2009早春、長浜城(3完)お城と城壁・豊公園、太閤井戸址、琵琶湖
長浜城の本丸御殿の庭園跡と眼前に広がる琵琶湖です。
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長浜
豊公園
| 交通手段 |
新幹線 / JRローカル |
| 一人あたりの費用 |
[ 旅行費総額 >
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| 旅行形態 |
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| 手配内容 |
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前の頁からの枯山水の庭の紹介を続けます。公式HP等を調べてみましたが、この庭に関する記述は見当たりませんでした。
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少しずつ場所を変えての枯山水の庭の眺めです。地中に半ば埋められた二つの石の上に、渡された石もあります。
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枯山水の庭は、全体が池の形をしていて、敷き詰められた小石が水を表しているようです。ひょっとしたら、琵琶湖を模した池でしょうか。
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全体の池の形は確かめようがありませんでしたが、天守閣の上からは、その姿が見えるかもしてません。
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枯山水の池に投影した樹の陰です。その先には、東屋風の休憩場所がありました。
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これで枯山水の庭の紹介はお終いです。その庭を振り返っての一枚です。石橋を渡った場所です。
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豊公園
豊公園の中の散策路です。この辺りには桜の樹は見当たりません。新緑の頃が見頃のようです。
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上空に冬木立の枝を入れての庭の光景です。上空の枯れ枝は枝振りから見て、桜ではないようです。
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よく手入れされた庭園の庭木です。丸く刈り込まれた樹は、柘植当たりのようです。
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桜の枝咲きのアップです。蕾が見えますが、開花までは、まだまだ時間が必要です。
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村上義一先生像のプレートがありました。幣原内閣矢吉田内閣で運輸大臣を務めた方です。
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散策路の脇に『太閤井戸』への案内標識がありました。石碑がありますとの添書きがありました。
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長浜
ひっそりとした場所に大きな石灯篭がありました。旧長浜城の遺物にしては、時が経ち過ぎているようです。後代のものでしょう。
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木漏れ日の中の句碑です。『猫柳湖畔の春はととのはず』の一句がありました。五十嵐播水は、ホトトギス同人となり、昭和33年(1958)、俳誌『九年母』を主宰した明治生まれの俳人です。
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豊公園
豊公園の中の木々です。冬木立に近い桜も多く混じっていました。右手が琵琶湖です。
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ここから暫くは、琵琶湖の眺めです。岸辺に葦のような水生植物の枯葉がありました。
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長浜
なぜか琵琶湖の水中に建っている、長浜城の太閤井戸址の標識です。水中からは、築城に使われた大きな石等も発見されています。
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岸辺から少し離れた位置に、水鳥が浮かんでいました。渡り鳥のようです。
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コンクリートの桟橋が沖に伸びていました。その桟橋の先端に向かうカップルの姿がありました。
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水に浮かぶ渡り鳥です。嘴を横向きに羽の中に仕舞いこんで、居眠りしている姿が多くありました。
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琵琶湖の湖畔で遊ぶ親子の姿もありました。水も少し温んできたようです。
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琵琶湖湖畔の光景です。琵琶湖ほどの規模ですと、沖に延びる突堤は、防波堤もあるのでしょうか。
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琵琶湖に浮かんだ水鳥は、岸辺から一定の距離を保っていました。鴨などは、人間が一番の天敵なのでしょう。
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竹生島
水に浮かぶ渡り鳥と、沖に長く伸びた陸地の光景です。竹生島にしては少し近いようですし、大き過ぎるようです。
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これで琵琶湖の光景のソy回はお終いです。沖を行く船が小さく見えました。
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前方が琵琶湖方面です。その湖畔に続く道です。三々五々に散策を楽しむ人達がいました。
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日当たりの良い庭園の一角です。小さな花が咲いていました。オオイヌノフグリです。有難くない名前を付けられた、ゴマノハグサ科の帰化植物です。
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何度か鴨鍋を食べた豊公荘です。国民宿舎です。食事前に温泉を使うこともできます。ただし有料です。
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長浜
豊公園
長浜城と豊公園の見学は、これでお終いです。祭儀に樹の間から眺めた天守閣です。1ヶ月もすれば、景観は一変するでしょう。
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