2006年10月 F1日本GP(鈴鹿)、養老の滝(18):たぁ坊さんの旅行ブログ
翌年からF1日本GPは富士で開催されることが決まり、鈴鹿でのF1はひとまず見納め。
さらに、2戦前のイタリアGPで、ミハエル・シューマッハーがこの年限りの引退を表明。
というわけで、この年のF1日本GPは例年にない盛り上がりでした。
土曜日の予選に間に合うように、昼くらいに鈴鹿サーキットに着きました。
まだマクラーレンにいたライコネン。翌年からフェラーリに。
当時持っていたデジカメでは、このくらいの写真しか撮れない。
ミハエル・シューマッハー!
スタンド全体が、シューマッハーの勝利を願う雰囲気だったように思う。もちろん、私もそう願っていた。
この年は、ルノーのフェルナンド・アロンソ(右)の独走状態だったが、M.シューマッハーがぐんぐん追い上げ、前戦の中国GP終了時に、とうとう同ポイントで二人が並んだ。
日本GPを含めて残り2戦で、勢いからして、M.シューマッハーが有終の美を飾るものと誰もが思っていた。もちろん、私も。
予選の結果、フェラーリのフェリペ・マッサがPP、M.シューマッハーが2番手、アロンソは5番手で、愛弟子マッサのサポートでM.シューマッハーの勝利は間違いないと誰もが思った。もちろん、私も。
M.シューマッハー、2回目のピットストップを終えてトップでコースに戻り、あとは無事に最後まで走り切るだけだ!
・・・とみんなが安心したその直後、サーキットビジョンに、赤い車が白煙を上げてスローダウンし、青い車がその横を追い越していく衝撃的な映像が。。。
M.シューマッハー、デグナー付近でエンジンブローし、そのままリタイア。。。
その時の、スタンド全体が一瞬にして凍りついたような異様な雰囲気は、今でも忘れない。
もはや敵なしでトップを快走し、そのまま優勝したアロンソ。結局、次の最終戦で、前年に続きこの年もチャンピオンになった。
今は大好きなドライバーだし(2010年からフェラーリ!)、この年は悪役に回されて気の毒だったが、当時は本当に憎らしく思ったものだ。
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