1996春、韓国紀行1(2):4月27日:温陽温泉・花祭の夜:旅人のくまさんさんの旅行ブログ
<1996年4月27日>
4月27日昼、名古屋発の大韓航空機でソウルに到着しました。昨年と同様、宿の予約は一切なしの気儘旅行です。ただし今回は、十年余ハングル語の勉強を続けたMuさん、彼と同じハングル語講座に通われている岡崎のTnさんとの同行の旅である。旅行ガイドさんよりも頼れるお二方に、旅の不安はありません。
<ソウル到着、南下>
一応の旅程は計画してありました。初日はすぐに大田(テジョン)に行く予定をしていました。しかし、電車のセマウル号、ムグンファ号等はすべて売り切れになりました。
かなり長い列の後方に並んでは見たものの、いずれも途中で売り切れになったものです。おまけに市外高速バスも、夜まで待たなければ乗車できないことが分かりました。
こんな時便利なのが、予約なしの気儘旅行です。行き先を温陽温泉(オニャン・オンチョン)に変更しました。大田までの中間程度に位置する保養地です。この温陽温泉へ行くには、市外バスを利用できます。その切符は、容易に入手できました。
そのバスはソウル市内の高速道路で大渋滞に巻き込まれました。遅々として進まず、それを見越した物売りの人がバスを目当てにやってきました。この渋滞は日常化しているようでした。地元の人は、窓越し買ったスルメを齧って、退屈さを紛らしていました。
<花祭りの夜>
バスで到着した温陽温泉は、丁度文化祭と言う名の春祭の最中でした。最初に訪ねた観光ホテル、2軒目の旅館も満室で断られ、3軒目でやっと宿にありつけました。これは昨年の7泊8日の旅行では経験しなかったことでした。春祭の最中と言う特殊事情があったためのようです。
この春祭は、夕暮れの花火を合図に、中学生位の生徒がパトカーを先導に提灯行列を繰り広げました。女子は制服の学校もありましたが、ほとんどが色とりどりのチマチョゴリの盛装でした。娘さん達に付き添って、何かと気を遣われるお母さん方の姿を、あちこちで見かけました。
Tnさんは家業が花火製造である。上がっては歪に広がる花火を見て、思わず気になってしあったのか、
「打ち上げ場所近くに移動して見学しましょう」
と提案がありました。そのお話では、
「日本の打ち上げ花火技術に似ているようだが、あまり上手ではない造りと、打ち上げ技術です」
との評価をされていました。
ソウルから温陽温泉へ向かう途中にて
過る春時を背負て南下行
連翹の苗一面に山畑
温陽温泉での春祭を見て
明星の取残されし花火後
春の夜に大輪消えて残る笑み
大輪の少し歪に春花火
文化祭花舞う大路をチョゴリ行く
新兵の童顔崩れし春祭
襟元を母が手直す春祭
国境は緊張の時春祭
現在、コメントの書き込みがありません。
現在、トラックバックはありません。