2004春、韓国紀行12(4):5月2日(2)議政府駅経由新炭里駅へ、白馬高地
議政府駅から北に伸びた京元線の終点駅、新炭里駅まで行き、北朝鮮との軍事境界線の見学をしました。最初は朝鮮戦争の激戦の地、白馬高地です。
| エリア: |
アジア
>>韓国
>>その他の観光地
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| テーマ: |
特になし・その他(観光)
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| 時期: |
2004年05月01日〜05月05日 |
| 投稿日: |
2008年06月08日 |
| 写真: |
全30枚 |
| 満足度: |
評価なし |
| 観光: |
評価なし |
| ホテル: |
評価なし |
| グルメ・レストラン: |
評価なし |
| ショッピング: |
評価なし |
| 交通: |
評価なし |
| 交通手段 |
航空会社 >
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現地移動 >
鉄道 / 観光バス |
| 一人あたりの費用 |
[ 旅行費総額 >
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| 旅行形態 |
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| 手配内容 |
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地下鉄の市庁駅からは東北に位置する「清渓川路」が、元の川に戻される工事を見学しながら鐘路駅まで歩いて移動しました。
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ジョンガクと記された地下鉄駅は、鐘閣のことです。慶福宮(キョンボックン)と昌徳宮(チャンドックン)の中間、500m程南に位置します。
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この鐘閣駅では、非武装地帯「DMZ」見学のための乗換駅、議政府(ウイジョンプ)駅往きの電車を待ちました。終点から2つ目の駅です。
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地下鉄1号線の北の終点の「北議政府」駅の1つ手前の議政府駅です。英文字でもウイジョンプ(ブ)駅と表記がありました。
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この議政府駅からDMZツアーの出発地新炭里(日本読みと同じシンタンリ)までは1時間と少しかかります。10時20分発、13時38分着であると、Muさんが韓国の時刻表で下調べしてくれました。写真は駅前の宣伝だらけのビルです。
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議政府駅からの電車は,超満員でした。先生に引率された子供さんからご年配の方まで、大部分がピクニックの服装でした。
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この写真は途中の停車駅で、向かいのホームの電車を撮ったものです。早い時間のためか、こちらの方はがらがらでした。
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一番右のドアが開いている部分がDMZツアーの発券事務所です。日本語が話せる人が一人で詰めていました。
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大韓航空機の色に良く似た小型バスが民間ツアーの乗り物です。指定席になっていて、20人ほどで完全に満席になりました。
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昭和25年に始まった朝鮮戦争の激戦地の1つ、白馬高地の戦争記念碑です。地形が変わるほどの砲弾が飛び交ったと言われます。
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小雨の中の見学ツアーとなりましたが、重たい歴史の跡地を巡るには、寧ろ好都合の天候のように感じました。
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説明をされているのはバスの運転手兼任のガイドさんです。バスの中でも日本語とハングルでの説明、この方の働き振りには感心しました。
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名前を知らない白い花を付けた潅木です。戦争の悲しい思いを忘れさせないような、包帯の白い色を連想させました。
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日本人の観光客は私たちの3名を含め5名がこのツアーに参加していました。最初に日本語で説明された後、ハングルでの説明となりました。
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今日は閉まっていた記念館の横に建っていたモニュメントです。この記念碑一帯が馬の形をしていることをガイドさんが教えてくれました。
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戦没者の名前を刻んだ、まだ新しい石碑です。九個師団、三連隊の話が、繰り返しガイドさんの説明に出てきました。
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参加された韓国のツアーの方たちに浮かれたような雰囲気は見受けられません。単なる見学者達と言うより、何らかの形で戦争に関りをもたれた方達の参加であるような重たさがありました。
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今はのどかな田舎の風景に見えまさう。しかし、朝鮮戦争時代には壮烈な戦いが、連日繰り返された韓国中北部の要所です。
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木々の向こうの平地は非武装地帯です。その先に見えるのが、砲弾で3mは低くなったとされる白馬高地です。
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by けぐりさん・写真5枚
同行者: -
旅行テーマ: 特になし・その他
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