2002春、韓国紀行10(4):4月30日(1)悪天候、釜山から電車でソウルへ:旅人のくまさんさんの旅行ブログ
<2002年4月30日(火)>
旅行も今日が三日目、あっという間に日が過ぎてゆきます。これからの目的地は韓国の北東、ソクチョ(束草)、ソラクサン(雪嶽山)の方面です。刺身が安くて美味しかったテポの港には、泊れる宿もあります。昨年、ハングル語口座の李先生たちとMuさんが泊まったとお聞きした宿です。今回も、その宿にしようと予定していました。
相変わらず天候の崩れが気になります。先ずはキメ(金海)空港へ行って運行状況の確認です。つい最近の悪天候による航空機墜落事故の影響が心配されました。
<キャンセルばかりのボード>
キメ空港へはリムジンバスで向かいました。昨日調べておきましたので、時刻も乗り場もわかっていました。昨日、釜山の大韓航空事務所で、
「リムジンバスは市外バスターミナルに停まります。それ以外には停まりません」
と、調べても貰った事も役に立ちました。キメ空港の出発ボードには相変わらず赤字でキャンセルの文字が並んでいました。時々、済州島発の便のキャンセルの文字が消えましたが、やがてまたもとの赤字に戻ってしまいました。
昼近くまで待っても、この状況は一向に変わる気配はありませんでした。私達のところや、他の乗客のところにタクシー運転手さんがやって来て、片言の英語で
「ソウル? テジョン ノー キャンセル タクシー プリーズ」
等と少し怪しい英語で、飛行機が発着しているらしいテジョン(太田)までタクシーに乗っていけと勧誘にきました。全ての便がキャンセルになっていますので、運転手さんも必死です。
急ぐ旅でもないですし、もし、テジョンまで行ってキャンセルになったらつまらないので、全て
「ノー サンキュー」
と言って、断りました。外国の団体客も見掛けましたが、こちらはガイドさんと思しき人が、マイクロバスなどを用意して、テジョンへ向かったようでした。
大分前の慰安会旅行の時、キンポ空港から、ソクチョ空港へ飛べなくなった時、6時間余りをかけて半島を横断した事があります。翌日のソクチョでのホテルを予約してあったからです。その時と同じ状況だと、横目で眺めていました。
<空港での朝食>
手持ち無沙汰だし、お腹も空いてきましたので、空港内の中華料理店に入りました。中華料理のメニューがテーブルにありましたので、焼ソバを注文しました。ところが、
「中華料理は出来ません。韓国料理だけです」
といって別のメニューを見せてくれました。それでスンドウプを見つけ、これを注文しました。いつもの朝食と違って、器は立派でしたが、キムチは木の器に3種類だけでした。値段は高めで5千5百ウォン、日本円換算では550円でした。冷静に考えてみますと、朝食の時間でしたから、メニューが制限されていたためのようでした。
後で見つけましたが、1階には大衆店もありましたので、こちらで食事をすればよかったかもしれません。しかし、使ったお店は、値段は高かったものの、ソファーのような立派な席でした。客も少なく、食事の後も暫く休憩を兼ねて店にいました。
<予定変更、クポ(亀浦)の街>
事態は好転する気配を見せませんでした。結局、ヤンヤン行きの便をキャンセルし、バスでソウル近くまで北上する事にしました。飛行機はチケットを買っていなかったので、正解でした。
釜山を出発した電車は、クポにも停車します。Muさんが以前に入手した韓国のシガッピョ(時刻表)を調べてくれて分ったことです。最初はプサンまで戻って、ムグンファ号かセマウル号に乗車しようと考えていました。クポにムグンファ号が停まってくれれば、大分時間の節約になります。プサンまで戻ってセマウル号に乗ったとしても時間は余り変わりがなく、ムグンファ号であれば、大分遅い時間の水原(スウォン)到着になります。
この街は、以前に岡崎のハングル語講座の先生達とクポの図書館、ムン(文)先生のご自宅を訪問した時に立ち寄ったことがあります。釜山広域市の北に位置しています。高層のマンション群が立ち並び、釜山のベッドタウンになっているようです。
空港から、そのクポまではバスで向かいました。途中、道路工事の場所があり、大きく迂回しましたが、それ程時間はかかりませんでした。親切な運転手さんで、バスを降りた二人に、バスの前方右手を指差して、クポの駅を教えてくれました。軽く手を振ってお礼をしました。その駅は、バス停からは余り距離はない位置でした。
それほど強くは無かったものの、雨が降ってきました。今回の旅で本格的な雨に遭ったのはこの時だけです。上手に雨の合間を縫ったような行程になりました。
<列車で水原、新川へ>
あまり待たずにムグンファ号に乗り込むことが出来ました。車内はガラガラでした。切符はスウォンまで買っておきました。ソウルの少し南で、ソウルまでは地下鉄でも乗り入れることができます。世界遺産に指定された水原城で有名な古都です。
車内販売がやってきましたので、昼飯代わりにスナック菓子、ビールとおつまみを買い込みました。電車の外は、本降りになってきました。
最初は少なかった乗客も、大きい街での乗降が多くなり、立ち席の人も出るようになりました。前の席に座った中年の女性、こちらではアジュマと呼んで差し支えの無い4、5人組はペットボトルの飲み物を回し飲みしていました。最初はジュースかと思いましたが、次第に会話が弾みだし、真っ赤な顔になったアジュマもいました。やっと、それがマッコルリである事が知れました。
予定通りスウォンへ到着しました。まだ空が明るい時間でした。キメ空港で早めに判断して、ムグンファ号を選択した甲斐がありました。
<新川の宿>
翌日、キンポ空港からヤンヤン空港へ向かいますので、最初のスウォン泊を予定変更してソウルの郊外、シンチョン(新川)泊にしました。ガイドブックによれば、宿は沢山有りそうだし、飲食店も揃っていたからです。何よりも、キンポ空港へのアクセスが便利です。地下鉄1回乗換えだけで済みます。
駅前には大きなビルもあり、地名の「新」が似合う新興の繁華街のようです。先ずは宿を探す事にしました。最初、旅館街がある方向への地下鉄の出口を間違えましたが、再度地図を確認して旅館街へ向かいました。その方角へは少し登りとなっていました。
ホテル街には旅館が密集し、余り多すぎて選択するのに迷うほどでした。なるべく外装が大人しそうで、余り高そうでも無い宿を探してチェックインしました。1泊3万ウォンでしたので、ほぼ予算どおりでした。荷物を置いた後、早速シンチョンの散策を兼ねて食事に出ました。日が落ちて、丁度いい時間となっていました。
<新村の飲食店>
シンチョンは若者の街です。学生の街といてもよいでしょう。もう1つ加えるなら、新しい街でもあるようです。行き交う人は若者ばかりで、サラリーマン風の人は少なく、家族連れは更に少ないように観察しました。
通りは賑わっていましたが、店の中はそれ以上に賑わっていました。人気店では、店の中だけでなく、外でも若い人が順番待ちをしていました。美味しそうな店は満席で、順番待ちをするのは躊躇されましたので、比較的空いている店にしました。鳥料理が専門で、煮込んだ鳥の料理を注文しました。例によって麦酒は1本だけ、後は百歳酒を2本飲みました。締めて2万2千ウォンでした。百歳酒が1本5千ウォン、麦酒が3千ウォン程度ですから、料理の分は1万ウォン以下、一人当たり5百円以下でした。
鳥鍋料理はたっぷり量があり、どちらかと言えば、若者向きの濃い味に仕上げてありました。鍋が終わった後で、焼き飯を作ってくれるように予め頼んでおきました。その焼き飯の料理が少し遅れました。最初に注文を取ってくれた若い店員の人に催促したら、勘定の時、「パブ(ご飯)の分をサービスしておきました」と言ってくれました。
食事の後もシンチョンの町を散策しました。薪を焚いて鶏の丸焼きを見せている店や、ビデオでメニュー紹介をやっている店など、ユニークで、魅力一杯の街でした。
キメ空港で
春嵐電光板に顔思案
水原へ向かう電車の中で
走り梅雨車窓の人となりにけり
気侭旅穀雨眺めつ缶麦酒
近き山晴れて遥かな山霞
韓の国縦断の時四月尽
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