2003秋、中国旅行記4(2):10月7日:重慶・名古屋出発、重慶へ、重慶で上海組と合流:旅人のくまさんさんの旅行ブログ
<2003年10月7日(火)>
<名古屋空港集合>
出発便が、14時00分名古屋発中国国際航空CA422便でしたから、2時間前を目安に11時50分、南団体カウンター集合となりました。事前説明会でもお聞きしていましたし、頂いた旅行計画書の1面にも記載してありました。
自宅からは1時間半はかかりませんが、余裕を見て、10時に出発しました。朝の時間がゆっくり出来たましので、荷物の最後のチェックと、ベランダの蘭に水遣りをしておきました。
5泊6日の旅行なので、5-1=4日間は水遣りを出来ませんが、盛夏を過ぎて徐々に水遣りを控えている時期なので、それほどの問題はありません。荷物は、リュック1つに最低限度のものを詰め込みました。防寒用にセーターを1枚、ウィンドブレーカ、手袋も用意しました。
搭乗手続きを終えて、1時間半ほど待ち時間が出来ましたので、ガイドの徐さんに『国内線の方で食事をします』と声を掛けて、無料の巡回シャトルバスに乗りました。皆さんは国際線の4階のレストランへ向かわれたのを確認しました。
国際線は大きな1団体があり、少し混雑していましたが、その後は平日の様相に戻りました。それより国内線の方がかなり混雑していました。
しかし、目的の店は席が空いていました。セルフサービスで酒の肴を3種類ほど選び、生ビールを注文しました。これで千円からお釣が少しもらえました。庶民的な安い店であるのが気に入っています。空港の関係者の人が良く利用しているようでした。家族連れなどは別の小奇麗な店に列を作っていました。
この店では、機内食が出ることを考えて、軽いものだけにしておきました。国際線に戻り、4階の喫茶コーナーへ戻ると、丁度皆さんが勘定を済まされているところでした。
<出国審査>
その後直ぐに入国審査へと向かいました。いつもベルトの金具が、金属探知機にチェックされますので、バックルだけを外し、ポケットの中の物は全てリュックの方へ移動しておきました。
その甲斐があって、 ノーチェックで探知機を潜り、出国審査を終えることが出来ました。最近良くチェックされるのが、ライターのようですが、私は喫煙しませんので、この点では心配することがありません。
一行の中では、少し足止めをされた人がいたようですが、大きなトラブルはありませんでした。レントゲン写真は後ろから画面を覗く事ができますが、プロだけあって、短時間でポイントを絞ったチェックが行われているようでした。
以前、香港の空港で、洗面用具の中に入っていた眼鏡用の小さいドライバーをチェックされ、没収(任意の放棄)されたことがあります。本人が全く意識がない品だっただけに、些かビックリしました。今までに何度も同じ用具がレントゲンを潜ってきても、問題がなかったためでした。持ち込み禁止の基準も、時々変更されているようです。
<重慶の空港で>
名古屋を発ったときは曇り空で、途中もずっと雲の上を飛行しました。雲が切れたのは、中国大陸の上空にさしかかってからでした。重慶の飛行場を目指して高度を下げ始める頃から、少し雲が切れて、地上の様子を眺めることが出来ました。
重慶は工業都市として近年目覚しい発展を遂げていて、最近、日本のトヨタ自動車が工場建設を始めたとの新聞記事を読んだことがあります。詳細にはその記事を読んでいないので、いつ頃その工場が稼動するのか、あるいは既に稼動したかも知りません。いずれにしても、これから日本との交流が発展していく地域であることは疑いありません。
日本へ伝えられている情報では、大気汚染、公害問題が深刻化していると、されていた。短時間だけの重慶訪問では、この点は確認しようがありません。ただ、空港待合室にも何種類かの単車とそのエンジンが飾ってあり、工業都市としての顔を鮮明にしている様でした。
順調な飛行で、まだ明るいうちに重慶飛行場に着陸しました。降り立ったのは国際線ですが、歩いて国内線まで移動しました。ここで、上海から見えたEnちゃんのお父さんのS.P.先生、お母さんのYa先生と無事落ち合うことが出来ました。この旅行を終えて、またこの重慶の空港でお別れするまで、これからの九寨溝、黄龍の旅行をご一緒させて戴くことになっています。
S.P.先生ご夫妻には、西安のご出身である若い女性のガイドの孫さんが同行されていました。この方とも、全行程をご一緒することになっています。中国旅行の決まりで、更に現地ガイドさんが、各地で加わることになっています。ガイドさんだけでも結構な人数になります。
重慶からは、国内線で新しく出来た九寨溝空港へ飛び、更にホテルまではバスで移動することになっていました。夜遅いホテル到着なので、何はともあれ、腹拵(ごしらえ)です。
<空港の近くのレストラン>
レストランは国内線ロビーから歩いて僅かな距離です。空港内と言ってよい場所でした。荷物を預けて、身軽な格好でレストランに入りました。
予約してあったらしく、すぐに丸テーブルに料理が運ばれてきました。ビールも少しだけサービス付きでした。しかし、それだけでは少な過ぎますので、追加のビールを注文しました。
この食事の席で、S.P.先生がプラスティックの容器に入った虫を披露されました。上海でペットとして飼われている虫を、3つの飼育容器に入れて、この旅行に連れてこられたものでした。
その虫籠には、少し大きな虫と、それより大分小さな虫がいました。その虫の食事は、白ご飯でした。S.P.先生が、ウェイターさんに注文をされていました。小さな虫には、1粒のご飯でも大変な量なので、S.P.先生は楊枝の先で飼育容器のご飯を入れ替えられていました。
よく鳴く虫でした。食事を終えた後は特に鳴くようです。今回の旅行では、専用バスの移動中等に、風流な虫の音を楽しむことが出来ました。
ところで、この本を纏めている最中、11月1日の土曜日に大五の店で写真交歓会を開いた時に、Enちゃんから『旅行の時の虫はみんな死んでしまいました』とお聞きしました。S.P.先生はさぞかし、がっかりされ、寂しくなってしまったものと同情しました。
冬を迎えて、寿命だったのなら、S.P.先生も諦められたことでしょうが、残念なことでした。遅ればせながら、今回の旅の友である虫さんのご冥福をお祈りします。
<新しく出来た九寨溝空港>
食事を終えて、重慶の飛行場を飛び立ったのは、20時35分発のCA4471便でした。ほぼ1時間のフライトです。新しく出来た九寨溝空港は9月28日に開港したばかりでした。中国では毎年10月1日が国慶節で、その後6日までの大型連休があるとかで、それに間に合わせるための突貫工事だったようです。
かなりの海抜の場所に作られた飛行場のようですが、何しろ日が落ちた山の中のことなので、詳しいことは、まるで分かりませんでした。
後でガイドさんからお聞きしたことです。
『世界自然遺産の九寨溝地域に作られた空港なので、ユネスコからはペナルティ金が科せられるかも知れません』
と言った情報もありました。旅行者にとっては、便利になって助かりますが、自然保護の面からは好ましくないのでしょう。
日本へ戻って、インターネットで調べたことですが、最近までは、重慶から九寨溝間ではバスに揺られて12時間以上はかかったそうです。この間の移動が1時間で済むのは、本当にありがたいことです。
この空港、出来たばかりなので、空港係員の人たちの制服も含めて、何もかもが新品でした。到着した時も、空港建屋内には、工事の際にはみ出した接着剤を削り取ったりと、夜だと言うのに、作業をしている人をたくさん見かけました。
ここから車でホテルに向かう際も、暗い野外で作業をしている人がいました。紆余曲折を経て建設された空港らしいですが、どうやら一旦造るとなったら、徹底した方針で進められているようです。
<九寨溝のホテル>
飛行場からホテルまでは、1時間半ほどのバスの移動でした。何しろ、明りがない漆黒の山道を走りますので、もし、車が故障でもしたら大変です。応援の車がすぐには、やってこれそうにもありません。それで、いささか心配になりましたが、無事ホテルに到着し、正直ほっとしました。
空港へ到着したのは、23時を回っていました。当初の旅行計画でも、23時ホテル着となってい、あそいた。ほぼ予定通りに、この日のスケジュールを終えました。
ホテルは出来たばかりで、設備も申し分ありませんでした。試しに蛇口をひねってみましたら、ちゃんとお湯が出ました。軽くシャワーを浴びて、出発の時に名古屋空港で仕入れてきたオールドパーを少しだけ飲みました。旅行の時の水は要注意ですが、未開封のミネラルウォーターがありましたので、これを使いました。
明日の朝は九寨溝観光のために早起きなので、12時頃には就寝しました。
重慶空港で
今も猶サーズの備え怠らず特殊カメラが旅人迎ゆる
重慶で人待合わせユネスコの世界遺産の旅に連立つ
籠の虫旅の友なるその鳴き音聞きつつ向う西の空へと
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