2005秋、ベトナム旅行記1(2):10月13日:セントレア空港から福岡空港経由タンソンニャット空港へ:旅人のくまさんさんの旅行ブログ
<2005年10月13日(木)>
セントレア空港から福岡空港までは国内線ですから、2時間ではなく1時間前の搭乗手続きで済みます。それで、8時のフライトですから7時までにセントレアに到着できる時刻を計算しました。
地下鉄で上前津乗換え、金山から名鉄電車でのコースは何度か経験済みです。家を出てから、1時間と15分もあれば、まず大丈夫です。更に安全サイドに計算して、始発の5時半頃の地下鉄に乗ることにしました。もし、この始発に乗り遅れても45分頃か、6時でもぎりぎり間に合いそうです。
結局、始発の地下鉄に乗りました。金山駅で全車指定席の電車をパスして、その後の電車に乗っても6時45分にはセントレアに到着することができました。
<名古屋出発、福岡へ>
早い時間でしたから、HIS窓口でのチケット入手も、全日空カウンターでの搭乗手続きも、待ち時間無しで済ませることができました。それで、余った時間が1時間弱ありましたから、先ずは腹拵えです。
今日は平日で、しかも早い時間でしたから4階の食堂街も空いていました。とはいっても、開いてる店は限られていますから、その限られた店の1軒に入りました。6月の旅行の時に、昼の時間に1軒だけ空いていた、お粥のお店は満員でした。昼では少し物足りないお粥は、朝では人気メニューのようでした。この時長い行列が出来ていた、大人気のまるは食堂は、まだ開店の準備中でした。
朝のメニューは限られています。その中で、おいしそうなドライカレー風のメニューがありましたから、ハーフサイズを注文しました。セット料金でお値打ちになっていた、小さなグラスの生ビールも頼みました。朝から少し不謹慎ですが、ほんのグラス1杯です。決してジョッキではありません。旅の安全を願っての一人儀式の積りです。食事とグラスビールで、締めて800円でした。
<福岡空港での乗継>
セントレアでの保安検査はスムーズに済みました。福岡行きの全日空便は空いていました。搭乗手続きの時に、「窓際にしますか?それとも通路側にしますか?」と聴かれましたが、無意味でした。3人分の座席に一人だけでした。中央の通路を挟んで左右に3席ずつの中型機でした。定員は200名以下でしょう。
福岡までは約1時間のフライトです。瀬戸内海の上空だったのか、日本海側だったかは確認しませんでしたが、着陸は日本海側だったのは間違いありません。セントレアを飛び立って福岡まで、ずっと穏やかな天候でした。快適な旅の始まりでした。
福岡空港の国内線から国際線への移動は、無料のシャトルバスです。案内表示が少し分かりにくく、「国際線連絡バス」の標識に前に停まっていたバスに乗り込みましたら、「これは貸し切りバスです。国際線連絡バス乗り場は、もう少し先の乗り場です」と、博多訛の運転手さんに、指差しで教えてもらいました。
運転手さんに教えてもらって乗った無料シャトルバスは、私が最初の乗客でした。その後、乗り込んできたのは4人だけでした。その内の3人の女性の方が、途中の貨物線ターミナル前で下車されました。結局、国際線ターミナルで降りたのは、私以外には、リュック姿の若い男性一人だけでした。
この福岡空港での国内線から国際線への乗り換え、その逆を含めて、余り便利ではありません。シャトルバスは、途中、一般道路のような箇所を経由しながら、曲がりくねった道を走りました。その途中には、2箇所ほど検問のような箇所があり、警棒を手に持った警察官が、不動の姿勢で警護に当たっていました。バスの時間も、5分以上かかりました。
<福岡空港での搭乗手続き>
国際線ターミナルは、新築から余り経っていない建物のようでした。シャトルバスが曲がりくねった経路を辿ったのは、利用客の増加による、建物の増改築が原因のようですが、詳しいことを調べたわけではありません。セントレア空港が乗り換え便利な空港に設計されているために若干厳しい評価をしてしまったようです。
福岡までは全日空でしたが、今度はベトナム航空での空の旅です。先にHISのカウンターが目に入りましたので、そちらでベトナム航空の受付カウンターを確認しました。どうやら、たびたび場所が変わるらしく、
「今日は**カウンターのようです」
と、言った返事でした。
ところが、そのカウンターに行ってもベトナム航空のカウンターは見当たりませんでした。通りかかった制服の女性の方に、その場所を確認しましたら
「ベトナム航空は今日は**カウンターになっています」
と、言って、わざわざその場所まで案内してくれました。
「先にカウンターの場所を確認していたんですが、、」
と、歩きながらその係員の方に話をしましたら、
「よくカウンターが替わってしまうんですよ」
と、笑顔で応えてくれました。
そのベトナム航空のカウンターは、並んでいる人はいませんでした。預ける荷物も無いので、搭乗手続きは直ぐに完了しました。席は通路側にしました。搭乗までの時間はたっぷりありましたが、そのカウンターから見える場所に、かなり長い出国審査の列が出来ていました。それで、係りの方の勧めもあって、直ぐにその列に並ぶことにしました。
早くその列に並んで正解でした。なかなか列が進まず、結局1時間以上はかかりました。その途中で「**航空の**便にお乗りのお客様はお見えになりませんか?」と、大声でアナウンスしながら、係りの人が飛び回っていました。搭乗時刻が迫っても、保安検査が済んでいない人が何人もいたようです。
保安検査は、かなり厳格に実施されていました。国際的なテロ不安が警戒レベルを上げているようでした。何度も、金属探知機を潜り直す人もいました。私の場合、ポケットのものを全部出した上に、上着も脱いで籠に入れました。一発でOKでした。
<福岡からホーチミンへ>
3人掛けの隣席は、福岡から搭乗されたという、若いOLの方二人でした。住まいも福岡ということで、懐かしい博多の方言を聞くことが出来ました。私と同じように、ベトナムは初めての旅行だとお聞きしました。
英語の勉強をされているようでしたが「うまく通用するかどうか心配でしたから、添乗員さんが案内するツアーにしました」と話されていました。私のように、語学のことはお構いなしに、オールフリータイムの旅行とは、かなり違いました。
窓際に座られた人は、少し話が苦手なおとなしい方でした。それで、もっぱら隣席の方とお話をしました。
「上昇中に、機体から変な音がしていませんでしたか?」
と、いった質問をされましたので、
「実は、私も気になっていました。機体の左側から、余り聞いたことが無い、かなり大きな音がしていました」
と、答えて、意見が一致しました。水平飛行に移ったら、やがてその音は聞こえなくなりました。テレビも無い、少し旧型の機体のようでした。
ところで、日本とベトナムの時差は2時間です。福岡空港を飛び立ったのが日本時間の11時頃でしたから、約5時間のフライトで16時ベトナム着、2時間を差し引いて現地時間で14時が到着予定時刻です。空港とホテルの間が約30分ですから、今日の午後の時間は有効に市内見学に使えそうでした。念のためにホテルの位置も調べておきましたが、チョロン地区からは東、旧・大統領官邸からは西の位置にありました。地図上では、直ぐ近くの大きなロータリーが目印でした。
ホーチミンのタンソンニャット空港が近づいてくると、低い雲が垂れ込めているのが分かりました。窓ガラスには雨粒が横に筋を引いていました。それでも、さほど機体の揺れはありませんでした。福岡を飛び立つ時の変な音を除けば、途中のフライトを含めて、順調な空の旅でした。
ベトナムに着いての第一印象が「蒸し暑い〜」でした。他の人達からも同じような声が漏れていました。雨が降っていたものの、この日の気温は30度を超えていたようです。機内でお話をしたお二人には、
「スリや置き引きが多いようですから、気をつけて楽しい旅行をしてください!」
と、声を掛けて、お礼の挨拶でお別れをしました。
<ホーチミン到着、ホテルへ>
保安検査が厳しかったのは、福岡だけでなく、ベトナムのタンソンニャット空港の場合も同じでした。通常、到着した後の手荷物検査はありませんが、この時は手荷物のリュックもレントゲンによる手荷物検査の対象となりました。搭乗の時の保安検査とほぼ同じレベルでした。
空港で出迎えてくれたのは、ベトナム人の若いHISの現地係員の方でした。HIS全体では他に大勢の観光客がいましたが、「気軽にホーチミン5日間」のツアーを申し込んでいたのは私一人でした。一人だけを対象の送迎で、申し訳ない感じもしました。
現地ガイドのホウさんは、年の頃、20代の後半といった感じでした。
「日本では、どちらに住んでみえますか?」
と、質問をされましたので
「名古屋はご存知ですか?最近万博が開かれました。自動車で有名な豊田市に近い町です」
と、答えました。すると、
「名古屋はよく知っています。私も3回行ったことがあります」
と、意外な答えが返ってきました。続けて、
「名古屋は、お仕事で、ですか?」
と、質問をしましたら、
「学生の時から、公式訪問団に加わって日本を訪れました」
との返事が返ってきました。しっかりした日本語を話される、優秀なガイドさんと見受けました。
ホテルに着いた後、ホウさんには翌日のメコン川クルージングの予約をお願いしました。HISのCiaoのパンフレットに記載された 「ミトー・メコン川ムルーズ(終日)」の料金は、49米ドルでした。念のため、
「日本円とベトナムドンでの料金はいくらですか?」
と、確認しましたら、直ぐに
「日本円では5880円、ベトナムドンでは78万4千ドンです」
の答えが返ってきました。
昨年6月のフランス旅行のときの苦い記憶がありましたから、空港に到着したら、真っ先にドンへの両替を済ませておきました。それで、このツアーの支払いはベトナムドンにしました。80万ドンを渡しましたら、しわくちゃのお札で、ぴったりお釣をくれました。旅行社としての仕事ですから、この場面ではチップを渡すこともないと、割り切りました。
泊まったアクアトリアルホテルは、一応5つ星のマークが付いていて、カウンターでの両替も出来ましたから、空港で両替を忘れてもフランスの時のような苦労はぜずに済みました。フランスの時は、泊まったホテルでは両替が出来なかったので、その晩、大いに苦労をしました。しばらくは、この時の経験は忘れないでしょう。
「質問があればお答えします」
と、ホウさんが聞かれましたので、
「近くにコンビニエンスストアーはありますか?」
「ミネラルウォーターは部屋に用意されていますか?」
「ベトナムでのチップの習慣はありますか?」
「朝食は何時からですか?」
等をお聞きして、ホウさんとはお別れしました。ホテルの近くにコンビには無く、ミネラルウォーターは毎日無料で2本、部屋に用意され、チップの習慣は無いとの返事でした。朝食は6時からでした。早い時間から利用できました。
<ホテルの部屋>
ホウさんとお別れした後、直ぐに部屋の確認をしました。ホウさんとお話をしたテーブルの直ぐ近くに、エレベーターがありました。部屋は、14階建ての5階でした。カード式ですから、直ぐに別の紙に部屋番号をメモして置きました。うっかりすると、部屋番号を忘れてしまうからです。電子式カードには、部屋番号が記載されていません。これも経験で手に入れた知恵の1つです。
このホテルのサービスは、ウェルカム・フルーツとウェルカム・ドリンクでした。部屋にはドラゴンフルーツ、りんごとベトナムバナナが届けてありました。4階が屋上プールになっていて、見晴らしも素晴しい部屋でした。広さも十分でしたし、設備面でも申し分ありませんでした。この旅行を申し込んだ時、「一番安いクラスのホテルでいいですよ」と言って、スタンダードクラスにしていたので、意外でした。
<外出、退散、そしてもう一度外出>
部屋で少しくつろいだ後、外出することにしました。時間は午後の3時を回った当たりだったと記憶しています。部屋から見下ろしたプールには雨による波紋が広がっていましたが、たいした雨ではありませんでした。空を見ても、遠くは薄曇になっていて、上空の雲の動きもありました。通り雨のような気配もしていました。
旅行の際は、いつも折り畳み傘を持参していますので、これをバッグに仕舞い込もうとして、手が止まりました。アルミ製の軽い傘ですが、強度が無く、そろそろ取替えの時期が来ている傘です。この時、現地ガイドのホウさんの、ホテルに向かう車の中での言葉が蘇ってきました。
「ベトナムでは傘を差す習慣がありません。単車に乗る時も合羽を着ています。少々の雨なら、帽子だけです」
と、いったアドバイスでした。実際、30分ほどの乗車の間に、傘を差した人は皆無でした。それで、いったんはバッグに仕舞い込んだ傘を部屋に置いて、外出することにしました。傘を差しているだけで、観光客目当ての犯罪に遭ってはかないません。目的地は西南方面、1キロほどに位置しているアンドン市場です。
このアンドン市場の語源は分かりませんが、つい、韓国の安東(アンドン)のことが思い浮かびました。漢字のハングル読みです。ベトナムも日本や韓国と同じように、漢字圏に属していますから、語源が同じかも知れませんが、調べた訳ではありません。 市場や商業は、中国の福建省出身の華人、架橋と呼ばれる人達が活躍されている分野ですから、市場には中国の影響が残っていてもおかしくない話です。
結局、この時の外出を含めて、二度外出を試みましたが、雨が強くなって、早々に退散しました。雨よりも、もっと大変だったのが広い交差点をわたる時でした。初めての経験では、まるで戦場でした。
<夕食はホテルのお寿司屋さんで>
外出の時にホテル近くの商店街を一通り観察しましたが、飲食店らしきものは見当たりませんでした。それで、外出を諦めたことで、ホテル内のレストランで夕食を済ませることにしました。
このホテルでは、和食と中華料理の店がありましたが、和食、おすしの店に決めました。そのお店のメニューは英語とベトナム語でしたが、写真入でしたから、注文に困ることはありませんでした。結局、この日を含めて、4日ともこのお店に足を運びました。
最初の日は、セットメニューでビールを頼みました。突き出し、焼き魚、天婦羅、刺身と最後はお寿司と味噌汁の本格的なものでした。缶ですが、ビールもアサヒのスーパードライが置いてありました。日本酒もおいてありましたが、この日はスーパードライの追加だけにしておきました。締めて60万ベトナムドン、日本円で4千円ほどでした。
<ベトナムのテレビ>
ベトナムのテレビは、すべて国営だとガイドさんにお聞きしていました。しかし、チャンネルを回してみると、各国の放送が視聴できました。欧米各国、中国、台湾、韓国、そして日本のNHK等です。
たとえばNHK番組の場合です。この後視聴した日曜討論会は、日本では朝の9時からの放送ですが、こちらで視聴した時間は少し後ろに少しずれているようでした。時差の関係がありますから、私の勘違いがあるかもしれません。その他のニュース番組も、画面が端折られて、動画の部分が、しばらく固定画面になったりしていました。
フランスの番組では、ワイン畑を背景にした番組を見ました。その画面には絶えず筋が入ったり、乱れたりを繰り返していました。一度録画したものを再編集したためでしょう。
この小冊子には数枚程度か視聴したテレビの画面は収録していませんが、雨で閉じ込められた時間に取った画面は200枚程はあります。最初、エプソンのカメラで撮影して、うまくテレビの掃引とのタイミングが合いませんでした。しかし、キャノンのデジカメに切り替えて札遺影したところ、うまく写るようになりました。
福岡空港の乗換えで
故里の訛り懐かし福岡の町は束の間ベトナムの旅
ホーチミンに降り立って
独立の戦終りて三十年の時経て巡る雨季の終りよ
独立の後尚続く諍いも乗り超え進む高度成長
ホテルの部屋で
福岡の免税店で姿見て此度も連れし琥珀の友よ
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