。
広場にケヴァブ屋がいくつかあった。旅行記などでケヴァブのことをよく読んでいたので試してみようと思い、人の良さそうな店員のいる店に入る。かたことの英語が通じた。店員は素早く色んな物を丸めた紙に詰め込み作ってくれた。作りながら「日本人か?」訊くので「そうです」と答えたが何なんだ。料金は3.5ユーロ。
部屋にもどりスチームにくくりつけたワイヤー錠を外そうとしたが取れない。ちゃんと3っつ数字を合わせたのに開かない。鍵を掛けたとき違う数字でセットしてしまったのかもしれない。持ってきた十徳ナイフのヤスリで削る覚悟をしたが、仮に違うセットをしてしまったなら、最初の数字に近いものと推察し1っ個目の数字を1つずらすとあっけなく開いた。運が良いのか悪いのかわからんなぁと思った。
Kさんに会いに行くならば外の様子を見てこなくてはと思い宿を出る。人通りは少なく怪しげな人がちらほら見える。まだ充分明るいが9時半頃出るともう暗くなっている筈だし、帰るときが心配である。折角の有名リストランテの体験を期待したが断念した。
部屋に戻りケヴァブを食す。あの店員「日本人か?」と訊いてきたが、スパイスの加減があって訊いてくれたのか、控えめでちょうど良かった。ヨーグルトみたいなのもが掛かっていて、肉もあるが野菜も多く栄養バランスが良さそうだ。
洗濯しながらシャワーを浴びる。バスタオルがヴィデの上に置いてあったのにはびっくり。西洋人はトイレと風呂を一緒の部屋にするせいかこう言う事に気にしないのかな。
ベッドに入るが寒い。最初から置いてあった毛布を掛けてちょうど良かった。衣装タンスの上に小さなTVがあったが電源が入らない。調べるとコンセントが抜いてある。右手をいっぱい伸ばしてやっと届く位置に差込口があり苦労して差す。分かりもしないがニュースを見る。アジアのニュースは全く無い。繰り返しサンタ・クローチェ教会前の古式サッカーの模様をやっていた。ああ、この時期やっているんだと思ったがそれだけ。相当好奇心が磨り減っているな。10時半すぎ自分としてはかなりの早寝だがすぐ眠ったようだ。
SMN駅に着き、慎重に迷わないようにしてようやく宿にたどり着いた。
暫く休憩しローマ行きのキップを買うために再び駅に向かいます。
宿を出て最初の交差点の角の建物。良い目印になってくれました。
サンタ・マリア・ノヴェッラ教会。
駅に行きキップ窓口の列が長いので買うのをやめて、切り絵師「俊寛さん」の知人のKさんに会うためリストランテに向かう。
ちなみに「俊寛さん」は7年程フィレンツェに住んでいました。そして独自の「切り絵」を創出し発表しております。
俊寛さんのホームページ
http://homepage2.nifty.com/shunkan/
ブログ
http://fiorenkiri.cocolog-nifty.com/kirienikki/2008/11/post-aedb.html
P.te Vespucci橋のすぐそばにテラスがありました。写真を撮るために行ってみると、ベンチが向かい合わせに置いてあり、片方にアベック(もう死語ですね)がひしと抱き合い情熱的な接吻をしており、もう片方には老女3人が座っていて、ごく自然に平然と世間話をしていて、少し驚きました。
だいぶヴェッキオ橋が近くなりました。ここらの左手の銀行のATMで現金を引き出しました。口座引き出しの積りがキャッシングでしたが、帰国してすぐ返済したので、ほんの僅かの利息でした。

たぼじいさんこんにちは
夏の手術後ようやく少し体調がもどりつつあります。
今回の手術は「大」失敗でしたw
ま、命があるだけラッキー。
姪っ子の結婚式も欠席して、親戚からもつまはじき状態です。
さて、真冬の航空の安い時期にフィレンツェに行こうかと考えてます。
ただ、耳がほとんど聞こえなくなってしまった(すぐそばで電車が通り過ぎるくらいの音は聞こえます)ので、一人で行くかどうか考え中です。
ツアーですと添乗員さん他みなさんにご迷惑必至ですし、一人だと会話ができないし。
まー、でも看板は見えるしあっち(イタリア)は外国人に親切なきもするので何とかなるかなー、なんて感じですが。
たぼじいさんのフィレンツェ旅行記じっくり再読させていただきますね。

tensobaさん
tensobaさんの手術の具合は権天使さんから、多少はお聞きしていました。失敗だったとのことで心配しておりました。
> さて、真冬の航空の安い時期にフィレンツェに行こうかと考えてます。
> ただ、耳がほとんど聞こえなくなってしまった(すぐそばで電車が通り過ぎるくらいの音は聞こえます)ので、一人で行くかどうか考え中です。
どなたかご一緒されると良いのかも知れませんが、一人でも行かれるのですか?
私の場合、語学は全くダメで、聞こえていない状態に近かったのですが、それでも多少は耳のお陰もありました。(こんな事申しては失礼とは存じますが)
旅慣れたtensobaさんなら何とかなるかも知れませんね。
> ツアーですと添乗員さん他みなさんにご迷惑必至ですし、一人だと会話ができないし。
ツアーでしたら皆について行けば良いだけですので、そう迷惑はかからないと思いますが。
> まー、でも看板は見えるしあっち(イタリア)は外国人に親切なきもするので何とかなるかなー、なんて感じですが。
無責任な言い方かもしれませんが、私もtensobaさんの立場ならイタリアなら一人でも行っちゃうかも知れません。
> たぼじいさんのフィレンツェ旅行記じっくり再読させていただきますね。
宝の山に居ながら何も見てこなかった、恥ずかしき旅ですが何かの参考になればと思っています。
お出掛けになるときは教えていただければ幸いです。
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