2002春、韓国紀行10(2):4月28日;名古屋出発、釜山到着、チャガルチ市場:旅人のくまさんさんの旅行ブログ
<2002年4月28日(日)>
昨日の土曜日に始まった今年2002年のゴールデンウィークの、2日目に当たる28日に出発しました。新幹線で下関まで行き、フェリーで釜山まで渡ったこともありますが、今回はオーソドックスに名古屋空港出発、金海(キメ)空港からの入国です。1年程前に買ったオープンチケットがありますので、これを利用するタイムリミットでもあります。
<名古屋出発>
Muさんとは11時30頃に名古屋空港で待ち合わせました。今回は、グローバル・パスポートを持参していますので、出国する前から安心です。早めに搭乗手続きをしてから昼食を摂るこことしました。
昨日からゴールデンウィークが始まったというのに、名古屋空港は混んでいませんでした。いつもなら、仕切りテープで囲まれた中を幾度も折り返しながら出国手続きをするのですが、並んでいる人はほとんどいませんでした。ぴったり2時間前から大韓航空カウンターでのチケッティングが始まりました。こちらも順番待ちの列は短かいものでした。
搭乗手続きが順調に終わりましたので、シャトルバスで国内線に移動して昼食を摂りました。いつものセルフサービスの店です。2時間後のフライトなので、少し控えめに品を選びました。生ビールも1杯だけにしました。安くて、品数があるお店です。枝豆、しめ鯖、冷奴など、殊にビールのつまみが豊富なのが最高です。
出国手続きの時、予想したとおり金属探知機で足止めを食いました。日韓ワールドカップを控えて、多少チェックが厳しくなってきているようです。私だけでなく、結構大勢の人が再チェックを受けていました。混んでいたら、大変です。
ボディチェックを受けた後、靴をスリッパに履き替えました。靴の方もレントゲンチェックをされていました。厳しいチェックの方が、乗客にとっても安全なので、気になる事ではありません。女性の係官の対応は親切で、丁寧でした。
<釜山到着>
前便が20分ほど遅れましたので、結局30分遅れの出発でした。前便で、搭乗間際に次から次に走りこんでくる人がいたためでした。エプロンが指定されていますので、前の便がここを離れない事には、出発準備が出来ません。荷物の積み込み、給油、機内清掃など、絶対に必要な時間があります。こんな時の出発遅れが、航空会社や空港会社のせいではなく、乗客に原因があることがよく観察できました。
飛び立ってしまえば、あっと言う間の空の旅です。機内でも軽食が出されましたので、軽めに昼食を摂っていたのは正解でした。「ワインください」と注文する人もいましたが、さすがに用意されていませんでした。着陸態勢に入ってからのシートベルト着用のサインが出るのは、あっと言う間です。直ぐに食事を終えないと、後片付けの時間がなくなります。機内サービスは、つくづく重労働ではないかと同情させられます。ワインを頼んだのは、私では決してありません。無論、Muさんでもありません。お互いに缶ビールを1本頼んだだけでした。
天候が少し心配されましたが、釜山へ降り立った時に雨は降っていませんでした。まずは、順調な旅の始まりです。先日、悪天候の中で中国機が旋回しながら着陸しようとして山に衝突、墜落した事故がありました。機内から、どの山か探しましたが、結局分りませんでした。名古屋空港などと比べれば、障害物は少なく、着陸しやすい空港だと思っていましたが、この事故は意外でした。「一度落ちれば、暫くはないだろう」と割り切っていましたので、それ以上の心配はありませんでした。まして、地元の大韓航空なので、地形を誤る事もないでしょう。
<ソウル荘旅館>
金海(キメ)空港からは、リムジンバスでプサン市内にやって来ましたので、大韓航空前で降りました。ここから投宿予定のソウル荘旅館までは、歩いて10分とはかかりません。もう何度も泊ったことがあり、ソウル荘旅館へは間違えずにたどり着きました。改めて地図を調べる必要もありませんでした。
ご年配の宿の人は日本語が通じますので、言葉での不自由はありません。今日は日曜日になりますので、少し高めの料金かと思いましたが、いつもと同じ一人2万5千ウォンでした。為替レートも、ほぼ千円が1万ウォンなので、日本円で2千5百円と考えればよい料金です。
オンドル部屋とベッドの部屋がありましたが、オンドルの部屋の方を選ばせて貰いました。半そででは少し寒さを感じるほどの気温でした。明け方にはオンドルが役立つかも知れないと考えました。しかし、4月も末なので、実際にオンドルが働くのかどうかは分りませんでした。
この宿で、特段の不自由もしませんし、もし、歯磨きセットなどを忘れても、自販機で買い求める事ができます。綺麗に掃除してあるとはいいがたい面もありますが、湯船もあり、お湯が切れた事もありません。ただ、タオルが置いてありませんので、この点が残念です。勿論タオルは持参していますが、1泊だけの時は、乾かすのが大変なので、なるべく使用したくない思いもあります。
<釜山駅>
釜山駅は建替え工事の最盛期に入っていました。韓国での新幹線建設計画が進んでいるようですが、これとリンクしているのかどうかは、分りませんでした。プサンから他の町への移動は、飛行機、バス、フェリーなどを利用した事がありますが、電車はあまり記憶がありません。微かな記憶では、慶州(キョンジュ)へ行くのに、バス以外に一度だけ電車を利用した事がありました。Muさんも、ほとんど利用した記憶がないと言っていました。
3年程前に日韓共同切符を入手して、私とMuさん、それにUeさんと旅行した時、日本の新幹線、下関からのフェリーは利用しましたが、韓国の「新幹線」セマウル号に乗る機会はありませんでした。日韓共同切符とは、日本の新幹線、日韓フェリーと韓国の「新幹線」とが組み合わされたお値打ち切符です。ばらばらに入手した時と比べ、韓国の「新幹線」分の値段が安くなっていました。
この時は、ウルルンドがメインの旅行でした。日韓共同切符が売り切れと言うので、日本の新幹線、関釜フェリーの切符をそれぞれ入手しました。「韓国の『新幹線』切符は、日本での単独販売はできません」と断られた記憶があります。
韓国の新幹線を括弧付きで表記したのは、在来線をこの超特急が走っているためです。今回の新幹線計画は、専用線を敷設する本格工事のようです。
<チャガルチ市場>
南大門市場(ナンデムン・シジャン)を歩くと、「ソウルへ来た!」と言う実感が湧きます。私にとって「釜山へ来た!」との実感が湧くのが、このチャガルチ市場です。この市場巡りと、刺身をいつもの楽しみにしています。泳いでいる魚を指定でき、値段は安くあがります。日本と違ってコチュジャン等で刺身を食べるのが、また好物です。
今回もその期待に応えてくれました。ビルになっている市場の方は、客引きが大変なので、一歩足を踏み入れたものの、早々に退散しました。客が少ない時は、一斉に客引きが始まります。とても、ゆっくりと魚を品定めする余裕は生まれません。ここで食べたい時は、店であれこれ考えるのは止めた方が利口です。予め、値段、種類を決めて、気合を込めて店に入ることです。受身では、とても自分が満足できる結果は得られません。
少し大げさに書きましたが、実はたいした事ではありません。ある程度金を使ってよいとの前提であれば、どの店でも美味しい魚を食べさせてくれます。ただ、お店の人に任せてしまうと、高級魚をあれこれと注文してしまう結果となるからです。サービスのキムチなどは、1種類の魚で同じようにサービスしてくれますし、あれこれ頼んでも、この分に変わりはありませんので、割高になってしまいます。ここらへんが注文のコツのようです。
市場を一通り、散策した後、屋台のような小さなビニル葺きの店に入りました。この店でも生きた魚を水槽で泳がせていました。聞いた値段も、安いものでした。その交渉の中では、メウンタン(魚のあら等を使った鍋物)も、少しだけの料金追加で注文できますし、サービスにホヤ(韓国の呼び方でモンゲ)も付けてくれることになりました。1分とかからない交渉でした。
ビールは中ビンを1本だけで、後は「百歳酒」を飲みました。アルコールは13%と焼酎類の中では低くなっています。薬草の香りがする健康酒のようです。立派な陶器の瓶に入ったお土産は、年代物であり、値段も高くなっています。お店で飲むこの「百歳酒」はつや消しのガラス瓶に入っていて、店での値段は大体5千ウォン、5百円です。他の飲み物と比べ、高級酒の類に入りますが、ストレートで飲むには丁度よいアルコール度です。今回の旅行では、この「百歳酒」がメインの飲み物になりました。韓国全土、何処でも飲めるのがまた好都合です。
<焼物の店>
チャガルチ市場からは、途中国際市場(ククチェ・シジャン)を通って宿に戻りました。ほろ酔い気分での散策もまたよいものです。チャガルチ市場が「食」のエリアなら、国際市場の方は若い人の「服、ファッション」のエリアと形容できそうです。
国際市場からは釜山ホテルの前を通りました。その上に釜山タワーのライトアップが望める道です。デジカメを持参していましたので、所々で写真を撮りながらの帰路でした。釜山ホテルを過ぎたところで、「吉兆」の看板の店がありましたので、逃さずカメラに収めました。看板には「大衆店」とも記してありましたので、日本の、京都のさる老舗とは無縁の店のようです。例によって、ケンチャナヨ(気にしない)の発想でしょう。
その店から直ぐ近くに焼物の店がありましたので、ショー・ウィンドウを眺めました。ガラス張りのドアなので、女将さんが出てきて、質問に答えてくれたり、品物を勧めてくれました。焼物店で女将さんといった表現は適当でありませんが、アガシ(娘さん)の年代ではないし、アジュマ(おばさん)と言うには可哀想な品のいい女性でした。日本語も随分と流暢な方でした。
店先には高麗青磁をはじめ風格のある品が揃っていました。店の奥には、柳海剛先生にまつわる書も窺うことが出来ました。今は亡き韓国の陶芸家で、人間国宝に当たる称号を持った高麗青磁製作の第一人者だった方です。
「うちの店ではイチョン(利川)から品物を取寄せています」
とのことでした。イチョンは、海剛先生の窯があったところです。現在では記念館も出来ています。更に、
「今は、海剛先生のお弟子達の作品です」
とも付け加えてくれました。結局、このお店では香炉とお香入れを買い求めました。1万円少しの品でしたが、7千円に負けてもらいました。
「あなたのご希望の値段はいくらですか?」
と聞かれ、それ以上の値切り交渉は、はしたないので諦めました。桐の箱に二つ纏めて入れて貰いました。旅が始まったばかりなので、できるだけ持ち運びに便利なようにしました。後日、無事に我が家にたどり着いたその焼物には、柳昌坤の品書きが入れてありました。
出発の時
道祖神心で拝み春の旅
逝く春や仕事忘るる空の旅
チャガルチ市場で
ホヤ刺に焼酎絡め韓の夜
杯重ね釜山の春の夜は短か
春宵や白身に赤きコチュ添て
春の魚生死を分かつ桶と皿
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