川越小江戸探訪 七福神めぐりなど:TAKEおじさんの旅行ブログ
七福神めぐり第一番 妙善寺
川越に11時に着く。横浜の自宅から1時間半で着いたが、思ったより随分と近い場所だった。事前に用意した散策マップの観光地点は16箇所も有り、全て周れるのか不安だったが取り合えず駅の近くの七福神めぐりの第一歩からスタートする。駅の観光案内で観光地図を貰い、先ずは妙善寺へ。道中、七福神めぐりの道案内の看板も多く、また如何にも七福神を目指している同胞も前を歩いているので道に迷う心配は無かった。妙善寺には10分足らず着き、第一歩目を記す。参拝客も多く、色紙やお守りなど売っている。ここで、七福神めぐりのパンフレットを貰い、記念のスタンプを押す。
小さな毘沙門天
明善寺は毘沙門天だ。お堂の中を覗くと小さな毘沙門天が見える。心には勇気決断、くらしには財という、物心ともどもの福を施す神である。川越さつまいも地蔵尊も出迎えてくれた。
お花に思わずシャッター
ここから、第三番の喜多院を目指すが、1.5Kメートルくらい有り途中で花やお寺に捕まってしまう。これも、何方様の庭に咲いていた花が綺麗だったので思わずシャッターを押してしまった。
(酔芙蓉と分かりました←お遍路ーラー理恵さんより)
仙波東照宮の石灯籠
少し行くと、仙波東照宮に着く。東照宮は日光だけでは無くあちらこちらに有る様だ。日本三大東照宮とも言われていて、喜多院の中に有る。あまり立派な東照宮とは思えなかったが、徳川家康が没し時に、その遺骸を静岡から日光山へ移葬する途中、天海僧正によって喜多院で四日間の法要が営まれたことから、寛永10年(1633)建立されたそうだ。歴代の江戸幕府の重臣であった川越城主の銘が刻まれた石灯籠が歴史の重みを感じさせてくれる。
七福神めぐり第三番 喜多院 大黒天
さて、喜多院は歴史は奈良時代まで遡るというが、平安時代、淳和天皇の勅により天長7年(830)慈覚大師円仁により創建された勅願所である。七福神では、糧食財宝が授かる神の大黒天で有る。喜多院は拝観できて、家光誕生の間、春日局化粧の間など興味深く見ることが出来る。
おびんずる様をさする
これは賓頭盧尊者即ち「おびんずる様」で、自分の体の悪いところをさすると直ると言われている。順番に列を成してみんな丁寧にさすっていた。私は、頭を中心にさすりましたが・・・
枯山水書院式曲水の庭園
庭も見事である。江戸城紅葉山を模した奥庭が素晴らしい。枯山水書院式曲水の庭園が四季折々の花を彩る。もちろん、枝垂れさくらも有った。桜の時期、紅葉の時期にまた訪れてみたいものである。
五百羅漢は誰に似てる
五百羅漢を見る。日本三大羅漢の一つに数えられ、この五百余りの羅漢さまは、川越北田島の志誠(しじょう)の発願により、天明2年(1782)から文政8年(1825)の約50年間にわたり建立されたもの。笑うのあり、泣いたのあり、怒ったのあり、ヒソヒソ話をするものあり、本当にさまざまな表情をした羅漢は本当に面白い。
石焼ビビンバは旨い
なんでも、不思議な犬プリアはTV出演13回を数えているとかで、霊的に高い犬だそうで人の言葉も分かってしまうとか。お客さんをお店に案内したり、一緒に写真を撮ってもらい願い事もかなえてくれるとの事。石焼ビビンバはもちろん美味しかった。
七福神めぐり第五番 蓮馨寺 福禄寿神
七福神めぐり第五番の蓮馨寺はすぐそばだ。ここは福禄寿神で、幸福、高禄、長寿の三徳を具えて、これを人に与え、方位除災、商売繁昌、延寿福楽等のご利益を現わされるとか。
ここにも、おびんづる様が
ここにも、おびんづる様が鎮座していて、再び頭を中心にさそってみる。これで、2回目だからかなり効く確立が増したと思われる。ここのおびんづる様は随分と新しく設置したばかり見たいで、ピカピカしていた。ここのおびんずる様の「ず」が「づ」に成っていた。どちらが・・・・
七福神めぐり第七番 妙昌寺 弁財天
もう3時近くに成ってきており、だいぶ疲れてきた。次は七福神めぐり六番目を後回しにして、近くに有る七番目の妙昌寺に先に行く。ここは弁財天さまで、七福神唯一の女神。弁舌、芸術、財福、延寿を授ける神として、古くから、商人や芸人などの幅広い人々の信仰を集めており、運を開き、福を招く女神である。弁財天さまの版画?が飾ってあるが、ガラス越しなので写真には上手く撮れなかった。
七福神めぐり第六番 見立寺 布袋尊
最後の七福神めぐりは、見立寺でまた10分くらい歩く。ここは布袋尊で、中国唐代の禅僧で、小柄で太鼓腹、大きな袋を担って各地を放浪し、吉凶を占い、福を施して倦むことがなかったという。布袋さまの像が有ったが、なかなか良く出来ていて楽しい。これで、七福神めぐりは全て走破した。スタンプも7つ揃って、スタンプラリーだと何か商品が貰えるのだが(笑。
菓子屋横丁は大賑わい
これで、七福神めぐりから開放されてようやく川越町並み散策の旅に出る。もう、3時半を過ぎている。まだまだ6箇所くらい行きたい所が有る。頑張らねば。
先ずは近くの菓子屋横丁から。その人出には驚いた。わずか10数件の菓子屋しか残っていないが、今の若者にとってはこうした駄菓子屋さんは新鮮なのだろう。我々年配になると、逆にノスタルジーを感じるが。店舗数は少なくなったが、露天商が随分出ていたので賑わっていた。
川越まつり会館
川越まつり会館には、2週間後に行われる川越まつり使われる山車が展示してあった。向かって左が三久保町「頼光の山車」、右が宮下町「日本武尊の山車」である。各町内で29もの山車が有り、今年のまつりには15台出るそうだ。350年の歴史が有るまつりは、市制10年ごとに、全山車が出動する。越まつり会館
川越市博物館 蔵つくり町並み
もう4時に成っていたので、博物館・美術館が閉まってしまうので慌てて川越市博物館に向かった。またも10数分歩いて、迷ったが博物館の方に入る。写真も許可されて、丁寧な解説もしてくれた。なんと言っても大きな川越の江戸時代のジオラマが圧巻だった。500分の1のサイズで、お城や周りお屋敷などが実に精巧に再現されていた。
蔵作りの
川越の職人芸も紹介していて、城下町川越の特色である町方、村方の生産・生業・技術伝承が分かる。写真は蔵作りの模様を復元したもので、実物大の大きさで復元されており迫力が有る。
蔵づくりの町並
夕暮れも近づいて来ており、蔵づくりの町並みまで急いで行く。江戸情緒の残るこの町並みは江戸時代にタイムスリップしたかと思うほど古い町並みが続いている。車が多いのが残念で、車ストップにならないものだろうか。
「時の鐘」
横町に入ると「時の鐘」が見える。寛永の創建からおよそ350年間、川越に時を刻んでいる。この鐘は明治26年(1893)に起きた川越大火の翌年に再建されたもので、3層構造、高さ約16メートルで川越のシンボルと成っている。
埼玉りそな銀行
これは、埼玉りそな銀行で、明治11年に第八十五国立銀行として生まれ、現在のドーム型の建築は大正7年完成した。川越には古い建築物が多々あり、よく保存している。
「あかりや」で甘味セット
最後に、甘味処に寄る。
HPの観光地図でもお世話に成った
「あかりや」で、定番の甘味セットを食べる。隣の抹茶は、HPの観光地図を持って行くとサービスしてくれる。値段も630円とリーズナブルで味も良くお勧めです。一日、欲張った行程だったが川越の情緒を満喫した。

TAKEおじさん イラスト、なかなかの腕前!
私は埼玉県与野市の(現在さいたま市)小学生の時にチャリンコで「喜多院」まで仲間と荒川を越えオッチラ、さっちら、今と違って車信号もあまり無く・・・何と同級生の憧れの『君』が担任の先生と・・
・・・そんなことを思い出させて下さる良質で丁寧な記事・・ありがとうございました。 by escom:エナジサービスカンパニー

ESCOMさん
イラスト、すみません。昔、部下が書いたものを、気に入っているので今回使ってみました。今とは、かなり違いますが(汗
私は、いまだ会社生活している団塊の会社員ですよ。
私は東京都江東地区が小学生でしたが、荒川はその頃はまだまだ泳げましたね。台風が来ると、何度も浸水が始まる土地でした。
憧れの『君』とは良い言葉ですね。
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